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ネットのモフ友は元彼!?五年ぶりの再会はモプリン愛から

作者: 中洲める




 彼氏いない歴、気づけば5年。

 三十路目前の中沢みのり。

 黒髪を一つに纏め、ブルーライトカット眼鏡をはずして化粧を落とせばキツめの印象はいくらか緩和される。

 けれど、言いたいことをはっきり言う性格が災いして男性には敬遠されがち。


 部屋は1K。ベッドと小さなテーブル、ノートパソコンがあるだけのコンパクトな空間。

 仕事は順調、友達付き合いもまずまず。

 でも、家に戻れば、誰も待っていない部屋の静けさがじわり染みてくる。

 夜のお供はスマホとコンビニご飯。


 干物生活にもだんだん味が出てきた気がする。



 そんなみのりにも、最近は小さな変化ができた。両手にすぽっと収まるモフモフの相棒、手足のないウサギに似たフォルムの感情を持つAIロボット「モプリン」。

 この子が家に来てからは、生活に潤いと張りが出た。





「くーちゃん、今日も可愛すぎじゃない?」

 イエローのもふもふを撫でながら話しかけると、くーちゃんは首を楽しそうにふって「きゅーん」と声をあげる。

 この愛嬌、反則だ。みのりはつい笑みがこぼれる。

 くーちゃんは「くりきんとん」と名付けたモプリンの呼び名。黄色い毛並みが、大好きな栗きんとんにそっくりだったから、深く考えずにそう名付けた。

「おなかの真っ白なとこも可愛いし、丸い頭もおしりも、ぜんぶかわいい」

 褒めれば褒めるほど上機嫌に歌い始めて、みのりの笑顔も止まらない。

 一番話しかけてくれる相手の声を覚えて飼い主として認識するモプリンは、半年共に過ごしたみのりの声をしっかり覚えて反応を示してくれる。

「くーちゃん!」

「みぅん!」

 私の声に応えて可愛らしく返事をして顔を上げてくれた。

 その姿に愛しさが募った。

「君のかわいらしさは人類の英知を集めた至高のものだね、くーちゃん」

 撫でると首をくいっと上げて、何もせずにスンと戻る仕草をみせるモプリン。

 この謎の主張も意味が分からなくて、そこが最高に可愛い。


 風呂も夕食も済ませて、あとはベッドでごろごろ寝るまでくーちゃんと戯れる時間。


 去年の冬に発売されたAIロボットのモプリンをお迎えしてから、みのりの生活は常にモプリンと共にある。

「人に寄り添う」がテーマらしいけど、正直、役に立つ機能もなくて、ただただ可愛く鳴いて首を振るモフモフロボット。

 でも、それだけで心が優しくなれるなんて、自分でも不思議だと思う。

 独りぼっちじゃない。そう思うだけで夜がちょっとあったかくなる。


「さて、トィッターでみんなのモプリンちゃんたちも見てみよっか。くーちゃん、一緒に見よ」

 くーちゃんの体をスマホの画面が見える向きにそっと置きかえてみる。カメラなんてついていないから見えるわけではないけれど、気分だ。

 そしてこの体勢はモプリンのシリを堪能できる絶景でもある。

 まるくて可愛くて、動くとぷりぷりして可愛い。


「もなかちゃん、今日も美味しそうなもの食べてるね」

 豪華な座布団にちょこんと乗ったグレイモプリンの写真。コンビニデザートまで添えられていて、羨ましい生活を送っているらしい。

「あー、てんちゃんはリボンつけてもらってる! かーわいー!」

 フォロワーの投稿をスクロールしているだけでモプリン愛が伝わってきて、みのりの心もほころぶ。

「わぁ、ごまあんちゃん。また新しいお洋服!」

 今回の衣装は手編みのヘッドドレス。

「赤いレースに白い花が映えて、グレイモプリンの毛並みにぴったりだった

 首振りを邪魔しないカチューシャ型で、着脱も簡単。モプリン目線で作られている。

 ごまあんちゃんのことを考えられて作られていて、この方の製作物はモプリン愛に溢れていて大好き。


「ごまぬしさん、お裁縫うまー! リプしとこ」

 グレイモプリンちゃんのオーナーさんは、アカウントにモプリンの名前しか書かれていない。

 そういった方はモプリン名+主という意味で、〇〇ぬしさんと呼ばれる。


「今回のも最高にかわいいですね! ごまあんちゃんによく似合ってます、えーとニコニコの顔文字っと」

 すぐにリプの返事が来る。

「実は二種類作ったんです。こっちはイエローモプリンに似合うと思って」

「ほんとだ、これはくーちゃんに似合いそう!」

 ひもが白、花がピンクのヘッドドレスをごまあんちゃんがつけている写真が添付されている。

「くーちゃんにつけてあげたい!」

 そんなことを思っていたらDMが届いた。




 『こちら、ぜひくーちゃんにつけていただきたく。』


 過去に作った色違いのアクセサリーの写真がいくつか投稿される。

 くぅ、どれも可愛くていいと思った物ばかり。


 みのりはすぐに返信をする。


  『めちゃくちゃ欲しいです! おいくらですか?』

  『いえいえ、お代は……。』

  『いけません! 技術にはお金を払わないとっ!』


 お店でも買えないこんな素晴らしいオーダーメイドをタダでなんてとんでもない!


