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闘神ヤニカス戦記  作者: 店や喫茶
ロイヤル編 第一章
7/18

国家


 気付くと街中を散策していた。(にぎ)やかな人ごみにまぎれ、溶け込み、楽しむ。柔らかなひかりに照らされる街は、活気にあふれていた。

 ウィンドーショッピング。

 何を買う訳でもなく、それだけでも楽しむことができた。


 そこに陳列(ちんれつ)するは、さまざまな商品。用途(ようと)はなんだろうか。見たことも、想像したこともない、一見無機質な品、奇怪な飾りが、大胆にピックアップされて飾られている。


 ファッション。またはアクセサリーの類も、ただ、デザインが()っている、どうやらそれだけではないようだった。

 何かしらの不思議な効果というのがあるのだろう。それが(うかが)えた。


 私だって負けてはいない。

 タキシード君、彼は恐らくこの世界で二つとない最高級の相棒だ。クオリティー、その効果。話にならない程優れている。

 別に、確信があるわけではないが、そう言い切ってもいい。ただ、これはまあ、その、それを直接彼に言うのは何だかなんだかなので、言わないが。


 そのタキシード君だが、心なしかこの街のファッションから、何か学んでいるといった様子であった。もしかすれば今後、タキシード君にはゆく街ゆく街でオシャレの為の散策を求められるかもしれない。

 まあ、付き合うのも(やぶさ)かではない。


 そんなこんなで(にぎ)わう街並みを歩いていた。


 街の背丈はそれほど高くない。高層ビルが立ち並ぶ繁華街。という訳ではなく、広い道幅に、高くても3階。多くは2階建ての建物が立ち並ぶ。もちろん、エリアによってはビルが乱立する場所もあるのだが、それはそれでまた今度伺ってみよう。


 自由であった。


 特に何かを求められるわけでもない。何でもできる。だけれども、何もしない。それがいいのかもしれない。


 街並みを構成するその建物たちは、傾斜のある屋根。色は、赤で(ほど)よく統一されている。


 その屋根に、飛び乗る。


 屋根の上。

 足を組んで寝転がり、頭を手にのせて、街の活気と陽気なひかりとに(いだ)かれながら。いつの間にか。気付けば私は、ひと眠りしていた。




 目が覚めた時。いつからだろう。街からは、人の声という声、いや、気配という気配。存在という存在。それら一切が消えていた。人っ子一人いやしない。


 もぬけの殻。


 先ほどまでの活気あふれたその街は、街並みのその姿だけを残し、ただ、静寂に満ちていた。


 そして、その空には。


 おびただしい数の戦士の大軍が、私をぐるりと。大きく取り囲んでいた。


 そんな夢を見た。




 目が覚める。


 そこは、常天連邦のその象徴。ロイヤル。そのたばこが、かつて収められていた建物の中。


 いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。


 さっきまで、たばこが飾られていたショーケースの、その台座に背をあずけ、そして、今、静かに起きたところだった。


 心が高ぶっていた。


「来るなら来い。」


 ゆっくりと起き上がる。


 歩を進める。


 純白と金とに染められたその建物の内扉に手をかけ、押し開け、外へと出る。


 足元の(しば)は夕焼け色に染まっていた。


 その芝を軽く一蹴(ひとけ)り。そのまま、くるりと宙返(ちゅうがえ)り。そして、先程まで居た建物、その平らな屋上に着地。


 屋根を()んだ革靴(かわぐつ)の音がそろう。


 そして、顔をあげる。


 その空。


 数多(あまた)の大軍。


 それが、真っ黒な帯のごとく、360度。ぐるりと、一周。


 空に浮かぶ戦士たちが、その距離を大きく取りながら、闘神を完全包囲。




 これかい?


 先ほど手にした二本目のたばこを見せる。


 かつての高貴さは、見る影もない。


 何もない、ただの変哲なたばこ。胸元から取り出したそれは少しだけよれている。


 それでも戦士たちのその顔は、毅然(きぜん)としていた。


 お見事。


 たばこを(くわ)える。不敵なくちびるが、それをはむ。


 なめらかに燃え上がるライターのその火が、ロイヤルを丁寧に焦がしてゆく。


 そして、一服。


 吐き出されたその煙。変わり果てゆくその(にゅう)(はく)


 彼のものとあいなった、それを見つめる彼ら戦士のその顔は、その(まなこ)は、その心中は怒りだけに染まっていた。




 たばこを(はさ)む、その手で軽く合図する。


 来い。


 それが、闘いの始まりであった。




 飛翔


 紅の閃光(せんこう)が一筋、コンロン大陸のその上空に真っすぐ(のぼ)る。そして、それを追うように円形に布陣された戦士たちの()円錐(えんすい)(ごとく)く空に伸びてゆく。


 それを、最も高い位置で待ち構え、見据(みす)える神。この世界で初めての大戦。


 これまで魔物を(ほふ)ったことはあったが、人の力というのがどこまでのものか、今は、ただ、笑みが浮かんでいた。


 その笑みに答えるかのごとく、開戦の一撃。


 円錐(えんすい)に伸びるその大軍が、その歩調を合わせ、集めたその破壊の力が、まばゆい光、無数の筋。


 それが一つに折り重なり、神を貫く。


 それは、万を超える大軍の、それもこの常天連邦が誇る超級戦力、民からは英雄の中の大英雄と尊ばれる者たちの純粋な最大出力。


 ()()しみはしない。


 目の前の男の力が見えずとも、世界の天井を破壊せし力の持ち主なのだから、余力を残して戦うなどという話はありえない。


 第一の希望。それは、かの者の力が攻撃一点型であること。つまり、防御に関して何かしらの弱点、脆弱(ぜいじゃく)さが存在すること。

 開戦の一撃。それは、彼らが精密に歩調を合わせ増幅(ぞうふく)させることのできる最大のエネルギー。色のない純粋な力、その(かたまり)であった。


 光にかき消えてゆく闘神の姿。




 しかし、話にならず。

 無傷。

 当然である。神なのだから。


「おいおい!こんなものかよ!お前たちの重みってやつはよ!」


 (あお)る。


 そして、事態は、混戦に突入。


 待ち構えていた闘神が、その大軍の中に一気に割って入って行ったのである。




 常天連邦。その国家の人口はおよそ30兆。


 円形に整備されたコンロン大陸の直径は約35万キロ。その面積はおよそ962億㎢。

 アメリカ合衆国の面積が962万㎢なので、ちょうど、その1万倍の広さである。

 その面積に30兆の人口。これは人口密度で、1㎢あたりに約311人が()める計算である。

 日本の人口密度が1㎢で340人。つまり、それよりは余裕のある人口密度である。

 ちなみに、東京23区の人口密度は1㎢あたり1万5000人。そして、地球最大、14億の人口を抱えるインドの人口密度は1㎢で488人である。


 大陸の人口密度から見れば、莫大(ばくだい)な人口も大したものではない。しかし、常天連邦は、その運営が完全に自立した国家である。つまり、国家の食料から、燃料、資源、生産といったライフラインから経済基盤のすべてに至るまで、自国で完結する。それを行う国家である。

 故に、土地の活用というのは、ただ、民が住むため、それだけに活用されているわけではない。農業、畜産、林業といった第一次産業。工業、製造、その第二次産業。そして、第三次産業。

 それらすべてが、30兆もの人口を支えるために、このコンロン大陸、ところせましと並ぶのだ。


 そして、それらの生産を周辺諸国に任せるといったこともない。経済効率や土地の活用などを考えても、そうした方がいいのだが、防衛の観点。加えて、完全自立国という政策に振り切ることで強まる常天連邦の国家の格。


 我らは、コンロンに生き、コンロンにて完結す。


 その制約が、彼ら国家の格の強さ、その一つを作っていた。


 周辺諸国との関係。もちろん貿易は盛んである。しかし、周辺諸国というのは、常天連邦にとって、大陸の果てから来る侵略。その緩衝(かんしょう)地帯(ちたい)、または防波堤(ぼうはてい)。それくらいの意味しかない。ただ、それでも、その役割だけでも存在意義としては十分なのだが。


