甘酒より恋に酔いたい 1
大河内屋の年末は戦いである。
12支の干支と、松竹梅や俵など縁起物を模った落雁を10センチ角と15センチ角の缶に詰めるのだが、小さな落雁を隙間なく並べるのがひと苦労なのだ。
入れる数が決まっているため、適当に詰めると入らない。
毎年、大騒ぎをしながらの作業である。
それでも大変なのに、今年は何を血迷ったのか、父が「若い子が喜ぶように」といってハートの落雁を1個増やしたのだ。
その1個のために、「複雑なパズル」が「難解なパズル」へと変化してしまった。
「おばさん、今度は馬が入らないよ」
毎年、バイトに来てくれる駿が困っている。
「駿くん。馬は早いうちに並べなきゃ。・・・ほら、兎の耳と組み合わせたら…。あら?入らないわねぇ」
不思議なことに、雫と駿が同じ並べ方をしても収まるとは限らないのだ。
「大河内屋の七不思議」と言って、毎年首を傾げる。
「お母さん、兎はダメ。竜と組まなきゃ。・・・ほらね?・・・あ、ハート忘れてた!」
こんな調子で3日間、何とか間に合わすことができたのだった。
雫と駿がひたすら落雁を詰めている間、母は店にも立たなければいけない。
去年結婚した従姉も一緒に客の対応に当たってくれた。
12月上旬、まだ雫が学校に行っている平日は親戚が来て、落雁詰めとひと口羊羹のパッケージの手伝いをしてくれたが、本当に忙しいのは29日から31日である。
日持ちしない最中などを「年始の挨拶に」と買い求める客が列を作るのだ。
クリスマス以降、大河内屋では「干支落雁」と「祝羊羹」「栗入り最中」の3種類のみの販売となる。
そのほとんどに熨斗を付けるため、「てんてこ舞い」「猫の手も借りたい」状態だ。
数量限定ではあるがネット注文も受け付けていて、そちらの手配は早々に終わらすことができた。
こうして怒涛の大晦日の営業が夕方6時に終わった。
大河内屋は正月休みを2日取って、新年営業は1月3日からと決めている。
「ああ、今年も無事に終わったね」
「お疲れさまでした」
口々に互いを労い、その輪の中に駿もいた。
「雫。このあと鹿守神社に行くだろ?」
年越し蕎麦を一緒に食べながら駿が聞く。
これは毎年お決まりになっていて、中等科に入った年から大河内屋の手伝いを終えた駿は、雫の家で天ぷら蕎麦を食べて、100メートルほど先の鹿守神社に2人で初詣に出掛けるのだ。
「行くよ」
当然のように言って、2本乗っている海老の天ぷらのうち1本を、黙って駿のどんぶりに乗せる。
これも毎年のこと。
BGM代わりにつけていた紅白歌合戦も終わりが近づいたころ、「そろそろ行こうよ」と駿を誘った。
「温かくして行きなさいよ」
「はあーい」
「行ってきます」
大河内屋の前を同じように、鹿守神社に向かう人々がぞろぞろと歩いている。
古い住宅地の中で、日ごろはほとんど参拝者が訪れないような小さな神社。
年に数回のイベントと夏祭り、そして年末年始の時だけに多くの人が集まる神社。
雫も初詣以外に来るのは、年に数回和菓子を届ける時だけである。
神社が近づくと、人々の明るい会話と煌々と燃えるお焚き上げが、初詣の気分を盛り上げてくれた。
「あ、今年も甘酒を配ってる」
久保田酒店の60代夫婦が、大きな寸胴鍋で温められた甘酒を、紙コップに注いで参拝者に配っているのだ。
「大河内さんもどうぞ」
「ありがとうございます」
駿とフーフー冷ましながら飲んでいると、誰かがカウントダウンを始めた。
「10、9、8、7、6、5、4…」
その先は雫も駿も加わって大合唱になった。
「3、2、1、おめでとう!」
両手で、まだ甘酒が残る紙コップを持ちながら、「あけましておめでとう」と言い合う。
「今年1番最初に見る顔が雫で良かった」
雫の顔がほんのり赤いのは、寒さの所為でも、甘酒の所為でもない。
「わたしも、駿の顔を1番に見れて嬉しい」
お焚き上げの炎だけの神社は暗く、木の陰のカップルは1年の始まりの「初キス」をしている。
そして、雫と駿も同じように暗がりの中にいるのだ。
ーあ、このタイミング、もしかしたら…。
心臓の音が、駿に聞こえるかと思う程大きく感じる。
雫は、ほとんどアルコールの入っていない甘酒の所為にして、うっとりと駿を見上げた。
ーキス、して欲しい。
自分の瞳にはきっとそう書いてあるだろう、と確信して駿に見せる。
駿は大好きな雫の頬に、手の平を当てて少しだけ顔を近づけてみる。
ここでもし、雫が少しでも拒む素振りをしたら抱きしめるだけにしよう、と心に決めていた。
だが、雫は目を逸らすことすらしない。
もう少し顔を近づければ、唇が触れる、という距離になったまさにその瞬間。
ヴー、ヴー。
雫と駿のスマホが同時に着信音を響かせたのだった。
”新年、おめでとう!今年こそ2人が上手くいきますように!”
もうじき大河内屋に戻って来る彰からだ。
まさに今、「2人が上手くいく」かという瞬間をぶち壊した本人に、この状況を見せてやりたい、と雫も駿も思った。
「あー!!!!」
駿は頭を掻いて悔しがっている。
せっかくのチャンスを逃してしまって残念ではあったが、駿がキスをしようとしてくれたことが嬉しかった……はずだったのに。
「ごめん。オレ、とんでもないことをしそうになった。ホント、ごめん」
こともあろうに、謝ったのだ。
次回、スッキリしないまま新学期が始まります。




