05.可愛ければモテるって聞いたけど、限度ってものがあるだろ!?
ギルドのホールを出たあと、近くの石のベンチに腰掛け、ぽかぽかとした陽射しを浴びていた。
「大丈夫だよモモちゃん。さっきの先生も言ってたじゃん?入学できないわけじゃなくて、ちょっと話があるだけだとかって。だから、これからもずっと一緒だよ~」
アカネがそう言いながら、優しく俺の頭を撫でてくる。
……いや、そもそも俺、そんなに落ち込んでないんだけど?
むしろ驚いてるのは、モモの才能のなさが、わざわざ個別に呼び出されるレベルだったってことだ。
「まぁ……」
「ほら、元気出して!私たちは絶対に一緒に入学できるから!」
ルカも俺の正面で満面の笑みを浮かべ、これでもかというくらいポジティブオーラを放っている。
……いやいや、そんなに気を遣われるほど落ち込んでないって。でも、ちょっとは悔しいかも。
だって、俺は世界最強の暗殺者だったのに、今や学園最底辺の封能者。
この落差はさすがにショックだ。
でも、これって別に俺のせいじゃないよな?そもそも、俺がこの体に転生させられたのはアメリィなんだし。
つまり、悪いのは……アメリィ!お前だーッ!!
……まぁ、でも冷静に考えれば、彼女のやったことは間違いじゃないのかもしれない。
結局、俺は椎名モモとして生きていくことになったわけだし、ある意味、アメリィはモモに新しい人生を与えたとも言える。
「まあ、おれ……あっいや、あたしは本当に気にしてないし、とりあえず先生を待つ間、学園を軽く見て回らないか?せっかくの新生活だし、ちょっとくらい散策してもいいだろ。」
そう言って笑顔を作ると、アカネとルカもようやく安心したのか、ほっとしたように笑ってくれた。
「うんっ!それなら行こう!」
「うんうん!じゃ、さっそく出発だね!」
「よし、行くか。」
俺たちはほぼ同時に石のベンチから立ち上がり、辺りをぐるりと見渡す。
そして、ギルドホールの入口右手に伸びる道を選び、学園内を探検することにしたのだった。
けど、数歩歩いただけで、何かおかしいことに気づいた。
どうしてすれ違う学生たちが、みんな俺の方をじっと見ているんだ?しかも、ただ見ているだけじゃない、中には歩いている途中で、道端の木にぶつかりそうになっている人もいる!?
一体、どうなってるんだ?顔に何か変なものでもついてるのかな?
「すみません、あの……!」
俺が完全に状況を理解できないまま立ち止まっていると、突然、同じ制服を着た男子学生が駆け寄ってきた。
彼はちょっと恥ずかしそうな笑顔を浮かべていて、見た目からして同級生のようだった。
「え、あなたは……?」
「僕、今日入学したばかりの新入生、ライアンです!」
彼は胸を張って、かなりの勇気を振り絞ったように言った。そのまま続けて、
「えっと…名前、教えてもらってもいいですか?」
「……は?」
いや、まさかこれってナンパ?
っていうか、さっきアカネが“学校では、あんまり気軽に男子の誘いとかに乗っちゃダメだよ”って言ってたし、まさにそのシチュエーションだ。
すごっ!完全に予測されてたってことか……!
「椎名モモ。」
礼儀正しく答えたけど、これが彼に対する承諾だなんて思わないでほしい。だって、俺は男だから!
体は確かに女の子だけど、心は絶対に男だ。そこは勘違いしないでほしいよ。
「椎名さんですね!名前も素敵ですが、ご本人もとても魅力的ですね!」
彼は目を輝かせ、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
え、なんだこれ?古典的なナンパのセリフじゃねぇかよ!
「それで……もしよかったら、友達になりませんか?」
「すみません、モモちゃんは今忙しいんです。」
彼が言い終わる前に、ルカがまるで閃光のように俺の前に立ち塞がった。
笑顔は変わらずキラキラしているけれど、彼女の声には容赦ない冷たさが感じられた。
「友達なら、もっと後で親しくなってからにしてね?」
「え?でも…」
「今は——忙しいの!」
ルカの笑顔が少しだけ広がり、その眼差しはまるで鋭い刃物のようになった。
その一瞬で、彼の顔色が一変したのを俺はしっかり見ていた。
「え、えっと……それじゃあ、次回また話しかけますね!」
彼はすっかり萎縮して、硬直したままお辞儀をし、全力でその場を離れた。
途中、足がもつれているのが、まるで漫画のようだった。
「……」
呆然とその光景を見つめるしかなかった。あまりの衝撃に、言葉が出てこない。
が、それも束の間。
「あの……すみません。」
また来た!?