 ちなみにではあるが、その周辺諸国は、滅亡事態の宣言という国家の最後の切り札を勝手に切ることはできない。

 これは、それら周辺諸国がその地域に成り立つ際に、親である常天連邦と交わされる盟約、その拘束ゆえにである。


 常天の盟約 ―滅亡事態における制約―


 我らは、愚かな選択を犯す。その可能性があることを常に心がけなければならない。

 滅亡事態の宣言はその最たるものである。

 格の暴走という不足の事態が起きること。これを排除するのが、我ら地域の責務である。

 故に、その滅亡事態の宣言は、常天連邦の承認を得なければならない。


 というものであった。そして、これに同意しない共同体というのは、即座に解体させられる。


 強者の論理。


 しかし、国家成立の際、強国が周辺諸国にそれを強いるのは珍しいことではない。それを強いる切り口というのは様々であるが、文明、文化が管理するに有り余る力。それが滅亡事態の宣言であると常天連邦は結論付けている。そして、総じて、こういった盟約の拘束は、国家の格と格により強固に結ばれる。




 闘神が飛び込んだ、大軍。その数、およそ30万。

 そのすべてが、常天連邦の中核を担う戦力。これ以上に一切の()しみなし。隠し玉もなければ、背後に最大戦力が(ひか)えるということもない。その装備にしても、支援にしても、できうる限りの最大のそれであった。


 国家の力、それすなわち人の数なり。


 常天連邦にはおよそ、30億の英雄が存在する。人口比で言えば、彼らは、人口の0.01%。1万人に1人の割合である。中でも、そのうちの100人に1人。およそ3000万人は奈落の単独撃破が可能な英雄である。そして、さらにそのうちの100人に1人。約30万人はダンジョンを極端に操作することで生まれる奈落の中でも異常な奈落。超大国が保有するレベルの奈落。それを単独撃破可能な人材である。0.000001%の逸材。1億人に1人の才能である。

 その選ばれた1億分の1の才能が、今、神と相対しているのだ。


 もちろん、彼らの中でもその強さの上下は存在する。


 その上位10席を()める者に与えられる称号。

 常天(じょうてん)(せい)

 彼らが敗北することは許されない。常勝の星のごとく、天を支えねば一体だれがそれを支えよう。


 その力、単騎、優に国家の総力を超える。




 彼らが奈落に潜る時。ダンジョンは天国となる。


 彼らが潜る奈落を用意するために、国家の格が、ダンジョンを極度に大胆に操作するためだ。


 まず、誰も死なない。ピンチが訪れるとなれば、その者は自動で入り口まで運ばれる。超高級な資源も資材も取り放題。経験値をがっぽりとれるボーナスモンスターは(あふ)れかえり、初心者向けのダンジョンなど、リゾート施設へと様変わりする。そして、ダンジョンが、探索者の欲望を刺激するために用意するはずの宝箱はその中身と出現率とを操作され、バカになるくらいガポガポと開けられる。

 罠も迷路もないも同然。ゆく先々に看板が立ち、この先の進み方、おすすめ、罠の仕組み、それらすべてが丁寧に記述される。ちなみに、その看板は常天印の説明書きである。


『この先、落とし穴あるよ。ばかだよね。足掻(あが)いてやんの。ほら、分かりやすく印付けておいたよ。黄色の線の内側が落とし穴ね。ちなみに、落ちても大丈夫だよ。穴の底の針の山は全部取り除いておいたから。 ★常天★』


 まるで、わざと魔物の力をあざけり、踏みつけ、最大限に挑発するかのような屈辱的行為。


 故に奈落は怒る。激怒する。その力、容易に小国の滅亡事態のその力を超える。けれども、常天(じょうてん)(せい)にとってはただの訓練。力の錬磨(れんま)でしかない。




 再度述べておくが、常天連邦の国家の格。これに人格はない。あるように見える場合があるが、それらは総じてこれまでの歴史、または、今を生きる民、その一般意思が反映されているものだ。

 ただ、もしかすると、どんな国家の格にも、その意思、人格というのはうっすらとあるのかもしれない。それが、いつ、どう形成され、人格を持つに至るのか。それは様々であるし、なにも国家の格が人格を持つというのが、国家の一つのゴールとなる訳でもないのだが。




 大軍のその中。


 四方八方から、苛烈(かれつ)な攻撃が降りかかる。


 しかし、避けない。一身にその身に食らう。


 そして、やはり全くの無事。


 けれども30万の英雄のその顔にあきらめの色が浮かぶことはなかった。


 第二の希望。この男の力がいつまで持続するか。


 強き力。それは()てして、何らかの制約、制限があるものである。それが見えれば、あるいは......いや、それが見えるまで続けるしかない。


 未だその攻撃はどれも遠距離であった。武器を(たずさ)える者も多くいたが、近づき、それを振りかざすことはない。


 お前のそれはただの飾りか!


 故に、闘神はさらに大軍のその密集地帯に飛び込む。そして、その群れの合間を()うように飛ぶ。近接戦が始まった。


 しかし、遅い。ただ、遅い。まるで、止まって見える。


 眼前に差し迫った刃を指先でねじり、頭上からの、一撃。その鉄槌(てっつい)は払うように流す。

 近距離から発射される弓矢や銃弾は、奇怪な軌道を見せるだけで、感心するが、ただそれまで。


 そして、それは恐らくこの大陸の神秘の遺物。特異な成りの武器たち。しかし、ほろほろ。その力も神秘もただ彼の前に散る。意識されることもなく。




 口に(くわ)えた吸い殻を手のひらに乗せ悠長(ゆうちょう)(なが)める。そうしながらも、すべてに対処。


 変わり果てたそれを何とか取り戻そうとする戦士たち。


 しかし、中指と親指とで吸い殻を(はさ)み、パチンと一発。


 燃焼。


 それは跡形もなく燃えた。


 二本目のたばこを手に入れたからなのか、以前よりピース・ロイヤルとの繋がりが増したように思う。消滅したところで、これは平然と復活するのだ。それが何となくわかる。


 そして、周囲を眺め、一言。


「おいおいおい!(やわ)すぎるんじゃねえのかよ!もっと頑張れよ!」


 叱咤(しった)の言葉があたりに響く。


 彼は、今ただ、楽しんでいた。


 くだらない闘い。けれども、それは(とうと)かった。




 常天連邦は理想のために打ち立てられた国家である。故に、その為に、今、かの者と戦わねばならなかった。

 かの者への攻撃。その生存戦略から照らせば明らかなる愚行。しかし、それでも、彼らは行わなければならない。彼らが生きる、その歴史を(つむ)いだ意味がため。


 攻撃はより苛烈(かれつ)に、仲間や、目下の都市、それに被弾することをまるで考えていないかのような具合。

 けれども、その心配はいらなかった。国家の格のその力により、仲間への被弾、そして、都市、民への被害というものは、その一切が防がれていた。もっと言えば、この30万の大軍。その一人一人が攻撃に際し用いたエネルギーは、全て国家の格が回収。そして、彼ら英雄に再度、補填(ほてん)するといった具合であった。

 つまり、彼らの気力さえ続けば、いつまでもその攻勢は()まないのだ。


 そして、闘神も、その事にいつの間にか気が付いていた。故に、攻撃を一身に食らう意味はもはやなかった。

 ただ、()ける。()け続ける。ある種の遊び、高速で大軍の合間を()いながら、上へ下へと激しくドライブ。華麗に駆け抜けていた。


 そして、一時停止。あたりを見渡す。戦士たちのその顔は、まだ、闘志が満ち(あふ)れていた。それに、満足。


 突如、闘神のその周りを10人の戦士が取り囲む。


 常天星。


 この国の真のトップ。その彼らだけの合わせ技。


 即座に印を結ぶ10傑。


 そして、行使。


 彼らのそばに、ほのかに青く光る複数の人型、その形代(かたしろ)

