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闘神ヤニカス戦記  作者: 店や喫茶
ロイヤル編 第二章  ー 序 ー
14/18

ヒロイン

 無言で店を出ようとする。


「待て」


 その一言には、あらがえなかった。


 おそるおそる、振り返る。


 チキン野郎の額の青筋は、もはや、ビキビキと、バクバクと、脈を打っていた。




 あらら、ここまで、人は怒ってしまうのね。




 と、こちらが冷静になってしまうくらいには、怒り心頭なチキン野郎であった。


 どうしたものか・・・


 しょうがないから、闘神は、いつものごとく、カウンターの席に座り、チキン野郎と相対すことにした。


 そして、ふと、この時になって、店内がたばこの匂いに満ちていることに気が付く。


 それは、いち飲食店としては、ありえないたばこ臭さである。




 どかッ!




 闘神の目の前のカウンターに、吸い殻が、メチャ盛り入った灰皿が置かれた。


 おお、すごい灰皿だな。と思ったその流れで、視線を上げると、チキン野郎が、こちらを、(にら)みながら? いや、なんだか、諦めた顔つきで、己のたばこに火をつけている途中であった。


 そこから、チキン野郎の長い愚痴(ぐち)が始まったのだった。




「俺は、この日の(ため)に、喫煙者(きつえんしゃ)になったんだ」


 この日のためにたばこを吸いだしたチキン野郎。


 つまり、闘神を己の軍に取り込むために、軍の総帥から、たばこを吸うようにと命じられたからチキン野郎は喫煙者になった訳だったのだが、


 闘神に愚痴を語るチキン野郎は、もはや、この一連の行為の意図を一切、隠すことも無く、ただ、語るだけだった。


 しかし、それがちょっと、面白いと思ってしまった闘神だったから、この一連の計画は成功していたと言える。




 また、チキン野郎もチキン野郎で、事件のストレスのためにどうやら、たばこというものにハマってしまったようで、


 それに対し、チキン野郎も、もはや、こちら側か・・・


 と、それだけで心証が良くなってしまうくらいには、闘神も闘神で馬鹿な男だった。


 まあ、そんなものだったから、闘神も、ロイヤルを取り出し、チキン野郎の愚痴に親身に耳を(かたむ)けるのだった。


 なんだか、変な空間となってしまった、店内であった。


 しかし、何者にも、邪魔されたくない時間がそこにあった。




 チキン野郎から、チキン野郎となった際の顛末(てんまつ)を聞く。


 途中、あまりにも、それがおかしくて、何度か吹き出しそうになったものであったが、刺すような目で、(にら)まれるので、その度に、す、すまんかったな。と、謝罪する闘神だった。


 その愚痴の最中、ぼくたちも仲間に入れてよ、と、スマホ君、タキシード君、加えてジッポーちゃんが、出張って来て、闘神ふくめ、元所持品ズ4名にて、チキン野郎の話を聞くのであった。


 スマホ君など、自慢げに、チキン野郎に対し、ぼくが犯人なんだと鼻高々に自供するものだったから、チキン野郎もチキン野郎で、下あごの(きば)()きだし、鼻をふくらませ、今にも、襲い掛かってきそうな形相で、(にら)むが、


 しかし、それ以上何もできず、


 新たなたばこをもう一本と、振り上げたこぶしのストレスをその一本にぶつけるしかなかったから、チキン野郎のたばこの吸い殻は、歯型がガタガタと(きざ)まれていたものだった。




 チキン野郎いわく、鉱石が盗まれた当初、軍内部は相当な混乱だったそうだ。


 あたりまえである。


 そして、その混乱のはけ口が、一気にチキン野郎に向いたそうな。


 そのはじめ、部下のひそひそとした視線の意味が分からなかったチキン野郎だったが、


「お前がチキンを頼んだのか!!!」


 という、同格の同僚のその叱責(しっせき)にて全てを(さと)ったチキン野郎だった。


 しかしそれは冤罪(えんざい)というものである。


 すぐさま、事態の真相究明が行われ、軍の中核のデータセンターにて事件が何者かのハッキングにより、起こったものであると、そう結論づけられたが、しかし、俺はチキンなど注文していない! というチキン野郎の主張が、全体に通ることはなかった。


 皆、それが冤罪(えんざい)というのを理解していたが、もはや、この事件は、誰が悪かったか否かという次元を超えて、誰が犠牲になるかという話となっていた。


 チキン野郎が、情報部に対し、ハッキングの責任を追及しなかったというのもあるが、しかし、チキン野郎いわく、この己のこの犠牲が軍の空気をいくぶんかやわらげたそうな。


 実際、チキン野郎ふくめ、当事件によって降格、責任のための処分を受けた者は誰一人としていなかった。


 軍の総帥が、当事件のあらましを聞き、それが総帥のツボに入ったからだという。


 鉱石が奪われた事、加えて、チキン野郎の名誉が毀損(きそん)された、この二点が当事件の被害と犠牲であった。




 その話を聞き、チキン野郎はずいぶんと大人だと思う反面、闘神には、どことなく、この一連の愚痴が、作為ではないが、軍の総帥の寛大(かんだい)さのアピールにつながるものであるなと、感じられ、そう評価を下した。




 不快ではない。


 チキン野郎のこの愚痴(ぐち)は全く作為的ではない。


 彼の愚痴は、今や愚痴ではなく、元所持品ズからの質問大会へと移行しているほどである。


 だから、チキン野郎のその愚痴は、語られるというよりかは、己の恥を、語る、それを強要されている。それに近かった。


 なぜならば、その時あなたはいかなる気持ちでしたか? を無邪気(むじゃき)に聞く元所持品ズたちがいたからである。


 その上で、チキン野郎は嘘をつけるような人間ではない。それが分かるものだったから、チキン野郎の表情は多彩だった。


 そして、その質問大会にて、自然と語られるチキン野郎のその愚痴からにじみ出る、軍の雰囲気はいい、というか、面白いと思えるもので、それを最も効率よく伝えるとすれば、やはりチキン野郎が適任で、彼が今、大将の店にいるのも納得の闘神だった。


 つまりは、一連の采配(さいはい)に、軍の総帥の思惑(おもわく)が見える闘神であった。


 そして闘神のこの推測は間違ってはいなかった。


 事件により、あらぬ被害を受けたチキン野郎を大将の店に采配(さいはい)した軍の総帥(そうすい)の思惑は、闘神が予想した通りで、つまり、全ては、闘神に親愛なる念を軍に抱かせる、そのために用意された罠だ、という訳である。


 またその上で、それを無意識にこのチキン野郎はこなすであろうことが、総帥には分かっていたそのために、全てをチキン野郎に任せたものだった。


 そして、闘神の気持ちは、総帥の思惑通り、軍に(かたむ)くものだった。


 例えばジッポーちゃんが、ふざけて、にわとりのコスプレをしているその姿を見て、目をぎょろりとさせるチキン野郎。しかし、それ以上、怒りをぶつけない、くわえて、その我慢の姿が、面白いものだったから、元所持品ズには一層ウケていた。


 そのチキン野郎の姿を見て、こいつは大人だと、再度、冷静に評価する闘神だった。




 つまり、チキン野郎に対する加点の評価が、間接的に軍の加点につながる、そんな自然な作為がそこにあり、そして、それは、その意図が分かっていながらも、総帥の思惑に対し称賛の気持ちが湧いてしまう。

 つまり、思惑がそこに例えあったとしても、乗ってみるのも(やぶさ)かではないと、そう思えるものだった。




 総帥がチキン野郎を大将の店に配置したその意図を一言で言ってしまえば、チキン野郎のキャラクター性に全てを()けた。である。


 (おのれ)を偽ることのできぬ者。つまり、演技が苦手な者。

 その者から語られる言葉というのは、本音がこもり、そして、その者が、複雑な状況に置かれ、かつ、その精神が成熟している場合、そんな者の愚痴というのは、同情の余地、そして、それが、困った本音だからこそ、そのうっぷんが形となったときの滑稽(こっけい)さ、加えて、堅物である彼の融通(ゆうずう)が利かない、そんな不器用さとが、意図せぬ笑いを生んでしまう。


 例えば、チキン野郎がたばこ吸いと()し、自ずと、喫煙所に出入りすることになったそれひとつをとっても、自分が、その喫煙所に入ったとたん、場内がシーンと静まり返り、そして、そこから出たとたん、喫煙所が笑いに満ちる。


 そんな愚痴(ぐち)を語るチキン野郎に宿った面白さというものは、特殊なもので、容易に表現できるものではなかった。


 かわいそう、だが、笑ってしまう。


 しかし、笑えるのは、そのかわいそうな目に会っている者が、一定の強者であるからだ。


 という具合で、


 当の本人は、極めて、真っすぐ、その愚痴を語り、かつ、怒りに対し、コントロールする(すべ)を持ち、その上で、人生に対する気力というのが、その意地悪に対し、(かげ)ることがない。


 いじりがいのあるおじさんという訳だった。




 加えて、チキン野郎のその愚痴(ぐち)の節々(ふしぶし)からは、己が、受けた名誉の毀損(きそん)が、職場を和ませているのではなかろうかという、そんな考えがうかがえて、


 いうなれば、彼の愚痴は、懸命(けんめい)な、人生の肯定のもとに成り立つ愚痴といえた。


 おのれが犠牲(ぎせい)となったそれを、それで良しと、肯定する強き者。それがチキン野郎だった。


 そして、その姿は、部下にも理解されているのだろう。


 昨今(さっこん)、部下たちから、良く、チキンの差し入れがあるのだという。


 そして、そのチキンだが、それが、名物店のチキンだから、うまい。


 ゆえに、(にく)めないのだと、そう愚痴をこぼすチキン野郎だった。




 まあ、そんなことを話していると、両者の(みぞ)は埋まってゆくもので、それだからこそ、闘神は、次の言葉を無下(むげ)には出来なかった。


「こっちへこい。責任をとれ」




 大将のラーメンを(えさ)に釣るまでもなく、事態は、成功をみた。




 しかし、言い訳というのは必要で、つまり、責任など、とりたくもない闘神だったから、大将の店がそちらに移転したのならば、そちらで過ごすのも悪くはない。と、素直な同意はしなかった。


 しかし、軍は、全てを成功させたのである。







 その出迎(でむか)えは、劉備(りゅうび)のものと同じ形だった。


 トントン戦隊とんれんじゃーの店の前にて、黒塗りの車列が、即座に立ち並ぶ。


 その時、道行く者は、あの閉店商法の店に入ったバカが、実は、重要人物であったのではないかと、つまり、世界の裏側をのぞいた、そんな気分になったものだが、そんな野次馬たちが、群がるその前に、その車列は、あっという間に空へと消えた。




 闘神を出迎えた車列。それは、全て、陸を走行する車ではなく、空を()ける、つまり、空飛ぶ車の車列だった。




 チキン野郎が所属する軍。


 そこが劉備の軍とどう異なるかを述べるとすれば、


 劉備(りゅうび)が、羅王の大陸の、民間経済の屋台(やたい)(ぼね)を支える仕事をするのならば、チキン野郎の軍は、その経済なるものから独立し、独りで勝手に経済圏を成立させ、それを運営させてしまう、そんな活動。


 いうなれば、現在の地球の大西洋に、とつじょアトランティス大陸が浮上し、そのオーバーテクノロジーを世界に見せつけるが、しかし、アトランティスの文明は、一切、アトランティス大陸からは出ない。


 という市場の形態が、チキン野郎が所属する軍に広がっているものであった。




 羅王のルールでは、民間に被害を与えなければ、軍は自由である。


 オーバーテクノロジー。


 それを市場に参入させると、大いに民間の経済は混乱するものである。


 つまり、民間の財に被害を与える。


 しかし、そのテクノロジーを民間市場に参入させなければ、軍は、ルールに抵触(ていしょく)するテクノロジーの開発と供与(きょうよ)が自由であった。




 内需にて完結する経済。


 それが、当該(とうがい)の軍が繰り広げる経済である。


 その経済にて使用される紙幣(しへい)も、軍が発行する、つまり、通貨発行権を軍が単独で維持しているものであった。


 それは、勝手な発行というもので、普通そういった紙幣には価値がつかないものであるが、しかし、この羅王の大陸における軍の信頼と、当該(とうがい)の軍が繰り広げる経済圏にて供与されるオーバーテクノロジーの存在が、すさまじい需要(じゅよう)を生み、当紙幣に確かなる価値を生んでいた。


 しかし、当該(とうがい)の軍が用意するテクノロジーはその経済圏を超えて、用いることはできないものである。


 アトランティス大陸のオーバーテクノロジーに(あこが)れて、そこに移住し、立派な空飛ぶ車を購入しても、その車を飛ばすことが出来るのは、アトランティス大陸の中だけである。


 まあ、軍服を着るものにはそういった制限は一切ないが。




 そして、その経済圏にて発行される紙幣も、アトランティスの経済圏でしか使えないものである。


 アトランティスのお金では、ニューヨークの土地を買えないのだ。


 ゆえに、そういった経済圏を繰り広げる軍は、外での活動のために必然と外貨を必要とする。


 だから、当該(とうがい)の軍も、劉備の軍が行うような経済の参入を試みるが、しかし、その一方で、彼らの紙幣は、民間の資産と一方通行でなら交換が可能であった。


 つまり、民は軍に資産を贈与(ぞうよ)、プレゼントすることが出来た。


 そしたら、軍からありがとうのお礼がもらえるのである。




 たとえば、ある成功者が、己の生活環境を底上げしたいと願う時、当該の軍の経済圏は、それが叶うものである。


 発展した技術は不便を極端に無くし、そして、その文明が発展しているからこそ、生み出される娯楽や、文化がそこにある。


 そこは、欲望の経済と言ってもいい程、魅力的なものである。


 ゆえに、富める者は、己の財産を当該(とうがい)の軍の紙幣と交換するのである。


 ここには羅王のルールの適用というのはなかった。


 しかし、一度軍の紙幣に()えたのならば、二度と、その者は、その財を民間の経済圏にて活用できなかった。


 相続すら民間人は禁止である。




 ちなみにだが、軍の紙幣(しへい)は紙の紙幣だけではない。


 ブロックチェーン、いうなればビットコインもある。


 ゆえに軍の貨幣(かへい)は様々な種類を持つ。


 その上で、各種その利用用途に色がある。


 その商品には使えぬ貨幣(かへい)もあるというわけである。


 これは、入場チケットじゃん。という貨幣(かへい)もある。


 その上で、軍の紙幣(しへい)、並びに貨幣(かへい)は、アトランティスの外にあたる民間の市場には介入できない。


 また、軍の経済圏において、各種仕事を営む者の給料の支給体系も様々である。


 そして、軍の経済圏といっても、そこでも民間の経済活動は花開く。


 全ての民が公務員という訳ではない。


 サラリーマンもいるし、起業家もいる。


 その上で、彼らの経済活動は、アトランティスの外に出ない。


 外に出るのは軍の役目である。







 独立した経済圏。


 ひとことでいうなれば、贈与(ぞうよ)にて参加が許される経済である。


 しかし、その経済圏の需要が極めて高いので、次々と、富がそこへと集中する。


 そのスパイラルが当該の軍の経済を大きく支えていた。




 民間の経済圏が、テクノロジーの開発を禁じられ、その文明の発展を抑え込まれる、そんな羅王の大陸だからこそ、生まれるものであった。


 そして、これは、羅王の大陸がかつて、その全盛を誇っていた当初から、各地にみられた経済である。


 当該(とうがい)の軍が特別、羅王の大陸の、そのルールの裏をかいて成立させた、特異な経済圏という訳ではない。


 当時、このような軍主導の経済圏はままあった。


 そして、一国の全てが、軍の経済圏と化してしまう。そのような話もなくはなかった。


 それは、ひとえに、そこで暮らす民がそれを望んだのであって、軍は、国家に対し、一切の干渉も行っていない。


 ゆえに、それが成立してしまうものである。




 しかし、これには一つ、大きな欠陥(けっかん)があった。


 これは、当該(とうがい)の軍の経済圏にも共通する欠陥であるが、そういった軍の経済圏。そこで供与(きょうよ)されるその全ては、軍の財産とみなされる。


 それが、大きな欠陥だった。




 その財産の所有が、民間にあろうと、その根本は、軍が所有権を有する財産であった。


 しかし、その財産の表面上の所有者は、民間にある。だから、一度、軍が民間に供与したその財産が軍により接収(せっしゅう)されるということはない。


 それは、羅王のルール。軍は、民間の財に被害を与えられない。というルールが働くためである。


 だから、たとえば、全ての家事を勝手にこなしてくれるそんな理想的な家を軍の経済圏にて購入したとしても、その家の所有を軍に奪われることはない。


 が、しかし、その家が、一般の市場の文明レベルから逸脱(いつだつ)しているものであれば、それは、本来、市場では認められるはずのない家、つまりは、一般の市場にて成り立つ建築の経済を破壊させるものである。


