決して淡くない思い出 2
長い長いすれ違いの原因がこれです!
シュウと駿の教室では「雫とつき合え」「雫に告白しろ」と囃し立てるヤカラがいて、駿は気が落ち着かない状態に置かれたのだった。
そして「雫はシュウが好き」だと噂が広まった3日後、「ついにシュウが行動に移すらしい」という情報が、面白がるシュウの取り巻きによって駿の耳に届けられたのだ。
シュウの子分的男子が昼休み、雫にこっそりメモを渡した。
その瞬間を運よく目撃した駿は「きっと放課後、どこかに呼び出すんだ」と直感して、絶対に雫から目を離すまいと決めた。
ここでシュウのほうを選ばなかったのは、彼の取り巻きに邪魔される可能性を考えてのことだった。
午後の授業は全く頭に入らなかった。
まあ、得意な算数と道徳なので、大して支障がない、ということにしておこう。
駿の頭の中は「雫がシュウとつき合うことになったら、どうしよう」で埋め尽くされている。
一方の雫も午後の総合と国語の授業に集中することができなかった。
「ほうかご、体育館のうら」と書かれたメモが彼女を苦しめていたのだ。
シュウのことなど何とも思ってない。
物心ついた時から雫は駿のことが好きなのだ。
今日、シュウから告白されて断るのは簡単なことだった。
ところが困ったことに、マユミとキョウコには雫が好きな子は「シュ」まで言ってしまったのである。
シュウを断ると、「シュ」が付くのは駿しかいない。
乱暴なシュウが駿をいじめないか、体格差があるので怪我をさせたりしないか、が気懸りなのだ。
かと言って、好きでもないシュウと恋人同士だと言われるのは我慢できない。
午後2限の授業は、雫もまた答えが出せないまま「どうしよう」と困り果てて過ぎていってしまった。
* *
100にひとつくらい断られる可能性を考えて、シュウは誰にも雫を呼び出す場所を教えなかった。
わざと「告白は明日」と1日嘘をつく程に巧妙だったのである。
こうして放課後の体育館裏には、向き合う雫とシュウ、そして体育館の角から覗く駿、という構図が出来上がったのだった。
「雫さん。僕とつき合ってください」
おそらくシュウの人生の中で「僕」などと口にしたのは、これが初めてだろう。
真っ赤な顔をして右手を差し出している。
下唇を噛んで両手をお腹の辺りで組み、差し出されたシュウの手を見ながらもじもじする雫。
「今すぐに返事しなきゃダメ?ちょっと考えたいんだけど…」
この場でYESがもらえなかったとは言え、NOでないことに安心したシュウは、「じゃあ3日。金曜日の放課後、またここで返事を聞かせて。・・・できれば良いほうの返事で」と一気に言った。
「あ、うん…」
そう言うと雫は身体を反転させて走って行ってしまった。
「よっしゃあ!」
ガッツポーズのシュウを見た駿は、途切れ途切れに聞こえて来た「金曜日」「返事」という言葉を正確に理解して、何とか阻止することを決意したのだった。
家に帰ってから、「何とかしなきゃ」と頭を抱える駿だった。
「阻止する」と言っても、そう簡単なことではないのだ。
雫もシュウのことが好きだと思い込んでいる駿は髪をぐしゃぐしゃっと搔き乱して、「ああ~~~~~~」と唸った。
結局、その日はマシな考えすら浮かぶことはなく、翌日、更に追い討ちをかけられることになるのだった。
「昨日、雫に告白したんだ」
取り巻き達に囲まれて自慢げにシュウが話している。
「すげぇ。・・・で、どうだった?」
女子に限らず男子もこの手の話は大好きである。
異性に興味を持ち、好きな女の子がいる男子は多いが、「つき合っている相手がいる」という男子はほとんどいない年齢である。
そんな男子たちからすると、シュウは憧れの対象なのだ。
だから皆、シュウの言葉に夢中になって聞いている。
「金曜日にオッケーもらうことになってる」
ー嘘つけ!雫は「考える」って言ったじゃないか。
間違いなくOKの返事がもらえると信じて疑わないシュウに、取り巻きの1人がとんでもないことを口にした。
「雫は恥ずかしがり屋だから、ガーッて肩を掴んでキスしたらいい!」
それを聞いた別の取り巻き男子が調子づいた。
「そうそう。女なんて、キスされたらイチコロなんだぜ!」
そのやり取りを聞いて、駿は持っていた筆箱を落とした。
ーコイツら、バカか!