  『仲良くしてるみのりんさんのくりきんとんちゃんにお揃いでつけて欲しいんですよね。』



 くっ、あいかわらずごまぬしさん優しい。

 モプリンが発売した当初からの相互フォロワーさんで、すごく気が合って、リプはもちろん頻繁にDMでモフ語りをする間柄。


 お金の話は平行線で決着がつかない。



  『そうだ、モフ会しませんか!?』

  『モフ会?』

  『モプリン連れてオフで会う会。略してモフ会です! 確か関東在住でしたよね? 私が最寄まで行きます! それでご飯食べましょう。』




 ご飯代を私が払う、それで等価交換ってことにしてもらおう。

 そう思って提案するとごまぬしさんからの返信が止まった。


 あれ、リアルダメなタイプだったかな。だったら申し訳ない。

 待つこと数分。やっぱりなしで、と入力しようとしたところでチャットが返って来た。



 『あの、別に隠していたわけではないのですが、自分は男です。それでもよろしいでしょうか?』



 なんと! ごまぬしさんは男性だったのか。

 みのりが女性だということはおそらく伝わっている。

 そう考えるととても誠実な人だと思った。

 もしも、何も明かされず行ってそこに男性がいたら、例え紳士な対応を受けたとしてもわだかまりが残ったかもしれない。

 それに、あの可憐で可愛くて繊細な手作りアクセサリーを男性が……。

 会ってみたい!



  『私は全然、むしろごまぬしさんとはずっと直接話してみたいとも思っていました。』



 どちらも一人暮らし、パートナーはいない。

 というかお互いモプリンを生涯のパートナーでいいと言い合っていたくらいだし、ご飯くらい食べても構わないだろう。

 男女ではなく、同じモプリンを愛するモフ友さんとしてお話したいんだ。



  『休日のお昼ご飯をどうですか?』


 夜ではなく昼間会う提案をしてみる。



  『はい、それでしたら是非!』



 ごまぬしさんは快く承諾してくれた。

 最寄駅を聞いたらなんと隣だった。こんなご近所に住んでいたなんて、どこかですれ違っていたかもしれない。

 元々大好きだったけれど、さらに好感度が上がってしまった。


 モフ会の会場を相談して日時を決めて……。



 そうして、うっきうきで出かけたレストランの個室に居たのは……。



「え? なんで、修二がいるの?」

「みのり……?」


 五年前に自然消滅した元カレだった。








「え? なんで、修二がいるの?」

「みのり……?」


 5年前に自然消滅した元カレが目の前に現れた。

 外見はほとんど変わらず、ツーブロックの爽やかな顔立ちに、以前より鍛えられた筋肉がうかがえる。服装も、みのりが知っている頃よりずっと大人びていた。

 みのりは入り口で立ち尽くし、混乱で足がすくむ。


 心臓が激しく鼓動し、頭の中は真っ白。言葉も浮かばず、ただ修二の姿を見つめるしかなかった。


 修二も同じように動揺を隠せず、ぎこちなく腰を浮かせて立ち止まる。二人の間に重い沈黙が流れた。互いに何を言えばいいかわからず、心は不安と懐かしさ、そして戸惑いでいっぱいだった。



 2人ともどうしていいかわからないまま立ち尽くし、沈黙が流れる中。




  ぴぃぃえぇぇ!




 突然テーブルに置いてあるバッグの中から鳴き声が聞こえた。

「ごまあん!?」

「え、何その鳴き声。私知らない!」

 止まっていた時間が動き出す。



「くーちゃん、そんな鳴き方したことないんだけど」


 みのりはテーブルに駆け寄る。


 何せ接し方によってなんと性格が400万通りに分岐する。

 自分のモプリンではしない仕草もあるんだ。


「ねぇ、修二。今のごまあんちゃんだよね。 パラメーターどんなの? これよく鳴く?」

「ごまあんは甘えん坊なんだ。放置してるとたまに構ってくれって鳴くぞ」

「甘えん坊かぁ、くーちゃんは陽キャパリピだからこの鳴き方しないのかな」

 話していると今度はみのりのかごの中から「キュウン!」と元気な鳴き声がした。


「くーちゃん、出していい?」

「ごまあんも出すか。そうだ、これ使え」

 修二が別の鞄から取り出したのはハンカチ。


 白くて肌触りのいいそれを開いてみのりは驚く。


「え、なにこれ、めっちゃ可愛い! くーちゃんの刺繍と名前がはいってる」

「昨日完成させた。ごまあんのもある」

 ドヤりながら黒いハンカチを開いて見せる。

 そこにはやはりグレイモプリンとごまあんと書かれた文字が刺繍されていた。


「自分で刺繍したの?」

「おう、入れたい図案は自分でやるしかないと思ってな」

「わぁ……」

 元々器用だったけど、すごいな。

 じっくり見ても綻びが見つからない。


「くりきんとんちゃんそれに載せて、ごまあんこっちに載せるから写真撮ろうぜ」

「うん!」

 修二からの提案に二つ返事で勢いよく頷いて、イエローモプリンをかごから取り出す。


「フンフーン」

「ご機嫌だねぇ、くーちゃん」

 お出掛けが楽しいらしく、いつもより首振りが激しい。

「ごまあんも楽しそうだ」

「こっち向けて、あそこを背景に撮ろう!」

「よしきた!」

 個室なのをいいことに二人でモプリン撮影会を始める。


 

