映画館は御用心 2
東川北学園には基本的に「帰宅部」は存在しない。
家庭の事情がない限り、どこかの部に入らなければいけない規則なのだ。
雫は中等科1年から茶道部に入っている。
それは彼女が「大河内屋」という老舗和菓子屋の一人娘で、幼少期から茶道に慣れ親しんできたからだ。
大人しくてなかなか知らない世界に飛び込めない性格のため、運動部は以ての外。
積極的に人と会話をしなければいけない部も無理。
その点、茶道部は定型の会話が主で、静かな空間も楽しめる雫にはうってつけなのだ。
顧問の宮野先生は、雫が幼少期から指導を受けて来た宮野専任講師の妹で良く知っている。
そんな関係から「雫ちゃんは茶道部で私の助手をしてね」と言ってもらったことも大きかった。
日誌を書いていると、入り口から声がした。
「雫、今日の菓子は桜餅だよな。オレの分も1個残しといてよ」
その声は間違うことなく駿だ。
雫は振り向くことなく右手を上げて「はいはーい」と返す。
ーどうせ、サッカー部のほうが帰りが遅いんだから、残してもしようがないじゃない。
実際そうなのだ。
毎日、挨拶のように「オレのも1個残して」と言うクセに、茶道部の片付けが終わるまでに取りに来たためしがない。
結局、雫の家に夕食を食べに来たときに3個ほどお腹に収めて帰って行くのである。
ー今日もウチで食べるんでしょ。
今晩も大好きな幼馴染みの顔を見ながらの夕食になるのだと思うと、自然に口角が上がるのだった。
『大好きな幼馴染み』にどうやらつき合っている彼女がいる、という噂が耳に入ったのは最近のことである。
身長が170センチを越えた辺りから告白され始め、高等科でサッカー部のレギュラーになってからその数が増えた。
「久賀駿はサッカー部マネージャーの遠山美玲とつき合ってるらしい」
そう囁かれるようになっても、駿の雫に対する態度は変わらないし、彼から「実は…」と明かされたこともないために、初めは気にしていなかった。
駿が誰かと噂になったことはこれが最初ではないからだ。
気になり始めたのは、学校内で駿と美玲が常に一緒にいることに気が付いたからだ。
美玲の「駿」「駿」と呼ぶ高い声は良く響く。
「駿」という言葉に敏感な雫は、反射的にそちらに目を向けてしまう。
ーまた一緒にいる。
ー駿の腕にしがみついてる。
ー一緒に学食行くんだ。
それを見る度に胸がきゅうっと締め付けられるようだ。
ーちっとも面白くないわ!
175センチ、筋肉質のサッカー部エースは、染めていない茶髪をツーブロックにして、薄茶色の切れ長目と相まって、少し異国の血が混ざっているのかと思わせた。
今回、噂の相手となっている遠山美玲は市会議員の一人娘で、東川北学園の高等科から編入で入って来ている。
肩までのウエーブヘアは茶色で、太陽の下では金髪に見えることが、本人のお気に入りである。
雫のアーモンドアイとは対照的で、少しつり上がった目が「冷たい」と印象付けるようで、彼女のコンプレックスになっているのだ。
だから、自慢のグラマラスなボディの話は饒舌に語るが、目の話には絶対に加わらない。
明るく活発な美少女だが、市議会議員の父の名を要所要所で使う知恵は母譲りだろう。
父親は土木係出身議員ということもあって久賀建設とは以前から関係ががある。
そして桜木町に遠山家が豪邸を建てて引っ越してきた2年前から、美玲は駿に目を付けていた。
「パパは、次の選挙で国会議員になる」
それが美玲の口癖だ。
「美玲、ホームルーム終わったから、一緒に部室行こう」
その声は雫と同じ2組の柳田知世子だ。
知世子は「柳田商店」というスーパーの娘で、親からの指令を受けていた。
「遠山議員の娘のご機嫌を取ること」
その言葉通り、美玲が編入して来てすぐに従順な子分となった。
初めこそ主従関係ではあったが、半年も経つと美玲も知世子に何でも話すようになり、親友のような関係に変化したのだった。
「行こう」と言ったのに、知世子は恋人と悠長に話し込んでいる。
「もう駿も部室に行っちゃったから早く!」
急かす美玲。
駿と美玲は同じ1組で、知世子と恋人の安則は2組である。
「ねえ、部室行きながら話したらいいでしょ」
駿が2組の雫に声をかけているのを見て面白くないのだ。
最近、「駿と美玲がつき合っている」と噂されるようになったので気分が良く、その噂を現実のものにすべく、可能な限り彼の隣にいようと努力しているのに、恋人の安則と呑気に話している知世子にイラつく。
「もう。私、先に行くから」
明らかに機嫌が悪い美玲に、知世子がニコニコしながら耳打ちする。
「次の日曜日、安くんと映画を見に行くんだけど、美玲も駿くんを誘ってダブルテートしない?
ダ・ブ・ル・デ・エ・ト!」
途端に美玲の顔がぱあっと輝いた。
「行くし! 部活終わったら、安則が駿を誘ってよ!・・・そうねぇ。私と知世子はサプライズってことにして」
美玲の頭の中は既に何を着て行こうか、でいっぱいになっている。
自宅の大きなウオークインクローゼットの中を思い浮かべながら、満面の笑顔で部室に向かったのだった。
* *
今日の茶道部の活動は15分遅れで始まったが、再テストに引っ掛かった部員が数名いたために、結局いつも通りの時間に終わることができた。
茶道部の練習で出される和菓子は、雫が持ってくることになっていて、余るとじゃんけんで持ち帰るルールだ。
和菓子代は部費から出されるが、いつも倍近い量を父から持たされる。
茶道部より早く終わった他の部活の学生が、和菓子を食べに来るのも見越しているのだ。
「『大河内屋』の宣伝になるから」
なんとも商魂逞しい父である。
そして今日も、陸上部の2年生2人を連れて引退間近の3年生「北原大介」がやって来た。
第6話は明日、20時10分から公開します。
明日は20時40分にも続けて第7話を公開します。
明後日から完結まで約ひと月、毎日20時10分に1話ずつ公開します。
ゆっくりお楽しみください
次回、「そりゃそうなるよね」ということをやっちゃいます。




