学生ですからテストは大事 5
温かい気持ちで帰宅した雫だったが、今は正座している駿を前にして、再び怒り心頭の顔で向かい合って正座している。
「日曜日、誰と、どこで、何をしてたか。まずはそれから聞かせてちょうだい」
ーいよいよ尋問。
雫の前に座らされても、「雫って怒ってても可愛いよな」と思えるほど、まだ余裕があった。
こういう時、駿は嘘をつかない。
「日曜日、美玲に頼まれて池尻駅前のクリスティーナドーナツ屋に『ニャッぴいのドーナツ』を10個買うために並んでいました」
クリスティーナドーナツ屋は庇のないところで並ばなければいけない。
悪びれた様子もなく、涼しい顔で答える駿に怒りが増した。
「あの日は朝から雨だったよね?風もあって、ちょっと肌寒かったよね?
で、何時から並んだの?」
「8時から…」
思わず目を見開いて、淡々と答える幼馴染みの顔を見た。
怒りを通り越して憐れむ表情に変わる。
「はあっ?10時開店なのに、2時間も前から?」
「美玲がそれくらい並ばないと買えないって…」
呆れて溜め息を吐く。
信じられない、とばかりに頭を横に振った。
「美玲」「美玲」と名前が連呼されて再び怒りに火が点いた。
「あなた、バカなの?テスト前日に雨の中、2時間もドーナツのために並ぶ?いくら好きな子に頼まれたからって…。それで風邪をひいて、14位?」
「別に美玲のこと好き…」
「怒るわたしがバカに思えてきたわ」
ーまた「美玲」って言った!
否定しかけた駿の言葉に被せて、雫が声を荒げる。
「もういい!今回は駿がわたしに勝つって宣言したから、結果を楽しみにしてたけど、もういい。所詮、わたしとの約束ってその程度の軽いものなんだよね」
吐き捨てるようにいうと、立ち上がって「話は終わり。御飯食べに行こう」と言って部屋から出て行ってしまった。
さすがにここまで怒らせてしまったことを後悔する。
もう少し神妙な顔で、ショックを受けたように俯けば良かったのか、と思った。
ただ、雫が知ればこうなることは初めから予想していたのだ。
美玲が「ニャッぴいのドーナツを買ってきて」と知世子に言っているのを耳にした時、知らんぷりしてれば良かったのに、「これは使えるかも…」と閃いた。
そして「ここで恩を売っておけば」と思って、知世子の代わりに買いに行ったのだった。
ーまさか風邪をひくとは…。
得意科目が初日に集まっていたことで、総合点がぐっと下がってしまった。
明らかに誤算だった。
ドーナツを買いに行ったくらいでは順位が下がる結果にはならない。
それなのに、38度の熱と解熱剤の服用とで、靄がかかったような状態で受けた試験で、100%の力が発揮できるはずがないのだ。
ー罰があたったんだな。
晩御飯中、雫は一言も喋らないし、駿と視線を合わそうとしなかった。
さっさと食べ終わると、自分の食器を流しに置いて、自室に行ってしまったのである。
「わたしは不機嫌だから、誰も声をかけないで」と言うように、階段をドンドン音を立てて上がり、ドアをバタンと閉じた。
「機嫌が悪いからって、あの態度は良くないなぁ」
父が「後で叱っておくから」と駿に申し訳なさそうに言った。
「ゴメン、おじさん、おばさん。雫を怒らせたのはオレなんです」
雫の両親にちゃんと事情を説明しなければ、悪いのは雫になってしまう。
軽蔑されるかも知れないと思ったが、駿は正直に打ち明けた。
「じゃあ、遠山議員の娘さんが『大河内屋をステーションビルに入れるな』って遠山さん言ったら、ウチが困ると思ってドーナツを買いに行ったのね?」
さすが母は冷静である。
息子同然の駿の性格を知り尽くした雫の両親は、精一杯考えて取った行動を頭ごなしに非難したりしない。
「でもな。駿くんはまだ高校生なんだから、勉強を第一に考えないといけないよ。ウチがステーションビルに入れるかどうかなんてまだまだ先の話だし、その時に遠山さんが議員でいるか、わからないんだから」
父も優しく言い聞かせる。
「すみませんでした。次はちゃんと頑張ります」
自分の親に叱られるよりもキツイ。
「雫に謝ってきます」
「あの子にもちゃんと理由を話してあげてね。駿くんのこと、いつも気にしてるんだから」
「はい」
自室に戻った雫は、駿から誕生日に貰った「ピンクぴい」というネコのぬいぐるみを目の前にぶら下げて眺めていた。
今回、駿が美玲のために並んだ「ニャッぴい」とは、「ピンクぴい」の友達キャラなのだ。
ずっと好きで集めていたこのシリーズのグッズがどんどん「どうでも良い物」に思えてきた。
自分でも、すうっと熱が冷めるのを感じて、引き出しの奥に仕舞って、完全に視界から消した。
「雫、ごめん」
ドア越しに聞こえる幼馴染みの声は、さすがに沈んでいる。
「うん。もういい」
「次はちゃんと結果を出すから」
「うん。わかった」
「雫」
「ん?」
「ごめん」
「うん」
暫く続いた「ごめん」と「うん」の繰り返しは、駿が理由を話すよりも雫を安心させたのだった。
次回、学園祭前夜の不穏な会話が駿を悩ませます。