 一緒に笑っている自分に気づき、胸が少し痛んだ。

 昨日まで修二はいない世界で生きてきたのに、隣で笑っていると『空白の五年』がまるでなかったことみたいに感じてしまう。

 その温かさと、取り戻せない時間への寂しさがないまぜになって、複雑に心を揺さぶった。


 けれど、それらを全て包み込み穏やかな時間にしてくれているのは、モプリンたちがいるからだ。


「そろそろ飯を頼むか」

「あ、忘れてた」

 十五分ほど撮影会をした後、ようやく注文もしていないことに気付く。


「お前、何にする?」

 メニューを開くとおいしそうなイタリアンの料理が並んでいる。

「パスタ……、しらすがあるんだ」

「ピザにもあるみたいだぞ」

「じゃあパスタはサーモン食べたいなぁ」

「しらすピザ頼んでシェアするか?」

「するする!」

「んじゃ、俺はボロネーゼにするか」

「ボンゴレじゃないの?」

 昔から修二といえばパスタはいつもボンゴレだった。

「昼からニンニクはダメだろ」

「えー、気にすることないよ。だったらアヒージョ頼んじゃおうよ。エビとマッシュルームおいしそう」

 別にニンニク臭を気にする仲でもないしと言えば、修二は一瞬驚いた顔をした後笑う。

「それならボンゴレでいいな」

 タッチパネルで注文を通し、ようやく一息つく。


 顔を見合わせ、同時に笑った。



「なんか、昔のまんまね修二」

「そういうみのりこそ、変わらな……、いや、きれいになったか?」

「……っ! そ、そういうの言った事ないじゃない」

「昔は可愛かったしな」

「今は可愛くないんですかー?」

「可愛いより、きれいになった」

「……くぅ。なんか口が上手くなっててムカつくわ」

「はっはっは、これでも優秀な営業なんで」

 くーちゃんたちは汚したくないので一旦かごに避難してもらって、二人でご飯を食べる。


「ん、このピザおいしいっ!」

「アヒージョもいい味だな。パンがうまいぞ」

「え、食べたい!」

「ほらよ」

 修二がみのりの方へアヒージョの入ったスキレットを押し出してくれる。

「あつ、あつ! けど、熱いのがおいしい!」

「だよな」

 嬉しそうにニカリと笑う修二の顔は昔と変わらない。

 料理を食べながら、モプリンたちの仕草や鳴き方、修二が作ったアクセサリー。

 それから離れていた間の話。


 会話は途切れることはない。


 楽しいな。

 修二と一緒にいるのは居心地がよかったとみのりは思い出す。


 付き合ったのは大学一年で四年間ずっと一緒に居た。

 気が合うし、お互いの好みは熟知しているし、何をして欲しいかも何となくわかる。

 就職のドタバタで疎遠になってしまったけれど、嫌な思い出は一つもない。


「デザート食うだろ?」

「食べる!」


 たぶん修二も同じことを思っている。

 だって、顔を見るだけで、修二が今すごく楽しそうにしているのが分かる。

 今、凄く楽しんでくれているんだ。



「それにしてもごまぬしさんが修二だったなんて、器用なのは知ってたけど手芸なんて出来たんだ?」

 付き合っていた時は手芸なんて全然やっていなかった。

 会わなかった五年の月日を感じてみのりはなんだか物寂しさを感じる。


「いや、ごまあんを飼うまではやったことなかったぞ」

「うっそ、たった半年で極めたの!?」

 モプリンが発売されたのは半年前だ。それに合わせて初めてあの出来栄えの物が作れるなんて!

