謎とチョコは溶けるもの 3
振り返って考えてみると、中等科に入ってからバレンタインを雫と2人で過ごしたことがなかった。
東川北学園の入学試験と重なるか、土曜日若しくは日曜日でサッカーの練習試合が必ず入っていたからである。
今年は、インフルエンザで主力のメンバー3名が寝込んでしまったために中止になったのだ。
雫に誘われた時は嬉しくて気分は盛り上がったが、大介と一緒だと知って谷底に落とされ、その後は大介とリオの秘密を共有できたことで再び気分が上がり、そして今、手を繋いでいる。
ー最高じゃないか!
大きなハートの前で身体をピッタリ寄せてパシャリ。
ちゃんと撮れていることを確認すると、互いのスマホで相手の写真も撮った。
雫も駿もツーショット写真がほとんどないことに今更ながら驚いた。
「生まれた時から一緒なのに、2人だけで撮ったことって案外ないね」
「あ、オレも今、同じこと思ったんだ。さっき2人で自撮りしたの、夏のお茶会以来だよな」
帰りの電車内で雫が「でも、駿の写真はいっぱいあるんだよ」と言ってスマホをポンポンと叩いて、「駿」のファイルを開けて見せる。
どんどんスクロールしていくが、中等科、小学生時代といくらでも出てくるのだ。
「わあ、オレの恥ずかしいのもいっぱいあるじゃん。消してよ」
大きく口を開けて寝ている駿。
遠足で口いっぱいに頬張ってる駿。
友達と女装してカラオケを歌っている駿。
順々に笑いながら見ていくと、つい最近取った1枚が駿の目に留まった。
「あ、これ」
それは7月に湊高校と試合したとき、駿がゴールを決めたシュートの写真。
「この日は北原先輩とデートって言ってなかったっけ?」
このファイルを見せれば、雫の駿に対する気持ちもバレてしまうだろう、と覚悟していた。
そして今は美玲の目を気にする必要もなくなったし、大介のことも事情を明かしたのだから、ずっと片想いしてきたことがバレても構わないと思った。
ーああ、これでわたしが駿のことを好きだってわかったよね。
ところが、ところがである。
この写真を見た駿の反応は意外なものだったのだ。
「見に来てくれたなら、そう言ってくれたら良かったのに。・・・この写真のオレ、メッチャカッコイイな。オレのスマホに送ってよ」
「う、うん。じゃあ送るね」
雫の計画では、気持ちがバレるのはこんな電車の中ではなかったが、話の流れでこのタイミングになってしまったのならば、それはそれで良いと思ったのに。
一体どれだけ鈍感なのか、この幼馴染みはこれでも気が付かないのだ。
そんな雫の隣で「オレって写真写り良いよな」と嬉しそうに見ている。
ーま、いいか。
どうせあと少しでわかるんだから、と目を細めて駿を見ていた。
* *
今、駿は数分前に通った道を立ち漕ぎ自転車で雫の家に向かっている。
今日は桜木駅での待ち合わせだったので、駅に自転車を置き、帰りは雫を家まで送って、「手紙を読まなきゃ」と急いで帰ったのだ。
家に着くなりリボンを解くとチョコレートの箱の上に「駿へ」と書かれた、薄紅色の封筒が乗せてあった。
2月の夕方、まだ薄明るい時間ではあるが、自転車で切る空気は冷たい。
駿は鼻を真っ赤にして「雫、雫」と声にならない思いを叫びながら、一生懸命漕いだ。
駿へ。
このチョコレートは駿のためだけに特別に作りました。
先輩に渡した物とは全然別の物です。
駿の中に今も美玲がいて、いつも傍にいる幼馴染みの気持ちには気付いてないと思います。
美玲とキスをしたと聞いて、ショックが大きくて、先輩の彼女役を引き受けましたが、本当は駿の彼女になりたかった。
ずっと、ずーっと好きでした。
今、この瞬間も好きです。
バレンタインなので、今日一日だけ、私の気持ちを受け止めてください。
明日からはいつも通りの幼馴染みで構わないですから。
雫より
ーなんだよ。なんで雫が言うんだよ。オレに言わせろよ。
雫への道を急ぎながら、今までのことが走馬灯のように頭の中を流れていく。
小学校の時、痩せっぽっちのオレを一度だって揶揄ったりしなかった。
東川北学園を受けると決めた雫が「駿と一緒に通いたい」と誘ってくれた。
初めてのサッカーの公式戦で、観客席から一番大きな声でオレの名を叫び続けた。
初釜の時、オレに一番に見せてくれた振り袖姿。
全てのシーンで「駿」「駿」と言って笑う雫の顔が浮かぶ。
ーオレだって、ずっと雫のことが大好きなのに。
大河内家の前に着くと、まだ店が開いていた。
「おばさん、雫、部屋?」
息を切らす駿の姿に驚いて「部屋にいると思う」と伝えると、「ありがとう」と店から家に上がって行ってしまった。
「ファイト、駿くん」
階段を上がって雫の部屋の前まで10秒。
ノックもせずにドアを開けて雫を抱きしめるまで2秒。
そしてキスをするまで5秒。
ーあ…。
雫の柔らかい唇を塞いだ瞬間、急に頭が冷えた。
目を閉じて、彼女の両肩に手を置いてゆっくり唇を離した。
ーくるか。
平手打ちを覚悟して、歯を食いしばって待ったが、その様子はない。
恐る恐る目を開けると、目いっぱい見開いて固まる雫の顔があった。
「あ、いや、その…」
駿がこの状況をどう説明しようかと言葉を探していると、雫の目に涙が溜まり、すぐに頬を伝って流れ落ちた。
「手紙、読んだんでしょ?」
「うん。明日の朝まで待てなくて、すぐに雫に会いたくて…来た」
そう言うと再び雫をぎゅっと抱きしめた。
「好きだよ。雫」
次回、雫と駿の高校2年生の話が終わります。




