痛いのはお互いサマ 1
雫と大介の関係が、駿を窮地に追い込みます。
映画館での出来事以降も、駿は変わらず毎朝迎えに来る。
そして、変わらずたわいもない会話をしながら登校している。
変化があったのは下校時、雫と大介が一緒に帰る姿が頻繁に見られるようになったことだ。
「あの2人、やっぱりつき合ってたんだ」
「学年1位カップルは納得できる」
「美男美女だからお似合い」
最初の頃は冷やかされたりもしたが、さすがに2週間も続くと、その姿は当たり前になり、今では「公認のカップル」扱いとなった。
大介は年が明けると、第一志望の大学の推薦入試がある。
運動部に所属する3年生は夏休み明けの大会で引退するのだが、大介は試験が少し早いために、先週の記録会で陸上部を引退した。
陸上選手としての最後の5000mには雫が約束通り、キャラメルの差し入れを持って応援に行った。
大介が上位で競技場のトラックに戻って来た時に、観客席で大きく手を振る雫に見せてくれた笑顔が眩しかった。
ー代わりにわたしが先輩の笑顔を受け取りましたよ。
心の中でそう呟いて、最後の勇姿を収めたのだった。
部活を引退すると、受験勉強もより真剣さを増してきた。
一緒に下校する雫が部活を終えるまで、大介は図書館で勉強して待つことにした。
呑気に、茶道部で余った和菓子を貰いに行くような時間はない。
「お待たせしました。帰れますか?」
「ちょっと待って。あと3問」
雫は彼の邪魔をしないよう、隣の席で洋書の「ハリーポッター」を静かに読んで待つ。
大介の顔をちらっと見ると、眼鏡を外して眉間に皺を寄せて問題を解いている。
ーほんと、綺麗な顔してるんだよね。
北原大介。
「北原歯科医院」の次男で、兄は父親が卒業した歯科大に通い、将来病院を継ぐことが決まっている。
大介は医学部志望。
東川北学園は県内トップの進学校で、彼はその中でもトップの成績を収めているため、志望する「京都医療大学」の学校推薦は確実に手にできるだろう。
それを手にしても、「雫という彼女」の存在がなければ受験させてもらえない「ワケ」があった。
決して表には出ない、親子の関係。
北原歯科医院の医院長である父親。
15分ほど経ったところで、「帰ろうか」と大介がペンを置いて眼鏡をかける。
荷物を纏めて利用者カードに退出印を押すと、薄暗く長い廊下に出た。
中等科の学生は「日が暮れると1人では歩くのが怖い」というほど「薄気味悪い」廊下だ。
東川北学園の図書館は、明治初期に建てられた洋館で、文化財として登録されている。
校舎から離れたところに建っているために「図書室」ではなく「図書館」と呼ばれていた。
夏休みには、肝試しコースに「図書館ウラ」が入れられるほど、それにピッタリな雑草地も用意されている。
「今週末は模試ですよね。どうですか?」
「もちろん自信あるよ。今回もA判定取れると思う」
雫と大介の間で、恋愛めいた内容の会話は皆無だ。
お互いに想い人が別にいるので、間違っても2人の間をハートマークが飾る日は来ない。
こうして並んで歩いる間も、交わされる会話はほとんど勉強のことだった。
雫は薬学部を志望している。
進路を考えた時、和菓子の世界を広げるために、薬膳を学べる大学に進もうと思ったのだ。
そのため、医学部を志望する大介と話が合うし、参考になる話が多い。
「雫は来週末だよね。そっちはどう?」
「わたしも大丈夫です。体育と美術が試験科目にないですからね」
雫の「実力」を知っている大介はプッと吹いた。
「笑ってごめん。でも確かにそうだよな。『いい意味で』それは雫の個性なんだけどな。パーフェクトな人なんていないんだから」
文化財につきものの重厚な扉を開けると小雨が降っている。
「参ったな。今日は晴れ予報だったから傘を持って来てない」
「大丈夫ですよ。わたしが折り畳み傘を持ってますから」
そう言うと、鞄から取り出してバッと広げた。
それは目が覚めるような真っ赤な生地で、縁を青色の星がぐるりと一周している傘だった。
これは高等科に上がった際、駿の母親がプレゼントしてくれた「ちょっとお高いブランド傘」である。
駿のほうは快晴のような青色の生地に真っ赤な星、という雫のものとは逆の配色になっていた。
それを「ペア」という。
雫は喜んで差すが、駿は恥ずかしがって1度も差したことがない。
「ちょっと…かなり派手ですけど、濡れるよりマシですよね」
「お洒落な傘だと思うけど?入れてくれると助かる」
ここから駅までの10分、この人目を引く派手な傘の下、相合傘で歩くことになるが、既に公認になっているので堂々と歩くことができた。
グラウンドでは、野球部とサッカー部が小雨の中で走り回っているが、雫は気にすることなく大介と1つ傘を差しながらグラウンドに沿って歩いていた。
ーあの傘、雫だよな。
見覚えのあるデザインの傘を見つけると、ボールを追っていた足が止まった。
傘で顔は見えないが、男女2人で身体を寄せているのは分かる。
ー雫と北原先輩?
駿は2人が校門を出る瞬間まで立ち尽くして見ていた。
その時…。
「駿、あぶない!!!」
後輩が蹴ったボールが駿の後頭部に直撃したのだ。
「うっ…」
そのまま視界が真っ暗になって、意識を手放した。
* *
雫の心が痛いのは、美玲の所為?それとも駿の所為?