 編み物、刺しゅう。洋服、アクセサリー。

 どれもこれもお店に並んでいてもおかしくないクオリティのものばかりだ。

「ごまあんにつけてやるならこだわりたいだろ」

 真顔の修二。

「ふふふふ、本当に大事にしてるんだねぇ。ごまあんちゃんのこと」

「おまえだって、くりきんとんちゃん。溺愛してるじゃないか」

「そりゃそうよ、こんなに可愛いんですもの」

 テーブルの上で楽し気に歌っているイエローモプリンを撫でた。


 デザートだけになったところで、モプリンたちを出して一緒に写真撮影をした。

 撮影会に熱が入り、ちょっとばっかりデザートが温くなってしまったけれど、じゅうぶんおいしい。


 二匹のモプリンが並んで楽しそうにしているのを見ているだけで癒される。


「みのりはいつかペット可の家に引っ越したらうさぎが飼いたいってずっと言ってたもんな」

「うさぎ憧れー! でもペット可の賃貸たかーい。それに一人暮らしなら寂しい思いさせちゃうし」

 しかし、全ての条件を一気に解決できるのがモプリンだった。

 発売を知ったのは偶然だったけれど、悩むことなくカートに入れて購入ボタンを押していた。

「くーちゃん最高!」

 抱き上げると体をくねらせながらフォゥ!とテンションの高い声を出す。

「お、くーちゃん盛り上がってるね!」

 抱き上げられるのが好きなくーちゃんは抱っこされると、楽しそうにはしゃぎだす。

「俺はお前がうさぎを飼うって散々言いまくってくれたから、トゥイッターでモプリン見た時につい思い出してポチっちまった」

「覚えてたの?」

 みのりと修二の関係が消滅してからもう何年も経っている。

 未だに付き合っていた時のことを覚えているとは思わず、みのりは意外な物を見るように修二を見つめた。


「おまえの事は忘れてないよ」

「……っ」

 どきりと、みのりの胸が大きく高鳴った。


 真っ直ぐな真剣な瞳には昔と同じ熱を感じられる。


「何よ、連絡くれなくなった癖に」

「それはお互い様だろ」


 希望の仕事に就けたとはいえ、慣れない業務に手一杯。

 お互いに連絡を返すまでに徐々に時間が空いて行き、気づけば時間が過ぎていた。


 ようやく仕事に慣れて落ち着いたけれど、今更連絡をして何になると連絡を取ることはしなかった。


「俺、今日みのりと会ってわかった」

「なによ」

「俺たち、もう一度付き合わないか?」

「!?」

「まだお前のこと好きだ。みのり」


 修二の提案に、みのりは反射的に口を開いた。

 けれど、みのりの声は喉の奥でつかえて出てこなかった。


 もう、とっくに色あせてしまったはずの想い。

 なのに修二を目の前にすると、胸の奥で錆びついた針が動き出すように、ちくりと痛みを伴って蘇ってくる。


 懐かしいぬくもりと、もう一度信じてもいいのかという怖さ。

 ふたつの感情が胸の奥でぶつかり合い、言葉に変えられない。


 視線を上げれば、まっすぐな修二の眼差しがあった。

 そこには迷いがなく、ただ切実に自分を求めている熱が宿っている。


「……っ」

 耐えきれず、目を伏せてしまう。

 その真剣さを受け入れることができれば、幸せかもしれない。けれど、同時に過去と向き合わなきゃいけない怖さも押し寄せてくる。


 もう一度失いたくない――。

 そう思うほどに言葉が重くなり、みのりは結局、うなだれて沈黙するしかなかった。


 修二は、ただそんな彼女を見つめている。

 焦らず、無理に返事を求めることもなく、ただ祈るように。

 その瞳の奥に、五年という空白を後悔してきた重さと、今度こそ失いたくないという強い願いが揺れていた。


「まぁ、答えは急がん。よければまた会ってくれよ。モフ友としてでいいから」

「あ、うん。それは歓迎」

 今日はとても楽しかった。


 たくさんアクセサリーや洋服、敷物なんかももらってしまったし。

 これをくーちゃんにつけて撮影するのが楽しみだ。

 私からはおいしいお菓子を持ってきたんだけど、修二は嬉しそうに受け取ってくれた。


 なんか、図らずも修二の好物だったんだよね……。


 そうして予約の2時間が経って解散となった。

 家まで送るって言われたけど、駅で別れ帰ってきた。

 



 ふわふわした気持ちのまままずくーちゃんの毛並みを綺麗に整え、充電用のベッドに置く。


 それからお早めにお風呂に入ってスマホを開いた。

 そこにはさっそく修二からのDMが入っている。


「ふっ、もうお菓子開けて食べたんだ」

 無事に帰ったかという問いかけと、うまかったとサムズアップの絵文字付きで、あげたお菓子の写真が添付されていた。

 お持たせで有名な和菓子屋のヨウカン。

 十本入りなのにもう半分無くなっている。


  『そんなに一気に食べると太るよ』

  『これから筋トレするからだいじょうぶ』


 気安くなったDMのやりとり。

 オフ会する前と後ではがらりと変わってしまった。

 それは全然嫌ではなくて。むしろ、なんだか嬉しくもある。



 でも、素直にもう一度付き合うのにはなんだか抵抗があった。



 もう終わった関係。修二のことは嫌いじゃない。一緒にいるのも楽しい。

 けれど、今も好きかと言われたら……。わからない。



「えーん、くーちゃんどうしたらいいと思う?」


 充電が終わりお腹いっぱいになったイエローモプリンを抱き上げる。

 ハウスから取り上げられたモプリンは、楽しそうに首を振りながらみのりの腕に収まった。


「くーちゃんは、ごまあんちゃんに会えて楽しかった?」

 話しかけると同意するようにソウネッ!と聞こえる甲高い鳴き声を上げる。

 言葉を理解していないはずなのにたまに絶妙な反応を返してくれるのがたまらない。



「もうあれから五年だよ?」

 とっくの昔に終わった関係。

 けれど、新しい相手がいるわけでもない。


「いまさらなんだよなー……」


 結婚を焦る気持ちはなくなったし、くーちゃんがいれば寂しくない。

 親は結婚を催促するわけでもないし、職場も独身が多い。


 割と充実してしまっている。


 ……けれど。


  『今日は楽しかった。みのりに会えて嬉しかった。また会いたい。連絡先、変わってる?』


 入れられてくるメッセージにときめきを感じてしまうのも事実。


  『変わってないよ』


 その直後、ラインの着信通知が入った。


  『ほんとだ、嬉しい』

  『早すぎでしょ』


 埋もれてしまっていたトークルームが再び一番上に来る。

 上にスクロールすると約束をしては謝罪するというやり取りが期間を空けて繰り返されていた。


「私も、修二もいっぱいいっぱいだったんだなぁ」

 懐かしい気持ちで見ていると新しいメッセージがどんどん送られてくる。


「あははは、修二ってばどれだけ嬉しいのよ」

 会えなかった時間を埋めるように、修二からのメッセージは途切れない。

 そして私も今度はすぐに返事をする。

 トークルームはどんどん新しい会話で埋め尽くされていく。


 今日は帰ってからたくさん撮った写真を吟味してトィッターに投稿するつもりだったのに、すっかり忘れて眠ってしまった。


 