一気に頭に血が上った。
「そんなこと、さすがに出来ないよぉ」
シュウは最低限度の常識があるようで、駿も胸を撫で下ろした。
ところが、チラッとシュウの顔を覗き見ると、まんざらでもない表情をしているではないか!
駿は焦った。
ーコイツ、まさか、キスする気じゃないだろうな?
* *
その日の夕食は雫の家で食べることになっている駿は、彼女に貸すと約束している「花占いの本」を祖父の本棚から探していた。
ぎっしりと並べられた本はジャンルごとに整理されている。
「確か、ファンタジー系だよな」
すると見つけた目当ての本の隣に並んでいる「魔法大全集」に目が留まった。
ケバケバしい背表紙が気になって手に取って目次を見ると、「相手に呪文をかける」とある。
ーこれだ!
駿は雫の家に行く時間ギリギリまで、その「魔法」のかけ方を頭に叩き込んだ。
純粋な雫のことだから、駿の言葉を疑うことなく聞くだろう。
いつも通り、雫の両親と学校での出来事を話しながら楽しい夕食の時間を過ごすが、その間もドキドキが止まらなかった。
そして夕食後、雫が「持って来てくれた『花占いの本』を一緒に見ない?」と言って、彼女の部屋に招いてくれた。
これもいつも通りのことである。
ベッドに背を預けて床に座り「花占いの本」を雫が膝の上に置いた。
彼女がその本を開いてしまうと、それに夢中になってしまう。
その前に声をかけた。
「オレ、魔法をかけられるんだ」
こういう類の話が好きな雫は、駿の予想通り、瞳をキラキラさせて食い付いてきた。
「えっ?どんな魔法?」
「何でも願い事が叶う魔法」
「すごい!じゃあ、わたしにかけてよ」
ーうんうん、やっぱり雫はそう言うよな。
あまりに自分が描いた通りの反応をする雫が可愛くて仕方ない。
「じゃあ、オレが雫の額に手を当てて10数えるから、その間、目を閉じて心の中で願い事を言って・・・あっ、その前に、雫って好きな男子いるってホント?」
ここで彼女が「いない」と答えれば、安心して「魔法ごっこ」ができるのだが、帰って来た答えは「いるよ」だった。
「ふうん」と気にかけない素振りの返事をするが、駿はシュウに焼きもちを焼いた。
こんな子供騙しの呪文を信じているわけではない。
いくら10歳とはいえ、祖父の書棚で偶然見つけた「魔法大全集」が架空の話だと理解するには十分な年齢である。
それでも、追い詰められたこの状況では、それに縋るしか他に方法がなかったのだ。
「じゃあ、10数えるから、目を瞑って」
雫は言われたとおり、駿のほうを向いて目を瞑る。
駿は雫の唇に目をやった。
ーキス・・・したいな。
そう思った瞬間、首を横に振って魔法に集中する。
雫の額に両手を重ねて、1からゆっくり10までカウントした。
「今、雫が願ったことが叶いまーす。・・・はい、目を開けていいよ」
「やったぁ!わたし、これが叶ったらすごく嬉しい!」
雫の顔がほんのり赤くなっている。
顔を引き攣らせて笑った駿も、「叶うさ」と自信ありげに言ったのだった。
* *
そして金曜日の放課後、体育館裏。
3日前と同じようにシュウと向かい合う雫と、体育館の陰から覗く駿がいた。
残念なことに今日は風が強くて2人の会話が駿のところまで届かない。
暫く様子を見ていると、あろうことかシュウが雫の肩に手をかけて引き寄せ、頬に唇を当てたのだ。
これは10歳の男女では、立派な「キス」である。
ーアイツ、マジでやりやがった!
キスの現場を目の当たりにした時、息が止まる程の衝撃を受けたが、その直後の雫の行動に、駿の心臓が縮み上がったのだった。
パチン!!
雫がシュウの頬を思いっきりひっぱたいたのである。
「シュウくんなんか大嫌い!二度と話しかけてこないで!」
そう言って泣きながら走って行ってしまった。
「オレの魔法が効いたんだ」
その時は、これからの事なんて頭の片隅にも過らなかった。
むしろ雫がシュウを嫌いになったことが嬉しくてたまらなかったのだ。
オレの魔法・・・「雫の願いが叶う」・・・そんなんじゃない。
『キスした相手を雫は嫌いになる』
この後21時40分から第4話が公開されます。
すれ違ったまま7年後の現在のふたりです。




