高層ビル
小人の国にてもらった、かの鉱石。
それは、大陸の格の「核」である。
大陸の格の核。
それはつまり、格の心臓。
しかし、普通、そんなものは存在しない。
これは、この世界の大陸の格における一般常識。
格が「核」という形を持つことなど本来起こりえない。
それは、概念が何らかの物質となって現れる。
いわば、「明日」という概念が、鉱石として実際に形を持ってしまった。
そのような話である。
だから、大陸の格の「核」という概念が、どこかに実在することも、ましてや、なんらかの物質として現れることもないはずだった。
けれども、その場所が極めて特殊な場所であるとき、その常識は覆される。
つまるところ、闘神が訪れた小人の国は、大陸の格を有する地。そして、極めて特殊な場所だった。
格の核が現れる時、そこにはえてして強烈な神秘がある。
―観測隊隊長 端厳楼―
全てはこの世界の不可思議が為に起こった異常。
この、格の「核」という概念が、実在する。そんな事実から、人は、「明日」という概念すらも、結晶体として、実はどこかに存在するのではないかと、そう妄想することもできるが、しかし、そのようなものはない。それは今ここで断言しておく。
小人の国。
言葉を変えて述べると、そこは、小人の大陸。
そして大陸の格を有する地。故に、そこには大陸のルールがある。
それは極めて異常。
その地に踏み入りし者、その体、小さく縮む。
そして、その者は、己を忘れる。
小人の大陸。
そこは、踏み入ったが最後。自分が何者だったかを一切忘れ、そのまま小人の国の、その住人となる。ならざる負えない。そんな場所。
ただ、その大陸から飛び出すこともできる。
しかし、それは滅多にあることでもなければ、それを皆が止めるので、なかなか、外に出ようとする者はいない。
だが、もし、その外に出たならば、その者は小人のサイズから元の大きさへと戻ることが出来る。
しかし、一度その大陸を飛び出てしまった者は、全ての記憶を、また失ってしまう。
つまり、小人の国にて過ごしたその思い出の一切も失うのだ。
小人の大陸より脱出した者は、ぽつんと、林に立つ。
ここが何処かも、分からなければ、何故ここにいるのかも、そして、己が誰なのかも、てんで分からない。
周囲を見渡し、ただ、どこか懐かしい気がするなと、そんな思いを抱くと同時に、未知の大地へと、想い巡らす。
そのまま林を抜けて、旅立ってゆく者たちは、わくわくが勝ってしまった、そんな者たちだった。
その時、その者の後ろ髪を引く者は誰もいない。
その者が再び全ての記憶を忘れたように、その者と思い出があった者たちも、その者との記憶を全て失う。失ってしまうからだ。
だから帰る場所もない。
一度入っても最後、一度出ても最後の大陸が小人の大陸だった。
そこがいつからあったのかなど、誰も知らぬ。そして、その大陸の格の存在すらも誰も知れぬ。
それは、小人の国のその住人にしてもそうである。
その大陸が生まれた時、その時そこに暮らしていた人たちがいたのなら、その者らも、全ての記憶を失ってしまっているからだ。
引き継がれる記憶もない。
そもそもそこには初めから誰も住んでいなかったかもしれない。
もちろん、中には不思議に思う者たちもいた。
小人の国の不可思議を解明しようと試みる小人たちもいるのだ。
しかし、そういった懐疑心や好奇心に対し、大陸の格がそれを抑圧する仕事をするものだったから、それは空をつかむような試みだった。
だから、大陸の格の存在、そして、その意味を理解する者はいなかった。
ましてや、闘神に渡したその鉱石が何なのか、その意味を知る者は誰もいない。
