甘酒より恋に酔いたい 3
数日後の部活からの帰り、愛華が「お願いがある」と言ってきた。
「バレンタインのチョコレートを手作りしたいから、教えて欲しいの」
愛華は、生まれて初めてできた青蘭高校の三井君という彼氏に手作りチョコを渡したいのだ。
話を聞くと、今までは父と兄に市販の物を渡していたらしい。
「わかった。わたしも作るつもりだから、一緒に作ろう」
「北原先輩に渡すんでしょ?」
「うん。合格発表の日だから、お祝いとして渡すよ」
「合格して欲しいね」
「大丈夫。絶対大丈夫」
今年、大介は滑り止めの大学を1校も受験していない。
万が一不合格となっても、次も同じ大学を1本で目指すつもりなのだ。
雫は、今年の初詣でも「先輩が大学合格して、植村サンと一緒にいられますように」と願ったのだった。
3日後に控えた推薦入試。
学校推薦と言っても、倍率は高く合格はなかなか難しい。
試験が近づくといくら大介でも精神的に不安定になっているかも知れない。
でも、近くで「植村サン」が見守っているのだと思うと、雫も安心できたのだった。
雫が大介の取り乱したところを見たのは、後にも先にも「あの日」だけである。
* *
「植村サン」と出会ったのは、大介が高等科1年の時。
父親に連れられて行った大阪で、「これからの口腔外科とAI診断」というテーマの講演会を聴きに行った。
「受け付けはこちらです」
それが「植村サン」だった。
目と目が合った瞬間、全身を100ボルトの電流が走ったのかと思う程の衝撃を受けて「この人のモノになりたい」と思ったのだ。
二度とこれ程美しい人には会えないだろう、という思いは確信に近かった。
スタッフが首からぶら下げているネームタグで、名前と大学名を記憶に刻み、自宅に帰ってからあの手この手で情報を集めた。
「運命の番」
まさにそれだと思ったのは、大介だけではなかった。
「植村サン」のほうも来場者名簿で大介の住所、高校名、連絡先を入手していた。
ただ、大介はまだ高校1年生。
そんな未熟ともいえる学生に、自分から連絡を取っても良いのだろうか?
間違った道を進ませはしないか?
そんな葛藤があって、その想いだけを胸に収めようと半ば諦めていたのだった。
それがある日突然、目を疑うようなメールが届いた。
”この前の大阪の講演を聴きに行った、北原大介と言います。あなたに惹かれました”
「これを運命と言わずして何を運命と言うのか」
その後は本能のまま連絡を取り合い、互いの想いを確認して、やっと遊園地でデートをすることができたのだった。
「これからは密に連絡を取り合おう」
「写真も送り合おう」
初めてのツーショットの自撮り写真は、触れるか触れないかの優しいキスだった。
お互いに同じ想いを抱いていると確かめ合って幸せの絶頂だった。
ところがそのデートから帰ったところに電話がかかって来たのである。
「ごめんなさい。お父さんに見つかってしまった」
泣きじゃくりながらの大介からスマホを奪ったのだろう。
「どうせ住所は調べてるんだろ?すぐに来い」
大介の父親だった。
その口調で彼が折檻されているのではないか、とタクシーに飛び乗り、玄関の土間に額を付けてひたすら頭を下げ続けたのだ。
大介はその時すでに「京都医療大学」に進学すると決めていたので、「あと3年」それくらい待つ覚悟で父の罵倒にも堪えたのだった。
その翌日、大介は鹿守神社のカヤの大木の奥に置かれた縁台で泣いていた。
そこにたまたま、和菓子を届けに来た雫が通りかかった、というわけだ。
神社の行事がない限り滅多に人が通ることはない場所なのだが、雫は和菓子を届けた帰りに、カヤの実を拾いに来たのだった。
「北原先輩、どうしたんですか?」
まだ、中等科の生徒だった雫だが、北原歯科に通院したことがあって、大介の存在は知っていた。
大介ひとりで抱え込むには辛過ぎて、誰かに苦しみを共有してもらいたかった。
ー彼女なら信頼できる。
それは直感だった。
そうして大介からあらましを打ち明けられた雫は決心した。
「わたしでよければ、少しでも先輩の荷物を持ちますよ」
今日までの約2年、大介の秘密は誰にも話していないし、この先も話すことはないだろうと思っている。
そして、合格と同時に大介から預かっているその「荷物」を下ろすことができるのだ。
* *
2日間に渡って行われる大介の推薦入試の前日、約束通り「頑張ってください」というメッセージを送った。
”頑張ってくる。試験が終わったら、桜木町に帰ります”
このやり取りも、大介の父に検閲されるかも知れない。
ここまでうまく隠してきたのだから、あと少し気を抜かずにやり切らなければ…、そう思って証拠はしっかり残したのだった。
雫は、なぜ大介が「植村サン」と同じ大学を受験することを父親が許したのかを訪ねたことがあった。
自宅に呼びつけて土下座までさせた上に、「二度と会わない」と約束させたのに、だ。
実家を離れて京都で、しかも同じ大学で…というのをなぜ許すことができたのか?
答えは単純だった。
父親が「植村サン」の在籍している大学名「京都医療大学」と「東都医療大学」を間違えていたからだ。
この2つの大学は、関西と関東で全く別である。
大介の父は同じ関東圏の「東都」のほうだと思い込んだのだった。
だから大介が京都の大学に進むことに反対しなかった、というわけだ。
おまけに今では「雫」という彼女がいるので「植村サン」とはあの時で縁が切れた、と信じているようだ。
出来れば、大介と「植村サン」の計画が実行されるまで、父親が介入することがないよう祈るばかりである。
そして無事に試験が終わり、1日だけ「植村サン」と京都デートを楽しんだ後、予定通り桜木町に帰って来た。
次回、チョコレート作りにあの子も加わって…
誤字訂正しました




