8話 剣術大会決勝 ― 剣聖を超える速さで
《 マリン・コルネラの回想 》
あの日アラン様から言われた言葉を、私は頭の中で繰り返す。
『いいかい、マリンのギフトは速度だけで言えばアントニオの【剣聖】すら超えるシロモノになってるよ』
「【剣聖】を……超える…」
『でも勘違いしないで。【剣聖】は全ての能力に恩恵を与える。まともに打ち合えば負ける。このギフトを“武器”にできるかどうかは、マリン次第だよ』
あの時のアラン様の真剣な眼差しが、今も脳裏に焼き付いて離れない。
「……見ていてください、アラン様」
闘技場へ続く石造りの廊下を歩きながら、私はそっと呟いた。
その時――できれば一番会いたくなかった顔が、こちらへ歩いてきた。
「おやマリン様。逃げずに来るなんて、なかなか偉いじゃないか」
「アントニオ……」
「“様”ぐらい付けろよ。仮にも許嫁なんだから」
「誰があんたなんかと!」
嫌悪を隠す気もなく睨みつけると、アントニオは鼻で笑った。
「その強気が、どこまで続くか見ものだな」
「私の許嫁はアラン様お一人だけです」
「はっ。言ってろよ」
アントニオは私の言葉など意にも介さず、闘技場へと消えていった。
◆予選一回戦◆
「ははは! どうしたどうした! もう終わりか? ほら、かかってこいよ!」
「もっもう…降参だ……」
闘技場から響くのは、アントニオの嘲笑と、相手の悲鳴。
【剣聖】のギフトを持つアントニオは、まるで大人が子供をいたぶるように相手を追い詰めていた。
勝負はとうに決しているのに、わざと斬らず、わざと逃がし、わざと痛めつけている。
観客席からもざわめきが起きていた。
「なんで止めを刺さないんだ……?」
「もう勝負はついてるだろ……」
アントニオは“勝つ”ことより“優越感に浸る”ことを楽しんでいる。 そんな戦い方だった。
予選一回戦:マリン戦
マリンがギフト【剣豪】を発動した。
アランの手で生まれ変わったそのギフトは、もはや旧来の【剣客】とは別物だ。
速さだけなら、アントニオの【剣聖】にも後れを取らない。
いや、“速さの質”が違う。
アントニオの速さが“斬るための速度”だとすれば、
マリンの速さは、ただ速いだけではない。
流麗で、水が流れるように自然で、捉えどころがない。一見するとそれほど速く見えないのに、気づけばすでにそこにはいない――そんな不思議な速さだった。
相手はその動きについていけない。剣を構えた瞬間には、もうマリンの姿は視界から消えている。
「……っ、どこだ――」
探す暇すら与えない。
次の瞬間、冷たい金属の感触が相手の喉元に触れた。
マリンは、ただ静かに剣を突き付けている。
相手は何もできず、震えながら敗北を認めるしかなかった。
予選二回戦、三回戦とアントニオはギフトの恩恵で大幅にアップした能力に物を言わせて相手を圧倒していた。 対戦相手をいたぶる姿はさながら戦いと言える物ではなく、狩りとしか見えなかった。
かたやマリンの方はと言うとこちらも相手を圧倒した戦いだった。一点アントニオと違うのはマリンは無駄な戦いをしなかった。
マリンの戦いは、まるで水が流れるような戦いだ。流れるような動きは無駄が一切なく、必要な一撃だけを正確に、静かに放つ。
観客たちはその姿に息を呑み、やがて拍手と歓声が巻き起こった。
「すごい…」
「まるで舞ってるみたいだ…」
「剣神のギフト持ちの少年とはまるで違う…」
その声は、アントニオの耳にも届いていた。
「……チッ、くだらねぇ」
マリンへの観客の称賛が、まるで自分を否定しているように聞こえたのだろう。アントニオの顔は険しくなり、それにつれ動きも荒くなっていった。
◆決勝戦:マリン VS アントニオ◆
因縁の対決だった。
観客席は騒然となり、誰もがこの一戦を待ち望んでいた。
だが、マリンの心は静かだった。
(アラン様、見ていてください。この戦いで優勝してアラン様を追い出したバレリーニ家が間違っていたと証明してみせますわ)
決戦の朝。マリンは静かに剣を手に取り、闘技場の中央へと歩を進めた。対するアントニオは、いつものように傲慢な笑みを浮かべていた。
「よう、マリン様。逃げずに来たな。やっと俺のモノになる気になったか? 今日は俺の強さを、たっぷり見せてやるぜ」
「逃げる理由がありません。私は、あなたを倒すためにここに来たのですから」
「へぇ……じゃあ、せいぜい楽しませてくれよ。俺の“剣聖”との格の違いを、な」
開始の合図が、闘技場に響き渡った。
アントニオの剣がマリンに迫る――
「終わりだァッ!!」
だが、マリンの姿はそこにはなかった。
「……っ、消えた!?」
「遅いですわ」
その声に、アントニオが振り返るより早く、マリンの剣が彼の肩口をかすめた。
「チッ……!」
アントニオが距離を取る。一瞬の2人の攻防に観客席がざわめいた。
「今の見えたか!?」
「いや、まったく……」
「アントニオが後れを取った……?」
アントニオの顔から、余裕の笑みが消えていた。
「なるほどな……。ちょっとはやるじゃねぇか」
「”ちょっと”ではありません。私は、あなたを倒すためにここに立っているのです」
マリンの瞳は、まっすぐにアントニオを見据えていた。
その奥には、アランを追い出したアントニオへの怒りの炎が燃えていた。
(アラン様見ててください。この男に勝ち、あなたを追い出したバレリーニ家が間違っていたのだと証明して見せます)
「なら、見せてみろよ。お前のギフトが、俺の【剣聖】を超えるってんならなァ!!」
アントニオが再び突っ込んでくる。だが、マリンは動じない。
彼女の剣は、風のように舞い、影のように忍び、雷のように閃いた。
そして次の瞬間、アントニオの剣が宙を舞った。
「なっ……!?」
マリンの剣が、彼の武器を弾き飛ばしていた。
静まり返る闘技場。誰もが、何が起きたのか理解できずにいた。
だが、マリンはただ一言、静かに告げた。
「これが、“格の違い”ですわ」
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