禁止された覚えはない 2
家に帰ると、調理室にいる父に梅照平寺のお茶会で出す和菓子のメモを渡した。
「32個かあ。・・・じゃあ、対になる干菓子と50個ずつ用意しよう」
せっかく着物でお茶会に参加するのだから、ゆっくり楽しんでもらえるように、という父の優しさである。
お茶会に出される干菓子は「大河内屋からの差し入れ」で、寺に納めるほうは、ちゃっかり学園からいただく。
「今年の菓子も涼しげな錦玉かんにするつもりなんだ」
いろいろな和菓子の絵が色鉛筆で描かれている「父のデザイン帳」を見せる。
思った通り、既に数種類の案が練られていた。
「試作品第1号はわたしが食べるからね」
そんな会話をしてから夕食の手伝いのため、雫は急いで着替えてキッチンに向かう。
母がなにやら嬉しそうに調理をしている。
「今夜は中華?わたしは八宝菜を作る!」
「作る」と言っても、大河内家の中華は「KOOKO DO」のレトルトで味付けするので、野菜と肉を切るだけなのだが。
一人娘の雫のために、彼女が小さい間は母が張り切ってたくさんの調味料を揃えていた。
ところがある日、試供品として貰った「KOOKO DO」で作ったところ、雫が「今までで1番美味しい!」と感動したのだ。
がっかりした母はそれ以降、中華に限ってはこれを使うことにしている。
味付けが超手軽になり、テーブルに並ぶ品数が増えたので、それはそれでアリか…と思って、母に対して申し訳ないとは思ってない。
今夜は八宝菜と酢豚、麻婆豆腐とチャーハンだ。
雫が、白菜、人参、しいたけ…と順々に切っていると「ただいまー」と聞き慣れた声がした。
そして声の主はそのままキッチンに顔を出す。
「お、今夜は中華かぁ、ラッキー!」
「なんで、うちに来るのよ!」
全く予想していなかった雫は、包丁を手にしたまま豆鉄砲をくらったように駿の顔を見た。
「朝は迎えに来るな、って言われたけど、夜も来るなとは言われてないし!…手、洗ってこよっと」
駿はニーッと歯を見せて笑うと、勝手知ったる様子で洗面所に行ってしまった。
超御機嫌である。
雫は再び野菜を切り出す。
その顔はほんのり赤く、嬉しそうだ。
ーそっかあ。これは、幼馴染みとしてウチに食べにきてるんだから、美玲だって文句言えないよね。
雫は自分からわざわざ駿が夕食を食べに来ることを言うつもりもないし、駿だって明かす気はないだろう。
ーということは、週に何度かはウチに来るんだ。
そう考えると、朝一緒でなくても、学校で話せなくても寂しくない。
頬を染めながら調理する娘を、母が微笑ましく見ていた。
ー頑張れ、駿くん。
今日の昼間、駿から母にメールが届いた。
”朝は迎えに行けないけど、晩御飯は食べに行っていい?”
母はかわいいパンダが「OK」と言っているスタンプで返した。
駿の母親と、2人のことには口出ししないと決めているが、子どもたちに頼まれたら最低限の協力はしよう、と手を握っているのだ。
まだ高2の2人が寄り道をすることはあるだろう。
もしかすると、その寄り道が本筋かも知れない。
雫と駿が結婚すれば素晴らしい、とそうなることを期待してはいるが、相手が違っても2人が幸せならば、親として応援するつもりでいるのだ。
絶対に親の希望を無理強いだけはしないでおこう、と言い合っている。
ただ、この母親たちは諦めも悪いし、何とかしたい…と常にスタンバイ状態でいるのだ。
駿は上機嫌で八宝菜を自分の皿に取り分ける。
「雫。この酢豚も駿くんに取ってあげて」
隣に座る駿をいつも以上に意識してしまう。
1週間近く口をきかなかった所為だろう。
当たり前のように隣を歩いていた幼馴染の存在を感じなくなった寂しさが、敏感にしているようだ。
「ありがとう」
皿を受け取る時、互いの小指が触れた。
思わず俯く雫。
一方の駿は、わざと小指を接触させたにも関わらず、まるで気が付いていないかのように振る舞っているのだ。
雫の母と、来週末の湊高校とのサッカーの試合について話している。
「湊高校のサッカー部って強いの?」
「東川北のほうが強いよ。・・・オレがいるからね」
ーあそこだけには絶対に負けられない。あのキーパーは絶対に、許さない。
「あのキーパー」とは7年前、雫の頬にキスをしたシュウのことだ。
中高一貫に進んだ雫とは、すっかり交流がなくなり、シュウのほうは恐らく駿のことなど覚えてないだろう。
だが、駿はしっかり覚えているのだ。
7年前は力も体格も敵わなかったが、今は背丈も駿のほうが高く、見た目だってカッコ良くなっているのだ。
相変わらずポッチャリ体型のシュウと正々堂々対決する気満々である。
雫の目の前で、キーパーの脇を抜けるようなシュートを決めてやる、と息巻いていた。
そして「オレの名前を知って、驚かせてやるんだ」と勝手に復讐心を燃やしているのだ。
「雫。応援に来てくれるだろう?」
酢豚を口に放り込む直前、当然のように聞いた。
「もちろん」と返ってくる…はずだった。
「わからない」
ーえっ??
駿の箸も口も止まる。
「だ、だって、湊高校、遠いし…」
雫は苦しい言い訳をする。
高校生にとって、1時間の道のりは決して遠くない。
ー来る気がないってことか?
予想外の反応に駿も戸惑うが、しつこく「来い」「来い」と言うのは逆効果だと判断して、この場では「来れそうだったら、応援に来てよ」とだけ言って、酢豚を食べたのだった。
「うん。行けそうだったらね」
駿を見ないでポツリと返した。
ー行きたいに決まってるじゃん。駿がボールを追いかけるところ、見たいよ。見たいけど、美玲がいるし…。
まさか、試合するグラウンドでイチャイチャしていることろを見せつけられるなどとは思ってない。
駿にアクシデントが起こるたびに「あなたの所為」と言われる気がするのだ。
そして何よりも、映画館の化粧室で聞いた「湊高校との試合の後、恋人発表する」という言葉が頭に響いている。
そんな2人のやり取りを黙って母が見ていた。
ーああ、これはかなり拗らせてるなあ。
* *
湊高校との試合には、実はあんなことが…。
1文字抜けてました。急遽訂正しました。