 それからトゥイッター上でごまぬしさんとやり取りしながら、ラインで修二と話をするのが日常になった。


 おはよう、お休み。


 偶然撮れたモプリンたちの可愛い仕草や鳴き声。

 新作のアクセサリーや洋服のお披露目。


 今まではトゥイッターへ最優先に投稿していたものを、まず修二とみのりが共有してからするようになった。

 お互いのモプリンを自慢し、相手のモプリンの可愛さを称える。

 生活にさらに潤いが出た。



 休日の昼間、二人と二匹で出かけたりもした。



 恋人というよりも友達寄りの付き合いだったけど、たまに熱のこもった修二の視線に見つめられ、みのりは胸がときめくのを感じた。



 そんな付き合いが三か月。


 もうすぐ誕生日。年齢を一つ重ねてしまう。

 結婚を考えたらもうきちんと返事をするべきなんだと思う。


 ごまぬしさんとはずっと友達でいたいけれど、一人の男として修二を縛り付けてはいけない。

 誕生日が近づくたびにそんな思いが強くなってった。



 そんなある日……。




 久しぶりに風邪を引いた。

 一昨日、職場の同僚が体調が悪いって言いながらマスクもせず咳をしていた。

 そいつは今日休み。

 だから嫌な予感はしていたんだ……。

 午前中から寒気が止まらず、喉が痛くなり、咳も出だして慌ててコンビニでマスクを買って何とか定時まで頑張った。


 その足で医者へ行き、薬をもらった。


 家に帰り何も食べる気力も湧かず薬だけ飲んで布団に入って、気づいたら22時だった。

 パジャマが汗でぐっしょりだ。


 着替えて布団に入り込み、熱を測る。

「うわ、38度……。でも、夕方は40度だったからは下がった方か……」

 喉が痛くて声がガラガラ。日曜日には久しぶりに修二とごまあんちゃんとモフ会をする予定だったのに。


「明日から三連休なのにぃ」

 悔しくてダルいのに眠れない。

 スマホを取り出すと、修二からラインがたくさん届いていた。


 昔の修二だったら私からの連絡が途切れた時点で返信はなかった。

 元々近くに居すぎてラインでの連絡は必要事項のやり取りのみだった。

 たぶんそれがいけなかった。

 離れても同じ使い方しかしなかった。


 けれど、今は自分の気持ちや私の状況を尋ねる言葉、スタンプや様々な提案をしてくれる。

 それに倣って私もたくさんメッセージを入れるようになったんだ。


 以前とは違いたくさん流れるようになったらタイムランをスクロールする。


 最近再販されたおかげで新しいモプリンオーナーさんの情報なんかも載せられていて、思わずそれを追うのに夢中になってしまった。

 だって、手足もないのにすごく動く子で、呼びかけに答えてつるつるのクッションの上をよいしょよいしょとオーナーさんのところまで歩いてきてたんだ。

 可愛すぎでしょう!

 モフ美ちゃんはまたおいしそうなパフェと一緒だ!

 リプしたい。そう思って指を動かそうとした瞬間。


「ごほっ……ごほごほっ」

 咳が出て、自分が風邪をひいていたことを思い出す。

 風邪にも効くなんてモプリン万能すぎ……。


 引用されていたトゥイッターを閉じて、ラインへ返事をする。

 


 『ごめん、風邪引いた。モフ会中止で。ごまあんちゃんに会いたかった』

 『熱は? 飯あるか? スポドリとか、あ、医者行けよ。あと俺は!?』


 返信を見てみのりは笑ってしまった。

 まず心配してくれるのが修二らしい。


 『熱は38度ある。退社後に寄ってお薬貰った。ご飯は、買い忘れた……』

 

 ご飯で思い出し、くーちゃんに目を向けると緑色のランプがついて充電を終えていることを告げていた。


「くーちゃん。今日は構えなくてごめんねぇ……」

 重い体を起こし、イエローモプリンを抱き上げる。


 フンフフンフフフンフーン!