 とたん、それが横に増殖(ぞうしょく)各個(かっこ)、繋がり、手を取り、かの者を囲む。


 封。


 封印の陣、その陣の軌道は大きな円、そして球。


 次いで、尋常ならざる攻撃。


 それは、青嵐(せいらん)の威。


 どこからともなく、一陣。(あお)(きら)めく蒼茫(そうぼう)の風が流れ込む。

 夕暮れのその終わり。夜に向かう、かの空が映す(あお)き色である。


 その風が、陣の内側に滞留(たいりゅう)してゆく。なめらかな(きぬ)が彼を包むかの(ごと)く。


 しかし、その内側は怒涛(どとう)渦巻(うずま)く力の濁流(だくりゅう)。刺すような冷たさと、沈むようなぬかるみが支配する。


 それでも、右手、一振(ひとふ)り。


 ただ、それだけで、陣はたちどころに霧散(むさん)。なんの意味もなし。




 封印。

 敵わぬ者への対抗手段の一つとして挙げられるその一手は、かの者には無意味。それは、そのはじめから分かりきっていたこと。


 かのロイヤルが収められていた、常天の御所(ごしょ)

 純白の直方体の建物。

 これを中心として、常天連邦は、結界。そして、万が一のための封印陣。それを、その昔からその場所に(ほどこ)していた。


 万全の体制。その用意、非の打ちどころなし。


 かのロイヤル。それが、国家の格のその中核の力を負うものであったが為の防衛。


 ただし、それはどこまでいっても、たばこ。それがいかに神の所有物であったとしても、あくまで、ただのたばこでしかない。それ以上のなにものでもないのだ。

 国家の格のその力を形づくるは、かのロイヤルに(あら)ず。かのロイヤルはその象徴でしかない。その象徴が負う歴史、その蓄積(ちくせき)、そして、今を生きる者たちの意思が国家の格の力を形づくる。


 象徴のための装置。ロイヤルに与えられた役割など、ただそれだけである。


 けれども、それが重かった。


 それを守る使命が、意義が理想があった。それが、何か、直接的な利につながるわけではない。しかし、その想いを(つむ)ぎ、(たく)し続けたその歴史がある種、大きな(ちかい)となり、国家の格のその力を強固なものとするまでになってしまったのである。


 ただ、これは残酷な話なのだが、やはり、それはただのプライドでしかない。

 ロイヤルに寄せたそのプライドというのを別の何かに移す。ただ、それだけですべては解決する。

 そして、それだけで解決してしまうほど、常天はその文明、文化を発展させてきたのだった。


 それは彼らが、頭で理解するところでもあった。ただ、それが失われた、その時の凋落が一切彼らには想像できなかった。


 自由を重んじる彼らの中に残った最後の帰属意識なのだろうか。プライドが意地がその想像を拒むのである。




 その御所。そこは常に厳重な警戒、警備態勢。一見簡素に見えるその守りは幾重(いくえ)にも張られた防御網で周到に構築されていた。

 故に、闘神がその地にたどり着くまでに発動すべき防御というのは、幾重(いくえ)にも存在した。


 しかし、それらが光を浴びることは(つい)ぞなかった。


 かの者の目的が明確になっていない。その段階でのいたずらな刺激。それこそ愚行であったからだ。

 ただ、その目的というものが明らかになると話は違う。その最たる布陣で構えなければならなかった。


 そして、闘神が、御所(ごしょ)に降り立ち、(やしろ)へ入るや否や、国家の格は、あらかじめ定められていたプロトコルを発動。


 それは、常天連邦の国土すべてを駆使(くし)した封印の陣。


 30億の英雄が、ロイヤルを(まつ)御所(ごしょ)を中心に、同心円上に展開。コンロン大陸全土を用いた陣である。

 今、闘神が、相対している30万の英雄は、その最も内側に陣を張った英雄たちであった。


 国家の格と英雄の力、そして、かねてから積み上げてきた、歴史と制約、次いで大陸の地形のその力。加えて、民の協力。それら国家の総力を上げた封印。


 本来であれば、建物から出ることも、その御所から、離れることも、ましてや、空中に勢いよく飛び上がることも不可能。

 封じられ、その場で死んでゆくのが定め。


 そして、ロイヤルの香りが消えたと共に、封印の陣。それを起動。


 初め、一時間。変化は起こらなかった。


 封印にやられ、()ちているのではと思うが、どうにも封じたという感触がない。


 実際のところは、ただ、その一時間。闘神は目的が達成した安心感から眠りこけていただけである。


 そして、何事もなかったかのように、その建物より、出現。




 常天連邦、その中枢。権力と分離された国家の権威。第72代皇帝、(とう)()(てい)はその時、事態が、真に差し迫った危機であることを察する。


 常天連邦の権威。それは、この国の最後の良心である。政治的な決定権をほぼ持たぬが、その意見は尊重される。ただ、それだけであるが、この尊重の程度が万が一軽いようであれば、国家の格、その力はその分損なわれるに等しい。

 これは制約であった。

 一方で、権威を担う皇帝も、その理知が先代たちに認められなければならない。策謀的(さくぼうてき)な手段は一切通じない。理知の総体を代表し、国家の格が先祖の思念(しねん)を呼び覚ます。そして次代の皇帝のいかんを判断するのである。

 適任者がいなければ、当代の皇帝の寿命が延びることとなる。しかし、英雄と同じように、生きる時間がただ伸びるという形ではない。適正な寿命を超えた皇帝は、その体力は落ち、体調は優れず、眠りこける時間の方が多くなる。無理に生かされる。これも、一つの制約であった。


 なぜに、このように国家の元首がまるで人柱かのような(てい)であるか。その権威があれば、力を一つにまとめ上げ、己がために全てをふるうことも、その為の歴史が過去あってもおかしくはない。


 けれども、そのようなことが起こることは一切なかった。その歴史が(いまし)めから始まったためである。


 コンロン大陸に君臨する、常天連邦のその権威を担う一族、民族はかつて、このコンロン大陸を滅ぼす原因を作った、国家の元首。その一族と民であった。




 質素。だが、威厳満ち(あふ)れた一室。その書斎に立たずむ一人の老人。

 白髪に染まったその相貌(そうぼう)は、蒼白(そうはく)諦念(ていねん)とに満ちていた。


 時の皇帝。第72代、(とう)()(てい)

 一族から、または、その一族が率いてきた民から選ばれる皇帝。今代の皇帝は、その一族から選ばれし正当な血を有した人物である。




 柔らかに振り上げたその手を伸ばす。


 合図。


 攻撃の狼煙(のろし)である。


 承認されたそれを、国家の星読みが一斉に伝える。

 こうして、攻勢は始まったのであった。


 常天連邦、その歴史の歌と共に。


 闘神への攻勢それは、ただの攻勢ではない。国家の星読み達により、攻撃のその一つ一つに意味が与えられ、記号と化し、それらは詩となり、情景を呼び起こし、まるで歌のように奏でられる。


 剣の一振り、弓矢の飛翔。果ては闘志あふれるその顔つきまでもが、加えて、集められた大出力の、そのエネルギーの発射の轟音(ごうおん)