また、こういった特殊な大陸。格の「核」を持つ大陸には、元首はいない。
そして、ルールの改変もできない。そんなものであった。
誰も抗えぬ神秘なのだ。
だから、本来であればあの時、あの場所に踏み入った、闘神。そして元所持品ズたちは、全てを忘れ、小人の大陸のその住人となる定めだった。
しかし、神がそんな事態に陥る訳がない。
それは、その仲間たちもである。
ただ、神でない者たちからすれば、その大陸は非常に危険極まりない存在だ。
しかし、そういった大陸と関わる因果を持つ者というのは、極めて少ない。
だから、恐ろしいが、恐れる必要もない話だった。
そもそもそういった場所は、認識すらされないのだから。
そして、格の「核」を持つ大陸は、他の大陸の格からの侵略を受けないのが定めだった。
それはなにゆえか。
後の説明でもいいが、今後の混乱をなるべく避けるために、今ここでその訳を述べておく。
その為には、一般的な大陸の格の常識について書くが早い。
(ちなみにだが、羅王の大陸も一般的な大陸の格である)
大陸ネットワーク。
そう呼ばれるものが存在する。
そこには、全ての大陸の格、その情報の全てなるものが集まっていると言っても過言ではない。
全ての大陸の格は、生まれるその時、大陸ネットワークなるものに自動で接続される。
その際、大陸の情報は全て、そのネットワークに紐づけられる。
そして、いかなる大陸も、これを拒否できない。
これ故に全ての情報が大陸ネットワークに集まる。
これが大陸ネットワークの根幹である。
それへの接続がなければ大陸の格は大陸の格たることが出来ないと言ってもいい。
その接続を切れば、大陸の格は消滅するからだ。
それは、大陸の格。その滅亡事態にあたるが、その内容は、今はいい。
今は、大陸ネットワークについてが主題だ。
何のためにそれがあるのか、底知れぬ。
しかし、底とはなんだ。この大地の底には何がある。
―大地の読み手 テイテイ・タタン―
それは、大陸の格と大陸の格、その元首たちが覇を競う為にあると言える。
大陸の格が、他の大陸の格に対し、距離を無視して攻め入る時、このネットワークが利用されるのだ。
各元首たちは、大陸ネットワークにて、丁度いい、攻めごろの、他の大陸を探し、そこへ勝負を仕掛ける。
例えば、その距離が、銀河の端と端ほどの距離であったとしても、大陸ネットワークの力で、一つ飛びに攻め入ることが出来る。それが可能となる。
というよりも、大陸の格というのは、大抵、互いの距離が、銀河一つ分、いやそれ以上、宇宙数千個分といえる程、離れているものである。
だから、ネットワークを利用しなければ、大陸の格同士の勝負というのはできないものである。
それほど、滅多に大陸の格というのは生まれないし、存在しない。
しかし、滅多に生まれないその大陸の格も、無限に広がる果てなき大地から見れば、その数、数多。いや、無限といってもいい。
そして、その全ての情報を一まとめに管理する大陸ネットワークだった。
ただ、管理といっても、大陸ネットワークが数多の大陸をまとめて、管理しているのか、
はたまた、数多の大陸の格が大陸ネットワークを構築して、分散的に管理しているのか、
それは誰も分からない話だった。
大陸ネットワークが親で、各大陸が子なのだと、一概に言い切るのが難しいのだ。
それに対し、この世界は不可知なる力に満ちているのだから、そんなことは考えるべきじゃない。という者たちも当然いるのだが、世界の真理に魅せられた者たちにはそのような言葉は響いちゃいない。
大陸ネットワークなるものは、どこに存在しているのだろうか?
