痛いのはお互いサマ 2
走る雫!
桜木駅に着くともう雨は止んでいた。
いつも通り大介と手を振り合ってから家路を歩き出したとき、雫のスマホが震えた。
母である。
「雫、今どこ?」
焦っているのか、普段より早口だ。
「桜木駅だよ。今から帰るーー」
言い終わらないうちに、母の言葉が耳に飛び込む。
「そのままタクシーに乗って、真田中央総合病院に行きなさい。駿くんが怪我をして救急車で運ばれたって、友実から連絡もらったの」
母はかなり動揺しているようだ。
普段、駿の母のことを「友実」と言うことはなく、必ず「駿くんのお母さん」とか「久賀さん」と言う。
雫の心臓が激しく騒ぎ始めた。
スマホを耳に当てながらタクシー乗り場に走る。
「怪我って?酷いの?何で?」
スマホを握る手と同時に声が震える。
「詳しいことはわからないけど、サッカーをしていて頭を打ったらしいの。それで意識を失って、運ばれたんだって。久賀さんも病院に行ってるはずよ。
店番がいないから、お母さんは行けないの。だから雫はとにかく急いで病院に向かって」
「わかった。あ、タクシー乗るね。詳しいことがわかったら連絡する」
行き先を運転手に告げて、窓の外を見た。
ー部活で頭を打ったって?ヘディングで?でも、意識がなくなるって、そんなことあるのかなぁ。何かあったのかなぁ…。
病院までは車で15分。
今の雫にはそれが30分にも1時間にも感じてしまう。
信号で止まるたびに「あー」と出る溜め息。
心の中で「無事でありますように」と祈りながらも、病院に着けば駿がきっとこう言う。
「わざわざ来てくれたんだ。大したことないのに」
そして、恥ずかしそうに笑ってくれる。
そしたら、わたしはちょっとふくれてこう言うんだ。
「もう、心配したじゃないのー」
それから一緒に帰ろう。
きっとそうなる。
そう自分に言い聞かせて病院に着くまでの間、心を落ち着かそうと努めた。
やっと次の交差点を右折すると病院が見えてくるところまで来て思わず呟く。
「あとちょっと」
運よく青信号でそのまま病院の前に横付けしてもらえた。
さっさと精算してタクシーを降りた。
この時間は既に「時間外受付」に行かなければいけない。
3年前に父が尿管結石で運ばれた時に、その受付を使った経験があるので、最短ルートで目指す。
息を切らせながら「久賀俊が救急車でこちらに運ばれたと連絡をもらったのですがー」と告げると、年配の男性係員が教えてくれた場所は「救急治療室」だった。
「あそこの角を曲がったところね…そこで聞くといいよ」と指を差す。
ペコリと頭を下げて、教えられた場所へ速足で向かう。
『救急治療室』
中にはベッドが6台ほど並べられ、カーテンで仕切られていた。
ピッピッピと機械音が鳴り、数名の医療従事者が行き来している。
声をかけやすそうな女性看護師を見つけたので話しかけようとした時、「ちょっと! こっちに来て!」と後ろから腕を掴まれて、強引に部屋から出された。
顔を見なくてもそれが美玲だと、すぐにわかった。
「何?何しに来たの?」
睨む美玲に「駿は?」と尋ねる。
「今は薬で眠ってる。・・・あ、誰かから聞いて、責任感じて来たってワケ?」
「責任?」
「あんたが、北原先輩とイチャイチャ相合傘なんかして、駿の気を引こうとしたからこうなったんでしょ!」
ー相合傘!
あれを見て、怪我をしたのだと聞かされると、反論する言葉が浮かばない。
「駿に会わせてってごねられると迷惑だから・・・本当は嫌だけど、状態だけ教えてあげるわ。後頭部にボールが当たって軽い脳震盪を起こしてるらしい。
今晩はこのまま入院だって。明日は退院するけど、学校に行けるのは明々後日からだって。救急車の中で意識は戻ったけど、今は薬で眠ってる。
これでいい?満足した?私がちゃんと駿についてるから、雫は帰って。
ここにいたって会えないし、会わすつもりもないし!」
畳みかけるように一気に言うと治療室に入って行きかけた。
「駿のお母さんも来てるんでしょ?」
会えばもう少し話を聞くことができると思ったし、駿に会わせてもらえるに違いない。
「今、顧問の藤倉先生と一緒に主治医の先生と話をしているから、会うのは『ムリ』。じゃあ」
プイッと顎を上げて今度こそカーテンの向こうに消えた。
病院の廊下は静か過ぎて孤独だった。
美玲にああ言われても、駿の母親に会えば…と期待して暫く待ったが会うことはできなかった。
ーそっかあ。美玲が傍にいるんだから、わたしは必要ないよね。
幼馴染みより彼女のほうが「格上」なのだと思い知らされて病院を出たが、ひと目駿の顔は見たかった。
結局会えたのは美玲だけで、母に伝えるようなものがないまま、帰りは真田中央駅までとぼとぼ15分歩いて、電車に揺られたのだった。
家に帰ると「久賀さんから様子を教えてもらったけど、大したことなくてよかったね」と母の声がすっかり穏やかになっていた。
沈み切った気持ちの雫は「うん」と返すのが精一杯。
駿の母親から詳しく聞いたのなら、美玲から聞かされたことなど伝える必要はないだろう。
そう判断して、「疲れたから」と言って部屋のドアを閉めた。
ーわたし、何をしに行ったんだろう。
ぼーっと壁を見つめて、寂しさに打ちひしがれそうになったが、救いもあった。
「それでも駿の怪我が軽くて良かった」
彼女と幼馴染みのランク付けはまだまだ雫を悲しませます。