 それら一つ一つに国家の歴史のその場面が浮かぶのだ。


 全ての光景に意味が生まれる。その景色は、体験せねば分からぬかもしれないが、これだけは言える。ただ、美しいのだ。


 それが、大いなる力を呼ぶ。


 その攻勢に関わる者が、(なが)める者が皆一様に、一つの大いなる歴史の物語に入り込む。


 そして国家の格は民のその眼を一つにつなげる。


 今、闘神と戦う英雄たちのその光景は、常天の民もまた同じものを見るのだ。そして、民は寄り添う。(はげ)みを送る。

 故に(くじ)けぬ。英雄たちは決して(くじ)けぬのだ。その民がために。







 その歴史は一つの国家の滅亡事態宣言から始まった。


 1万5000年前、コンロン大陸にはあらゆる形態の国家がひしめき合っていた。その数、実に628カ国。


 連雲公国。当時、コンロン大陸でも大国格を有す強国。海を背後に構え、広がる大平原は神秘の力こもる雲に囲まれる。

 そんな好立地。故に発展を遂げたその公国は、民を中心に発展する民主的な政治を志す国家であった。

 しかし、それはあくまでも志す。その域を超えるものではない。


 民に全ての運営を任せる国家。それは一つの理想であるが、いくつもの強国が覇を唱えるここ、コンロンでその実現は難しかった。けれども、国家としては、その方向を目指すというのが、ある意味で国家の力を形づくるには適していた。


 小数の圧倒的強者が国を率いる。その圧倒的な強者が公国の上層部に生まれることはなかったし、かといって、全体主義のように民を一つにまとめ上げ富国強兵を目指すには、いささか文化的に国が繁栄しすぎていた。豊かな気候と豊穣(ほうじょう)の大地が民の自立、その余裕を生んでいたのである。


 民の力の平均が高い国。突出した才能は生まれるには生まれるのだが、満遍(まんべん)なく現れ、それも数が多い。国家の中枢で管理するには、反発を生むリスクの方が高かった。


 ある意味で、連雲公国は自らが民の主導を握ることをあきらめてしまっていたのである。

 そして、民はその理性を大いに賞賛する。結果、国家が諦めた力が民により大いに補填(ほてん)されるのであった。




 一方で、国家の滅亡事態を盾に威勢を張り、堕落の国家運営に走るという手もあったのだが、そういう訳にもいかなかった。もちろん当時コンロン大陸に、そういった滅亡事態だけを盾に運営する貧しき国家というのもいくつもあった。

 内外共に、自爆の札をちらつかせるのだ。


 しかし、そういった国家はいくら滅亡事態を盾にしようといずれ滅びる運命である。例え、それを宣言したとしても、痛みは伴うが、強国からすれば、それは制圧可能なものなのだ。


 しかし、格の暴走。これだけは話が違った。強国であればあるほどそれを恐れた。


 それは、わずかな可能性でしかない。しかし、そのわずかな可能性が故に、その国家を消滅させるという手を打てないのだ。

 故に、こういった場合とられる手段としては、徐々に、なだらかに、その国家を衰退させていく。(おだ)やかに殺していく。そんな手がよく取られるのだった。


 そうすることで、相手の国家の格に滅亡のその運命を受け入れさせる。そして、国家の格が「己の国を諦める」そんな表現が当てはまるかのような状態に持っていったところで、トドメを刺す。


 こうすることで、格の暴走の可能性は減り、また、滅亡事態の力の威力も弱まるのだった。


 これは再度述べるが、格の暴走というのは滅多に起こるものではない。強国と強国とがぶつかり、滅亡事態を宣言しあったところでも、その宣言の正当性が確かにあるのであれば、そもそも格の暴走など起こらない、いや、起こせないのである。


 格の暴走とは、自国の民、敵問わず、降りかかる天災そのもの。本来は起こっていい事態ではない。宣言したその者にも降りかかる諸刃(もろは)の剣、やけくそになった者が脅しに使う最終手段でしかないのだ。




 国家のあり方が様々ある中で、連雲公国が目指すは、やはり強国であった。


 その目標のために最適だったのが、民主導の国家運営である。しかし、その運営を民に任せきることはない。国家は民の意を最大限に忖度(そんたく)する。それが連雲公国の政治のあり方であった。

 一見、(もろ)くたちまち破綻(はたん)するかのような体制であるが、民の意を推し量る具合によって国家の格の力が強まるという仕組みが連雲公国の格、そのシステムにあったので、権力と民の自由のバランスは程よく取れていた。


 不可知なる世界だからこそ成り立つ事象。


 権威、権力の自制心さえも力として用いることができる。そして、そういったシステムを導入する格は、一段と強さを増す。

 もちろん、それに相反する力で強国となる国もままある。


 連雲公国の場合。その地政学的な条件が優れていた。それだけであると言い切ることもできる。


 けれども、そんな公国が(かたく)なに民に任せなかった事項というのもある。その一つが、滅亡事態の宣言であった。これを民の名のもとに、権利、または議案として与えてしまうことは絶対にできないものであった。


 滅亡事態。その宣言は、国家の元首そして、元老院が全会一致のもと行う宣言である。




 民主導の政治。


 数ある政治体制のなかで最良の悪手。

 国家がそれを上々の選択と思うことはない。最悪の選択肢の中で比較的まし。


 完全な自由を望むには我ら、未だに未熟。文化は世代で消滅し、文明はそれを成り立たせる技術、いぜん満足ゆくものでない。

 その意識があったため、国家の力の最終管理はその中枢が(にな)うのであった。


 故に起こった、悲劇。


 ロイヤルの誘惑に支配された国家中枢。滅亡事態の宣言。


 その精神の異常は本来、国家の格が阻止(そし)するところであったのだが、全く効かず。


 もし、この時、民に滅亡事態の宣言を任せていれば、民はあの時、そもそもそれを宣言しなかっただろう。


 皆狂っていたのだ。小数の意思統一ならまだしも大多数の意思を滅亡事態のその一つに統一するのは至難である。


 遺物の回収を命じた英雄が、ロイヤルの魅惑に()()かれ、国家に反した。


 怒り。

 その時、国家の中枢は、奪われたという一つの思いにとらわれた。

 そして、その意思の統一は容易であった。

 滅亡事態を宣言するための判断要素。つまり、敵対者を明確に定めることができた。そして、その理由も形成が簡単。つまり、国家反逆の罪である。


 これが民ならばそうはいかなかっただろう。ロイヤルの香りの誘惑にあてられて、興奮状態に陥る民。扇動(せんどう)する誰かがいなければ意思の統一は難しい。たとえ、扇動者(せんどうしゃ)がいたとしても、欲望で猜疑(さいぎ)(しん)にまみれた民がその扇動者(せんどうしゃ)に従うとは思えない。また、各個人が滅亡事態を望んでも、それが何がための宣言か、意思が統一されていなければ国家の格はその要望に対し混乱を極めるだけであったろう。

 また、その事態がしばらく持ちこたえていたならば、ロイヤルの誘惑が諸外国に至り、おそらく勃発(ぼっぱつ)する国家間の争奪戦争。

 そして、その上で宣言される滅亡事態ならば、その正当性が大なり小なりあったはずである。暴走のその可能性はなかったと言える。




 混乱のその果てに、いかなる滅亡事態が起こったか。その可能性を議論するのは大いに結構。だが、事実の前にそれは(むな)しい。

 小数の権力者がそれを主導した。結局はこの事実が我々にとって重大な意味を持つ。可能性の議論はそのおまけでしかない。

 その宣言が民の名のもとに向う見ずに行われた、その歴史を我らは一度も経験していない。

 故に、いつかその弱さが我々を狂わすだろう。

 ―思想家 イリエル・トリス―




 その宣言は、闇雲に。


 そして、起こる格の暴走。


 豊かな、大国。それも強さ誇る国家であったから、その暴走はすさまじかった。


 国家が(つちか)って来た精神。歩み、犠牲、偉業。その様々な重みの一切をあっけなく切り捨てた愚行はまさに歴史の怨念(おんねん)を呼んだ。


 尽きることのない(うら)みが、怒りが国家の格を暴走させる。


 甚大(じんだい)な被害。


 628、大小さまざまに成り立っていたコンロン大陸の国家は全て、その一つの暴走に飲み込まれた。


 連雲公国のその格は、その最後まで各国を潰して回ったのである。


 コンロン大陸、そのすべての統一。

 そんな野心と理想が蓄積(ちくせき)した国家の、民の思いがあった。故に、それができなかった悲しみ。それが最後の執着として残り、大陸を破滅させたのだ。




 コンロン大陸に後悔が訪れたのは、ロイヤルの誘惑が消え去った後であった。その時までコンロンの人々は、国家が消滅したその事よりも、香るロイヤルの誘惑に()とされて、それを己が物にするという欲望、それだけに支配されていた。


