15話 女神さまの声を届けたい
◆神託を継ぐ者◆
「……私、村の皆さまにギフトを授けたいのです」
「フローネ……君はギフトの授与を? 聖授の儀ができるのですか?」
「はい」
フローネは真っ直ぐにアランを見つめ、静かにうなずいた。
聖授の儀──それは神が選んだ者だけが扱える、教会最大の神秘。
人が神の力に触れる唯一の儀式。
教会が何百年も秘匿し、守り続けてきた“聖域”
アランはそう信じていた。 疑ったことなど、一度もなかった。
「……どうして、君が……? 聖授の儀は、教会の……特別な者だけが……」
フローネは痛ましげに目を伏せた。
「特別なのは……“素質”です。聖授の儀は女神さまから授けられるギフトの一種。儀式を行えるのは、ギフトの適性を持つ者だけ。教会は、その素質を持つ子どもを……孤児として集めてきました」
アランの呼吸が止まった。孤児として──集めてきた?
フローネは続ける。
「素質があると分かった子どもは、親が“不慮の事故”として処理される形で殺されたり、生活を破綻させられて子どもを手放すしかなくなったり……そうして教会に売られるよう仕向けられ集められてきたのです」
フローネの視線がわずかに揺れ、胸元で握った指先が小さく震える。
まるで、誰にも言えなかった過去が、喉の奥で苦く絡まっているようだった。
「聖授の儀を授かった孤児はやがて神父やシスターとして教会に仕えることになります。授からなかった子は……下働きとして教会に残るのです」
フローネは淡々と続けたが、その声には微かな痛みが滲んでいた。
だが同時に──胸の奥に、静かな光が灯る。
聖授の儀を通して女神さまの声をみんなに届ける。誰かの未来を照らす──
そんな決意が、静かに宿っていた。
「人には、誰にでも可能性があります。生まれや身分に関係なく、誰もが何かを持っているはずです。私は、それを信じています。だから……その可能性を、皆さまに示したいのです」
アランの胸に、熱いものがこみ上げた。彼女の言葉は、まるで春の雪解け水のように、心の奥底に染み込んでいく。
可能性は誰にでもある——そんな当たり前のようでいて、この国では誰も口にしない理想。
それを、迷いも誇張もなく、ただ真っ直ぐに語る少女がいる。
アランは、思わず息を呑んだ。
「……君は、どうしてそこまで…」
言葉の続きを探しながら、アランはフローネを見つめた。
彼女の瞳には、身分制度に染まった者には決して宿らない光があった。
貴族でも平民でもない、もっと別の何か——人の価値を信じる者だけが持つ、澄んだ強さ。
アランは、自分の胸の奥で何かが軋むのを感じた。
当然だと思い込んでいた事が、彼女の一言で音を立てて揺らいでいく。
「……そんなふうに言える人が、本当にいるなんて……」
驚きと敬意と、少しの羨望が混ざり合った声だった。
フローネの言葉は、アランにとって“理想論”ではなく、“現実を変えうる力”として響いていた。
フローネはふっと微笑んだ。
「一度、命を落としかけた時……女神さまの声が、聞こえなくなったのです。あの時は、本当に……もう、終わりだと思いました」
その声は震えていた。けれど、そこには確かな光があった。
「でも……アラン様がいてくださったから。あなたが、私を呼び戻してくださったから……また、女神さまの声が聞こえるようになったのです。本当に……感謝してもしきれません」
「……そんな、大げさなことを」
アランは目を伏せ、照れ隠しのようにそっと微笑んだ。
「大げさなんかではありません」
フローネの声が、少し強くなる。
「私にとって、女神さまの声を聞くことは……生きる意味そのものなんです」
その真っ直ぐな瞳に見つめられ、アランは思わずたじろいだ。
. ◆恩寵は誰がために◆
「それで……村の皆さんにも、聖授の儀でギフトを授けたいと?」
「はい。それこそが、私の小さい頃からの……生きがいです」
その言葉は、まるで誓いのように、はっきりと、力強く響いた。
そこまで言い切られては、もう何も言えなかった。アランは静かにうなずいた。
「……わかりました。では、村の皆さんにお伝えしましょう」
「ありがとうございます、アラン様!」
フローネはぱっと花が咲いたように笑った。その笑顔を見て、アランの胸がじんわりと温かくなる。
村人たちに話すと、最初は戸惑いの声もあった。
「……で、それって、いくらかかるんだ?」
「無料です。フローネが、皆さんに無償で授けたいと」
「……む、無料で? 本当に……? 金はいらねぇのか?」
その言葉に、村人たちの目が見開かれた。次の瞬間には、誰もが口々に「じゃあ、俺も受けたい!」「私も!」とあちこちから声が上がった。
その様子をフローネに伝えると、彼女は目を潤ませながら、そっと微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、アランは確信した。
——ああ、本当にこの人は、女神さまの声を伝えることが、心から嬉しいのだ。
◆女神の声は、笑いとともに◆
聖授の儀の一番手は、リリアナだった。
「フローネちゃんの初めては、誰にも譲らないからねっ!」
そう言って、胸を張るリリアナに、フローネは少しだけ困惑したように笑い、女神像の前に跪いた。
両手を組み、そっと目を閉じる。 祈りの言葉が、静かに教会に響く。
「女神さまに、心から、祈りを捧げてください。」
すると——フローネの身体が、淡い光を帯び始めた。
その光はやがて、女神像へと流れ込み、さらにリリアナの身体を包み込んでいく。
まるで、天から祝福が降り注いでいるかのようだった。
やがて光が静かに収まり、フローネがゆっくりと目を開けた。
「リリアナが授かったギフトは……【魅了の微笑】…いえ、【魅了の微笑】です」
「【魅了の微笑】? それって、どんなギフトなんだ?」
「フローネ、そのギフト……具体的には、どういう能力なのですか?」
フローネは一瞬、言葉に詰まり、頬を赤らめながら答えた。
「女神さまの声では……そっ、その……“稀にみる人たらし”だと……」
「「人たらし!?」」
教会の中と外で、どっと笑いが起きた。
リリアナは得意げに胸を張り、アランは思わず天を仰いだ。
「……なんというか、実にリリアナさんらしいですね」
それからその日を境に、フローネの暮らす朽ちかけた古い教会へは、村人たちが次々と足を運ぶようになった。
人々は彼女から“ギフト”を授けられることを心待ちにし、教会の中はいつしかフローネと村人の明るい笑い声と温かなふれあいで溢れていた。
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