 全自動ロボットが全ての家事をこなしてくれる。そんな家があれば、それは誰もが購入したいと思うもので、しかし、民間の市場では、そもそもそういった高度なロボットを開発することが許されない。(それは、その開発が、軍事行為に当たるからである)


 そして、これがまかり通れば、独自にその技術を発展させることの難しい、民間の経済は、軍の経済により、破壊されてゆくのだが、


(つまりみんなが、民間企業が売る家を買わなくなってしまう)


 この軍による民間の市場破壊は、羅王のルールに照らし合わせれば、まかり通ってしまうものであった。


 軍がそれを(たくら)んだのではなく、民がそれを望んだからである。


 そこを邪魔する羅王の格ではなかった。




 しかし、そのような形で民間の財となった家も、あくまで、それは軍の財産。軍が用意した経済圏だからこそ成り立つ財産であった。


 そしてこれがもたらす事態。つまり、大きな欠陥であるが、それは、他軍による攻撃をそれらの財が受けるというものであった。




 つまり、せっかく買った、オーバーテクノロジーな家、車、といったその全てが、軍事行為の被害にあうのである。


 街中で起爆した爆弾は、羅王の大陸においては、軍の財、そして軍服を着たものだけが、その被害にあうものだが、軍の財に含まれる、その家や、車、それらも同時に被害にあうのだった。




 これは、少々複雑な話なので、簡潔に述べるが、


 軍の経済圏で交わされる所有権の売買は、そのモノに宿るのではなく、契約に宿る。


 たとえば、チキン野郎の軍が運営を担う、経済圏。


 そこにおいて、豪華な家を買った富豪がいたとする。


 そして、その売買は、明確な契約をもってなされた。


 よって、その豪華な家は、その富豪の、明確な民間の財である。


 そして、この時、民間の財、それは、その契約に宿る。


 つまり、豪華な家には宿らないのだ。


 ある種それは、豪華な家を軍が富豪に貸し出したという形で、その豪華な家の真の所有者は、富豪ではない。


 しかし、その契約条項には、その家の全ての管理者は富豪であり、かつ、それは恒久的(こうきゅうてき)なもので、当軍は一切の被害を加えることが出来ない。当軍はこの契約を履行(りこう)する。


 と、明記される。


 それ(ゆえ)に、その契約(けいやく)が民間の財となり、それがあるから、チキン野郎の軍は、その契約を破棄できない。つまり、その家の接収(せっしゅう)も、破壊も不可能となるのだ。


 しかし、劉備(りゅうび)の軍からすれば、その富豪とは、一切の契約を交わしていないものである。


 ゆえに、その契約には縛られない。


 だから、豪華な家の破壊が可能なのだ。




 これが羅王のルールのその運営の模様である。


 再び述べるが、民間の財たるものは、ここではその契約であり、富豪の家ではない。


 そして、その契約が交わされた際、その契約が、劉備の軍が賛同したものでなければ、


 その契約を守るのは、契約を結んだチキン野郎の軍であって、劉備の軍が守る必要はないのである。


 その売買の契約条項にいかなる文言を盛り込もうと、豪華な家の真の所有者が、富豪になることはない。形だけの所有権しか、富豪は得ることが出来ない。


 もちろん、その豪華な家が、一般の市場にて出回る家であるのならば、それは、民間の財であるので、どの軍もその破壊は不可能である。


 しかし、軍が供与した、つまり市場を混乱させる技術にて建てられた、その豪華な家は、どこまでゆこうが、徹頭徹尾、軍の財であった。




 そして、それだから、軍の経済圏。そこで成り立つその全ては、軍事行為により、全て破壊可能である。


 このリスクとどう向き合うか。


 それを受け入れる者が、軍の経済圏に加入する者たちといえる。




 ちなみにだが、これらの背景にある、


 羅王の格が一般の市場の技術開発を軍事行為とみなし、それを制限する。


 という事象。


 これは、羅王の本意ではない。


 つまり、羅王は文明の発展を望まなかったという訳ではない。


 本来の羅王の大陸の姿。


 それは、凄まじいほど、文明を発展させることが可能であった大陸である。


 ゆえに、民間の市場の技術開発が軍事行為とみなされる現在の事態は、ある種のバグである。




 かつての羅王の大陸。その文明の発展。


 それは、羅王が大陸の勝負に勝つごとに訪れた。




 たとえば、現代の日本列島が、その文化、文明そのままに、300年、時をさかのぼり、江戸時代の日本、その(となり)に、時空を超えて転移したとする。


 つまり、地図で見れば、300年前の日本列島のその右隣に、現代の日本列島が、どんと、現れる形である。


 当然、混乱することだろう。


 そして、勝者を決めるならば、圧倒的に現代の日本列島が勝つ。


 軍事力からして話が違うのだから。


 そして、経済、また、技術など、それらすべてが、江戸を上回るため、江戸の人々の上に現代人が立つのは、極めて容易である。




 もし、この場合、その両者の関係は、不平等だ。




 そして、大陸の勝負では、このようなことが、まま起こるものである。




 軍事はこちらが上であるが、文明はあちらが、圧倒的に上。


 そのような大陸を、大陸の勝負にて獲得した時、


 大陸の勝負ではこちらが勝ったが、その後、経済的にこちらが蹂躙(じゅうりん)された。


 そんな憂き目にあうこともある。


 つまり、現代日本には、憲法9条があるからして、江戸は、戦火を免れる。そんなことがあるかもしれないが、しかし、江戸の経済は、刷新(さっしん)されることだろう。


 その時、江戸の人々は、現代日本の経済にどう立ち向かうことが出来ようか。




 個々人の話で見れば、江戸の人々にもやり様、勝てる手というのはあるのかもしれないが、明治維新にて起きた混乱と同程度、いや、それ以上の混乱が起こるのは、必須(ひっす)である。


 現代日本のその体制を江戸の人々が受け入れればいいと、そう言えば、話は簡単だが、しかし、その社会の体制からして、文化や常識、倫理(りんり)の何から何まで違うのだから、そして、その多くが、現代日本のそれが善となり、蹂躙(じゅうりん)されるところであろう。




 では、羅王の大陸の場合であるが、


 この時、羅王の格は、両者の関係を厳しく分離する。


 つまり、現代日本が、江戸に対して、干渉するその全てを排除(はいじょ)するのだった。


 羅王の格が江戸を保護するのである。


 そして、その上で、羅王の格は、現代日本の以降の文明発展を制限し、


 その一方で、江戸の文明発展を、現代日本の文明レベルを基準に、そこまでの発展を可能なものとし、許す。


 つまり、江戸の人々が、皆、スマートフォンを持ち出す、そのレベルまで、江戸の文明が発展するのを許すのである。


 そして、その時まで、現代日本の干渉を一切許さないのである。


 また、それに加えて、江戸の人々が、現代日本の知識を学ぶことをよしとする。


 例えば、江戸の人々が、現代日本を行き交うこと、それは許されるのである。


 そして、その逆となると、厳しく制限される。


 その上で、ついに、江戸の文明が現代日本に追いついた時、両者の関係というのは、全て解禁されるのであった。




 勝負するなら、競うのならば、同じ条件で。


 という羅王の精神である。




 このような形で、羅王の格は、文明が未発達な地域を守る。


 そして、このような場合、現代日本のその文明も、その発展が制限されるものだが、軍事の開発としては、それが許されるものだから、一日の長というのはあるものであった。


 羅王の大陸のその運営が公平であるというのは、このような意味から来るものである。




 また、羅王は、しょっちゅう大陸の勝負を仕掛けるものだったから、当時、羅王の大陸の文明開発競争。


 いうなれば、羅王の大陸における最高文明、それに追いつくためのその競争というのは、極めて激しいものであった。


 それは、羅王が大陸の勝負に勝つごとに、その最高文明の基準が上がるからである。


 しかし、その基準が限度なく上がり続けても、各大陸は、鎖国のごとく、羅王の格により、保護されるので、各大陸ごとに、その文明の発展具合というのは、多種多様な姿をとっていた。




 そして、この羅王の保護の形が、現在の羅王の大陸において、その民間の市場の文明を停滞させるものとなってしまっているのである。


 まあ、このおかげか、現在の羅王の大陸の文明は、各国、極めて対等で、中央大陸が、周囲の大陸に先んじて、文明の覇権を握るという事態も起こってはいない。


 そして、文明の発展問わず、例えば、ダンジョンから算出される不可知なる素材や、各個人が獲得する不可知なる力により、擬似的(ぎじてき)に個人が文明の発展を味わうこともできるので、大いなる不満が渦巻(うずま)くこともなかった。


 例えば、羅王の大陸の長距離移動に使われるワープゲートは、過去の遺物の再利用の形でしか認められず、新たな建築はできないものである。


 だが、ワープの効果をもたらすダンジョンの宝物によって、超大国の文明を先取りすることは制限されてはいない。


 けれども、そういったダンジョンの宝物を加工したり、それを転用、または、それを用いて何らかの利器を生産する。つまり、私的を超えた活動。そういったものは制限されるものである。


 また、自動運転の技術は、現在の羅王の大陸において、きわめて容易だが、その開発は許されない。


 しかし、自立式ロボットを作成できるそんな能力を持つ個人が、そのロボットに己の車をを運転させることは可能である。(それには一定の免許がいるが)


 けれども、そのロボットをもって、市場に参入。つまり、タクシー会社を設立し、そのドライバーを全てそのロボットにすることは制限されるものである。


 また、タクシーの運ちゃんが、ワープの能力を持っているのであれば、その能力を駆使(くし)して、客を瞬時に送り届けることは可能である。




 この線引きは難しいが、個人的な利用は許されるが、民間の市場を混乱させる利用は許されない。という具合であった。


 また、ダンジョンの宝物から、そうポンポンと、超文明以上の利器は産出されないので、それらが全ての市民にいきわたることもない。


 加えて、個人が、自立式ロボットを作成するのも、ワープの能力を獲得するのも非常に難しいものである。ゆえに市場が混乱することもない。




 制限とはこのようなものだが、しかし、現在の羅王の大陸であっても、文明を発展させることは可能である。


 希望はある。


 民間の市場が、文明の発展を許される、解禁されるそのタイミングはなくはない。


 しかしそれは、きわめて複雑である。


 人口の行き過ぎた過密、または大幅な減少、それに市場の飽和や、市場の強度化、文化の形態、市民のうっぷんなど。羅王の格の好みで決まるところもある。


 または、ほぼありえないが、ダンジョンの宝物をじゃぶじゃぶと市民が獲得し、それ故に、文明の全体のレベルが自然と上がってしまった、または、全ての市民がワープの能力を手に入れ生活の形態が変化した。などもある。


 それら様々な要素が、そして、複雑に(から)まりあった結果、それでも亀の速度で、文明の発展が各種、許されるというものだった。


 一律ではない。各種である。ゲームの開発は超文明のそれが許されるが、スマホの開発は許されない。といった具合でそれが起こる。


 ちなみにだが、現在、羅王の大陸にて広がる普通国家の文明の形態は、ロイヤル誘惑により、一体が破壊された後に、すぐさま立ち上がった、つまり、即座に復興することのできた文明のレベルである。


 当時の彼らからすれば、石とこん棒でやり取りする、石器時代へと戻ってしまった、そのような具合だった。


 だから、いってしまえば、今の羅王の大陸のその文明がつくる街の景色は、1万5000年前の復興当初と比べると、ほとんど変わらない。


 それほどに、文明の発展は、現在、遅遅(ちち)として、進んではいなかった。




 まあ、羅王の大陸のその経済、文明のその体系はこのようなものであるが、そんな羅王の大陸にて、現在、官民軍が、必死になって取り組む仕事というのを述べておく。


 また、以下で述べることは、かつての羅王の大陸においても、必死になって取り組まれたことであるとも、加えて述べておく。




 現在の羅王の大陸は、文明の停滞期に当たるが、しかし、その活力は、一切衰えてはいない。


 むしろ、文明の発展が制限されているからこそ、ある種の活気がいっそう増して、満ちている。




 羅王の大陸。


 いや、それは、羅王の大陸のみならず、一定の文明が成り立つその社会に共通することだが、


 簡潔に述べると、生活が充実した社会は、才能を奪い合う。




 命の危険が身近にある時代。食うのが難しかった時代。資源が乏しかった時代。技術が低かった時代。


 そういう時代を()て、つまり、そういう時代が忘れられると、代替不可能なものが価値を持ちだすものである。


 代替不可能なものは、貧しい時代であっても、それ相応の価値を持つ、がしかし、貧しい時代というのは、それよりも上に、生存という価値が第一に来るものである。


 例えば、勉学よりも、田畑を(たがや)した方が、生存につながるのだ。


 また、田畑を耕すよりも、力が、全てを支配するのだ。


 これはいつの時代も変わらない。


 ゆえに、そのなかで、例えば、勉学というのが、役に立つそのためには、その勉学が求められる市場の創造が必要となる。


 例えば、ワープの能力一つとっても、その移動が畑を(たがや)すことはない。もちろん使いようによっては畑仕事の役には立つかもしれない。例えば、害虫の一斉駆除、作物の()り取りである。


 しかし、その能力を獲得するよりも先に、畑仕事の不可知なる力を獲得する方が、効率がいいものである。(それは、ワープの能力によってできる畑仕事の大体は、代替可能であるからだ。

 害虫の駆除(くじょ)も、作物の()り取りも、農作の一定レベルの能力にて、すべて解決する。

 けれども、ワープの能力を行使した方が、農作の能力よりも便利な時、というのもある。

 が、しかし、ワープの能力を得るために犠牲にする時間というのは、そのための勉学も(ふく)め、多大なものである。

 もちろん、才能がある者は、それをすぐに獲得できる場合もあるが、結局その者がする仕事というのは、農家のそれと大差ない。

 そして、その仕事を総評すれば、農家の仕事の方がはるかに優れているものである)


 また、自立式のロボットを作成し、彼らに畑仕事を従事させれば生産性は上がるが、しかし、そういった能力を獲得するためには、全く畑仕事とは関連のない努力をしなければならないために、その努力の期間、誰かに理解されるのは難しい。