 神を見たのだ。神の力が香ってしまったのだ。


 神の前には皆、弱者。

 しょうがないことであった。その誘惑に対抗できるとすれば、それは神の格を有す可能性に満ちた覇者だけである。


 コンロン大陸の全ての生命が狂気に満ちた。既にその時、ロイヤルの香りは大陸全土を覆い尽くしていたのである。老若男女問わずそれを追い求めた。(みにく)さの塊がそこかしこに転がっていた。




 その誘惑が突如消えた時、それはあっけないものであった。たちまち冷静になる人々。事態に向き合う。しかし、時、既に遅し。


 その後悔に向き合いたくない者や、再度冷静に考え再びロイヤル手に入れる争いに加わる者。また、一度更(さら)()となったコンロンを眺め、今こそコンロン統一の時であると高ぶる者。そういった者たち以外は、ただ茫然(ぼうぜん)と覚めぬ夢を見ているかのような状態であった。


 特に、元連雲公国の民は酷かった。

 その暴走の震源地となった場所は悲惨の一言。

 自由と文化を重んじていた民であったからこそ、ロイヤルに狂ったその衝撃は計り知れなかった。彼らにとっての財産、それは理性。その誇りを一切失ったのだ。


 理想に傾倒(けいとう)していた者ほど(さいな)まれた。彼らが嫌う動物のむき出しの本能が己の中にあったことが、それを抑えられなかったことが、彼らを(こお)り付かせた。


 そして、生き残った彼らの胸に責任という文字が浮かぶ。いや、その言葉にすがり着くしか生きてはいけなかった。

 ロイヤル誘惑。それはただ不条理でしかない。しかし、人生に崇高(すうこう)な意義を見出し、なおかつそれが生きる活力となる者たちからすれば、感じなくていい責任を感じなければやって行けなかったのだ。

 その土壌を(つちか)ってきたのが連雲公国の民である。

 そして、貴賤(きせん)を問わず、元連雲公国の民は団結した。連雲の民となったのである。


 欲望に狂い、滅亡事態を宣言したその元首たちを許し、今一度、理性に慈愛(じあい)に立ち返ろうという決意があった。

 そして、その理念を元に、今、コンロンで絶望にふさぐ人々を救うのである。


 しかし、そんな上手い話はない。


 迫害。


 コンロンを救うために立ち上がった連雲の民は、その原因を作ったが為に、そして、これまでの高慢ちきな思想家の印象がために迫害されたのであった。いや、その迫害が正当なものである必要はもはやなかった。はけ口。それでしかなかった。


 彼らの支援は憎悪で返され、略奪されるかのように、要求された。


 命令。そう言っても過言ではないだろう。まるで奴隷のような働きを求められたのだった。


 それでも、連雲の民は折れることがなかった。そうすることが贖罪(しょくざい)として、彼らの生きざまを保ったのであった。


 しかし、コンロンの人々はその姿を見て思い上がる。その要望はますます激しいものとなっていった。彼らの精神をなぶるかのような要望も飛び交った。

 ただ、それに連雲の民が(こた)えることはない。あくまで彼らの贖罪(しょくざい)は彼らがかつて抱いた、自由と文化のためのものなのだから。


 乱れ飛ぶ誹謗(ひぼう)に中傷。そのほとんどが書き記すべき言葉でない。


 耐えねばならなかった。




 各地で起こる争い。それはロイヤルを求めるものであったり、コンロンを手に入れるためのものであったり、様々であった。

 こういった時、即座に力を発揮するのはやはり、独裁的な力のあり方であった。


 もしも、連雲の民がコンロンにいなければ、今、このコンロン大陸は専制的な国家がおさめていたことであろう。




 コンロンにとっての幸運。いや、これは悲劇として始まった事態。


 コンロン大陸を取り囲む、方々の大陸に構えた国家が複数。ここ、コンロンへ侵攻を開始。


 当初、それら、コンロンを取り囲む国々は沈黙。冷静に事態を見極めるだけであった。当然かつての友好の名のもとに支援を行ったり、庇護を(ほどこ)したりもしていたのだが、それを踏み越えて、なにかをしようなどといった姿勢は見せていなかった。


 しかし、コンロンの現状が見えてくるとともに、その欲望は(ふく)()がる。


 彼らは、ロイヤルの誘惑にさらされなかった。だからこそ無傷、万全。


 そして、かつてであれば全く敵わぬ国々も今やない。加えて、その国の柱となった圧倒的強者たちもロイヤルの誘惑に狂って死んだ。


 今、残るは大して強くもない者たちのみ、にもかかわらず未だロイヤルを奪い合い、そして、コンロン大陸を(おのれ)が制するものだと思っている。


 その判断に達するまで実に2年。


 かつて強者であったその(おご)りから、我らの存在、全く思わず。


 好機。


 コンロン大陸の人々は団結など無きに等しい。いわば、烏合(うごう)(しゅう)、力なし。


 それが分かると、一気にその牙を()く。




 一つの大陸を殲滅(せんめつ)し、(おのれ)のものとする。これは偉業である。


 その偉業の程度が強ければ強い程、国家の格は各段に進化する。それは他国の追随(ついずい)を許すものではない。まして、神秘の大陸、コンロンを制す偉業を差し置ける偉業があろうか!


 故に、コンロン大陸に周辺諸国が侵出(しんしゅつ)するは必然。逆に侵出(しんしゅつ)しなければ国家存亡の危機であった。


 一人の勝者しかあり得ぬ国家のゲーム。


 それが始まった。




 殲滅。


 諸国が上陸したその端々(はしばし)から。空からは国家の戦略級兵器が。コンロンの生命を駆逐(くちく)


 しかし、コンロンの強者たちはそれに向き合わず。周辺諸国を弱小国と過信。


 実際、周辺諸国は弱小国家であった。しかし、それはコンロンにて発展を遂げた国家を基準とした場合である。

 そして、今、彼らにはその力を支え強化し、他国の格の影響からその身を守る役割、担う国家の格。その存在がいない。


 身も(ふた)もなく言えば、国家の格なき力の弱さというものを認識できていなかった。


 故に、ことごとく滅ぼされる。


 その時までの彼らの興味というのは、コンロンの制覇、そして強大な力を秘め、大いなる力をもたらす可能性に満ちたロイヤル。その奪取。

 突如、割って入って来た弱小国家など、自身が争う敵の一人としか思っていなかった。


 敵。


 国家と個人の関係はそんな(なま)(やさ)しいものではない。


 巨大な力。それに対し弱者というのはただ、虐殺(ぎゃくさつ)されるだけなのだ。


 その危機に気付いた時、しかし、それはもう遅かった。

 (おの)が民族の団結を固め、高める(ひま)さえなく。利害一致の名のもとに集うこともなく。否、それは全て周辺諸国の戦術。


 殲滅、一気、即断。


 どうなったかは、言うまでもない。それまで、下手(したて)に出ていた者たちが、豹変(ひょうへん)したのだ。


 終わりは早かった。もはや、周辺諸国は殲滅戦から次に訪れるであろう、国家間の戦争を見据(みす)えていた。


 しかし、そうはならなかったのだ。


 連雲の民がいた。


 彼らが、その侵攻を阻止したのだ。その意地は気高く、そしてすさまじかった。


 民族の格。


 国家のその格が消滅した途端(とたん)、輝くそれは、その民族の団結の意志の強度により様々な力を発揮する。そして、その格は総じて、同胞(どうほう)の犠牲、想いをもってより高まるのだ。