概念。
と片付けることもできるが、実際にそれは、インターネットを閲覧するかの如く、現実空間に現れるものだったから、その実在について、人々は考えてしまうものだった。
(大陸ネットワークの為に用意された、中枢機関といった所にそれは現れる。モニターに映し出される。空間に浮かび上がる。といった形で)
このネットワークは、大陸の格の集合が、構築するのだと、いう意見もあるが、かといって、全大陸が大陸ネットワークの破壊を望んでも、おそらくそれは達成されないだろうというのが、確かな実感として、元首たちにあったからこの話は容易くなかった。
そのネットワークの利用にしても、全てが自由というわけではない。
各大陸は、その格の力の程度により、年齢制限のような、アクセス制限なるものがあるし、
(もちろん、個人や集団の力を持って、このアクセス制限を突破する事例もある)
そういった基準を誰がどう決め、そして運営しているか、よく分からないものであった。
その運営を各大陸の格が、それぞれそ分散的に請け負っているわけでもない。
少なくともそう見える。
・・・俺は、何を相手にしているんだ!? 一般意思か? 法則か? あぁ......さっきより厄介になってやがる・・・
―解析者 ri-ppi-―
大陸ネットワークが一つの意識を持ち、各大陸の上位者として君臨しているわけでもない。
だから、交渉すらできない。ましてや、その全容を捉えるのは不可能だった。
まあ、こんな愚かな問いなど考えるだけ無駄だが、しかし、それを真剣に考えてしまう者たちもいる。
そして、その者たちは、えてして大陸の格の元首勢力である。
それは、大陸ネットワークがある限り、己が大陸が侵略される可能性が常にあるからだ。
故に、大陸ネットワークなるものを破壊したい。そんな欲望から大陸ネットワークの実態を彼らは真剣に考える。
例えば、最高管理者権限へのアクセスや、どこかにあるかも知れないバックドアを探すのである。
それは実に無駄な試みともいえた。
しかし、なんだかそれが出来そうなものだったから、諦めきれぬ権力者たちであったし、その愚かな試みが、己が大陸の、格のその力を増大させるものだったから、馬鹿にはできない話だった。
そして、もしかしたら、その果てに、世界の中心が見つかる。その可能性を彼らはまた見てしまうものだったから、そこには情熱もあった。
しかし、彼らの焦りも分かる。
なぜならば、大陸ネットワークを駆使すれば、インターネットで検索するかの如く、相手の大陸を覗くことが出来てしまうからだ。
そして、相手の大陸の格。その「運行の規則」なるものをハッキングしてしまえば、容易に向こうへ飛べる。アクセス出来てしまうのが大陸ネットワークであった。
向こうに飛べるというのは、その言葉のままに飛べるのである。
よくある形として、ハッキングに成功すると、向こうの大地と、こちらの大地を繋ぐゲートが現れる。そんな具合である。
つまり、そのゲートをくぐり、向こうへと侵略するのだ。
しかし、その最後の最後は、結局のところ、元首が相手の大陸を踏んだ時、互いの格の優劣にて全てが決まるものだから、侵略側があっさりと負けてしまうということもままある。
先に大陸を踏んだ側の勝ちというものではないのだ。
だから、弱者のフリをして、わざと大陸を相手の元首に踏ませる。そんな策略もある。
その全て原因は、大陸の格のその強さが、数値として算出できないことにある。
とくに相手の大陸の格のその強さ、それがいかほどのものかを算出するのは、難しかった。
推測するしかないのが常。
鑑定系のスキルでポンっと出てくる楽なものではない。
例えば、相手の大陸のその勢力や文明、文化、社会の形態に歴史。また相手の大陸の、そのルール。そしてその運営などの情報を、絡めながら、一つ一つ精査し、格の力を推測していかなければならなかった。
それは、大陸ネットワークを使用した情報収集と、密偵を相手の大陸に放つ、そんな情報の収集の仕方である。
ただ、推測できたとしても、その中の情報に虚偽が混ざっている可能性も多々あったし、そのハッキングにしても向こうはそれを気付いている。いや、わざとハッキングするようにこちらを誘導していた。そんな場合もあったから、怖いものだった。