 しかし、ワープの能力にしても、ロボットの作成にしてもそれは巨大な価値を生む。


 その上、そういった勉学の取り組みから、決定的な利を農家の仕事にもたらす、そんなものも生まれいずるものである。




 そして、そういった能力、つまり今まで要らないと思われていたが、実は必要だった。大きな価値を持っていた。そんな能力を、才能を持つ者を増やすためには、


 また、そういった能力を真の意味で活用するためには、


 そのための市場が必要である。




 ちなみにだが、ここでの市場のその意味は、何らかの形で金銭の価値が生じる。また、それが経済を発展させるに(いた)り、その市場に従事する者が、それで食ってゆけるといった意味である。




 そして、その市場というのを独自で切り開く時の偉人もいる。がしかし、それは、偉大な努力がいつもそこにあるものである。




 つまり、大変なのだ。市場の創造は。


 0から偉人が生み出すために。




 しかし、生活にゆとりと豊かさが訪れ、かつ、市場の多様な形成が容易となった時、偉人の努力に頼らなくともいい、そんな時代が訪れるものである。




 言ってしまえば、官民軍が必死になって取り組む仕事というのは、その偉人の努力によって切り開かれる市場というのを、偉人に先んじて切り開いてしまおうというものである。


 そして、その時が訪れると、今まで意味を、価値を、持たなかったものがとたん価値をもつようになってくる。


 そして、そういったものが、高度な力の形成に大きくかかわるものであった。




 しかし、誰しもが食っていける時代、生命の危機を皆が(まぬが)れる、そんな時代が訪れた時、これとは別の方向へ向かう文明もあるという事だけは述べておく。


 その時、勉学ですら、もはや、さほど必要ではない。


 先ほど述べた代替不可能なるものの価値も、一気に落ちることになる。


 余計なことをしなくても、満足して暮らせるでしょ? この言葉があるからである。


 ましてや、国家の人口減少ですら大した問題にはならない。




 何もせずとも、豊かで満足な暮らしができる場合、遊んで暮らす。つまり、永遠の夏休みが訪れるゆえに努力という努力が必要ではなくなるのだ。




 原始の暮らし、起きて、食って、好きなことして、寝て、さめて。


 この繰り返しが文明の発展により、高度なものとなった、そんな時代といえる。


 そして、これは、文明の一つの偉大な到達点である。


 また、このような社会においては、誰しもが度肝(どぎも)を抜かす、そんな仕事をやってしまう者が生まれることも多い。


 それは、自由と、(ひま)を持て余す者が多いからであり、その上で、その仕事というのを成し遂げてしまう者。


 その者は、既に価値がないと、いらないと、思われている特定の分野をわざわざ掘り起こし、「未だそこには価値があった」と、発見してしまう。そんな強烈な仕事をするものだからである。




 まあ、その一方で、その文明の形態を、つまり永遠の夏休みを目指さない。そんな文明もまたあり、それが、才能を奪い合う、つまり、代替不可能なるものに重きをおく、そんな社会を形成する文明たちである。




 両者の文明の違いは、暮らしの豊かさを目指すある特定の段階で、永遠の夏休みに入る選択をとる、または取らざる負えないか、はたまた、もっと豊かになりたいと望み、そして新たな豊かさを探し、そのためにまだまだ働くかの違いである。


 羅王の大陸。そして、常天連邦といった国家たちは、このうち、もっと豊かになりたいと思う者たちの集団である。




 そしてその者たちが、繰り広げるのが、才能の奪い合いであった。




 しかし、それには、とある大前提が必要となる。


 それは、


「全ての者には、何らかの才能が必ずある」


 という大前提である。


 そして、これは、この果てなき世界にとって、最も重要視される大前提だった。




 つまり、全ての者の才能が輝いていないのであれば、それは、何らかの原因があるという立場で、


 それを羅王の大陸。または、その他の同形態(どうけいたい)の文明を有する国家は、場の不足。市場の不足として(とら)えるものだった。


 そして、この立場がなければ、国家は淘汰(とうた)されるのが、この果てなき世界の常であった。


 つまり、本来は、社会に利を成したはずのその才能、力が、発見されずに終わるというのは、重大な損失であるという見方である。




 この才能の奪い合いだが、以下の2点の特徴を持つ。


 それは、新たな市場が次々と誕生したことで、これまでの、既存の市場に、本来やって来るはずであった才能が、新たなそれに奪われる。それを阻止(そし)する。これが1つ。


 次に、未だ意味を持たぬ才能、まだ誰も知らぬ才能に対し、それが発見されるためには、まず、新たなる市場の創造が必要である。とし、その(ため)の市場を実験的に創出する。これが2つである。




 前者は、発展する他の市場に、こちら側の才能を、奪われまいと、努力するのが特徴(とくちょう)で、


 後者は、新たなる価値を社会に作り出し、それが市場の経済のひとつとして、独立するまで、根気強く耐える努力をするのが特徴である。


 特に後者は、その才能に(てき)した市場がなければ、その才能は、別の市場にむなしくに奪われ、消えてしまう。その視点で、才能が奪われたという立場である。




 全ての者には、何らかの才能が必ずある。という大前提がなければ、この立場には立てない。




 以上が才能の奪い合いに関する簡略的な説明であるが、この形態については、今後も、随時(ずいじ)、述べてゆくため、その記述は、これくらいで終わらせておく。


 ただ、中でもその形態において重要視されるものだけ、いま、まとめて述べておく。




 まず、才能は、ありとあらゆる形で存在する。


 次に、才能に対しては、何らかの価値を見い出す市場の成立が、必要不可欠である。


 また、才能は一人一つではない。


 最後に、才能は人格と強く結びつくために、代替不可能である。







 そろそろ次に進みたいところだが、しかし、ここで、ある種の疑問を想定し、その疑問というのに答えておきたい。




 それは、なぜ、この世界は、地球のそれと似ているのだろうか?


 という疑問である。




 これまで具体的に述べたわけではないが、常天連邦も羅王の大陸と同じく、地球の社会のそれと似ているものである。加えて、そこで暮らす人々の姿形(すがたかたち)ですら、地球人のそれと同じである。




 例えば、先で言及した才能を奪い合う社会。その社会の形態一つをとっても、それは地球で繰り広げられる現代社会のそれと近似している。


 社会学や、政治学などで言及される、ポスト・マテリアリズム。

 つまり、物質的な欲求が満たされた、その次に訪れる、脱物質主義(ポスト・マテリアリズム)

 きわめて大雑把(おおざっぱ)に述べるのならば、非物質的な価値、非経済的な価値が優先される社会の形態。


 その概念(がいねん)と近似しているものである。


 そして、それらが成り立つ流れも、羅王の大陸たちと、地球は、おおむね同じである。


 これは、果てなき大地が不可知なる力にあふれていようとも、両者にみられる共通項である。




 つまり、何が言いたいかというと、地球に似た社会が、そのまま、この果てなき大地にもあるのだ。


 地球の政治、文化、文明の、その力学とほぼほぼ変わらないそんな場所があるのだ、ここに。




 しかし、そんな地域もあれば、その一方で、全くそれには当てはまらないそんな地域もある。


 国家の格や、大陸の格の用い方がまるで異なる文化文明もあれば、また、


 こちらの倫理などまるで話にならない地域もある。


 そして、そもそも、衣食住の概念(がいねん)すら全て異なる者たちもいる。もっと言ってしまえば、こちらが考える生と死の概念までも通用しない生命もいる。


 例えば、植物の国家群があったとして、彼らの戦争体系が、花粉の受粉戦争なるものであれば、そこで繰り広げられる争いは、いかなる姿を持つであろうか?

 チョウやミツバチたちと協力するのかもしれないし、そしたらそこには、虫たちの国家群も広がっているのかもしれない。

 イモムシに己の身体を分け与える。そんな、植物もいるのだろう。いや、イモムシがそもそも葉っぱを食べるという概念がそこにはないかもしれない。


 それが無限に広がる果てなき大地の特徴である。


 こちらの理解がおよばぬ世界がどこかしこにも普通にあるのだ。


 ただし、果てなき大地は、乱雑なものではないとだけは言っておく。


 美しき法則というのがある。


 これは保証する。







 そして、その上で、羅王の大陸は、


 21世紀初頭に訪れた、「地球のそれに似たところが、偶然あった」


 現代の日本の、その姿にきわめて似ていた、


 というだけである。


 しかし、これでは納得はされないと思われるので、その背景にあるものを少しだけ述べて置く。




「地球のそれに似たところが、偶然あった」


 と、いま述べたが、それは、19本の散ったロイヤルが、その偶然を起したものである。


 つまりそのために、ロイヤルが散った地域というのは、いってしまえば地球と似た地域が、集合している場所である。


 加えて述べるが、今後、闘神がロイヤルのために訪れる地域も、地球と似た地域である。




 視点を変えて述べるのならば、無限に広がる大地にそのような集合、つまり、地球に似た地域が広がる、そんな集合があってもおかしくはない。


 確率0ではない。




 その上でだが、


 果てなき大地に散った19本のロイヤル。


 それは、果てなき大地の全体から見れば、極めて密集して転移しているものである。これは、明言しておく。


 たとえば、現在、闘神は、所持するものも(ふく)め、8本のロイヤルを射程(しゃてい)にとらえた。


 そしてその一本一本の距離は、果てしなく離れていたわけでもなかった。




「果てなき大地。それは、無限に広がる大地である。果てなどない」


 これも今ここで、明言しておく。


 その上で、そういった場所にもし、19本のロイヤルが転移したとなれば、本来、その一本一本の距離は信じられぬほど離れていたはずである。


 しかし、実際はそうではない。


 一本目のロイヤルは、常天連邦にあったが、そことの距離は、およそ50億km。地球から海王星までの距離だけしか離れていなかった。


 それは、50兆km、50京、いや、もっと、50()()()、50不可思議kmと、離れていたわけでもない。


 もちろん、時間をかければ、闘神も、その距離を問題なく移動可能である。


 が、しかし、その()き目にあわなかった闘神である。


 そこへ(いた)るために無量大数の時を要したわけでもない。


 闘神自身もその事について考えた過去があり、(おのれ)の幸運をかみしめているものだった。


 特に最初の一本の発見が100日ほどですんだのは、最大の幸運である。




 そして、その幸運だが、もちろん訪れなかった可能性も十分にあった。


 いや、どちらかというと、その幸運に恵まれなかった方が、確率的には圧倒的に高かった。


 そしてその幸運だが、それは、ロイヤルが持つ因果と関係するといえる。


「ロイヤルがそれぞれ転移した地域。そこが持つ因果と、ロイヤルが持つ因果の相性が良かった」


 身も(ふた)もなく言ってしまえば、幸運の正体はこのような言葉で終わる。


 そして、因果というのは、闘神にもあり、そのためにロイヤルが密集する地域へとやって来れた、とも言える。


 このロイヤルの因果と、闘神の因果とが、二重に重なった、それゆえの幸運なのだ。




 しかし、これ以上のことを言うのは難しい。


 そもそも因果というのは、何なのか。そして、その因果がたとえあったとして、それはいかなる意味を持つ因果なのか。


 それは明確には分からない。


 ただ、その答えにつながるような何かしらのものはいずれ、述べる。




 ただ一方で、こうも考えてみて欲しい。


 例えば、各ロイヤルに好き、嫌い、なるものがあった時、


 深い、深い、海の中や、


 大地の、底の、底の、奥の底、などに転移するものだろうか?


 各ロイヤルに人格があり、もし、


 どうする? どこへ転移する?


 と誰かに問われたら、


 各ロイヤルに自由な意思、意識。それにあたいする何かがわずかにでもあったとすれば、嫌な選択を、わざわざ選ばないだろう。




 つまり、未来の分かれ道が複数本あって、


 それを選択できるのなら、


 自身にとって、居心地のよさそうな、


 そんな道を選び続けるのは、好き嫌いがあるなら、当然で、


 その果ての結果が、今なのだと、そうも言える。




 ただ、ロイヤルの誘惑を発動した19本のロイヤルは明確な意思、意識を持ってはいない。


 もし、明確な意思、意識があれば、闘神の手に触れたとしても、ただのたばこにはならなかったであろう。


 そして、たぶんそれは、とてもとても、吸いずらい・・・・・・いや、どうなのだろうか。


 つまり、吸う時に確認のいるたばこが誕生するようなもので、たばこを買う時、年齢確認を毎回されるような苦しさに似た何かがあった、かもしれない。


 それならば、闘神は恐らくたばこはやめていたことであろう。


 それが、彼の人格である。




 己の精神をコントロールせずに、気持ちよく離れられるのが、飽きであるとするならば、

 気持ちよく、離さないでいられるのは、思い出である。

 つまり、私は、いま、ただ、そういうわけで吸っている。

 飽きたと思えば、やめられる。

 しかし、気持ちよく、それをつかんでいたいから、そして、おいしいから、吸っているのだ。

 まあ、カスの論法である。

 ―闘神―




 しかし、おいしいのに飽きでケリをつけられるのは、彼がこれまで闘ってきたからである。







 まあ、でも、ロイヤルに何らかの、感情があったのは、確かである。


 それがロイヤルの誘惑をもたらした。


 今は、()(おう)(りん)の、大陸の格を超えるその力に守られて、安らかに眠っているだけである。


 楽しい夢を、皆が見ながらスヤスヤと。


 そして、その目がたとえ、今、さめたとて、闘神がいる。


 この果てなき大地には、彼がいる。


 かつての悲劇はもう起きない。


 そして、起きさえすれば、彼らもそれは、たちまち気付く、ところである。


 だから、実は、羅王林の仕事は、すでに役目を、終えている。


 いつ、どう起きるかは、分からぬが。


 まあ、たとえ、起きたとしても、彼らは、つねに、生まれたての、赤ちゃんである。


 一人で歩くことも、できやしない。


 だから、迎えに、行かなきゃ、ならない。







 希望のない世界で、誰が努力するというんだい。

 希望なんてないというのは、格持ちが想うものであって、その者たちは、その世界を無闇に見せちゃいかんだろう。

 意味なしの世界が、いいものかね?

 ―パンの兄弟―




 才能の優れた者を抜擢(ばってき)するということをやめるなら、人民のあいだで競争はなくなるであろう。手に入りにくい(めずら)しい品を貴重とすることをやめるなら、人民のあいだで盗みを働く者はいなくなるだろう。欲望を刺激する物が目にはいらないようにすれば、人民の心は乱されなくなるであろう。

 それゆえ、聖人の政治では、人民の心をむなしくして、その腹を満たしてやり、人民の志望を弱くして、その筋骨を強固にしてやり、いつも人民を知識もなく欲望もない状態にならせて、あの知恵者たちもどうしようもないようにさせるのである。

 無為(むい)の政治をしておれば、万事うまく治まるのだ。

 ―老子 第三章―




 それ! みんなのものだから! もってっちゃだめ!!

