平穏の後の胸騒ぎ 4
東京に来れば何かわかるかも知れない、と思って来たのだが、まさかこんな事実を知ることになるなんて予想もしていなかった。
そもそも何かを予想していたわけではなかったのだ。
早い話が、「とにかく来た」だけだった。
駿は片手にスマホを握りしめた状態でその場から一歩も動けない。
ーどうしよう。
今見た光景を雫に伝えたら、間違いなくショックを受けるだろう。
それでも黙っているわけにはいかない。
ー雫は騙されているんだ。
まさか年上の彼女がいて、雫と二股…多分、年上の彼女が本命だろう。
そんなことになっているとは…。
暫くその場に立ち尽くし、少し冷静になったところで「とにかく帰ろう」と思って電車に乗った。
何度か乗り換えて、桜木駅の車内アナウンスが聞こえてきた頃には、「やはり雫には本当のことを伝えて別れさせるべきだ」という結論に達していた。
ーちゃんと話そう。雫が傷付いて泣いたら、オレが慰めれば良いじゃないか。
それはそれで雫を取り返すチャンスになるんじゃないか、と思った。
ーきっと、驚いて泣くだろう。そうしたら、「先輩と別れてオレとつき合おう。オレはずっと雫のことが好きだったんだから」って言ってやるんだ。
そうシミュレーションしてみるが、やはり雫の泣く姿を見るのは辛い。
できるだけショックを与えない言い方を考えてみるが、頭に浮かんでこなかった。
「あれ?駿くん。今日はウチで晩御飯を食べるんだったっけ?」
大河内屋の前で雫の母と出くわしてしまった。
今、駿は深刻な顔をしているに違いない。
「ちょっと出掛けてて…。雫いるかなぁ」
雫の母もいつもの駿と様子が違うことを察知するが、追及はしない。
「部屋にいるから、上がって」
「お邪魔します」
雫の部屋にはいつでもアポなしで行ける間柄なので、いつも通りに階段を上がるが、気分はどんどん下がっている。
部屋の前で大きく深呼吸をした。
「雫。入っていい?」
「駿?いいよ、どうぞ」
いつもの明るい声で、すぐに返事が聞こえた。
神妙な顔でドアを開けたが、考えが纏まってない駿はそのまま立ち尽くしてしまう。
半分、勢いでここにいるのだが、果たしてそれは正解だったのだろうか?
今になって怖くなってきたのだ。
ー引き返せない。
意を決して1歩足を踏み入れてドアを閉めた。
「どうしたの?怖い顔して。暑かったでしょ?何か冷たいものを持ってくるから、座ってて」
そう言って部屋を出ようと動いた雫の腕を不意に掴んだ。
「雫。北原先輩はダメだよ」
できる限り優しい声で訴えるように言う。
雫は振り返って20センチ上の幼馴染みの目を見上げて、大きく溜め息を吐いた。
「またその話?わたしが誰とつき合おうと、駿には関係ないでしょ?」
「北原先輩はダメだ。雫は騙されてるんだよ」
少し語気が荒くなってしまった。
「意味わかんない」
雫は呆れたように頭を横に振った。
駿の腕を振り払おうとするが、離す気はないようで、少々強く掴んでいる。
「オレ今日、東京に行ってて…北原先輩を見かけたんだ」
わざわざ大介を探るために予備校まで行ったとは、さすがに言えなかった。
その瞬間、息を呑む雫。
「先輩を?で、先輩の何を見たって?」
雫の顔色が明らかに変わっていく。
血の気が退いていくように赤みが消えていった。
「年上の女の人と…身体を寄せ合って…た」
雫が俯いた。
「・・・れて」
「えっ?何?」
聞こえるか、聞こえないか、小さな声で言う。
「見たことを全部忘れて。わたし、ちゃんと知っててつき合ってるから」
雫の言葉に目を見開いて、次が出てこない。
「お願い、駿。今日見たことを、絶対に誰にも…先輩にも言わないで」
再び見上げるその顔は、縋るような悲しそうな表情をしていた。
「なんでなんだよ。・・・雫。どういうことか、聞かせてくれよ」
「今は言えない。ううん。ずっと言えない。でも、わたし、騙されてるわけでも、二股を掛けられてるわけでもないから。先輩が大学合格するまでだから。だから、それまで、お願い。駿」
「大学合格するまで?」
雫は黙って頷いた。
「好きでつき合ってるんじゃないのか?」
「好きだよ。そりゃあ、好意がなかったら、つき合わない」
そこはきっぱり断言する。
駿は意志が固そうな雫の瞳の奥を見て、「わかった」と言った。
「今日見たことを忘れるのは無理だけど、二度と口にしない。もちろん、口外しない。雫との約束は守るよ」
「ありがとう。・・・心配かけてゴメン」
駿の胸に顔を埋めて「ゴメン。何も話せなくてゴメン」と繰り返した。
次回、納得がいかない駿は手も足も出せず…。