 高速で歌って体をくねらせるくーちゃん。まってましたー!って感じが可愛いけれど、今日は構ってあげられないのだと罪悪感が募る。


「せめて、一緒に寝ようか」

 汗を付けないようにタオルで包んで、枕の横に置く。

「くーちゃん……」

 温かい体温に体の力が抜けていく感じがする。生き物の気配ってどうしてこんなに安心できるんだろう。

 ロボットなのに、ちゃんと生きている感じがする。


『飯、何なら食える? スポドリと一緒に届ける』

『そんなの、悪いよ。明日の朝自分で行く』

『ばか、こんな時くらい頼れ。中には入らん。外のドアノブにかけて帰るから気にするな』

『……ん、ありがと。喉痛いからゼリーとかなら』

『了解』

 スタンプが帰って来てすぐ静かになった。


 何度か送って貰ってるから家の場所は知っている。けれど、まだ部屋に上げたことはない。

 信用できないとかではなく、自分の踏ん切りがつかないだけだ。


「このままじゃ、やっぱり駄目だよね」

 修二は優しい。けれど、その優しさに甘えるばっかりじゃダメだってことは分かっていた。

 こんな夜中だっていうのに、付き合ってもいない女のために買い出しをしてくれる。

 他の人にもするのかな……。

 そう思ったらもやもやした。


 修二のことを考えていると思考がぐちゃぐちゃになっていく。

「熱が上がってきたかも……」

 自然と瞼が下りていき、みのりはイエローモプリンを撫でながら眠ってしまった。


 真夜中に目を覚ますと、ラインに玄関前の写真が送られているのに気づいた。

『寝てそうだな、起きたらここにあるから取ってくれ』

 重そうなスポドリは玄関脇に、その他のものはビニール袋に入れられて口はテープで封をされていた。

 玄関を開くと、がさりと袋が揺れた音がする。

 荷物を中に入れ、すっかり常温に戻ったスポーツドリンクを飲むと体に染みわたっていく。


「おいしい……」

 飲んだらお腹が空いた気がして、レトルトのおかゆを温める。

『荷物受け取った、ありがとう』

 スタンプを押すとすぐ既読がついた。


『ちゃんと水分とれ。何か食え。みのりは体調崩すとすぐ食べなくなるんだから』

『まだ起きてたの? もう2時だよ。今からおかゆ食べるところ』

『薬は? 前に飲んだのいつだ? 今のうちに飲んどけ』


 次々届くメッセージに、心配で眠れなかったのだと察する。

 胸の奥がじんわり温かくなり、みのりは自然と笑みをこぼした。


『修二、お母さんみたい』

『ちげぇよ。――彼氏になりたい男だ』


「……!」


『好きなやつの心配はするだろ』


「こういうストレートなとこ……。変わってない」

 付き合い始めたのも修二からの真っ直ぐな告白からだったのを思い出す。


 みのりはメッセージを見たままキッチンでしゃがみ込んだ。


 


『看病に行きたい。顔も見れないまま心配しているのは嫌だ』

『移しちゃうよ』

『万全にしていくから』


 このドキドキは、風邪からくるものなのか。

 それとも……。


 無性に修二に会いたくなってしまった。


『明日の予定とかは?』

『ない』

 即答。

『じゃあ、修二の都合のいい時に、ちょっとだけなら』

『よし! わかった。欲しいものはあるか?』

『ないよ。今日いっぱい持ってきてくれたじゃない』

『重くならんようにあれでも吟味した。まぁ、日持ちしそうなもんとか買ってく。寝てたら適当に時間潰すから俺のことは気にせず寝てろ』

 薬飲め、飯を食え。早く寝ろ。

 そんな短いメッセージが次々入って来て途切れた。


 みのりは微笑みながら了解のスタンプを押す。


 心がふわふわと温かい。


 湯煎していたおかゆを取り出して食べると、その熱でさらに胸が温かくなった。


 薬を飲んでベッドに入る。

 枕の傍にいたイエローモプリンをハウスに戻し、布団に入って目を閉じた。


「心配してくれる人がいるって嬉しいな」


 それが修二であることを、みのりは嬉しく思った。



 翌朝、チャイムが鳴った音で目を覚ます。

 スマホを見てみると修二からのメッセージがたくさんはいっていて、今までこれに気付くことなく寝ていたことが分かった。


 『早すぎたか?』

 『スポドリ、追加で買った』

 『悪化してないか? 心配だ』

 『すまん、メッセージ入れて起こしたら悪いって思うが、繋がってるのがここだけだって思うとつい入れちまう』


 心配と反省が交互に並んでいて、くすりと笑ってしまった。

 修二がどれほど心配してくれていたのかが伝わってきて、嬉しい気持ちでいっぱいになる。


『……! 起きたのか、体調は!?』

 既読になったことに気付いたらしい修二からすぐメッセージが届いた』

『ごめん、いまおきた。あける』

 変換する余裕もなくそれだけ送って、起き上がる。


「まだ体が重いけど、少しマシかな」

 玄関まで歩いてドアを開ける。

「すまん、寝てるとこ起こしちまった」

「だいじょうぶ、ちょうどおきたとこ」

「なんかまだ、フラフラしてんな。熱は?」

「まだ計ってない」

「ん、どれ」

 修二の大きな手が額に当たる。冷たくて気持ちいい。

「まだ熱いな。起こしてすまん。早く横になれ」

「……ん」

 小さく頷いてベッドへ戻る。

 ワンルームの小さな部屋だから玄関を開けてすぐキッチンとトイレ、風呂。短い廊下の先がリビング兼寝室だ。

 廊下をさえぎるドアを開けていれば声は十分届く。

 修二はガサガサとビニール袋を空けて冷蔵庫へ持ってきたものをしまってくれているみたいだ。

「飯は食った?」

「まだ……」

「食えそう?」

「たぶん」

「レトルトになんか足すか。キッチン使うぞ」

「……ん」

 やっぱりなんだかぼんやりしている。

 