 ―おちびちゃん―










 こいつは曹操(そうそう)だ。


 闘神が彼を見たとき、まっさきに出て来たあだ名である。


 空飛ぶ車列にのせられてたどり着いた、軍の中枢。


 いや、中枢というには、そこは広すぎた。


 首都、いや、国家。


 その規模の街並みがその一帯(いったい)に広がっていた。


 ちなみにだが、かの鉱石を守っていた高層ビルはこの首都の近郊(きんこう)にはない。


 それはそれで別の地域にある。


 いうなれば、軍が有する軍事施設の特区が並び立つ場所のひとつである。


 そして、当該(とうがい)の軍に関わらず、他の2つの軍もそういった形で様々な軍の関連施設、また、経済圏を有するものだが、しかし、その2つとこことでは話が違う。




 空飛ぶ車列が停車したその場所は、巨大建築が3つそそり立つ、首都の中心地。


 その3つの巨大建築の存在は、際立つものだった。


 だが、それはひとえに、その他の施設が周囲にないからである。


 しかし、ポツンと、巨大建築が3つ、そこに存在しているという訳ではない。


 そこから一定の距離を保ちながら、その周囲一帯がオーバーテクノロジーの首都に囲まれているのである。


 車から降り立ったとき、闘神が目にした光景というのは、巨大な3つの建築物と、広い空。


 それに加えて、いささか小さく見えるが、しかし、すぐそばにそれがあるかのような、首都の街並みである。




 夕暮れ時のもみじの空に輝くその街なみは美しく、そして、その街の中央に鎮座(ちんざ)する、目の前の巨大建築は、海をながめたがごとき壮大さがそこにあった。




 首都を(いろど)るオーバーテクノロジーは、全ての空間を支配したかのようなグラデーションで、その一つ一つの輝きには自由の栄光があった。




 そこでの民間の活動だが、それは、羅王の格に拘束される心配が一切ないくらい、安全に整備されているものである。


 だから全ての自由な活動が許されている。そう言えた。


 つまり、何が起ころうと、民間のその活動は、軍事行為に抵触しない。そんな安全が担保(たんぽ)された環境がそこにあるようなものである。




 ちなみにだが、もしこの首都がいま劉備の軍による破壊を受けようと、そこで暮らす民は一切の危害を受けない。


 それが、軍事行為によりもたらされたものならば、空から落ちようが、また、何が()って来ようが、民に一切の危害(きがい)はない。




 ただし、それが軍事行為によりもたらされたものでなければ、その限りではない。


 つまり、軍の経済圏にて生活する民は、絶対の安全を約束されているわけでもない。


 けれども、軍の供与(きょうよ)するオーバーテクノロジーは完全ともいえる安全基準を満たしたものでなければ民間への供与を許さないのが羅王の運営であった。


 ゆえに、軍の経済圏において一定の危険をともなうテクノロジーは民間人には利用不可能で、つまり、そういった意味では、絶対の安全は、約束されていると、そういってもいいのかもしれない。




 しかし、その上で、それでも起こる不慮(ふりょ)の事故というのがある。


 これは羅王の格に、民間の活動により生じたものとみなされ、そのために、その事故に対し羅王の格は何もしない。




 たとえば、修行が失敗し、体内にたまった力の(うず)を今すぐその場で解放しなければ、生命の危機がただちにその者に訪れる。そんな非常な事態がその民間人に起こった時、


 それにより、首都の中枢機能が、街に張り巡らされた安全装置が、その(かなめ)となる施設が、破壊、されてしまった。




 その時、それを羅王の格が止める手立てはない。


 その者は軍服を着た軍人ではないがために、その力の解放を、意味のないものへと()かすことも、できない。


 また、その解放された力を軍事行為にあたるとみなし、その者を拘束(こうそく)する。


 それもできない。


 出来ないというより、意味が無い。


 拘束にて、渦巻(うずま)くその力も拘束できるものであればいいが、しかし、羅王の拘束は、その者の身体や意識の一時拘束ができるだけである。時間の停止でもない。


 たとえその者を拘束したとしても、逆にその拘束のせいで、その力はその者のコントロールを離れ、たちまちの内に解放されてしまうものである。


 そして、ここで加えて述べるが、羅王の格が拘束する対象には取捨選択があり、例えば、魔物や動植物といったものはその拘束の対象にない。そして、ルールの適用も、保護もない。

 それに同じく並んで、軍服を着ていない者が放つ、純粋なエネルギーに対し、羅王の格は何もしない。つまり、その力を単体にて拘束することはできないのである。

(だから当然、自然の純粋なエネルギーから引き起る災害に対してもなにもしない羅王の格である)




 大陸の格の本質は、ルールの力であって、兵器の力ではないのだ。




 普段の羅王の格であれば、取り返しのつかぬ事態が起こるその前に、その者を拘束するものだが、


 しかし、この事例の場合、その修行が失敗する可能性の方が高いからといって、それをさせない羅王の格ではない。


 修行は修行だ。軍事行為ではない。


 そしてその失敗も、軍事行為にあたる重大犯罪、それには該当(がいとう)しない。


 事故。


 その者が無為(むい)に起こしてしまった不慮(ふりょ)の事故である。


 それゆえ、これは、羅王の格がどうこうする仕事ではない。


 官民軍の仕事である。


 その者が、子供でもない限り、その修行がたとえ危険でも、羅王の格は静観するものである。


 かつ、その解放される力をどこか別の空間へそらすという行為、つまり、手助けするという行為はできないものである。それは、純粋なエネルギーに対し、何もできないのと同じである。


 便利ではないのだ。大陸の格は。


 そして、何かを分け与えたり、事態を指揮、操作するためにあるものでもない。


 羅王林は、これらのことから、大陸の元首とはいかなる意味を持つか。それを深く理解し、実行することが可能だった。だから常勝無敗であった。




 みんなで一緒にあそぼ。しかし、マジなときってあるよね

 ―戦神―







 まあ、こういった不慮(ふりょ)の事故に対しては、軍は最新の注意を払うところではあるが、しかし、これらの注意とそのための制度設計が、軍のテクノロジーの開発と、その供与(きょうよ)(にぶ)らせているということは、言うまでもない。


 その上で、いかに万全な体制を用意しようが、しかし事態は常に起こりうるのだ。


 その修行が、完全に終わった。と、誰もがそう思った時に、その事態が引き起る。それもある。


 軍服を脱いだ、そのきっかけで起こる場合も、ある。


 そして、軍服を脱ぎ、民へとかえるその者を、羅王の格は止められない。




 これは羅王林が、1万5000年前の当時、大陸の元首の座をどうしても捨てなければならなかったところにも通ずるものである。


 それが、各大陸の混乱、つまり被害を生むことになる、それが分かっていようとも、羅王の格には、羅王林のその決断を止められず、


 そして、羅王林は羅王林で、その事態を処理するそのためには、どうしても、あの時、元首の立場を捨てねばならなかった。


 元首は常に軍人であるというその立場を捨てなければ、行使できない力があったのだ。


 それは、羅王林の大陸の格を超えるその力ではない。


 そうでない力を使わねば、ロイヤルの誘惑に対する対処が、特に初動の対処が、できなかった。


 ひとことで言えば、


 相性が悪かった。


 だから大陸の格を超えるその力には頼ることができず、そして、一段下った、大陸の格を超えない力にてその初動の対処をしたのである。


 ゆえに、元首の座を降りたのである。


 そして、元首の座を降りたゆえに羅王林は死なねばならなかった。


 それは、大陸の格を超える力を持ったゆえの制約である。




 しかし、当時の話だが、羅王林は元首を降りる選択をしなくても良かった。


 ある選択を選べば、羅王林は死なずに済んだ。


 しかしそれは選べなかった羅王林だった。


 彼女の人格に関わる話である。


 ひとことで言えば、みんなを助けたかった。


 そのための()けをして、そして、負けた。


 ある意味で。


 しかし、彼女は勝ったと思っている。




 さいごに勝ったもん勝ちだも~ん

 ―鈴―




 きわめて簡潔に、彼女がとった、当時の行動を述べるのならば、


 大陸の格を超えぬ、一段下った力では、おのずと、大陸のルールに羅王林も(しば)られざる負えなかった。


 羅王林が縛られたのではなく、その力が縛られた。いや、すべった。


 だからルールが邪魔でしかなかった。


 ゆえの決断。


 しかし、最後の最後、その事態に終止(しゅうし)()を打つことが出来たのは、やはり、大陸の格を超えるその力である。




 ちなみにではあるが、羅王林は大陸の格を超える力を持ち、そして彼女の存在は大陸のルールには(しば)られないものだったが、かといって、その全て、特に行使する力が全て、大陸の格を上回るわけではない。


 例えば、劉備が現在その身に宿すその力を羅王林が当時、行使したとしても、その力は、今の劉備に並び立ちはするが、大陸の格を超えない。




 彼女のその、大陸の格を超える力は羅王の格と同じく、コントロール不可能かつ、自由奔放(じゆうほんぽう)なものである。




 また、1万5000年前、その全てを引き起こした原因を、いま述べておく。


 それは大陸の格に組み込まれた決まり。


 大陸の格の破滅事態の条項(じょうこう)。その、ひとつ。


 一定の大陸の国家群が、元首勢力に対し、総じて不可逆な反乱を起こした場合、


 つまり、後戻りできぬまでにその地域の民が元首勢力に反逆した場合、または、その意思が明確な場合、その地域の国家の格は、全て滅亡事態に移行する。


 この条項が全ての事態を(まね)いたのだった。


 この国家の格の滅亡事態の移行だが、これは、元首勢力を攻撃するものではない。(ちょっかいを出すのであれば別だが)


 また、国家の格の庇護(ひご)の下にある民を攻撃するものでもない。


 ただ、国家の格が単独で、同じく滅亡事態に移行した他国の格を攻撃するものである。


 これには、また様々な規定というのがあり、例えば、その大陸に成立する国家が単一国家である場合、この条項は適応されないといった決まりもある。


 また、当事態において、最後に勝ち残った国家の格は、下した全ての国家の格を吸収し、滅亡事態を(まぬが)れることとなる。

 が、それについてはいいだろう。


 その上でだが、羅王のルールには、「1.軍は、国家に干渉できない」この規定があった。


 そして、当時、ロイヤルの誘惑がために起こった動乱は、当時、そこに成立した全ての国家の「格の暴走」を生むものだった。


 また、国家の格の滅亡事態。それは、羅王のルールをもってしても、軍事行為には認定できないものである。

(それを明確に発動させようとする者に対しては、軍事行為の認定、すなわちその発動を拘束できる。

 がしかし、当事例の場合、その発動者たる者はいない。

 事態を引き起こすのは、大陸の格の破滅事態。その決まりでしかない)




 国家の格は、軍ではなく、ただ国家の格でしかないのだ。服も着れない。







 話がだいぶそれた。


 目下の光景に戻ることにしよう。


 少し遠くに見え、3つの巨大建築の周囲を取り囲む、軍の首都。


 その首都のいくつかの建築物は当たりまえかのごとく空を悠々(ゆうゆう)と移動している。


 目を()らしてみれば、ビルの合間を作りものの巨大なワシや、大型のオオカミが自在に()け抜けている。


 その体は、ホログラムのような体で、実体を持ちそうにないが、どうやら持っているようだった。


 しかし、人々の邪魔にもなっていない。


 何かの仕事をしているのだろうかと思う闘神だった。


 そして、その首都にて働く人々は、ちょうど仕事の終わりなのだろうか、各々が働くそのビルの高層テラスから道なき道を歩いて、空中の回廊(かいろう)といってもいい、そこを楽しげに渡りながら、街中に散ってゆくその様子がうかがえた。


 その道中を絵描きの格持ちだろうか、その者たちが、面白おかしく(いろど)り祝福している。


 そして、四方八方と距離をとり、各ビルのその上空、または地上にて、大規模なフェスが開かれ、皆がそこで踊り狂う、そんな姿もそこにあった。


 今日が祝日なのか、それとも、平日なのか、それが分からぬくらいには、多様な姿がそこにあり、実に、にぎやかな光景であった。(はな)(きん)、ナイスフライデーなのかもしれない。


 なかでも目立つのは、子供たちが、ゴーカートのようなものに乗りながら、街中で、空中ストリートレースを楽しんでいる光景であった。それも不可知なる力ありのレースである。


 そして、その実況中継が大型のモニターに映し出され、皆が応援しているようであった。




 目がいいとはいいものだ。




 そんな感慨(かんがい)にふけりながら、それらの景色を想い深々とながめる闘神のその視野に、15列の巨大な空中空母の隊列が入り込んだ。


 その隊列は、目前の首都の上空に現れ、そして、空を飛んで、こちらへと、ゆっくり、いや、かなりの速度にて、向かってきた。


 そして、あっという間に、闘神のその頭上を大きく通り越し、彼方(かなた)へと飛んでいった。


 それが、パレードなのか、それとも、軍事作戦の活動であったかは分からなかったが、空をおおったその壮大(そうだい)さは、圧巻だった。




 しかし、話はそこで終わりではない。


 これから軍の最中枢の施設にあたるのであろう、巨大建築のその一つに向かうのだと、そうとばかり考えていた闘神の目の前に現れたのは、巨大な地下都市だった。


 それは3つの巨大建築が話にならない程、巨大な都市で、闘神の目の前の、大地と思われていた地面が、ゴゴゴと、大きく割れ、そこにスロープ状の下り道が、その地下の都市への道が開けたのだった。




 4.軍は、大地を破壊できない。


 羅王のこのルールはここでは一切、ねじ曲げられていない。


 その軍の最中枢にあたる地下の都市は、1万5000年のその以前からそこにあった巨大な民間施設が軍に売り払われ、そこを軍が改造する形で、現在活用しているものである。

(3つの巨大建築もとうぜん、軍の最中枢にあたる)


 ゆえに、軍がその大地を掘削(くっさく)した事実はない。


 また、これはちなみにだが、軍が民間に依頼する形で大地の掘削(くっさく)を行うことはできないものである。

 それは、たとえ表面上そういった意図がなくとも、軍に売り払う目的がそこにあれば、大地を破壊することは何者にもできない。

 即、軍事行為認定、もしくは羅王のルールに抵触(ていしょく)する。


 そして、このような形で大規模な地下の施設を手に入れられるのは、当該(とうがい)の軍の経済力が異常に高いからである。

 また、そういったわけで、かの鉱石をオークションにて競り落とすことが出来た訳である。


 圧倒的な豊かさ。


 それがそこに広がっていた。




 その全てのテクノロジーは、昨今開発されたものもあれど、その大部分は、1万5000年前のかつての羅王の大陸にて確立されたテクノロジーが大半を占めるものである。


 しかし、それでも、現時点で形を成しているテクノロジーたちは、全盛期の羅王の大陸のそのテクノロジーには全くとどきはしないものである。


 その理由は至極単純で、人が、人口が、人材を輩出(はいしゅつ)する母体というのが、1万5000年たった今でも全く足りていないからである。


 もちろん、人手を(おぎな)うだけのテクノロジーも万事そろえられているものである。それも、軍が行使するテクノロジーは何の制限もないので、超高度なテクノロジーである。が、しかし、まったく足りないのである。


 しかし、それでも、いま、闘神の目の前に広がるそれらの光景は、どこが足りていないか分からぬほどに、豊かなものであった。




 地下都市の天井はとてつもなく広い。


 スロープ状の下り道、その先に構えた大型のエレベーターにみなで乗り込んだ。


 そのエレベーターは全体の景色を見渡せるガラスのエレベーターである。




 その降下中、地下都市を上から見下ろした景色は、ワクワクするものであった。




 地下へと降りる、ガラスのエレベーター。


 そのガラス越しに見える都市の光景は、小さなショーケースに収められた、ジオラマを我がモノにしたかのような興奮を呼んだ。


 それは遠方の景色を額縁(がくぶち)におさめてながめた時にわく興奮とは少々異なり、いうなれば、端午(たんご)節句(せっく)や、ひな祭りにて、飾られる、職人の技術の(すい)にて作られた、小さな五月(ごがつ)人形(にんぎょう)や、ひな人形。それをみて、あの剣はさやから抜けるのかな? あの太鼓(たいこ)はたたいたら、笛は吹いたら、音が()るの!? あのモチは、食べられる? あの宝箱みたいな箱には、ほんとうにお宝が入ってるんじゃないのか!?


