痛いのはお互いサマ 4
今のこの時間なら母は店番だろうし、父は片付けをしているだろう。
電話で「駿のこと何かわかった?」と尋ねるより、帰ってから聞いたほうが良いと思った。
とにかく早く帰ろう、と走る。
「ただいま」
靴を揃えることもせず、店のほうへ向かった。
「お母さん。何か連絡あった?」
店に客がいるかを確認せずに声をかけたので、少々焦ったが丁度客が店を出て、戸を閉めたところだった。
「雫。昨日、病院で久賀さんに会わなかったんだって?昼過ぎに駿くんの退院を知らせる電話をもらったの。そうしたら、雫が行ったこと知らなかったよ」
ーああ、美玲がわざと言わなかったんだ。じゃあ、当然、駿も知らないよね。
「だって、救急治療室に行ったら、遠山さんが…あ、サッカー部のマネージャーね。彼女が、駿が薬で眠っていることと、おばさんが先生と話してることを教えてくれたの。
おばさんに会えるかなぁ、って待ってたんだけど、会えなかったから帰ってきた」
「じゃあ、遠山さんにしか会わなかったの?」
「うん」
今は、美玲の話などしたくないのに、母が食い付いて離れない。
「駿くんの様子くらいは見て来たんでしょ?」
ーしつこいなぁ。
「見てません!はいはい、見せてもらってません!
遠山さんは、駿の彼女だから、わたしは会わせてもらえませんでした!これでいいですか!!」
カチンと頭にきた雫が、昨日からのモヤモヤを母に当たり散らす。
母のほうも、娘を宥めるどころか、「はあ~?」と言って、明らかに機嫌が悪くなったのである。
「駿くんの彼女?・・・彼女って?・・・何よそれ!」
何を思ったのか、いきなり頭の三角巾とエプロンを鷲掴みにするように外して、店の隣にある調理室に「お父さん!」と言いながら入って行ったのである。
片付けと、明日の仕込みを始めている音で、両親の会話は聞えない。
暫くして母が弁当箱2つを店の紙袋に入れながら、機械を止めた父とともに調理室から出て来た。
「雫。駿くんのところにお見舞いに行くから5分で用意しなさい。お父さんは店番ね」
「はっ?えっ?」
「だって雫。駿くんのこと心配でしょ?家だったらその『彼女もどき』もいないでしょうから、気を使う必要もないし…ってほら、あと4分!」
雫は自分が、この母の積極的な性格のカケラでも受け継いでいたら、駿を美玲に取られることはなかっただろうに、と思った。
父の受け身の性格を多分に継いだために今に至っているのだ、と分析しながら慌てて着替えた。
それでも、母のおかげで駿に会える。
退院できたということは、ある程度元気なのだろう。
母親同士が友人だから見舞いに行くのであって、自分はあくまでも荷物持ちとして付いて行くんだ、という口実を自分に与えた。
万が一、美玲にバレても嫌味を言われないように、雫には筋書きが必要だった。
* *
「駿は部屋で休んでいるだろうから、顔を見に行って話し相手になってやって」
そう駿の母親に頼まれて、雫は彼の部屋に向かう。
駿の母(友実)と雫の母(智美)が雫の後ろ姿を応接間から覗き見て、階段を上って行くのを見届けてから、3人掛けソファに身を寄せ合うようにして座った。
「ねえ、駿くんの彼女って、サッカー部のマネージャーだって雫から聞いたんだけど?」
声を潜めて友実に尋ねる。
「マネージャーって、昨日付き添いで来てくれた遠山さん?あの娘って、市会議員の遠山さんの一人娘なのよ。仕事柄、議員と会うことはあるけど、娘さんに会ったのは昨日が初めてよ」
「どんなお嬢さんなの?」
「礼儀正しそうだし、とても感じが良い娘さんだったけどね。えっ??駿の彼女なの?」
驚いて智美の顔を見る。
「雫がそう言ってるんだから、そうなんじゃない?昨日も病院に行ったけど、駿くんの顔すら見せてもらえなかったって」
友実が眉間に皺を寄せて、怪訝な顔をした。
「智美から電話で、昨日雫ちゃんが来てくれたって聞くまで知らなかったのは、そういうことなのね。駿は眠ってたから当然知らなかったし…」
「そりゃね、幼馴染みを近づけたくないっていう女心は理解できるよ。でも、ちょっと雫のことを考えたら、気分悪いわ」
友実に同意を求めるように言う。
「そうよね。…って、駿もそうだけど、雫ちゃんも去年の生徒会長とつき合ってるんでしょ?駿から聞いたんだけど、そうならそうと教えてよ」
友実が隣の智美に軽く肩をぶつけて言った。
「雫が?まさかぁー」
一瞬、2人は顔を見合わせて時間を止めた。
そして数秒後、同時に「「ええーーーっ」」と叫んだのだった。
寄り添って座っている2人が更に身体をくっつけて、最小限の声量で囁き合う。
「ってことは、駿が女子マネとつき合って、雫ちゃんが前生徒会長とつき合ってるってこと?」
まとめるとそうである。
「「う~ん」」と理解に苦しむ2人は俯いてしまった。
この母親たちは、雫と駿がお互い好き同士だと思っているし、将来結婚することになるに違いないと信じているのだ。
つき合うなら雫と駿だろう、そう思っていたのに、同時期に別の異性とカップルになっていると知らされて、母親たちの頭の上に「どういうこと?」というハテナマークが浮かんだのだった。
沈黙を破ったのは智美だ。
「とにかく今は、私たちは口出しをせずに見守りましょう。まだ、高2なんだから、いろいろあるわよ」
「そ、そうよね。いろいろあるわよね」
顔を見合わせて大きく頷く。
そして、テーブルに置かれた緑茶を啜りながら気持ちを落ち着かせようと努めた。
* *
次回、雫が駿を無事を確認するのですが…