 初め、周辺諸国はそれを軽視していた。数々の戦場に(わずら)わしくも現れる連雲の民。

 所詮(しょせん)民族の格だ、大した意志がなければ、ただか弱き存在。一瞬で殲滅してしまえば高まる力というのもほぼない。心を折ればいいのだ。

 それに、その意志がたとえ強かろうとも、その為に生まれる力というのも底が知れる。彼ら連雲の民は罪人なのだから。コンロン大陸の人々も同調しないだろう。あれは自己満足でしかないのだから。


 それが、過ちであった。


 連雲の民の意志それは、その民族の範囲にとどまらず、コンロンをそして、周辺諸国の愚かさまでも救うという決意に満ちていた。


 その攻勢は徐々に力を増していく。連雲の民の犠牲が、そしてコンロンの人々の犠牲と想いが彼らに力を与えだす。


 そして、ついにコンロンの人々が彼らを、連雲の民の意志というのを認めた。


 一度生まれたその流れは怒涛(どとう)の如く。


 連雲の民を中心に、コンロンの民という民族の格が誕生する。


 そして、周辺諸国は跡形(あとかた)もなく消え去った。


 コンロンの怒りが炸裂(さくれつ)したのである。




 後に残るは、連雲の民に保護された周辺諸国の民だけだった。


 人類の理想。


 その為に保護された諸国の民に怒りを()きだす者たちは多かったが、もはや、連雲の民のその思想に(あらが)いはしなかった。けれども、諸国の民がコンロンの地を踏むことは、以降しばらく、許されることはなかった。

 その諸国の民というのが、今、コンロンの外域に成立する国家の祖先である。




 ロイヤルが連雲の民の元に収まったのは、その全てが終わった時。


 大陸の人口は10兆から実に100億にまで減っていた。

 殲滅されるその時までは9000億の人々がまだ生きていたのだが......


 そして、連雲の民は、コンロンの民を中心とした真の理想国家の建国を宣言する。

 ロイヤルの名のもとに。


 誰がそれを邪魔できよう。何人(なんぴと)もそれに異を唱えることはなかった。

 連雲の民が一切の権力から身を引くことを宣言した、それが理由の一つなのだが、実際のところ、彼らは皆、疲れ果てていたのである。


 その後の障害。そう言ったものは多々存在したのだろう。けれども今日ここに至るまで常天連邦はその運営を成功させている。


 そして、その歴史のすべてが今、戦場で(かな)でられていた。闘神にもそれが伝わっている。


 だからこそ、漏れる言葉。


「その程度かよ、お前らの歴史は」


 (あお)る。


 そして、(いか)る民。


 その想いは力となる。


 とめどなく送られる民から英雄への力の譲渡。国家の格がそれを(つな)ぐ。


 (つむ)がれた歴史に心震える大勢の民、その震えを嫌う者もその感動を(こら)えるのに精一杯であった。


 だからこそ、その言葉は彼らとって劇薬。


 殺意。




『断罪の天剣』


 それは義のために。


 巨大な光の剣が天より闘神に振り下ろされる。たちまち現れたその大剣は、姿を見せたその瞬間、既に振り下ろされていた。


 (つか)を握るは民の意志。光る(やいば)はその誇り。


 情念の力。それが宿る。

 その力は常天の歴史を(つむ)いできた民の力の集積。英霊たちのその姿が刹那(せつな)に映る。


 世を去る者が、未来へ向けてその時が為に力を(たく)し、残したもの。


 大陸を二つに割くかのような大剣が、神を天から突き落とす。


 が、虚しく。

 一瞬、その幻想を皆が見たのだが、着衣すら乱れず。ただ、その場にとどまる神が一柱。()ちもせず。


 英雄たちも、さすがに顔をしかめた。その攻撃が、国家が国家として行使できる最大のものであったからである。


 万民一体。


 個々の自由が最大限保障された国家の民が、一つの想いの元、力を集約させる。そんな不可能とも思える制約を乗り越えねば現れぬ力。

 その威力、不可思議なり。そう言われる程に幻の力、希望であったのだが、有史以来初めて完成したそれは(もろ)く消えた。


 けれども、間を置かず。各地の地上より、巨大な光線が闘神を刺す。


 常天連邦の技術の粋。原子レベルで対象を解体するエネルギー。


 国家、未だ諦めず。意地が彼らを突き動かす。


 不可知なる力が効かぬのなら次は科学の力であった。


 試される文明の力。


 不可思議で皆目(かいもく)見当(けんとう)つかぬその未知も、その背後に何かしらの法則が存在する。それが()ければ、不落の城も落ちるのだ。


 反物質、暗黒物質、次元の力、空間の切断、重力の超過。


 超大国レベルのその科学技術が次々と神を襲う。


 対象の計測。

 しかし、構成要素すら判明しない。未知の元素か、そもそもその構築から一般原理と異なるか。対消滅を起す可能性に()けたが、一切の反応も見られず。


 次々と試されていく兵器。


 その勝利条件(ロイヤルの奪取)を無視し、対象を次元の狭間、もしくは、地平の彼方まで飛ばす手立てもやむなし試みるが、対象の座標、相も変わらず。




 最後に残るは重力。


 一つの黒点が発射される。その周りの空間は、いびつに曲がり、それが、闘神の元へと届く。

 対象の分離破壊、移送は無理だと諦め、(ゆが)ませる為のその一手。完璧な構造体であればあるほど、一つの、ちょっとした(ゆが)みがそのバランスをことごとく崩壊させる。そんな望みがあった。


 歪曲率(わいきょくりつ)0%


 つまるところ、成果なし。


 その時、学者の頭に浮かんだ一つの思い。


 かのロイヤルも歪曲率が0%であった。つまり、対象は剛体に等しい。




 打つ手なし。科学班からの報告。




 後に残された手段というのは何があるのだろうか。戦闘が始まり実に5時間が経過していた。

 ありとあらゆる攻撃が試された。


 最大の攻撃が効かねばあとは無意味。


 否。


 この世界の常として、この常識は捨て置くべきものである。最大と有効はまた別物なのだ。

 何かしらの弱点であったり、勝利するための条件であったり、いかなる強者にも一縷(いちる)の勝ち筋が存在すると考えられている。

 例えば、今はまだ闘神しか知り得ぬものだが、剣神は不死ではあるが、剣による敗北がその弱点である。そして、他の神々にもそういった弱点、勝ち筋というのは少なからず存在する。


 強者に対し、その力の距離を詰めるのはもちろん最低条件。常天連邦はその最低条件を(わず)かにだが、満たしているものだとばかり思っていた。


 だが、いや、これはそもそもなのだが、かの者に弱点なるものは存在するのだろうか。




 ない。




 精神に対する干渉も全て弾かれていた。


 その最上位に位置する攻撃。


 戦闘が始まってから、絶えず国家の星読みを通して奏でられた常天連邦の歴史。

 味方には、最大限の支援と闘志を、敵には、恐ろしい程の情報量を与え、思考を破綻(はたん)させる。


 しかし、かの者は、その一切を弾いた。弾いたというよりも、あえて読み取っていたというべきか。




 残された手は滅亡事態、ただそれだけであった。




 戦場は今、膠着(こうちゃく)状態(じょうたい)である。


 かの者の次の出方を伺う。


 さにあらず。


 実のところかの者は一切こちらを攻撃していないのだ。もはや出方も何もなかった。


 もてあそんでいるのか、それともその意志がないだけなのか。


 第二の希望。かの者の持久力については、諦めねばなるまい。いまだその限界が見えないのだから。


 しかし、ここに至って第三の希望が見えてくる。


 かの者は攻撃ができないのではないか?