 と、それに似た興奮がそこにあったのだった。


 だから、エレベーターが、都市の地上に近づく、その降下が、なんだか、(さび)しくて、残念な気持ちになってしまうものだった。


 現実が明かされる。楽しい時間が終わってしまう。それに似た感覚である。


 もちろん、それを想うのは闘神だけではない。


 いつの間にかそのガラスには、元所持品ズたちがべたりと、張り付いていた。


 ジャケット姿となった、タキシード君の、そのジャケットの上着。スマホ君の黒い板。炎の身を擬人化(ぎじんか)させたジッポーちゃん。


 みな、ガラスにべたりである。


 ジッポーちゃんに(いた)っては、ガラスを()かしてしまうのではないかと、ひやひやさせられるものだが、しかし、彼女の炎は熱くない。


 その炎がしっかりとした熱を持つとき、つまり、ロイヤルに火をつけられるとき、そのときは、ジッポライターのホイールをすちゃっと回して、火花を散らせなければならないものであった。

 火力が出ないのだ。そしてその火花が散ったあと、数秒が、ロイヤルに火をつけられる具合だった。


 だから、初心者ダンジョンにて、ファイヤーボールをジッポーちゃんは、連発していたものだが、それを放つには、そのホイールを回さなければ、ファイヤーボールは出ないものであった。


 (じゅう)の引き金と同じである。


 そして、もちろんだが、そのホイールは、闘神が回さなくとも、ジッポーちゃん自身でそれを回せるものである。

 また、なにもジッポーちゃんが出てくるとき、毎回そのホイールを回さなければいけない訳でもない。それを回さなくとも、ジッポーちゃんは自由に出てこれる、そんな能力を自然と獲得したものである。

 というよりも、ホイールを回してしまうと、そのときかなりの熱をもって出てきてしまうので、周囲のために回さないジッポーちゃんだった。




 そして、そのエレベーターだったのだが、


 そこで止まると思われていた場所では、止まらなかった。


 つまり、エレベーターは、その地下の都市を目指して、降下しているわけではなかったのである。


 それは、さらに地下へと続いた。


 地下都市。そのさらに下。


 そこにもまた、巨大な地下の空間があったのである。


 いうなれば、地下、第二層である。


 そこは、都市ではなかった。


 地下のオアシス。いや、そこは、温暖な気候が作り出す地中海の景色。


 つまり、海が、そこに、そして、その海を利用する形で、そこにリゾートが広がっていた。


 パラダイス空間だった。


 多くの人々が、休暇を楽しんでいる姿がそこにあった。


 そして、そこは、ただ人工的に作られた空間ではないようだった。




 ああ、この空間は、ダンジョンだ。




 闘神の念に浮かんだ、その言葉は間違っていなかった。


 地下の都市、その下の空間。


 そこは、ダンジョンを極めてコントロールした結果、生み出される、ダンジョン産のパラダイスリゾート施設だった。


 ガラスのエレベーターのそのガラスが、消える。


 しかし、それが消えたからといって、そのガラスに張り付いていた元所持品ズたちが、落っこちてしまうようなことはなかった。


 何故か、分からぬが、見えぬ壁のようなものがそこにあり、落ちない。そんな具合だった。


 しかし、ガラスがなくなったそのおかげで、一気に、温暖な海風が、たちまちこちらを包むのだった。


 気持ちがいいものだった。


 そして、その階で止まるエレベーターではなかった。


 パラダイスリゾートの空間。


 その下に、目的の、空間があったのだった。




 地下、第三層


 そこは、巨大な帝国。


 そういっていいだろう。


 そこはこれまで通った、地下都市と、パラダイスリゾート。それよりも、巨大な空間だった。


 それだから、そのエレベーターの背後の光景は、それまで(せま)いものだったが、


 つまり、まず初めの地下都市、地下、第一層を降りるとき、そのエレベーターは、壁をつたって降りていったものだったので、後ろを()り向いても、その光景は、コンクリートの壁の光景であった。

 そして、第二層のパラダイスリゾートは、崖を改造した形の施設群が広がっており、そこと、エレベーターとの距離は大して離れてはいなかった。そのため、第二層においても、後ろの光景は、ある種の(へい)そく感というものがあるものだった。


 が、しかし、地下、第三層の地下帝国のその景色は、エレベーターからぐるりと360度、広々と見渡せるほどに広いものだった。


 解放感に似た何かがあったと言える。


 そして、その地下帝国は、首都や都市の光景とは違い、そこには、統一の色というのがあった。


 その地下帝国の中心地。


 そこに広くそびえ、横たわる、灰色の、メタリックな巨躯(きょく)の城は、そこが中心でないのならば、どこが中心でありえようかと、いわんばかりの光景だった。


 その城を主として、くもの巣状に道路と、軍の施設群が、全体へと広がっている。


 まさに、ここが、軍の最中枢なのだと、そう断言できるものである。


 城からかなり離れた、つまり、第三層のかべぎわ、そこには、大量の航空戦艦、それと、そのための飛行場というのがあった。


 おそらく、地下第三層から、何かしらの形で地上へと飛び立つのだろう。




 エレベーターが完全に停止した。




 そこから先の道のりは、一台の漆黒(しっこく)の高級車にて向かう道のりだった。


 道は真っすぐ、その中心へ続いていた。


 それを(はば)むなにものもない。


 車内は、運転手を除いて、闘神以外、誰もいなかった。


 しばらく、その車が進むと、前席と、後部座席を仕切る窓から、その道の左右に広がった、こちらに敬礼の姿勢をとる軍隊の列が見えてくるのだった。


 その列は、城の手前まで、しっかりと続いている。


 そして、その手前にて車が停止。


 車のドアが開かれた。


 そのドアを開いた軍人は、先の隊列と同じく、ななめ上を向き、きれいに敬礼の姿勢を保っていた。


 額に真っすぐ、ななめ45度。


 片手をそえる形の敬礼である。




 下車した後の道のり。それは、誰に指図されるともなかった。


 後は、真っすぐ、その道を、敬礼のその道を進むだけ。


 誰に言われずともそれは分かるものだった。


 闘神が進む、その道を、(はば)む門という門。(とびら)という扉。


 それが、彼の歩くペースに合わせ、開かれる。その仕事も、人の手である。


 ふと、このまま、空を飛んで逃げてしまおうか、いや、高速で一気にゴールまで向かってしまおうか。


 と、そんな考えを面白半分、(めぐ)らせるが、しかし、彼は、しっかりと、その暗黙の手順に従った。


 そして、ついに、たどり着いた。




 ななめ30度。


 それくらいは首を上げたであろう。


 こちらの地べたよりも、数段高い位置にて、こちらを見下ろす男。


 闘神にはその男が、曹操(そうそう)だと、そう思えた。


 それが、この軍の総帥(そうすい)


 劉備と、相対する3軍の内の1つ。


 羅王林のその力を心臓に宿す者のその一人だった。




 ひだりの片ひじを、玉座のひじ置きにつき、そのくちびるに、人差し指と、その(ほお)に親指を当て、こちらを無言でながめる男。


 その顔は、攻撃的で、しかし、その男も男で、この状況というのをいささか、楽しんでいるのか、その口元には笑みがあった。


 その風貌(ふうぼう)を一言で述べるのならば、しなやかなライオンである。


 その髪は短髪で、地球で言うところのソフトモヒカンがそれに値した。


 その口元は、あっさりとした、しかし、きれいに整った口ひげと、あごひげ。


 そして、その体にまとわれた、おそらくは、それが、その男の正式な軍服であるのだろう。


 それは、足元へ向けて、八の字に広がる着物だった。


 幾重(いくえ)にも重ねて着られたその着物は、きらびやかなものだった。


 そして、その重ねて着られたその服の上からでもなんとなく、この男が、しなやかな、細い筋肉質な体を持つのだろうことが分かった。


 それは、男の細いが、力強いその腕と、はっきりとした、顔のラインから推測(すいそく)できたものである。




 合う、合わないではない。


 こいつとは、いずれ戦うことになるだろう。




 これが、闘神と、曹操の両者の間に共通して、()いた感情である。


 それは、なんらかの宿命が両者の間にあるからだという訳ではなく、言ってしまえば、どちらが上か。それをいずれ何らかの形で明かすことになる。


 それがいつかは分からねど、どちらが勝者で、どちらが敗者かを定めなければならないだろう。というものだった。


 だから、両者の間に特段の言葉はいらなかった。




 両者の視線は、上を見る者、下を見る者の違いがあった。




「ようこそ、名は?」


 それは、曹操からの発言だった。


「唯我だ」


 それに応える。


唯我(ゆいが)か、いい名だ。そうだ、腹は減ったか?」


「分かるだろ?」


 それは、羅王の大陸におけるその行動の全てが、この男に把握(はあく)されているものだという、そんな闘神の推測から出た、しかし、確かな(まなこ)でもって応じた、そんな返答だった。


 曹操の顔が破顔(はがん)した。


 しかし、その(まなこ)には、攻撃の色合いが残っていた。


 そして、


「もちろん用意している。行こうか」


 と、ひとこと。


 それだけを最後に、両者はその場を後にしたのだった。







 そして、以後であるが、その日々は、ぜいたくだった。そう言える。




 毎日のごとく、宴会(えんかい)がひらかれ。そして、様々な行楽(こうらく)に、遊び。


 そういった行事という行事が開かれたものだった。


 それには、元所持品ズたちは大満足である。


 これまで、持ち金が少なくて手が出せなかった、加えて、所有できなかったゲームというゲーム。食べ物という食べ物が彼らの居住に用意され、

(彼ら、並びに闘神の居住地は、城の一室である)


 また、行きたいなと思っていた遊園地やフェスに足を運び、主人と共に、(ぜい)の限りを尽くしていた。


 けれども、その主人と軍の総帥である曹操は、いかにその時間を共に過ごそうが、のっぴきならない攻撃的な視線が、いつもそこにあったものだった。


 宴会(えんかい)にて、酔いに酔う曹操。それが、酔ったふりであるか(いな)か。その判断は難しかったが、しかし、乱痴(らんち)()(さわ)ぎを繰り広げながら、ときおり、こちらをうかがうその視線は、いつもしたたかだった。


 それに対し、闘神は、静かに、酒を飲むだけである。


 そして、それが曹操のしゃくに(さわ)ったのだろうか、曹操のその乱痴気騒ぎぶりは、日増しに、滑稽(こっけい)なものとなっていった。




 しかし、その曹操(そうそう)が、その日々の中で、闘神に対し、何らかの要望を出すことはなかった。


 軍に対する正式な加入の催促(さいそく)も、仕事の依頼もなく。ただ、日々、闘神の元へとやって来ては、今日も遊ぶぞ、めしを食うぞと、ただ、その誘いをするばかりだった。


 そんな曹操(そうそう)を見て、元所持品ズたちは、この人いいおっちゃんだ! と、なったが、しかし、その主人の様子、目つきを見ては、


 なんだろうか・・・う~ん・・・大人の事情ってやつ? 分からないや。となるものだった。


 そして、もちろんだが、闘神は曹操の遊びの誘いに全て乗った訳ではない。


 朝食の宴会(えんかい)にて、今日の予定を曹操から聞かされ、それにお前も来るか? と、その問いに、ああと、うなずかない日もあったのだった。


 そして、曹操は、一度断られたその遊びをしつこく誘うこともなかったから、両者の関係は、破綻(はたん)もしなかった。

 しかし、別の日に似たような遊びを誘うことはあるものだった。


 そこには何らかの探りのような視線があった。




 曹操(そうそう)と過ごさぬ日。そういった日は、ある種の自由があった。


 そして、闘神はそういった日には、地下の帝国から離れ、空の模様(もよう)をながめに出かけるものだった。


 元所持品ズたちが、え~ゲームがしたいと、わめいて外に出れない日もあったが。


 それに対し、だったら、今日は別行動でもいいじゃないかと、一度、言ってみた闘神だったが、しかし、


「そしたら主人は(はだか)だよ?」


 と、タキシード君がひとこと。


 タキシード君は、その上着単体にて自由に出歩くことはできるが、しかし、例えば、上着だけのタキシード君と、それ以外の服をまとった闘神がいて、両者の距離が一定以上、離れると、タキシード君いわく気持ちが悪くなるそうな。


 上着のタキシード君と、闘神の身をまとうタキシード君(例えばシャツやズボン、くつ)それは、全てタキシード君であり、別々の場所にその存在があると、まるで、意識が二重になったような、そんな感覚があり、めまいがするから、ダメなんだ、という訳であった。


 だから、闘神は、彼らがその居住地に引きこもりたい日は、それに泣く泣く従うしかなかった。


 その時は、この巨大な第三層の地下が苦しい鳥かごに思えるものだった。


 ちなみにだが、元所持品ズが、ゲームも優先しながら、それでもその後半、外出を許可するそんな日もある。


 それは、地下、第一層、その地下都市にて、大大はんじょうしている、トントン戦隊とんれんじゃーに行く日だった。


 もちろん、その日は特殊な経路にて、つまり、軍の経路にて、完全予約して、そこへ向かうものである。


 閉店後のトントン戦隊とんれんじゃー。


 もしくは開店前のトントン戦隊とんれんじゃー


 その時にうかがうのである。


 その最初。両者の再会は、喜ばしいものだった。


 こちらを見て、グランドレインボーさんだ! と、すっとんきょうな声を上げた大将のその言葉の意味は分からなかったが。いや、分かりたくはなかったが、しかし、両者は、明るく、再会し、そして、色々とその閉店後、はなしこんだものである。


 その時は、「実はね、あの時、元所持品ズという子たちがいてね、ほら、彼らも隠れて一緒に食べていたんだ」と、そんなはなしもするものだった。


 大将は知っていたよ。と、そう答えるものだった。




 そんな大将は今は、弟子を15人もとっているそうな。


 それは、大将が募集したわけではなく、大将のラーメンを食べ、その勢いで、そう口走ってしまった、それで弟子になった者たちだそうな。




 その大将の店だが、それは、曹操(そうそう)の軍に多大な幸運をもたらすものだった。


 見せられた才能には、()せられた才能が集まって来る。


 そう言っていいだろう。


 また、その才能を味わいに、ひょんなところからやって来た才ある者。その者が、その味の(とりこ)になってしまうこともあった。


 つまり、大将のトントン戦隊とんれんじゃーを中心に、そして、それを言い訳に、曹操の軍に加入する者が増えたのである。


 なかにはそれまで軍の勧誘に一向に首をふらず、なのにもかかわらず、軍がもたらす優待を勝手気ままに利用する者たち、そんな者たちも、その味の勢いそのままに軍に加入してしまうこともあったものだった。


 それは、ひとえに、大将の店。トントン戦隊とんれんじゃーが建つその場所。地下、第一層の地下都市の入場が、特別な優待がなければ、軍の関係者以外は立ち入ることのできぬ、そんな場所であったからである。


 つまり、その地下都市は、軍が才能を捕まえるために、こしらえた壮大な罠たる都市であった。


 そして、その幸運だが、他にもあった。


 これは未来の話だが、大将の店に弟子入りした者たち。その者たちが、独立し、生み出すラーメンもまた、大将に(おと)らず、才というのがあふれていたのだった。


 つまり、大将の弟子のラーメンのために曹操の軍に加入する者もまたいたのである。


 その弟子たちが生み出すラーメン。それは、大将の豚骨ラーメンを真似したものもあれば、全く異なるあっさりとした塩ラーメンを作る者もいて、その形態は様々だったが、これは、大将が師匠として、弟子の自由になにも口を出さなかったからである。




 大将は師匠として優れていた。そう言える。


 いかなる師が優秀であるか、それは様々な意見があり、そして、そこには弟子との相性というのもある。


 その上で、大将の師匠としてのその姿だが、それは、きわめて大雑把(おおざっぱ)なものである。


 大将はそもそもラーメンのことしか頭にない人間である。


 そんな大将が弟子に対して、何かを教えた訳ではない。


 弟子が作るラーメンに対して、客としてそれを味わい、コメントした。それくらいと、あれは(うま)かったと、いろいろな飲食店を弟子に紹介する。それくらいのことしか、大将はしていない。


 つまり、ラーメンの作り方など、教えてはいなかった。


 それでも、ラーメンのその作り方を聞かれたら、なにも隠さず教える大将だった。


 そして、来るもの拒まず去る者追わずが大将で、


 だから、一度弟子入りした弟子が、2年後に来ようと、特に怒るこることもない大将だった。


 大将が許さなかったこと。それは、弟子の腹が減っている。それくらいである。




 果たして、それは、師匠と言えるものなのだろうか?


