痛いのはお互いサマ 5
「駿、起きてる?」
軽くコンコンとノックをして声をかける。
ドアを開けたのは駿だ。
「入れよ」
表情のない顔で雫を招き入れ、いつものように駿がベッドに、雫がデスクチェアに座った。
ーあれ?もしかして機嫌悪いのかな?それとも、まだ具合が良くない?
表情は暗いが、包帯を巻いたりしていないので、怪我の具合は判断できない。
「頭にボールが当たったんだって?意識を失って救急車で運ばれたって聞いたから、心配したんだよ。もう大丈夫なの?」
「ああ。多分、大丈夫。昨日、心配して来てくれたんだろ?なのに、何で帰った?」
やはり、美玲は自分が追い返したことを話してないのだ。
だから駿は、病院に来たものの、大したことがないと聞いたので帰ったのだろう、くらいに思っているようである。
ーアナタの彼女さんが会わせてくれませんでした。
喉まで出かかったが、そんな嫉妬めいたことはプライドが許さない。
胸に異物が詰まったような感じがするが、平静を装う。
「薬で寝てるって聞いたから」
「で、帰ったわけ?寝てても傍にいてやろう、とは思わなかった?」
呆れて駿の顔を「はあ?」という思いで見る。
ー美玲が傍にいるのに、わたしがいられるわけないじゃない。
それでもまだ、辛うじて冷静を保つ。
「あら、寝顔なら子どもの頃から見てるし。別に珍しくないもん」
「救急車で運ばれたんだぞ」
「そうだってね」
雫には、なぜ駿が不機嫌なのかがわからない。
腹が立つなら追い返された自分のほうだろう、と思うのに。
それでも、やはり駿が救急車で運ばれるほどの怪我をしたのだから、心配ではある。
「脳震盪を起こしたって聞いたけど、倒れた時に身体のどこかをぶつけたり、怪我したりしなかった?」
雫が本心から心配している表情は、駿の怒りのボルテージを一気に下げた。
「うん。膝を擦りむいたくらいで、上手く倒れたみたい」
そう言って、パジャマのズボンの裾を上げると、血が滲んで赤くなった膝頭が現れた。
「こういう傷って痛いよね。明日あたり、青タンになってそう」
雫が膝に顔を近づけてしげしげと眺める。
「せめて電話くらいしてくれても良かったんじゃないか?メッセージで『具合どう?』もないなんて、冷たすぎないか?」
ここで美玲の話を持ち出したくない雫は、膝の傷に目を向けたまま「ゴメン、そうすべきだったね」と答えた。
ヴー。ヴー。
ベッドに置かれた駿のスマホから通話の着信音が鳴った。
その画面には「遠山美玲」。
駿は雫を気にすることなく、当然のようにスマホを手に取った。
「うん。退院してきた。昨日は遅くまで付き添ってくれてありがとう。
母さんからも礼を言うように言われてる。・・・うん。明日、もう1日学校は休むよ。部活は来週から。・・・うん」
この場に自分がいることを美玲に知られたくない。
それに何よりも、2人の会話など聞きたくないのだ。
無言で「じゃあ」と軽く手を振って、逃げるようにドアに向かった。
「おい、ちょっとー」
そんな雫を呼び止めようとしたが、振り返りもせずドアを閉めた。
恋人同士だと分かっていても、駿が美玲と仲良く話している所なんか絶対に見たくない。
今顔を合わせれば、美玲との電話の内容を聞かされるかも知れないと思って、急いで応接間にいる母の所に行った。
「お母さん、帰ろ」
「そうね。駿くんも退院してきたところだから、長居しちゃ悪いわね。帰る前に、これを台所にいる駿くんのお母さんに渡してきてくれる?」
そう言って母が、持って来た紙袋から弁当箱を取り出して雫に渡した。
その弁当箱には駿の好物である「山菜おこわ」がたっぷり詰められているのだ。
ちょうど台所から出てきた駿の母親に渡そうとしたが、彼女の手には別の袋がぶら下がっていた。
きっと、見舞いに来た礼に持って帰らせようとしているものだろう。
「これ、テーブルに置いとくね」と言って、入れ違いに台所に入る。
慌てて階段を降りてくる足音が聞えた。
「駿くん。大丈夫?心配したのよ」
「あ、ありがとうございます。でも大したことないんで…。雫は?」
どうやら雫を追いかけて応接間に来たのだろう。
雫の母と話している。
「雫ちゃんなら、台所にいるよ」と言う駿の母親の声。
これ以上、彼に用はない。
それなのに、台所に来た駿に出口を塞がれてしまった。
「雫。ちょっと座れよ」
その言葉をスルーする雫。
「じゃあ、お大事にね」
そう言って駿の脇を通り過ぎようとすると、ドンッと筋肉質の腕が壁に突かれたのである。
いよいよ冒頭のシーンです。




