ふたり
唯我と、鈴。
両者の関係は、進展していた。
この数か月、何度もデートを重ねたからである。しかし、まだ一線は超えずにいた。
いま、二人は、鈴の部屋にいた。
これはいつもの光景である。
しかし、いつもとは違う雰囲気の二人だった。
それは、先ほどのデートで初めて、手を繋いだ二人がいたからである。
渋谷に似た街、スクランブルにて、雑踏を避ける形で、唯我から、鈴の手を繋いだのである。
そして、その後、両者、それを離しはしなかった。
握られた手は、ふとした拍子に、指が絡み合う恋人繋ぎへと変化した。
その間、両者は無言だった。いや、それ以降のデート、そして、帰り道。並びに、今現在に至るまで、両者はしばし無言だった。
その間、両者が道を歩く度、その恋人繋ぎは何度も、交わされ、つまり、一度、それがほどけるようなこと、例えば、食事の席でも恋人繋ぎをする訳にもいかぬから、その指はほどかれるのだが、食後、店を出ると、どちらからともなく、また、恋人繋ぎをしたものであった。
そこには、気恥ずかしさと、胸のドキドキがあった。
鈴の顔はいつも以上に火照り、息が少し上がっていた。
一方、唯我は、クールに決めていたものである。
そのクールさが、鈴に熱をもたらしていた。
なんで、なんとも、思ってない感じなのよ! という具合にである。
この気恥ずかしさは鈴の独り相撲なのか、とも不安に思えたが、絡み合った指先から伝わる唯我の熱が、その度に安心を与えた。
しかし、ふわふわした気持ちだった。
自分がどこか、ここにいないような感覚の鈴だった。
その帰り道。
むかえの車の中でも、二人は、手をしっかりと繋いでいたものである。
指を絡め合って帰る帰り道は、これから帰る家が、いつもの家ではないような、そんな気を起させたものである。
絡み合った指がほどかれたのは、むかえの車が家、つまり、マンションに到着した時である。
そして、互いに、互いの部屋へと、向かった。
唯我が前、鈴が後ろという具合で、マンションのエントランスから一列に入り、一階の互いの部屋の前まで来たのである。
その時、唯我は全ての用事は終わったと、言わんばかりに、己の部屋へ入ろうとしていた。
それに対し、鈴が、唯我の服のすそをつかんだ。
「ねえ、ちょっと話そ?」
それは、もう帰っちゃうの? という、なんで、そんな酷いことするの? という悲哀に似た懇願だった。
そして、いま、二人は、鈴の部屋のリビングにいるのである。
二人は、無言で、ソファーに座っていた。
鈴は、何故だかわからぬ緊張に支配されて、うつむいていた。
その一方の唯我は、なんだか余裕がありげな感じである。
それに対し、もんもんとする鈴だった。
願わくば、この緊張を唯我も感じて欲しいと、思う鈴がいた。
だから、何か、仕掛けてやろうと、思う鈴がいた。
ゆえに、緊張に耐え兼ね、仕掛けた鈴がいた。
「私のこと、どう思ってるの?」
その声は、緊張からか、うるんでいた。
「好きだ」
それはストレートな告白だった。
頭が真っ白になる。
そうと思われていることは、理性では理解していた鈴だったが、実際に口にされると、その理解は追いつかなかった。
そして、唯我の言葉は、続いた。
「付き合おう」
この時、鈴は、この言葉を今ここで言われる準備が出来ていないことに気付いたものだった。
それは、激しく動揺してしまったからである。
もっと、その言葉を言われる心構えを、準備を、しっかりとして、その上でその言葉に臨まねばならないものではないかと。
なぜならば、いま、鈴の心臓は破裂寸前まで高ぶってまともじゃないからである。
私の事、どう思っているの? と、言わなければ良かったと思った鈴は、はぐらかした。
「へ、へ~ど、どうしよっかな~へへへ、なんてね~」
指をもじもじさせながらの返答である。
その時、鈴の顔に手がそっと、あてられた。
そして、クイっと、その手が、唯我のいる方へと、回された。
その手は、唯我の大きな手であった。
ぐっと、唯我が鈴にせまる。
突然の出来事に、はっと、なった鈴は目をつむってしまった。
そして、くちびるに、やわらかい何かが重なるのが分かった。
それがキスだと理解したのは、すぐのことである。
重なった、くちびるが一度、離れた。
それがさみしかった。
そして、その時、鈴の脳裏に出てきた言葉は、すかさず、彼女の口から発露し、唯我をつらぬいた。
「めっちゃ好き!!!」
ああ、自分が唯我に抱いていた感情はこれだったのかと、ようやく素直になれた鈴だったのだが、自身が吐露した感情の恥ずかしさに、たまらず、あわてた彼女は、唯我の肩にうもれた。
しかし、意地悪な唯我は、その埋もれた彼女を掘り起こす。
そして、二度目の口付けが交わされていった。
空は、ゆっくりと、赤く、紅く、熱く、染まっていった。
そして、青へ、蒼へ、藍へ、染まっていった。
ギロリ
グロリ
ごろリ
そんな音がしたかと思う。
闘神と鈴の住所が重なった。
その知らせを受けた劉備の心臓は、3度、その音を立て、跳ね上がった。
4度目の鼓動では、こぶしがふり上がった。
5度目の鼓動では、机が飛んだ。
6度目の鼓動では、冷静になっていた。
事態は、滅亡へと向かってゆく。