 ただの気前のいいおっちゃんではなかろうか?


 しかし、優秀な弟子が育ったのは確かな未来の出来事である。まあ、その弟子が、優秀だったのかも知れぬが、しかし、そもそもその弟子の多くは大将と出会う前、まさか(おのれ)がラーメン屋になるなどとは思ってはいないものだった。


 そして、中には、ラーメン屋じゃなくて、餃子屋(ぎょうざや)を営む者もいて、それもそれで大層すばらしく、おいしいものだった。


 また、そんな独り立ちした弟子たちもまた、弟子をとるものだったから、数年後、その地下都市のグルメ価値は異常に上がったものである。


 つまり、それにより、また、軍に加入する者たちが増えるのである。







 その一方で、連日のごとく繰り広げられる地下帝国での宴会(えんかい)


 それは連日、繰り広げられると普通、飽きてしまうものだが、しかし、飽きることはなかった。


 曹操が用意するその宴会(えんかい)は、実に多様で、(はな)やかに、多くの者を呼ぶ、そんな日もあれば、才能のパレードといってもいい、そんな披露(ひろう)(えん)をもよおす時もあり、また、その日の光景がメディアに中継されるから、そのために、みんなで様々な取り組みをする。そんな日もあって、また、そうではない、ひっそりとした、宴会の日もあり、そこに呼ばれたチキン野郎に対し、曹操(そうそう)と闘神で昨今(さっこん)の近況を聞きまくる。そんな日もあるものだった。

 3人でクラブに行ったこともある。




 つまり、実に楽しい。そう断言しても過言(かごん)ではない日常がそこに広がっているものだった。


 これに対し、闘神が不満に思うところは一切なかった。


 曹操(そうそう)(おのれ)の友である。


 そう断言しても、いい闘神だった。


 曹操(そうそう)との話は実に楽しいもので、その話題は尽きず、その形も様々で、深々とした話をしたこともあったし、あまりにもその話の内容がくだらなくて、笑い転げるそんな時間もあるものだった。


 宴会(えんかい)にて曹操(そうそう)が繰り広げる乱痴(らんち)()(さわ)ぎにたいし、それがあまりに滑稽(こっけい)だと、酒を吹き出してしまう。そんなときもあった。


 そして、それを見て、してやったりといった顔になる曹操(そうそう)でもあった。




 しかし、両者のその目が打ち解けることはなかった。


 そして、決定的な話も一切していなかった。


 しかし、そんなある時である。


 酔いに任せ、半裸となった曹操(そうそう)が、その乱痴(らんち)()(さわ)ぎの余韻(よいん)の中で、ふと、闘神に(たず)ねた。


「どうやった」


 その声は、()いのない声だった。


 その目は、こちらを一瞬にらんでいた。


 しかし、すぐに大の字にぶっ倒れ、そして、目をつぶり、寝入り出そうとする曹操だった。


 それに対し、闘神がにやけながら、ひとこと。


「神に不可能なんてねえんだよ」




 ガバッ!




 闘神のその答えを聞き、曹操が、即座に起き上がった。


 そして、


「来い」


 その一言を残し、酔いの足取りなど一切みせず、背を向け、スタスタと、歩いていく曹操だった。




 どこからともなく、曹操は、すでに軍服を、その身にまとっていた。







 軍の総帥が軍服をまとわず、常に民間人でいた場合、それはいかなる事態が起こるのであろうか?


 羅王のルールの下では、その者は民であるから、無敵となるのだろうか?


 大陸の元首でない軍の総帥(そうすい)


 それは、民間人へと、かえることが可能な軍人である。


 しかし、「軍の中枢が、動く時。そして、軍にとってそれが重大な意味を持つその時は、それが些細(ささい)なものであろうとも、軍事行為とみなされる」(劉備(りゅうび)の軍の車列。それが闘神をむかえに行ったさいに言及した事項である)


 それゆえに、民間人のまま、他軍の攻撃から逃げる。


 それは、軍のその中枢、そしてその総帥は、できないものである。


 なぜか? もし、軍の総帥(そうすい)が、民間人のその格好にて隠れるのであれば、その者は即座に軍事行為の認定を、それも重大な軍事行為の認定を受け、拘束されるからだ。


 それは、卑怯(ひきょう)すぎるよ! という訳である。


 その上で、羅王の格に拘束された総帥を他軍が攻撃しても、その者は拘束された民間人であるから一切の危害(きがい)を受けないものである。

 軍事行為のその中でその者を持ち運ぶこともできない。


 しかし、危害は受けないが、その拘束された、つまり、銅像となった総帥に対し、その場に死刑台を設置。


 その上で、死刑が執行されると同時に、その者に、軍服を着させれば、その者は意識が戻ると同時に、意識が()り取られるのである。


(もちろん、その時、その者に着させる軍服は本物で、それは、何らかの形で、奪うもしくは、盗んだものである。

 もし、その者が能力にて、次元の収納といった所に、その者の軍服を隠しているのであれば、その取り出しは、時間がかかるが、才を持つ者にとっては不可能ではない。ましてや、その対象は、カチンコチンに固まっているのだから抵抗もできない。

 そして、軍服は、民間の財にあたらず、その取り出しは可能であった。また、軍服をその者に無理やり着させる行為も可能である。軍は民に危害を加えられないが、羅王の拘束を受けている場合、その者は、半軍、半民、その矛盾ゆえに拘束を受けている形である、そのため、その半軍人の立場を利用する具合で、軍服着用が可能となる。

 また、拘束された者を持ち運ぶことはできないと述べたが、半軍の立場にあるその者を持ち運ぶことは可能である。しかし、それはとてつもない労力を要するものである。その者の重量が信じられない程に重くなるからである。

 それに対し、重量を軽減させる魔法をかけようが、その魔法の効力は信じられないほどに減退する。

 1人の力を持たぬ人間がアルプス山脈を持ち上げるに等しい、と言ってもいい。いかに重機を使おうが、それは不可能である。

 また、以上のことがらは、軍服を(ゆう)しない民には適用されない。

 軍服を有す者は、半軍、半民の形で拘束されるが、その者が軍服を有する、れっきとした軍人の一人であると、その者は、半軍51%、半民49%といったような具合で、つまり、この2%の差ゆえに、その者は、軍か民かで、明確に分ければ、軍人であると、そうみなされる。

 そして、上記の処刑行為が可能となる。

 もちろんだが、半軍80%、半民20%の性質を持つ者は、60%の差がある故に、持ち運ぶことが比較的容易となる。例えば、中枢の者や、総帥がそれにあたる。が比較的容易だからといっても、それを行えるのは、心臓のロイヤルをその身に宿す3人だけである。

 また、それが行えても、持ち運ぶ以上のことは行えない。攻撃も一切、通らない。

 持ち運ぶといっても、軍が行う、その実際の行為は、(ごく)(じゅう)となった、その者を、直接つかむのではなく、その周りの空間、つまり空気を固め、持ち上げ、運ぶかたちである。

 加えて、どんなに、その者の、半軍の比率が多くとも、軍服を着用していない者は、民であるため、必ず硬直(こうちょく)の拘束を受ける。だれも大陸の力、その拘束(こうそく)には抵抗できない)




 そしてそれだからこそ、軍服の管理は最重要で、かつ、羅王の大陸の軍服を支給された軍人たる者、その支給された軍服を、いついかなる時も、即座に着こなせなければ、特に軍の中枢たる者、それが出来なければ、話にならないものである。




 では、常時、軍服を着ていればいいではないか。


 そういう者もいる。そして、そうする者もいる。




 また、軍服の規定は、軍の中枢には最重要となるので、それについて述べておく。


「軍の中枢が、動く時。そして、軍にとってそれが重大な意味を持つその時は、それが些細なものであろうとも、軍事行為とみなされる」


 以上の不文律がある。


 ゆえに、軍の中枢(ちゅうすう)の者が、民間人の格好をしているとき、その者の些細な活動。それが軍事行為にあたる可能性が、常にある。つまり、その場合、その者は、たちまち拘束されてしまうことになる。


 が、しかし、


 軍の中枢(ちゅうすう)は即座に軍服を着こなすことが出来るので、


 民間人の格好(かっこう)のままでも、「些細(ささい)な活動の範囲内」であれば、軍服を着なくともよかった。


 軍にとってそれが重大な意味を持たない、という条件付きでである。


 だから、一日中、軍服を着続けていなければならない訳でもなかった。




 けれども、それが些細(ささい)を超えた軍事行為であれば、必ず、その者は軍服を着なければならない。


 その際は、寝るときも、軍服の着用が必須である。


 それが嫌だからといって私服に着替えたら、即、拘束である。


(ちなみにだが、当該(とうがい)の最中、例えば、ふろに入るときなどは、軍服の脱衣(だつい)が羅王の運営より許されている。しかし、その時、その者はいかなる場所、状況であっても、常に軍人であり、また、攻撃をもしその状態にて行おうものなら即拘束、または、意味を為さない攻撃と化す。

 卑怯(ひきょう)か否かが問題である)




 また、民間人の格好をした軍の中枢の者は、他軍による攻撃を受けたとき、その攻撃によるダメージは一切受けない。


 が、しかしその時は、即座に軍服を着なければならないものである。


 その攻撃も、軍にとってそれが重大な意味を持つからである。


 そして、もし、軍服の着用。それが出来ねば、羅王の格より、拘束されるものであった。


(ちなみにだが、大将の格好をしたチキン野郎が拘束されなかったのは、それを羅王の格がよしとしたからである。あれは、明確な軍事行為にあたるものだが、しかし、遊びのルールがそこにはあったから、良しとされた。闘神に対する強要もなかった。

 が、実情(じつじょう)は、羅王のルールが神に働いていないだけである。闘神に対しては、何をしようが、羅王のルールは働かない。

 また、ここでの「些細(ささい)」の、その基準のひとつだが、軍の正式な指令を受けている場合、それは些細(ささい)を超える重大な軍事行為にあたる。ゆえに中枢の者は、その実行のさい、軍服の着用が求められる。

 そしてもちろんだが、闘神に対してのみ、いかなる正式な指令がその者に下りていようとも、その者は、軍服の着用すら必要がないものである。

 闘神は羅王の大陸にて、民とみなされない動植物と同じ立ち位置ともいえる。

 彼に対しては、何でもできるのだ。

 チキン野郎と曹操、それに劉備たちは、羅王のルールの穴を、つまり、遊びのルールを守っているために、それが許されたものばかりだと、勘違いしている)




些細(ささい)を超えたらば、軍服の着用が必須」


 が、しかし、


 軍の総帥だけは、「些細(ささい)を超えた軍事行為であっても、民間人の格好をしていて構わない」この不文律があった。


 そして、その上で、総帥は、羅王の格には、ほぼ守られない。




 それは、軍の総帥は、現在の羅王の大陸において、半分元首であるに等しいからである。




 5.大陸の元首は常に軍人である


 これ故に、かつて()(おう)(りん)は、軍服を着ていないも同然だった。


 その活動のほとんどは、私服のそれで、それが羅王林の軍服だった。


 よって、いついかなる時も、他軍の攻撃を受けるものだった。




 そして、民間人の格好をした総帥(そうすい)だが、


 その最中、その行為が、軍事行為にすこしでもあたるのであれば、軍人として、他軍の攻撃を受けるものである。


 その上で、その攻撃を受けたさいには、即座に軍服を着なければならないものである。


 かつての羅王林と異なるのは、ここである。即座に軍服へと着替えねばならないのだ。


 それは、他軍の攻撃により、いかなるダメージをうけようともである。


 もし、それが出来ねば、それはたちまち拘束の対象である。


 その時は、軍の大黒柱が消えるに等しい。




 総帥は、ほぼ、全ての時、軍人なのだ。


 いついかなる時も他軍の攻撃をノークッションで受ける可能性があるのだった。




 その一方で、総帥であっても羅王の格から守られる時、


 つまり、総帥であっても完全な民間人であるとみなされる時だが、


 それは例えば、ふろに入り出した時や、眠りに入り出した時である。


 だからその瞬間、とつじょ他軍の爆撃にあおうがその時ばかりは、いかに総帥でも、そのダメージは受けないものである。


 その時は、羅王の格がしっかり守るのだ。


 そして、その上で即座の軍服の着用を求められるものである。




 しかし、これは、限度を超えていないことが条件で、その限度を超えると、羅王の格の拘束を受ける可能性がある。


 例えば、拠点にせまる他軍にたいし、その目の前で「俺、風呂入るわ」これは、拘束を受けるものである。


(ちなみにだが、民間人の格好をする総帥は、あくまで民間人である。

 他軍の攻撃を受ける総帥だが、しかし、自軍からの攻撃、裏切りは、その時、総帥の格好が民間人のそれであれば、総帥も、中枢の者と同じく守られるものである。

 また、自軍の軍人が操られている場合、その限りではない。つまり、その時のそれは、自軍の攻撃ではなく、他軍の攻撃とみなされる。

 また、あくまで民間人であるので、総帥が民間人の格好のまま、重大犯罪を犯す場合、羅王の格に拘束されるのは、他の民間人と同じである。

 加えて、他の民間人からの重大犯罪、それからも総帥は守られるものである。

 つまり、民間人たる総帥に攻撃が通るのは、他軍の攻撃のみであると言える。

 ただし、子供たちの相手や、普通のケンカはできるものである)




 これらゆえに、羅王の大陸にてたった3人は、それが重大な軍事行為でない限り、いかなる服を着ようが、その活動を許可されるものである。


 またここでの、重大な軍事行為とは、戦闘行為をともなう軍事行為、つまり、戦争。または、軍にとって重大な意味を持つ指令を出し、かつ、それを当人が実行しているさい。などがあたる。




 まあ、以上の話を述べた上で、これを述べるが、軍の総帥、並びに軍の中枢が、ドジを踏んで、羅王の格に拘束を受けることはなかなかない話だった。


 また、いずれの総帥も羅王の拘束など一度たりとも受けたことはないものである。


 即座にてきぎ軍服を着るからだ。


 ああ、この場は軍服の着用、つまり、正装でなければならぬな。とそういう判断がおのずとでき、つまり、己にとってのメンツを守れば、そもそも拘束など受けないのである。


 また、力ある者は羅王の拘束を受けるとき、その前に、ほんのわずか一瞬、その前兆(ぜんちょう)を感じ取ることが出来るものである。


 そのわずかで、即座に軍服を着るのだ。そして着れるのだ。


 もしくは、当該(とうがい)の行為が重大犯罪であると、認識し、やめるかをする。


 また、不慮(ふりょ)の拘束。


 つまり、羅王の格が、「誰が重大犯罪を犯しそうだったか」それを明かさないために、その場の全ての者を拘束する。


 その拘束の害を回避するために、即座に軍服を着る総帥と、軍の中枢である。


 これが、羅王の大陸の元首であれば、元首は常に軍人なので、一切の拘束とは関わらないのであったが、総帥の立場は完全なる元首ではないために、このような厄介(やっかい)さをもつ。