 力の出力に何かしらの制約があるのだろうか。二日前に世界の天井を割った、そのエネルギーが今だ補填(ほてん)されていない状態であったらば。もしくは、殺傷を禁じられた力なのかもしれない。だとすれば、そこに勝ち筋があるのではなかろうか。

 それらが、わずかな時間制限によって解放される場合も考えなくてはいけないが。


 また、一向に逃げず、戦場にとどまる点も考えるほどに怪しい。


 何故だ。


 勝利条件の解析、その結果も未だ届かず。既に長時間経過しているというのに。




 かの者が動く。


 しかし、それは戦闘のためのそれではなかった。


 胸元の内ポケットから、たばこが一本。


 先ほど、燃え尽きたロイヤルか、はたまた、別のそれなのか。


 そのたばこに火をつける闘神。そして、一言。


「これはな、俺のなんだよ。」


 対し、常天のその頂点が返す。


「違う、それは我らが誇りだ。」


 その言葉、まさに民の総意。


 そして、最後の戦闘が始まる。


 直径35万㎞のコンロン大陸を、同心円上に展開していた残りの30億の英雄が一斉に出現。国家の格によりその距離を渡ったのである。


 彼らはこれまで戦闘による被害を抑えるが為にある種、人柱のように各地へ儀式的に陣形配置されていた。けれども、今や必要がない。


 以後30分間に限り、国家の格が単独で、大陸の防御を担う。この時間が常天連邦のタイムリミットである。


 しかし、闘神と戦いつくした30万の英雄と比べれば、彼らの力は天と地の差。話にならない。けれども、これは戦力のいかんなどの問題ではなかった。


 激情。


 それが為に戦う。


 意味などない。しかし、それでも尽くさねばならないのだ。全てがために。




 圧倒的な人の群れ。感嘆(かんたん)に値するその光景。


「やるじゃないか」


 吸いきらないたばこを指先で焼滅(しょうめつ)させる。


 それが、事ここに至った礼儀であった。




 その攻勢は、意味もなく、しかし、我武者羅(がむしゃら)に猛々(たけだけ)しく、野蛮(やばん)


 一切の諦めはない。


 そして、それは、なにも英雄たちだけの攻勢ではなかった。


 地上の各地から、民が、権力がかの者を攻める。


 コンロン大陸の端、約18万キロ先の彼方からもそれが届く。本来届きようもないその攻撃は国家の格により運ばれるのだ。


 臆病者(おくびょうもの)などいなかった。家に閉じこもり、おそらくはそのまま最後の時を迎える。その震えに(すく)むはずの者たちが、今、一斉に家を飛び出し闘神に向かう。意味などなくとも。


「まだまだ!全然、足りねえぞ!もっとかかって来いや!」


 その野蛮さにつられるように、闘神のエネルギーも満ちていく。


 コンロン大陸を駆け回る紅。


 黄金の粒子が、空に舞い散る。




 闘神のいるその上空はもはや光に埋め尽くされ、何も見えぬ程であった。


 その光の渦から突き抜け、飛び出す紅。


 そして、その度に民を戦士を国家を(あお)る。


 決して動じぬ戦士たちのその顔も今や激情が満ち満ちていた。戦士たちがそうであるのならば、その民のそれがどうであったかは言うまでもない。


 偉大なる歴史の物語。


 全ての攻勢が、星読みを通し、歴史の大賛美歌(だいさんびか)へと変わってゆく。


 滅亡事態へ向かうその最終(クライ)局面(マックス)。各々(おのおの)が各自(かくじ)できうる最大の攻撃を繰り広げる。


 それはあらんばかりの輝き、生命の輝きであった。


 常天連邦、その最後の時の時。それに呼応したのだろうか、過去の英霊たちが、姿を見せる。彼らはどこから来たのだろう、物言わぬが、慈愛(じあい)に満ちた彼らの表情は、ただし、その(まなこ)だけは力強さに満ちていた。

 歴史に刻まれた伝説の大英雄たちが連雲の民に(ともな)われ、今、戦場に帰還。いや、それだけではない。貴賤(きせん)を問わず、その歴史を(つむ)いだ彼ら民が(ことごと)く、この時がために帰還したのだ。

 中には昨日、去った者もいる。もはや願っても会えぬと(なげ)いた者がいる。生きる彼らに()()うように、その全盛期の姿、力のそのままで、そして、いつの間にか今を生きる者たちも、その全盛期の姿、その力を取り戻していた。


「ロイヤルが名のもとに、我ら再び(あい)まみえよう。」


 それが彼らの(ちかい)。常天の民が死に向かうその時に(つむ)ぐ言葉であった。




 力を使い果たした英霊たちが、一人、また一人と消えてゆく。


 その美しき濁流(だくりゅう)はある一つの滅亡のために。




 やめてくれ、そう思うものが一人。


 時の皇帝、(とう)()(てい)が一人である。


 滅亡事態の宣言。

 ―当事項における決定権は国民に(ゆだ)ねるものとする。―


 常天連邦、その始まりに立てられた条項。


 ただ、この時、国民の解散の意味を持つ破滅事態は宣言されない。民が滅亡事態の決定権を持つ常天連邦において、民の解散たる破滅事態はあまりその意味をなさないからだ。

 故に、一つとばして、滅亡事態が宣言されることとなっている。

(破滅事態は破滅事態で、様々な役割があるのだが、とくに常天連邦では、滅亡事態のためにそれを用いることはないのだ。)




 常天連邦における滅亡事態の手順はこうである。(この手順は全て国家の格が取り仕切る。)

 1.民の1/3の発議により、滅亡事態の宣言のいかんが問われる。

 2.民の7/10の賛成により、滅亡事態の承認の是非が連雲院に求められる。

 3.連雲院が承認した場合、即座に滅亡事態へと移行する。

 4.連雲院が否認した場合、再度、国民に滅亡事態のいかんを問う。

 5.民の4/5の賛成により、皇帝は滅亡事態、その宣言の為の書を読まねばならない。

 6.その書の最後の一文が読まれるその時までに、民の賛成が4/5を下回らなければ、滅亡事態が直ちに執行される。




 たった今、民の意が1/3に達し、滅亡事態が発議された。


 即座にその否決の(むね)を連雲院に送る。

 連雲院が議員は167名。彼らの心がいかなるかはわからねど、既に話はついていた。


 どうあっても、否決せよ。いまだかの者は一切の敵意を見せぬのだから。


 連雲院は、民主的に選ばれた機関ではない。民と皇帝の間を繋ぐ、いわば権威の諮問(しもん)機関(きかん)。院を構成するメンバーはかつての連雲の民。その子孫の一部である。


 院は重大事項に関し、再議権を持つが、その効力は大したものではない。理性を再度促す、そのような時のために存在するのだ。

 ただ、滅亡事態だけは、国民の1/10、つまり10%分もの権利を問うことができる。


 それでも、民の実に8割の賛成があれば、滅亡事態が否応なく執行される。




 それを前に、(ちん)に何ができよう。


 手に強く握られた文書は、しわが深く刻まれていた。


 二度、滅亡事態が可決されたその時に、皇帝が読まなければならない滅亡のための文書である。


 先ほどから何度も書いては消されたその文は、下書きなしに書かれた(しょ)(ごと)く整えられている。書き直した(あと)もない。




 皇帝は、いわば二度目の再議権を有している。


 滅亡の文書。


 再議権たる意味を持つその文書を読み切るまでが、事態再考の最後の猶予(ゆうよ)


 文書を読み上げているその間、わずかでもその賛成が8割を切るようであれば、たちまち滅亡事態は否決される。


 けれども、それにはいくつかのルールがある。


 一つ、恣意的であってはならない。

 民意を代表するものでなければ、皇帝個人の情緒(じょうちょ)を記してはならない。もし、それを記そうとも、紙に字が乗らない。


 一つ、定められた文字数までしか記すことができない。

 この規則故に、滅亡の文書を永遠と読み続け、遅延を行うことができない。


 一つ、当文書に記載された文章を読み上げる。これは拒否できない。

 滅亡の文書が読まれる時、それは強制的な行為である。どのような状態であっても、例え、死していようが、国家の格により、時の皇帝はその文書のために、自ずと口が動くことになっている。