今度は赤髪の男子。ただ、さっきの新入生とは違い、制服のデザインが微妙に違う。
……ってことは、先輩か。
「椎名さんですね?初めまして。二年のカイルです。」
彼は礼儀正しく微笑んだ。その余裕のある態度は、さっきの男の子のぎこちなさとはまるで違う。
ってか、なんで俺の名前知ってんのか?
「はい?」
「先ほどあなたが通るのを見て、つい見惚れてしまいました。もしよかったら……」
「あっ、ごめんなさ~い。」
彼のセリフが終わる前に、アカネが素早く俺の前へ出る。にこやかに微笑みながら、さりげなく立ちはだかった。
「先輩、あたしたち今日が入学初日なんです。まだこの環境に慣れていなくて……あまりに一度にたくさん声をかけられると、小桃も困っちゃいますよ~?」
「えっ……?で、でも……」
「先輩?」
ルカがさらに前へ出る。声は優しいが、スッ……と手が相手の肩に置かれた。
「モモちゃんってね、すっっっっごく!恥ずかしがり屋なんですよ?」
「……!!!」
ルカの笑顔が、一瞬でとんでもなく怖くなる。空気が一気に重くなり、男の顔が引きつる。
彼は一瞬フリーズした後、ぴしっと背筋を伸ばし、すぐさま深々と頭を下げた。
「ほ、本当に申し訳ありません! 失礼しました!!」
そして、彼は即座に方向転換し、脱兎のごとく逃げ出した。しかもさっきの新入生よりも速い。
だが、それで終わりではなかった。
「えっと……すみません!」
三人目、四人目と次々に……
気づけば、周囲には男子生徒の群れができていた。中には「野次馬」っぽい人まで混ざってる?!
「よかったら、お茶でもどうですか?」
「生徒会で新入生歓迎会があるんだけど、君も来ない?」
「趣味とかありますか?普段は何してます?」
「連絡先、交換しませんか?」
「……」
これ……なに!? なんでどんどん人が増えてるの!? これもう普通のナンパじゃなくて、完全に芸能人レベルの扱いじゃねぇか!
「はぁ……やっぱりね。」
アカネは「まぁ、仕方ないよね」という顔をしてため息をついた。一方、ルカはすでに「障害物除去モード」に入っていた。
「は〜い、モモちゃんの今日の社交枠は、もう終了しました~皆さん、速やかに解散してくださいね〜」
アカネはにっこりと微笑みながら、俺を取り囲む男子たちに言い放った。
「うん、それとも……私に“お手伝い”されたい?」
ルカが静かに微笑む……けれど、その笑顔はどこか背筋が凍るような冷たさを含んでいた。
——ドンッ!!
二人の言葉が決定打になり、さらにルカの“圧”を感じた男子たちは、一瞬にして顔を青ざめさせた。
「ひっ……!」
次の瞬間、彼らは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていった。
「任務完了。」
ルカは軽く手をパンパンと払い、満足げに戻ってくる。
アカネはそんな様子を見ながら、俺に向かって優しく声をかけた。
「モモちゃん。大丈夫?」
「え、ええ……まぁ、大丈夫……」
身体的には問題ない。
が、精神的な衝撃がすごい!!
これが女子の“ナンパ”事情ってやつなのか……!?
それにしても、多すぎるだろ!? 一体、どんだけ人気なんだよ……!?
モモちゃんよ、お前、普段どんな生活送ってたんだ……?
「まぁ、モモちゃんはいつもこんな感じでナンパされるから、多少は面倒くさいよね。」
「仕方ないよね~だってモモちゃん、可愛すぎるもん!私だって、いっぱい甘やかしたくなっちゃうよ~♡」
そう言いながら、ルカは「むふーっ!」と可愛らしく鼻息を漏らしながら、俺に向かって飛びかかる体勢を取った。
——このパターンはまずい!!
反射的に「まっ、まって!!」と手を前に突き出して全力でストップをかける。
「待てませんっ!!モモちゃんのほっぺは今すぐにでもモミモミするべきなのです!!!」
「ダメダメダメダメ!!!」
だが、俺の必死の抵抗もむなしく、彼女は軽々と俺のディフェンスを突破。
「モモちゃん~~~!!」
次の瞬間、両頬ががっちりと包まれ、ぐいぐいと揉まれる。
「い、いたたたたっ!!」
──あぁ……モモ、お前の周り、どんなヤバい奴らばっかりなんだよ……
……っていうか、これ、もしかしてそのうちキスされるんじゃね?
ん?いや、でも……別に……それも……アリか……?
うん、ルカも美人だし、アカネも可愛いし……
……いやいやいやいや、そんなことより、頬が超いってぇぇぇわ!!!