 また、元首ではないので、大陸ネットワークも活用できない。




 ちなみにだが、この羅王の大陸にて認められている軍服は3つである。だがしかし、その全ての軍服は、各種、個人専用のものである。つまり、軍服の貸し借りはできないものである。


 もちろん、劉備(りゅうび)が闘神に対して用意しようとした軍服も、しっかりと個人の登録が行われたであろう軍服である。


 そして、軍服の貸し借りは、そもそもできないものであるので、その訳で、あの時、劉備はいっそう混乱するものだった。


 また、その軍服の登録は羅王の格によって行われるので、遺伝子の登録は必要ないものである。

 けれども、神に対して、羅王の格がなにをできる訳でもないから、結局のところ、闘神は軍服をもらえないのだが。


(ただし、緊急の要件の場合、軍服の貸し借りは可能となる。もっと言えば、同僚の軍服を盗む形で着ることはできる。が、しかし、それによりその者の能力は恐ろしく制限される。動くこともままならない。

 また、その者は、半民間人とみなされ、一切の危害を受けない。ゆえに死も訪れない。

 そして、その貸し借りにて行えるのは、せいぜい情報の共有くらいが関の山である。

 また、その貸し借りの効力は、きわめて短い時間制限があり、その時間が過ぎると、その軍服は消滅する。そして、以降、10日間、その者は一切の軍服を着用できない。

 このようなただし書きが軍服の不文律には存在する。

 そしてこれは、これで、即座の情報共有にて、意味を持つものである。

 例えば、軍服を全て失った者から情報を直ちに聞き出さねばならないとき、それをその者が伝えなければならないとき、それが軍事上の機密でかつ、その者の階級が低い場合、その者は軍服を着なければ、その機密を思い出せないので、そういった場合、この行為が行われる。

 また、ここにて別件のただし書きを記すが、軍の中枢は、軍服を未着用な状態でも、軍の特級機密以下、それに類する軍事関連の全ての情報や、事態。それを、いかなる状態でも忘れず、確認できるものである。

 ゆえに、軍の中枢が動くときは些細(ささい)なものであろうと、軍事行為とみなされるものである。

 ただし、軍服を着なければ、その発言、漏洩(ろうえい)は禁止される。つまり、拘束を受ける。

 しかし、軍事に関係しない事象は、その中枢の者であっても、たとえ総帥でも、それを忘れるに至る。

 例えば、何らかの機密があった時、その機密の情報は覚えているが、しかし、その機密に関する個人的な私怨(しえん)といったものは、羅王の格により意味のないものと化される。

 それは、「軍服を着ている時の私はあいつが憎いと思っていたが、いまの、民間人である私からすれば、あいつは憎くはない。あいつが憎いというその情報。そして、それがなぜ憎いかも、その詳細を知るが、しかし、それでも憎しみの感情は湧きはしない」という具合である。

 それは(おのれ)の人生を映画館で見るような客観的視座にて、その情報と向き合うようなものである。

 ただし、その映画を見て、別の意味でわき上がる憎しみに対しては、何もしない羅王の格である。

 羅王の格は感情を操るものではなく、できてもそれは、抑えるもの、忘れさせるものだからだ。

 そして、意味のないもの、忘れたものとなった(にく)しみだが、それは軍服を着たとたん()き上がるものである。

 再度述べるが、この忘却の事例は、軍の中枢の者、並びに総帥にのみ、関わる事例である。それ以外の者は、軍のあれこれの一切は忘却するものである。つまり、ただの民である)




 そして、もし、万が一、(おのれ)の軍服を何らかの形で、奪われた場合だが、その者は、即座に軍の保護を受けるか、それを取り返さなければならないものである。


 それは、その者が、民間人の格好に戻り、そこで、ひょんなことから羅王の格の拘束を受けた時、上記で述べた死刑台の事例が、その者に当てはまる、その可能性があるからだ。




 また、その個人が保有可能な軍服の数は、羅王の格からの指定はない。それゆえ、その指定は各軍が、階級により、軍紀(ぐんき)として定めるものだった。


 もちろん、強者ほど、軍服を多く持つ。


 そして、その種類も、多い。


 しかし、規定(きてい)のマークや統一されたスタイルなどといった、分かりやすい特徴をそなえていなければならないものである。


 ただし、軍の総帥(そうすい)が着るものは極めて自由である。目立ったマーク、または周知さえあればいい。


 そして、その軍服だが、それを一度着ると、次に脱ぐことが出来るのは、その者が所属する軍の軍事施設。そこでしか脱げないのが、羅王の大陸の軍服の不文律(ふぶんりつ)である。


 その軍服が戦闘中やぶけようが、なくなろうが、戦闘行為継続中であれば、軍服を脱いだことにはならない。だから、そのときは、軍服を失った者も反撃できるものである。


 隠れ、やり過ごし、それに対して敵が諦めれば、軍服を脱ぐことが出来るが、


 それ以外で、軍服を脱げるのは、脱いだことになるのは、自軍の軍事施設にその者がたどり着いたその時である。


 いちど軍服をまとえば、その者は常に軍人である。


 これが基本だ。


 私服すらも触ろうが、触れない。


 ゆえに、軍服を着た軍人は、何人(なんぴと)も、いかなる事態になろうと、自軍の(民官施設ではない)軍事施設にたどり着かねば、民間人には戻れないものである。


 行はよいが、帰りは怖い。


 ただし、かくれんぼは鬼を家に帰す。そしたら鬼の負けである。




 そして、いかなる者が軍の中枢にあたるかであるが、それは、各軍が定めるところである。


 その上で、羅王の格は、常に軍服を、何らかの形で形態する者を軍の中枢であるとみなす。


 つまり、軍服を自己管理する者は、全て、軍の中枢とし、これまで述べた全ての事例が当てはまる。


 そして、それ以外の者。


 その者たちの軍服は、各軍の特級の管理を受けるものである。


 つまり、軍の中枢ではない者たちは、自軍の施設にて、(おのれ)の軍服を預けるものである。




 以上が羅王の大陸における軍服のあらましである。


 そして、羅王のルールが恐ろしいのは、たった、6か条のルールにて、以上が構築されているところである。


 もし、他の大陸の格が羅王のそれを全て、運営から、規則のゆるみまで再現しようとすれば、つまり、羅王の体系を全て取り入れようとしたならば、子細(しさい)にわたり、ルールの構築、すなわち、大陸のルールにて、その事を、明文として、制定しなければならない。


 法律を作る者が、全ての想定される犯罪に対し、あらかじめ詳細な判例を用意するに等しいものである。


 目指すところは裁判官の失職である。


 つまり、判決が不必要なほど、対処のマニュアルを定める仕事をせねばならない。


 つまり不可能である。


 羅王の格でさえ、その多くを民間に任せているのだから。


 そして羅王の格のその拘束は、きわめて、私的な性質を持つのだから。


 中枢の者が、軍服を持ち運ぶ、それ一つをとっても、


「軍服の持ち運びについて・・・・・・・・・・・・以上の場合でのみ、軍服の持ち運びを許す。」


 それで終わればいいが、しかし、それを明文として、大陸のルールに記載(きさい)した以上、ただし書きを、つまり、例外を後に加えるためには、一度、その文を削除したうえで、書き換えねばならないのだ。


 これは、大変な作業である。


 そして、この世界は不可知なる力にあふれている。


 そのため、当初の想定を超える、例外というのが、生まれてしまうものである。


 例えば、軍服は何かしらの形で半径5メートル内に携帯するもの。


 このルールを定めた時、もし、ある者が、ある時、手をのばす能力を、手に入れたとしよう。


 そして、その者は軍服を携帯せずとも、好きな時に、軍の施設から、己の軍服を持ち出せた。


 その上、その者は、大陸の格の拘束を受ける前に、瞬時に着衣可能な、それほどの力を持っていた。


 この場合、羅王の格であれば、その者が手をのばす能力を手に入れた時点で、その者を中枢の者と、そう認定し、かつ、その上で、その者にそれを感覚で知らせ、軍服をとりに行くように、うながし、それまでの間、その者を中枢の者(予備軍)と、仮認定するのである。


 そのうながす行為の実際のところは、もし、その手をのばして軍服をとる意思をみせたら即拘束だからね? というのを分からせるそれである。


 これを、この状況を想定し、子細(しさい)ルールに記載せよ、というのは、無理である。


 手をのばす以外にも、ありとあらゆる可能性が不可知なる力にはあるのだから。分身能力があったらばどうだ。また、それについてルールを改定しなければならない。


 まあ、うまくルールを定める者はいるのだろうが、それが出来れば、羅王の大陸を再現することは可能なのだろう。それはそれで圧倒的な才能である。


 ただし、そんな挑戦を試みる他の大陸の格はいなかった。大陸ネットワークにて構築される羅王の大陸のそのサイト画面。それがあり得なかったからだ。


 まあ、しかし、羅王のルールに挑戦したい者がいて、とりあえず、上記の手をのばす能力、それに値する予想外の事態にその挑戦者が直面したとして、続きを書くが、


 そのルールの穴をつける者、それはしょうがないとし、


 そして、だからと言って、何もせず、その者を見逃したのならば、


 もし、その者の目の前に、ふらっと、その者の(かたき)が現れた時、その者は、いかに行動するかは容易(たやす)い。その者が、後ろを向いた瞬間、不意に、強襲するのである。


 とうぜん襲われる側は、このあたりには、軍の中枢の者はいないと、それが分かっている、その上で、安心していた。ましてや、そいつが、軍の中枢だとは、つゆも思わなかった。


 なぜならば、周囲には軍服を着た者が、その時までは、一切いなかったからである。


 そして、ここで問題となるのは、その者の殺意である。それに対しても、いかなる殺意を抱いた時、それを軍事行為に指定するか、といった文言の明文化はどしがたい程、難しいものである。


 もちろん、殺意だけでなく、どこからが、軍事行為にあたるか、その指定も手に負えない。


 不可知なる力を表出させたときか? もしくは、それを表出させる前段階に入ったときか?


 前段階で止められるのであればいいが、その前段階となってしまえば、もう、各個人、それは様々である。つきつめれば、全ての者の指紋(しもん)を登録し、それをルールに書き加えるところまでしなければならない。


 であれば、その不可知なる力を表出させたとき、それを軍事行為と認定すればいいが、その場合、誰が重大犯罪を犯そうとしたか、それを誰にも教えない、羅王の格の優しさは消える。


(羅王の運営においては、このような強襲にその者が移る、その可能性がみられる場合、事前にその者に軍服の着用をうながすものである。つまり、拘束の前兆を見せる。もし、それでもその者が、手をのばして軍服をとろうとするのならば、その者は拘束される。

 また、その者が、れっきとした軍の中枢であるならば、不意の(かたき)、敵との遭遇(そうぐう)がわずか先の未来にある、それをその者に知らせる。つまり、拘束の前兆を見せる。

 しかし、軍の総帥には、それはしないものである。誰もが総帥がいかなる人物かを知っている。かつ、軍の総帥は、ほぼ常時、攻撃をノークッションで受ける不利な立場であるからだ。ゆえに即座に軍服を着て、攻撃が可能である。不意打ちをできるともいえる)




 未然に防ぐは偉大だが、それをやりすぎると、ルールが増える。多くの場合は、事後の対処が(かなめ)となり、それをもって、法を構築するものである。これは『魔』の力と大きく関わるものと思われる。

 ―幻色大魔人王―







 このように、羅王のその全ては、明文化不可能といってもいいだろう。


 それはできても抽象的にしか表現できない。


 その者の人格を全て述べるに等しい作業が求められるからだ。


 ゆえに、羅王の大陸の、そのルールは、もし、たった一か条でも付け加えるならば、それだけで、甚大(じんだい)な複雑さを生む可能性がある。


 そのルールがただの文章ではなく、不可知な力を持ち、確実に、そのルールを実行する。


 そのルールが皆の上位者と、神となり、そして、それが、ここでの問題なのだ。


 ゆえに、劉備(りゅうび)がやろうとしている道は、修羅(しゅら)の道である。


 7.ただし、軍は、常に不殺でなければならない。


 この一か条を、「6.その上で、軍は自由である。」の後に付け加えるからである。




 大変な混乱を生むことになるであろう。


 まず、どこからどこまでが不殺にあたるか、そして、殺すとはいかなる定義か。

 命の有無であると断言しても、生き残ったその後、その後遺症がために結局その者は死んでしまった場合、もしくは、それが俺の人生を殺したのだ! という者がいた場合、羅王の格はいかなる判断をするのだろうか?


 戦闘行為に制限をかけるのだろうか?


 それもいい。


 しかし、制限を受ければ受けるほど、力を押さえつけられれば、られるほど、行き場を失った負のエネルギーはその者を破壊し、より、負のエネルギーを増やすだけである。


 それに対し、その負のエネルギーを自ら解決できる者もいるが、その者は圧倒的な強者である。


 そして、劉備がやろうとするその世界には、恐怖がない。


 殺されぬからだ。


 それが約束されたとき、人はどうなるであろうか。


 分からない。


 もしかしたら、狂うかもしれない。


 仕返ししようにも、一定以上のダメージは与えられない。


 つまり相手もその仲間も無事なのだ。


 笑顔で暮らす。


 それに対してストレスをためる者もいることだろう。


 しかし、それ以上どうにもできるわけではない。


 軍服を脱げば忘れられるが、しかし、それを着たら思い出すのだ。


 そのせいで、なお一層、ストレスをためてしまう者もいるだろう。


 結果、その者は、軍人となることが禁じられる可能性もある。


 軍服をその民が着ることを極度の害。つまり、危害と羅王の格がみなす可能性があるからだ。

 そして、この事項は、現在の羅王の大陸にも存在する。


 その上で、最終的には元首以外、軍人が存在しなくなる、そんな未来だってありうる。


 その時、羅王の大陸は絶対平和をむかえるかもしれない。


 それは偉大な業績(ぎょうせき)である。


 異論は認めない。




 しかし、これは最悪の結果だが、その時、社会の風土はきつくなるかもしれない。


 そして、その時、言論の場が、戦場になるかもしれない。


 文化の質が良くなった時、『魔』の力は激増する。


 そして、その上で、言論が、軍事行為となるかもしれない。


 ここが分かれ道かもしれぬが、しかし、




 どうなるかは分からない。


 いま述べたのは、極度に最悪な状況を、仮定した場合のくだりである。


 そして、大陸の格はこのような抑圧に対して、どしがたいほどに力を増す。


 落とすのではなく、増すのだ。


 おそらく、多くの者が、7のルールを作った劉備を(うら)むだろう。




 そして、これらの全てについてだが、それは、劉備(りゅうび)万事(ばんじ)数多(あまた)子細(しさい)、念々(ねんねん)、承知した上で、目指すものである。




 そして、それは、羅王の大陸にとって、不可能ではない。


 肯定する。


 独立ネットワークの構築も不可能ではない。


 明言する。


 しかし、それは、劉備が、かの、小人の大陸の、その鉱石を飲みこみ、そして、修行の結果、完全な同化(どうか)を果たしたその上で、人柱(ひとばしら)となればである。




 大陸の格は、得をする者を許さない。己の力が弱まるからだ。

 彼らもまた、神を目指したその一つである。

 だから彼女は美しい。

 ―剣神―







 奈落に到着した。



 曹操(そうそう)の後を追った闘神がたどり着いた、そこは、闇だった。



 曹操の軍の経済圏にて出現するダンジョン群。


 それを極度にコントロールした結果、生み出された、たった一つの奈落(ならく)