しかし、こういった行為が、大陸の格の強さや、大陸ネットワークにおける自己の防衛能力、防衛システムを増大させるものだったから、大陸ネットワークから距離を置くという選択をとるのは難しかった。
というよりも、そんな選択をとってしまった場合、格の力はなまるというか、脆弱となるものだった。
どちらの策士が一枚上手か。
その具合によって格の力は増減するし、ネットワーク上における防衛システムも堅固にもなれば、脆くもなる。
そして、大陸の格、その勝負も、決着は一瞬だが、一つのパラメータが勝負を決めるわけでもなかったから面倒だった。
Aの格とBの格、どちらの総力が高いか、それを背比べで決める。
そのようなものではない。
いうなればオリンピックで各国が、そのメダル数を競うような勝負。
一つの競技で全てが決まるのではなく、多数の競技の結果で勝負が決まる。そんな具合である。
もちろん、実際のその勝負はもっと複雑だ。
メダルの数を競うと言っても、メインの競技であれば、そのメダルの価値は増すし、勝ち方が圧倒的であったり、見事なものであったりすれば、またその分だけ価値が増す。そしてその逆もある。
これが大陸の格のその勝負で、それが一瞬でとりおこなわれるのだった。
その中に、格の総力の比較という勝負も、もちろんある。そしてそれは重要なパラメータの一つだ。
しかし、それはあくまでもパラメータの一つなのだ。
そして、その勝負がどんなものであるのか、どんな競技であったかは明示されない。
だから、それを読み取る者たちもいるのだが、その者らに言わせれば、それはもはや競技ではなく、複雑怪奇にからみあった、けれども美しい法則。
それと出会うようなものだった。
故に、その勝負が何によって決まったか、それを一概に評すのは極めて難しい。
総力の面では、こちらが勝っているのは確実だったが、文化の面において、あちらが勝っていた。その勝ち具合が結構なものだった。だから負けた。
ということもあれば、しかし、こちらの知識のそのレベルが高かったが為に、または、ハッキングのやり方がうまかったが為にこちらが勝った。ということもある。
まあ、そのパラメータを読み切ってしまえば、勝負の行く末を見通すこともできるのだが、しかし、そのパラメータ。勝負ごとにまた変わってしまうパラメータだったから、厄介だった。
ある勝負では、経済の発展具合が勝負のカギとなったが、別の勝負では、軍事力の強度が勝負の重要な要素となった。しかし、今回は大陸の格の元首勢力が各国にどれほどの影響力を、そして、それをいかに持っているか、それがポイントとなるように思われる。
さて、相手の大陸にアクセスしていいものか......
という具合である。
(また、こちらが攻め込むのか、あちらから攻めて来るのか、その違いによっても、パラメータは変化する)
だから、元首勢力は勝負の為に様々な大陸のパラメータを上げねばならないし、かと言って、その為に器用貧乏となる訳にもいかないものだった。
そんな勝負だが、それを避ける手もある。
それは、大陸ネットワークにおける自陣の防衛システムを強固に構築するというものである。
敵に己の大陸を検索させない。検索されても、その閲覧を阻害する。
また、相手が、こちをハッキングしようとしたとき、幾重もの防壁を展開する。中にはウイルスや虚偽情報も仕込む。
といった形でである。
やることは、地球で言うところのサイバー攻撃。それに対する対処と同じである。
しかし、そこには不可知なる力の活用というのがもちろんある。
この世界のエンジニアたちに任された仕事の一つである。
俺たちの情熱の勝ちさ。
―ハッカー NiO―
防衛システムの構築は、大陸の格の力も影響する。しかし、どちらかと言えば、エンジニアたちの腕にかかっているものである。
だから、そこが万全であれば、己の大陸のその格の力が弱くとも、防衛はうまくいく。
敵のアクセスを防げた。
特に、自身の大陸の弱点となりえるそんなパラメータを兼ね備えた敵からのハッキング。
それに対して専用の防衛システムを構築、展開することも可能だった。
だから、元首勢力が強権を振りかざす、そんな大陸は、その格の力が弱くなってしまうものであったが、この防衛システムを堅牢堅固、要害堅固、金剛不壊に構築することで、大陸の格の勝負を逃れることが出来た。
また、この大陸の勝負だが、大抵の場合、その戦いは、同じクラスの勝負となる。
