学生ですからテストは大事 3
「伯父さん、お疲れ様です」と言ってビールを注ぐ。
その後は父と彰が店の話を始めた。
「池尻の新店舗は地下1階のほうが良いか?」
「そうですね。地下2階は酒類と総菜ですからね。銘店の一角のほうが大河内屋としての格が合うと思うんですよ」
「じゃあ、地下1階で申請できるように図面を引いて、書類を集めとくよ」
父と彰の話は、池尻駅前再開発に伴って建て替えられるステーションビルのことだ。
現在のショッピングモールから高層のステーションビルになり、大河内屋も2号店を出店して、そこを彰に任せようと計画しているのだ。
大まかな「再開発マスタープラン」は公表されて入札時期が近いため、決まり次第申請できるように、狙っている店はこうやって準備する。
駿は3つめのコロッケを取り皿に運びながら「最近は再開発の話をよく耳にするなあ」と思って2人の会話に耳を傾けていた。
* *
定期テストを3日後に控えた金曜日、サッカー部の部室にスパイクを取りに行った駿が、ドアノブに手をかけたまま動きを止めた。
室内から美玲と知世子の会話が洩れている。
「大丈夫だって。私からパパに頼んであげるから。今はまだ市会議員だけど、次の選挙で国会議員になるんだよ?そのパパに頼めば『柳田商店』は1番良い場所に出せるって」
「ホントに大丈夫なの?」
「私と知世子の仲じゃない。新しいビルに何を入れるか、決めるのはパパなんだから。パパは私の頼みを断ったことないから、絶対に大丈夫」
「美玲大好き!美玲と友達で良かったぁ」
「でも、わかってるだろうけど、絶対に誰にも言ったらダメな話なんだからね」
「わかってる」
そこまで聞いたところで駿はその場を離れた。
ー何なんだ、今の会話は。
柳田商店というのは知世子の親が商店街に出しているスーパーだ。
ー柳田商店も池尻駅のステーションビルに入るってことだよな。それを知世子が美玲に頼んでたんだ。美玲の父さんがそれを決める権限を持ってるってことは、…オイオイ、「大河内屋」を締め出すこともできるってことじゃないか。
それを頭に描いた瞬間、カシャンと駿の足に枷が嵌められ、その鎖を美玲に掴まれている気がした。
実際、遠山議員にそんな権限はないし、娘が頼んだからと言ってどうこうできるものではないのだが、まだまだ未熟な高2男子には十分現実的に思える話だった。
そして、常々「次の選挙で国会議員になる」と自信たっぷりに言う美玲の言葉には、妙に説得力があったのだ。
ー雫の家を守らなきゃ。大河内屋を守れるのはオレしかいないんだから。
よくよく考えもせずに出した結論はそれだった。
そしてそのためにも美玲の機嫌を取って、極力雫に意識が向かないようにしなければ…と考えたのだった。
常に「雫のためなら何でもする」と思って行動していることが、今回は裏目に出てしまう。
定期テストの前日である日曜日は中等科の頃から毎回、雫の部屋で勉強確認と出題のヤマかけをしてきたのに、今回は駿から「ちょっと用事があって行けない」とメッセージが届いた。
雫も深く考えずに「わかった」と返したが、後々激怒することになるとは。
その日、駿がどこに行って、何をしていたか。
隠したいことは意外にも簡単にバレるもので、テスト結果の順位が職員室前に張り出された時に、それは起こった。
ー駿が14位?
上から1位、2位と名前が連なる中、「久賀俊」は14位の数字の後にその名が書かれている。
今までどんなに悪くても4位だったのに…。
「さすが雫は1位死守だね」とか「安定の首位か!」とか口々に声をかけてもらうが、雫の中ではパニック状態だった。
ー今回はわたしから1位を獲るって言ってたのに?
すると後方から「キャー!29位に名前があるぅー!」と喜びを爆発させたような美玲の声が聞こえてきた。
「良かったね。お父さんに褒めてもらえるんじゃない?」
「うん!」
「でも、駿くんは大きく順位を下げちゃったね。やっぱり風邪をひいた所為かな?」
知世子のその言葉に思わず振り返る。
「駿、体調悪かったの?」
全く知らなかったことを知世子に尋ねた。
ところが答えたのは美玲だ。
「そう。日曜日に当日限定の『ニャッぴいのドーナツ』を買うのに並んでもらったの。雨が降ってたでしょ?濡れたまま並んでくれたみたいで…。メッチャ可愛いドーナツ、SNSに掲げたから見てよ」
嬉しそうにベラベラと喋る姿に堪えきれなくなって、何も言わずに駿を探しに行った。
雫の堪忍袋の緒がブチブチ切れる音が身体じゅうに響いている。
怒り心頭でサッカー部の部室への道を走った。
駿だ!
「駿!」
叫ぶと同時に後ろから腕を掴む。
「あ、雫。どうした?」
そのひと言で、雫の怒りが頂点に達したのだった。
口を真一文字に結んで、鼻息荒く、顔は真っ赤に染まっている。
雫のその様子で、何に腹を立てているのかすぐに察した。
「14位のこと?今回はマズったよな」
ーマズった?マズったですって??
ひっぱたきそうになるのを抑えるために、両手を握りしめる。
そして落ち着かせるために、大きく2度深呼吸をする。
「今日、ウチで晩御飯。わかった?」
「今日は雫の家じゃないだろ?」
雫の鼻息が荒くなる。
「ウチで!! 今日!! 晩御飯!! わかりましたか!!」
ー雫って怒ってても可愛いな。
目の前の幼馴染みを睨みつけ、震える声でゆっくり繰り返す。
「わかりましたよ、ね?」
駿は怒られることすら喜びを感じて目を細める。
「承知いたしました。今晩、必ず伺います」
次回、大介の苦しい過去が少し明らかになります。