 地下、第三層。そのさらに下。

 地下、第四層に存在するそれは、三層の地下にそれを固定するという荒業(あらわざ)にて、よりいっそうコントロールされた(いびつ)すぎる奈落である。


 また、有事の際は、地下第二層のパラダイスリゾートと、この奈落を入れ替える、そのような極度の操作をほどこしているため、奈落は奈落として、その尊厳を奪われたに等しい形だった。


 ゆえに、その姿はすさまじかった。


 だから、あまりにもそこは、恐怖で満ちていて、そして、最悪の形をとっていた。


 述べたくないほどである。


 元所持品ズはぶるぶると、震えてしまったほどだった。


 みただけで、それが害。


 そういっていいものが、そこら中に転がり、運動し、


 そして、しかし、その前に、


 曹操(そうそう)が、サッと、その手を振り上げる。


 あざやかな色が、奈落に満ちた。


 魔物たちはたちまちの内に消えていった。


 しかし、(やつ)らは、どしどしと、どこからともなく、ありとあらゆる手にて、やって来た。


 けれども、魔物たちは、たちまちの内に曹操により、消滅していった。




 どんどんと、二人の大人が、奈落を進む。




 そんな中、まだまだ怖がるスマホ君たちに、闘神が、ひとこと。




 MGMT 「Kids」




 それを流してくれと。そういうことだった。


 そして、それが流れ出すものだった。。




 その原曲はスローなテンポである。


 そして、それが繰り返し流れるものだった。




 これはのちに、スマホ君の様々なミックスをもつかたちで、


 アップテンポに、そして、かけだしていくことになるのだが、


 その時、奈落の、ダンジョンは、もはやフェスの会場と()していたものである。




 しかし、今は、まだ、おそるおそるとした、スローなテンポである。


 その原曲のゆっくりとした音楽の調子に(こた)えるように、曹操(そうそう)が次々と魔物を撃破していく。


 消滅した魔物。


 その後にはなんにも残らない。


 物質、ひとつ、残っていない。


 子供の姿、赤ちゃんの姿、それから、大人の姿の魔物まで、ゾンビのようにやってきたが、それを曹操は全て片した。


 最悪な形態をとった魔物たちは、音楽と、曹操(そうそう)のその力によって、何もできやしなかった


 彼らが何を言おうが、声すら、こちらには届かない。音楽があるからだ。




 曹操の力。


 それは、多彩(たさい)(いな)かで述べるのならば、その力、多彩の力である。


 ゆえに、美しい。


 いろどりあざやかなその色をもって、攻撃を放つのである。


 そして彼らは曹操(そうそう)の明かりを頼りに次々と進んでいった。


 まだ、音楽は原曲のスローなペースだった。




 奈落はどこまでも続いていた。


 そこは、一階、二階と、階層のあるダンジョンではなく、その奈落は、地下に出現した大洞窟(だいどうくつ)だった、と言える。


 迷宮と言ってもいい。




 大きく吹き抜けた空間もあれば、せまい小道もあり、そして、どのルートが正解なのか、いや、そもそも、そこには、入り口はあるが、ゴールなど、どこにもない。そんなダンジョンだった。


 複数の分かれ道とも言えぬ道が、数多(あまた)あるのだ。


 例えば、吹き抜けた空間に出たとき、曹操がその力にて()らしたそこは、


 (がけ)の街。


 そういってもいいだろう。


 そして、つまり、その崖には多くの空洞があり、その空洞の先に、様々なまた別々の空間がのびて、広がっているのであった。


 その上でだが、


 その吹き抜けの、大空洞。


 崖の街と述べたが、


 また、迷路のようにうねった、せまい、トンネルの小道。


 そこの壁についた開けてはいけないドア。


 つまり、何が言いたいかというと、その奈落は、人々が暮らす。そんな形をした、地下の街と言ってもいい、そんな場所だった。


 そして、そこに暮らす、魔物は、人の姿をいたずらに真似した、魔物だった。


 その上で、そこにて繰り広げられた社会。


 それを一言でいうなれば、何をしてもいい社会。


 つまり、羅王のルールが逆転した、そんな社会がそこに広がっていた。


 これだけ言えば、十分であろうか。


 そして、その魔物たちがこちらに気づいたとき、とる態度。


 それは、どのような態度をとった方が、奈落の侵入者たる人間に、最もダメージを与えられるか、


 それを熟知し、それを実行するものだった。


 そこには、尊厳という尊厳はなかった。


 人とはなにか、その意味すら奪った生き方だった。




 そんな世界に意味などないのだ。




 ゆえに闘神も動き出す。


 流れるように、右手ふり上げ、天に、ひとさし指一つ。


 そして、その指にて、ゆるやかに円をえがく。




 その指で作った円の、軌道上(きどうじょう)


 そこに、ポポポポっと、小さな、紅の玉の粒が、6つ出現。




 それにて、出発進行。




 すっと、やわらかに手をかるく開きながら、うでを90度、ふりおろす。


 その時、目下にかまえた、奈落の大空洞(だいくうどう)


 それめがけて、6つの紅玉(こうぎょく)がサッと、飛んだ。




 神域解凍と、紅の力を用いた力である。


 それは、次々と、魔物たちを連続して、打ち抜いていった。


 魔物たちは何もできず散っていった。


 そして、その動き出した闘神にたいし、曹操(そうそう)が、これまで以上の力をみせる。


 その対抗心に、闘神も応じた。




 そして、戦いが始まった。


 両者、競うように、その力を、対抗心を、少しずつ、徐々(じょじょ)に、見せつけるように、展開。


 だから、両者の侵攻のスピードはどんどんと、上がっていった。


 競うように、ふたりして、奈落の大洞窟をかけて行った。


 奈落がフェスと化したのは、その時であった。


 疾風怒濤(しっぷうどとう)の快進撃だった。


 両者、()り合いに、張り合い、そして、それを楽しむ者と、許さぬ者とに分かれた。


 曹操(そうそう)にはそれが許せなかった。


 どこまでも、この男が自分についてくるからである。


 ゆいがが許せなかった。


 だから、(いか)った。




 ―私が、最強なのだ―




 曹操(そうそう)がその力を()せる。


 もはや両者、暴れに暴れ、それゆえに、せまっ苦しく感じられた大洞窟(だいどうくつ)の巨大ダンジョンを、


 一撃。


 一撃だった。


 地面に突き立てたこぶしにて、


 曹操の、その一打にて、


 奈落のダンジョンは消滅した。




 吹き飛んだのだ。ダンジョンが。




 しかし、また新たにここに、それは生まれることだろう。


 同じ形で。


 けれども、それは今はどうでも良かった。




 あたりは静まりかえっていた。




「俺はな、ゆいが。この羅王の大陸のルールはたった一つでいいと思うのだ」


 そして、その指1本突き出して、


「1.最も強い者が、元首である。これで以上だ」




「ああ、同意だ」







 2日後。




 そこにはいつもにまして、身支度(みじたく)を整えた曹操がいた。


 それは、職人の技が子細(しさい)にこもった、オシャレなスーツだった。


 パリッとしたそれは、漆黒(しっこく)基調(きちょう)とし、各種あざやかなアクセサリーに、アシンメトリーなつまり、左右非対称な、その具合で止められたボタンが、立体感を生み出し、その上で、シャキッとした硬質(こうしつ)さがあった。


 完全な私服である。


 何の軍の紋章(もんしょう)たるもの、ひとつ入っていない。


 お気に入りの服を、特別な日のために、そしてその日専用のために、おろしたと言っていいだろう。




 今日の予定はなんだろうか。




 そして、曹操(そうそう)がそれをしゃべるその前だった。




 タキシード君が曹操に、とつじょ反発した。


 ゆ、ゆるせない!!!


 ぼ、ぼくが、最強の服なんだーーー!!!!!


 だから、あっという間にタキシード君がその時、変身したものである。


 それゆえに、曹操がその予定をしゃべるその機会もないものだった。


 タキシード君が変身した服。


 それは、ろっこつ服。


 ベースはそれである。


 ひもを駆使(くし)したボタンである。


 一段、二段、三段と、横ひもが、服の表面を走っている。


 それが、ボタンの代わりなのである。


 中華(ちゅうか)の服、太極拳(たいきょくけん)の服。そのボタンと同じ形であるといった方がはやいか?


 くび元まで、しっかりとしまったそれは、軍服のような型、学ランのような型であるともいえる。


 つまり、曹操が着るスーツが、胸元をV字に整えたのに対抗し。胸元をぴっちり締めたタキシード君だった。


 このようなスタイルは、今回が初めてである。


 タキシード君の真骨頂(しんこっちょう)たるタキシードスタイルは胸元がV字に開き、そこにシャツがのぞくスタイルである。


 つまり、その真骨頂(しんこっちょう)をあえて捨てた形の今だった。


 それはタキシード君が今まで、考えに考えたデザインなのだろう。


 つまり新しいスタイルの服を己の代表作として提示するのならば、いかなる形がいいか、それを考えると、きりがないもので、不安もあり、しかし、おそらくは代表作になるゆえに真剣に考えなければならず、というもので、そんな感じで、考えに考えたタキシード君が出した回答が今であった。


 それは立派で、美しく、完璧なバランスを保っていた。


 そのひもは、曹操(そうそう)とそのスーツを作った職人に対し、これがアシンメトリーだ!!!


 と言わんばかりの絶妙な非対称さをもっており。


 散りばめられら宝石は、(かな)でられるかのような、輝きがあった。


 タキシード君の演出がなす輝きである。


 一度として、同じ輝きのリズムはない。


 歌を奏でるそれにひとしい、オーロラの(おだ)やかな点滅がそこにあった。


 以外にも、タキシード君のこだわりというのは数多(あまた)あったが、それを曹操(そうそう)がさえぎる。


「来るのだな」


 よくは分からなかったが、ああ。といってしまった闘神だった。


 タキシード君が先走ったせいにて、今日の予定を聞きそびれてしまった闘神である。


 いまさらどんな予定かを聞くわけにはいかない。


 しかし、曹操のその服装からして、おそらく立派な予定なのだろうというのが分かったから良しとした。


 まあ、楽しみなものとして、聞かないで行こうという心になったともいえる。




「19時だ」




 そして、約束の19時になった。


 一足先に、その所定(しょてい)の場所にてそのときを待っていた闘神は、椅子(いす)に座りながら、なぜだろうかと、考えていた。




 おのれがそわそわしているからだ。


 らしくない。


 初デートでもこんな早く待ち合わせに来ないぞ? おれは。




 何かしらの期待のような、しかし、それがなにか、分からぬ。そんな時間がじわじわと続いていた。


 ゆえに、精神的には少々きつかった。


 神の体は極めて快調であるが、それとはべつのささいな不調である。


 いぜん、闘神が過去を向いて、未来に生きずと述べたのは、ここにある。


 彼は、希望というものに対して、弱者だった。


 期待してしまう心がそこにあるからだ。


 ゆえに、失った一本目のロイヤルの元へ向かう途中、ノイローゼになりかけたものである。


 だから、彼にはバカになるその手立てが必要であった。


 考えないほうがいいのである。


 期待が裏切られるのは別にいい。


 ただ、その期待や希望に対して、身をゆだねること。


 彼はそれを、全力投球では出来ない人間だった。


 しかし、その期待や希望。もっと言えば理想に対し、身をゆだねたい。


 その欲望があるのが彼だった。


 だから、それらの考えが、全力で身をゆだねてもいいものなのか、実現可能なのかどうか、ゆだねるに値するものなのか、それを子細(しさい)、考えてしまう彼だった。


 とある言い方をすれば、闘神は完璧主義者である。


 ゆえに、期待や希望、理想に対し、ぐるぐると考えを(めぐ)らせるのである。そして、どこまでもその考えを巡らせることが出来る彼だったから、


 出口がなかった。


 終わりがなかった。


 出した結論、それに致命的な欠陥があってはならぬのだ。


 しかし、完璧など不可能である。


 その壁に対しは、バカになることで、思考停止するしかない。


 そう結論を、なんどつけたことだろう。


 そして、いまこの時もその結論は変わらなかった。


 また、以降も、この結論は変わらないものである。


 ゆえに、19時を待つ、この時間は、考えながらも、ゆっくりとバカになってゆく。そんな時間だった。


 負けるときは、負けてやろう。


 今は、この(ねん)が彼をバカにさせる救いの言葉だった。


 そしてそう思うと悲しいものだった。


 しかし、彼のその悲しみは彼にとっては肯定だった。




 時がきた。


 (とびら)が開く。


 まず先に来たのは、曹操(そうそう)だった。


 扉から入って来た曹操(そうそう)は、左から右へ、そのまま真っすぐ、闘神の前をよこぎりながら、闘神の右ななめ前の椅子(いす)まで歩き、その上で、その椅子に座らず、立ったまま、片手に、ブランデーを入れたグラス。そして、それを、ゆらしていた。


 その時、闘神は、ああ、たばこを吸えば、たばこをのめば、そわそわしないですんだかもしれない・・・・・・


 と、気が付いたものだった。




 曹操(そうそう)と目が合った。


 笑みを浮かべていた。




 くるぞ、と。




 そして、


 彼女が、




 来た。




 (とびら)を開いてやって来た。




 おどろいてしまった。




 なぜだろうか、なぜ、そんなことが起きるのだろうか、どうしたらそんなことが起こるのだろうか・・・・・・




 彼女のその服装は、色は違えど、初めて会ったあの星読みのその服その姿その(かざ)り、うり二つであったからである。


 しかし、彼女はあの時の星読みではない。


 別の人物である。


 星読みはあの時完全に世界を去った。




 そして、やって来た彼女のその顔の上半分は、あの時の星読みと同じく、ベールでおおわれていた。


 つまり、目元はみえないものだった。







「なんだ、軍服ごっこか?」


 曹操の発言である。




 この会談は両者の合意のもと、私服にて行われる会談である。


 もちろん、表面上そういう(てい)をとっているだけで、今すぐにでも、両者は軍事行為に及ぶことができる。


 しかし、その(てい)があるから、闘神はその会談に参加できるものと思われていた。


 そしてこの会談は、曹操にとって、ある種の壮大な()けであった。




 その上で、彼女のその格好(かっこう)は、彼女の軍服を真似た私服だった。







 ニヤリと、彼女が笑った。


 そして、彼女がその手をベールにかけ、それを外そうとしたその時、


 なぜだろうか、闘神は、目をそむけてしまった。


 そして、その目をそむけたその先に、曹操が見えた。




 突如(とつじょ)


 衝撃(しょうげき)が訪れた。


 それは、曹操(そうそう)の腹をえぐった攻撃だった。


 その攻撃。


 それは、曹操を、そのまま、その部屋の、壁を、そして、その後につづく壁という壁を、曹操ごと、ふっとばし、そして、曹操は、城の壁を内から、外へと、突き抜けて、第三層、地下帝国、その壁という壁、その先の大地という大地までもをぶち壊し、そして、そこにて止まった。




 闘神が、曹操(そうそう)の、その腹を()っ飛ばしたからである。




 しかし・・・・・・なぜ、そのような行為をしたのだろうか?


 それは闘神には分からないものだった。




 曹操のそこに浮かんだ笑みのまなこに、わずかに宿った色欲を、彼は、見たのだろうか?




 いや、そうではない。そんなもの曹操は浮かべない。




 奪われたくなかった。




 それだけである。







 そして、全てを(かた)づけた、彼がふりかえり、ひとこと。




「そっちで世話になるわ」




 そのとき、彼は、初めて、彼女の、顔を見た。




 彼女は美しかった。




 ベールもなかった。




 そのベールを左手に、にぎりしめていた、鈴は、ぽかーんとしていた。










 闘神ヤニカス戦記―ロイヤル編―


 第二章 ―序― 完




 つづく










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