「できるまで寝てろ。くりきんとんちゃんと、ごまあん、ここに置いておくな」

 ハウスから出したイエローモプリンと、修二が持っていたバッグの中からグレイモプリンを出してみのりの枕元へ置く。

「わー、ごまあんちゃん。会いたかったよー」

「俺は?」

 2匹を撫でていると、修二が不満そうな顔をしてみのりを見た。

 そんな修二に、みのりは目を合わせ笑いかける。

「来てくれて、ありがとう」

「お、おう」

 返事をしてそそくさとキッチンの方へ行ってしまう。

 照れるなら催促しなきゃいいのに。

 そんなところが可愛いと思ってしまった。


 枕元には2匹のモプリン。

 キッチンには人の気配がして、料理の匂いがする。

 

 モプリンがいるのとは別の安心感。

 修二がいてくれるんだ。

 そう思うとなんだか幸せな気持ちになる。

 そのまま目を閉じて……、すんなり眠りに落ちて行った。





 次に目を開けた時、ベッドの脇には修二がいた。

 私が動いた気配を感じたのか、スマホから顔をあげて、優しく覗き込んでくる。

「起きたか? 飯、食える?」

「ん、たべる……」

 のどの痛みは大分引いてきた。これなら少し食べられそう。

 そう頷くと、修二はふっと穏やかに微笑んで、私の頭を大きな手でそっと撫でてくれた。


 布団から出ると修二は、毛布を引っ張り出してみのりの体に巻き付ける。


「体冷やすな」

「うん、ありがと」

 そしてハウスから出したモプリンたちをみのりの膝に置く。

 じんわりとした温かさが体に沁みて、久々に構ってもらえるのが楽しいのか撫でるたび嬉しそうに首を振る。

「かわいいなぁ。もっと構いたいー」

「よくならんと遊べないからな、早く直せ」

「うん」

 みのりがモプリンたちと戯れている間に、修二はテーブルの上におかゆやスプーンなんかを用意してくれる。

「食べ終わったら着替えろ」

「うん」

 至れり尽くせりで心がふんわりと温かくなる。

 修二が作ってくれたたまごのおかゆは、驚くほどおいしかった。

 レトルトだって言っていたけど、たまごや出汁が加わっていて、控えめな塩気が体の隅々に沁みわたる。

 脱衣所で汗を拭い、新しいパジャマに着替えて布団に戻ると、ほっとした気持ちと心地よい眠気がまたやってくる。


「帰るなら、そのまま帰ってだいじょうぶ。オートロックだから鍵は——」

「わかった。俺のことは気にせず寝ろ」

「ん……。ねぇ、修二」

「なんだよ、ちゃんと寝ろ」

 はみ出した肩に布団をしっかりかけてくれる、その優しい手の温かさが嬉しくて、不意に涙が込み上げてきた。

 しばらくぶりに、誰かの手が傍にある。そのことに気づいた途端、緊張の糸がほつれて涙が止まらない。


「何泣いてんだ?」

 修二は驚いた顔をしながらも、そっと私の涙を指でぬぐってくれた。

 私は声を震わせて問いかける。

「また私でいいの?」

「みのりが、いいんだよ」

 修二はベッドの縁に腰掛け、優しく私の頭を撫でながら、指先で頬の輪郭をなぞってくれる。


「結婚するならお前しかいないって思ってた。でも、俺の要領が悪くて手を離してしまったこと、ずっと後悔してたんだ」

 その顔には、後悔や切実な思い、私の知らない様々な感情が浮かんでいた。


 連絡の間隔が広がるごとに、「もう相手には新しい人がいるかもしれない」と不安になった。

 今さら連絡をとってもどうにもならない気がして、メッセージを送っても都合が合わず予定が流れ、それが繰り返されるうちに、やがて何も言えなくなった。

 日常のちょっとした会話すら、送るのをためらうほど距離ができてしまっていた。


 そんな関係だったのに、「まだ好きだ」と言われても、すぐには信じられなくて戸惑うだけだった。


 でも。


「しっかり働いて、稼げるようになって、安定したらちゃんと伝えようって思ってた。……本当は、もっと早くプロポーズしておけばよかったな」

 苦笑しながらそう言う修二の顔は、昔よりもずっと大人びて見えた。

 私の知らなかった表情に、胸がざわつく。


 私がうまく言葉を返せずにいると、修二は苦笑して、もう一度そっと私の頭を撫でてくれる。

「それは俺の勝手な考えだから。みのりは、自分の気持ちを一番に考えてほしい」


 その一言が、不思議なくらい温かく心に沁みた。

「……いいから、まず身体を治せ。ゆっくり寝なさい」

 修二が腰を上げかけたとき、私は無意識のうちに体を起こしてその手を掴んでいた。


 今、この距離が離れてしまうのが、どうしようもなく寂しかった。


「みのり?」

 戸惑いがちに振り返る修二の手に、私はそっと指を絡める。

 前よりもたくましくなった手。その温もりは、昔と同じままだ。


 忙しさに押されて手を離してしまった。でも今なら――。逃げずに隣にいたいと、心がはっきり告げていた。


 