つまり、弱き大陸が、いきなり強大な大陸から攻め込まれるということはなかった。
格のその力に格差がある場合、互いは互いの存在をネットワークで検索、またアクセスできないからである。(特に強者から弱者へのアクセスはこれが顕著だ)
そして、例えアクセスできたとしても、その勝負は強者不利の、そんなパラメータ勝負となるのが、常だった。
まあ、大陸の勝負とは、このように複雑極まるものだから、実際に行われるその勝負の駆け引きは、より厄介である。
だが、その駆け引きについては今はいいだろう。
ただ、この大陸の格だが、その発生というのは、極めて不条理だ。
誰かが望んで、己が地域に大陸の格を生み出す。そんなことはできない。
それは、突如、出現する。
明確な理由もなければ、具体的な条件というのもない。
だがそこには、いつもなんらかの文明があった。
つまり、誰もいないところに大陸の格が発生した例は見られない。
というのが学者の共通見解だったが、例外もあるのが、この世の常であると学者たちは口をそろえて、また愚痴を吐くものだった。
しかし、その発生のコントロールだけは、誰にもできない。
「どんな強大な文明であっても、それは不可能。これに例外はなし」
というのが、学者たちの結論だった。ガラスの天井の、その破壊と同じ問題である。
そういった問題を彼らは最終問題と評するのだが、今この話はいい。
大陸の格。
その発生を好機と捉えるか否かはさまざま。
それは莫大な利益をもたらすが、終わらぬ戦いの始まりを告げるからだ。
利益というのは、大陸の格が出現した地域が、極めて豊かな大地となるからである。
自然の災害もなければ、常に豊かな土壌や資源にも恵まれ、そして、そこに生きる者たち、生まれる者たちに不可知なる力をより一層もたらす、底上げする。
そのような利益である。
終わらぬ戦いに絶望する者は、大陸ネットワークの接続を切り、大陸の格を消失させるのだが、それは、大陸の格が発生した直後でないとできない話であった。
(他にも、ネットワークを切断する方法はあるが、それは、例えば、海の格や空の格、魔の格という、大陸の格と同じ階級の格による攻撃に対して、とられる最終手段であり、事態が深刻化した際に大陸の格がそれを自動で発動するものであるから、元首がどうこうできる話ではない)
だからそのタイミングを逃してしまうと、終わらぬ戦いとなるのだ。
もはや別の地域に国家を移すという事を考えねばならない。
大陸ネットワーク。
それは、悠遠の地へを覗き、そこへ至ることを可能とする。
これを利だと思う者は、覇者か、冒険家か、はたまた学者くらいであろう。
彼方の大陸。その格。その運行の規則。
それを解析できれば、そこへ至るも、道を閉ざすも自由。
なのに、世界の中心は見つからない。
―評定者 センター・パンチ―
ただし、この大陸ネットワークに接続しない。そんな大陸の格がある。
それは、格の「核」を出現させた大陸である。
つまり、かの鉱石である。
小人の大陸。その格の核。
普通、大陸ネットワークにつながるべき、その大陸の格は、格の「核」がある為にそれとは繋がらない。
神秘は孤独だ。
―博徒 トイトイ・トイ―
ネットワークにつながらない大陸の格。
いうなれば、格の核はクローズドネットワークを形成する。
だから、ネットワークに接続せずともその格は消滅しないのだと考えられている。
故にこんなことも言える。
大陸ネットワークに存在する大陸群には、神秘なる大陸は、ひとつも存在しない。
ちなみにだが、コンロン大陸も神秘なる大陸だ。
もし、かの大陸に大陸の格が発生するとなれば、かの大陸も格の「核」を形成することになるだろう。それがどんな形かは分からぬが。
ただ、今ここで明言しておくが、コンロン大陸は世界の中心ではない。
因果、因果が分水嶺。道を創るも操作せず。
―因果の読み手―
クローズドネットワークを形成するそんな可能性のある大陸は、世界に対しても、また閉じた存在である。
それが抱える神秘が強ければ強い程、それと出会う者の数は限られる。
そこには何らかの不可知なる壁というものがあり、その壁は超文明や絶対強者の力を持ってしても乗り越えられない。
だから、その壁を乗り越えられるのは、強い因果を持つ者なのだと、預言者たちはそういう。