 一つ、当文書の最後は、「今、ここに常天連邦の滅亡事態を宣言する。」で結ぶ。

 どのような文章であろうが、その最後の一文は決定されている。この一文が読まれた時、全てが終わるのである。




 今、その民意が7/10に達した。


 連雲院の動きは早かった。瞬時にその否決が下される。


 しかし、民意、以前衰えず。


 その大河は既に決壊していたのだ。


 8割の賛成に達するまでのその時間は(わず)かであった。




 己の体が、勝手に動く。


 滅亡のその文書を読まなければならないのだ。


「我ら常天の民に告ぐ。貴殿らの戦い、誠に大義なり。」


 痛むかの(ごと)く。

 その文書を読むその声色(こわいろ)、それだけが皇帝が唯一自由にできる意志であった。


「痛ましい歴史を乗り越えて繁栄せし我らの中心にそれはいつもあった。」


 ロイヤル。


 それはイデオロギーのそのための道具でしかなかったはずだ。


 新しい、()(どころ)を作り、(つむ)げばいい。しかし、決して、それは口が裂けても言えるようなことではない。


「国家のその運営は、これまでの、民のその尽力でもって成功を()げた。」


 滅亡のその賛同は増す一方であった。

 ()んだくちびるから、血が(したた)()ちる。それでも、この口が(つぐ)むことはない。


「一度国家を失う、その影響は計り知れないが、我らならばそれを乗り越えることができよう。」


 帝のその苦痛の言の葉。その意に反し、真逆の情緒がとめどなく、国家に(あふ)れてゆく。


「我らが誇りは何が為。それはいかなる姿をもつか。」


 これが、滅亡の文書に書くことのできる精一杯の非難、(みかど)情緒(じょうちょ)であった。それが許容されたのは、以下の文に続くがためである。


「その象徴たる、かのロイヤルは今、何処(いずこ)に。かの者よ、一度だけ、問う。我らの誇りを返してはくれぬか。」


 国土に響き渡る(みかど)の声、戦場は静寂に満ちていた。


「断る。」


 ああ、終わった。


「ならば仕方なし、我ら国家のその最後の力でもって(なんじ)(いど)もう。」


 (わず)かな希望。国家の格。その滅亡事態。

 その力は想像を絶するものだろう。これまで(つむ)いだその全てが力と化し、そして、不可思議なほどに膨れ上がるのだから!


 我が国家の歴史、断じて矮小(わいしょう)(あら)ず!それ、かくも偉大なり!


「その座、安泰などと、ゆめゆめ思うでないぞ!」


 もう、最後の希望にかけるしかないのだ。ただ、願わくば、願わくば......




 最後の一文が読まれ出す。


 常天連邦、その空。


 最後の文言が読まれ出したその時、鮮やかな雲が空を(おお)った。


 連雲の雲。大陸の神秘が一つ、かつて、連雲公国にあったその雲が、国家の格の滅亡事態のその姿であったのだ。


 我らが国家。


 誰もが興奮に打ち震えながら、そう思った。


 ただ、燈花帝。その心の内だけが、惨憺(さんたん)たる苦痛にまみれていた。




 見事。


 それは神の一念。


 そして、常天連邦の命運、その分水嶺(ぶんすいれい)が為の最後の言葉。


「常天連邦の滅亡事態を宣言する。」


 この言葉が(みかど)の口から(つむ)がれることは(つい)ぞなかった。




 たった一言。それは神の一言。けれども、その一言で全てが終わった。




「天上天下唯我独尊」




 瞬間。あたりに異様な灼熱(しゃくねつ)が広がる。


 否、コンロン大陸のその全土が、紅に包まれたのだった。


 それは、まるで煉獄(れんごく)のごとく燃える空間。


 めらめらと、無機物たちが燃えるかのごとく()らめく。


 しかし、燃えてなどいない。


 大陸に生きるその生命も一体どこを負傷しようか。満ちる(ほむら)にその熱はなかった。


 神域解凍


 灼熱(しゃくねつ)にきらめくコンロン大陸、その全土を覆うその神域は、暴力の為の空間。それではなかった。


 それは、神が己の力を(おさ)えるが為に広げた神域。


 ただし、その空間で何人(なんぴと)が自由を認められようか。国家の格すら、その自由がないのだから。


 誰もかれもが、ただ、その圧倒的な未知に魅入るしかなかった。


 全てを忘れ。


 そして、神。それがたった一度。


 見せた御業(みわざ)


 (そら)に向けて、(くう)を一撃。


 何も起こらない。何が起こったかも分からない。しかし、何をしたかそれだけは分かる。




 今、空に放たれたその一撃の威力は、この灼熱(しゃくねつ)の空間に全て(おさ)えられ全くその意味をなさなかった。


 ただ、そうであったのだが、その威力を、神の力を、皆が見てしまった。


 死が、(ほお)()でる。いや、そんな次元ではない。


 もし、この空間がその威力を(おさ)えなければ、あのまま(くう)を突いた直後、この大陸は、いや、それどころではない。見渡す限り、その果てまで、全ての大地が消失していたことだろう。


 次元は()け、天は割れ、海も消える。この果てなき大地はここを中心に崩壊するやもしれない。


 あまりの威力に、誰もが不条理な結末を思い描くことしかできなかった。しかし、その恐ろしさだけは完全に理解していた。


 滅亡事態など話にならない。




 闘神が(そら)に向けて放った一撃。それは、ガラスの天井を壊すその力よりも強大で、甚大(じんだい)なものである。


 神域解凍


 これで力を抑えなければ、この一帯は見渡す果てまで丸ごと無くなったことだろう。コンロン大陸の消失などもはや話にならない。それは確実であった。


 力を抑えるが為の空間。


 それは、闘神が闘神として、自然とその力を理解し結実した、いわば技であった。


 選んだ対象だけ、それだけに力を放つことができる。


 それ以外のものを傷つけることなく。


 その力のあり方は実に単純。技といっても、スキルのような不可知なものではない。ただ、純粋に己の力を、己の力でもって打ち消す。それだけである。故に、制限などない。




 その様、まさに神域が如く、紅にきらめく。そして、抑えた力、解けるが如く(くう)に広がる。







 闘神が、その一撃を放った時のことであった、ふと、コンロン大陸のその片隅に、白い塔が現れるのが目に入る。

 それは、たちまち消えてしまったので、その為にどこか、気になったのだが、もう、ここに用などないのだ。


 白い塔。

 それは、コンロン大陸が神秘の一つ。なぜそれが見えたのか、いかなる条件でそれが見えるのか、それは分からない。

 ただ、誰に見つかるともなく、それは、そこにあるのだ。




 そして、かの者の姿は消えた。


 もはや、それを追う者は誰もいなかった。




 ただ普通のありふれた、空と街とが広がる。かの者が先ほどまで居たその形跡はどこにもなかった。


 滅亡事態のその意思も、水を打ったが如く、消失していた。


 死を、肉体を感じたからなのだろうか。それとも、あらんばかりの生の実感が今、満ちているからなのだろうか。いや、かの者が何処(どこ)にもいなくなったからなのかもしれない。


 もし、未だ、空にかの者がいたならば、我々はいかなる決断を取っただろうか。


 ふと、先ほどの情念は一体なんだったのか。そう考えてしまう。途端に恐ろしさが満ちてくる。


 


 ただ、空を見つめるしかなかった。







 闘神を追う者は誰もいない。しかし、何事にも例外がある。


 ただ一人、たった一人の男が、独り。闘神の後を追っていた。


 ロイヤルが収められていた、かの御所を守っていたその衛兵である。


 闘神と相対(あいたい)し、(にら)まれ(すく)んだその男。その者が、その者だけが、闘神を追いかけるのであった。


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