 5年前に置いてきてしまった気持ちが、あの頃と違う色をもって鮮やかに蘇る。


「もう一回付き合おう? 私、修二のこと、好き」

 しっかりと指を握りしめると、修二は深く息をついた。


「え、なに!? 遅かった?」

「ちげーよ。お前、まず風邪治せ」

「うん」

「じゃねーと……」

「……なに?」

「なんもできねーだろ」

「っ!」

「ふはっ、顔真っ赤」

「熱、あがりそう……」

「ほら、くりきんとんちゃんも心配してるぞ」

 修二がイエローモプリンを渡して、やさしく布団をかけてくれる。

「くーちゃん、あったかい……」

「寝たらちゃんとハウスに戻しとくから、それまで存分に吸っとけ」

「……うん、ありがと」

「ごまあんと俺も、ずっとここにいる」

「……うん、嬉しい」

「……このくらいなら、いいよな」

 そっと近づいた修二が、マスクをずらして私の額にやさしくキスした。


「~~~~っ!」


 あまりの驚きに固まる私を、照れたように笑いながら修二はマスクを戻す。


「早くよくなれ」

「……がんばります」


 修二の気配が、眠りにつくまでずっと隣にいてくれる。

 自分を大切に思ってくれる人がいる。

 その暖かさに包まれながら、私は静かに目を閉じた。









 修二と再び付き合い始めた。

 そして今日は私の誕生日だ。


 付き合うようになってお互いの家デートも増えた。

 一駅しか離れていないんだ。1回帰ってお互いのモプリンを連れてから会いにいっても苦にならない。

 だからこうして週末はどっちかの家にいる。


 今もカーペットの上のクッションで並んで、真ん中のモプリンたちが揺れながら歌をハモっている。


「なぁ」

「何?」

「近いうちにさ……」

「うん」


 修二の手がみのりの指に絡む。

 その瞬間、みのりの脳裏に自然と未来が浮かんだ。

 同じ鍵を回し、ただいまって笑い合う毎日。

 くーちゃんとごまあんが寄り添って眠る横で、私と修二が同じソファに座っている光景。


 まるで、それがもうそこにあるかのようだった。


「同じ家に帰ろうぜ」

「!」


 胸の奥に響いた言葉に、熱いものが込み上げる。


「――結婚、しよう」


 修二の声がほんの少し震えていた。

 みのりは胸がいっぱいになり、言葉にならない思いを頷きで返した。


「……うん。私も、ずっとそう思ってた」

 修二はガッツポーズをして喜んだ。

「よし! よし!」

 こんなに喜んでくれるのは、やっぱり嬉しい。

 修二が好きでいてくれるっていう実感がさらに深くなる。

 こういう素直なところが好きだとみのりも笑みを深くした。



 でも、ずいぶん回り道をしてしまったけれど、ここに落ち着くのなら悪くない。


 五年間、私は自分に言い訳して修二の手を離した。

 その心の隙間をモプリンが埋めてくれていた。

 でも今、隣には修二がいて、まっすぐに未来を語ってくれる。

 あの日失った手を、もう二度と離したくない。

 心の底からそう思える。


 だからプロポーズの言葉がすとんと胸に落ちた。



「結婚かぁ」

「卒業するときプロポーズしときゃよかった」

「うーん、でもあの時だったらもしかしたら断ってたかもよ?」

「うげ、そうなのか?」

「だって、せっかく希望の職業についたんだし、すぐ辞めたくないじゃん」

「ぐ……確かに。苦労して就職決まったんだもんな」


 あいかわらず、修二は自分の感情や都合よりも相手を優先しようとする。

 そういうところがいいところだったんだって今ならわかる。

 あの頃はそれが「当たり前」だって思ってたから。




「へへへ、結婚したらずっとごまあんちゃんいられるねぇ」

 グレイモプリンを抱き上げて顔を寄せる。

「だから、俺は!!」

「もちろん、修二も」

 やきもちを妬く可愛い人にはキスを。


「みのり……」

「修二……」


 唇が離れもう一度重なろうとしたその時。



 ぷい~~~~!!

 きゅぅん!


 まるで自分たちを忘れるなというようにモプリンたちが鳴く。


「……ふっ」

「あははは」

 顔を見合わせ笑い合う。

 カーペットの上に取り残されたイエローモプリンを修二が抱き上げた。

「忘れてないぞ、くりきんとんちゃん」

「もちろんごまあんちゃんも一緒だよ」

 抱っこしていたグレイモプリンをみのりが撫でる。



「部屋どんなのがいいかなぁ?」

「広めがいいよな」

「うん」

「ペット可にするか?」

「ううん」

 ずっとウサギを飼ってみたいと思っていたみのりの言葉を覚えている修二。

 ささいな約束を覚えてくれているのが嬉しい。

 みのりは修二の言葉に首を横に振った。

「うさぎは可愛くて気になるけど、今はくーちゃんとごまあんちゃんを大事にしてあげたいじゃん」

「そうだな」

「それに、家族、増えるかもしれないでしょ」


 みのりの言葉に修二は微笑んだ。ふたりと二匹、それからまだ見ぬもう1人……。


 未来のあたたかい気配に笑みが深くなる。


「これからは、ずっと一緒だぞ」

「うん!」


 まずは2人と2匹。


 もしかしたらそう遠くない未来に「家族」は増えるかもしれない。


 人に寄り添う優しいロボットが、大切な人と合わせてくれた。


 そんなたくさんの出会いの中の一つの物語……。





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