たとえ、どんなに遠くへ行けるとしても、どんなに力を持っていようとも、どんなに遠くを見渡せようとも、何故か、たどり着けない、知ることが出来ないのが神秘なのだと。
特にコンロン大陸のような場所は、極めて強い神秘を抱える場所である。
たとえ、その地を望遠レンズにて覗こうとも、誰もいない荒野が見えるか、霧のようなものがかかってうまく見えない。見えても忘れる。そんな具合である。
故に、かの地へたどり着ける者は極めて少ない。
だから、コンロン大陸が悠遠より攻め込まれるという事態は極めて稀にしか起こらない。というよりかは、起こらないと言ってもいいものである。
それは小人の国にしても同じである。
どんなにその近くに居ようとも、因果がなければ関われないのがこの世界なのだ。
少々長くなってしまったが、以上の話で、大陸の格の「核」に対するその認識、その混乱を、多少抑えられたことにしたい。
故に、大陸の格について、これ以上だらだらと述べることはやめておく。
ちなみにだが、格の核を破壊すると、その大陸の格は消滅する。
二日前。
それは、闘神がかの鉱石を売り払った一日後のことである。
小物専用の移動ゲートにより、たちまちの内に中央大陸へと移送されたかの鉱石は、すぐさま、オークションにかけられることとなった。
大陸の格の核。
知識として、それを知る者は少なかったが、しかし、一定の者たちはその知識を当然の如く得ているものである。
格の核についての見解はさまざまだが、それを分析出来れば、大陸ネットワークの全貌が分かるとも言われ、己が大陸の格をクローズドネットワークへと変化させることが出来るのではないかとも言われれば、また、その格の核が保有する無尽蔵のエネルギーが文明を超次元まで飛躍させるともまで言われ、その存在は、全権力者、垂涎の代物。
他にも、数知れね利用価値、もちろん、それが世界の中心に至る鍵となるのではないかという期待までも、そこに眠る。
しかし、それを得るのは、夢物語でしかないというものである。
大方、その存在の認知は、大陸ネットワークの海を解析していく時に、そこに神秘なる大陸が存在しないその不思議から、生まれる予測。それから始まるものである。
予見者がそれを極めて高い可能性だと肯定し、学者がその可能性と向き合い、そして、それを足掛かりに調べていくと、大陸ネットワークの、とある非常に危険なネットワークに埋もれている、あるコードへとたどり着くことが出来る。
「大陸ネットワークに接続されない大陸の格は、核なるものを持つ」
このコードが、大陸ネットワークには存在するのだ。
その上で、格の核に対する理解をさらに深めていくのだが、その存在を認知できても、実物などいかにして手に入れられようかという話だった。
幻の存在である。
そして、因果の読み手たちに言わせると、大陸ネットワークに接続される、一般的な大陸の格。
それと関わる者たちは、それだけで、神秘なる大陸への道。その因果というものが断たれているものだ。故に、諦めよ。
というものだった。
しかし、それが、今、起こってしまった。
とある換金所よりもたらされた報は、それを知る全ての者を震撼させた。
「大陸の格の核と思われる物質が発見された」
このような知らせである。
誰が、どこで売ったのか、そのような情報は全て伏せられ、まず、その鉱石は、大陸の中央にある換金所へと運ばれた。
そこにて再び、厳密な検査が行われたのである。
そして、検査の結果、それは間違いなく、大陸の格の核であろうという結論が出た。
しかし、そこには、不可解な現象も見られた。
検査の結果、間違いなく、それは格の核なのだが、+αという文字が必ず付いたのだ。
その+αが何なのか、この為に、鑑定不能と初めの換金所にてそう判断が下されたのだった。
「鑑定不能。特級情報をはるかに上回る為に、再鑑定必須」
それは、その価値が算出不能であると。
つまり、国家が出し得る資産を優に超えてしまっているという意味であった。
+α。
そう鑑定された鉱石は、淡く、冷ややかな光を放つ。
しかし、それを長い間見つめると、その中に、わずか一瞬、光の筋が揺らめく時がある。
その色は、紫。
それが+αの正体。
そして、それは、神の力。
闘神が、二年もの間、その移動中、かの鉱石を握り続けていたが為に、鉱石に宿ってしまった神の力であった。
それも、紅を超えた、紫の力だった。
それがなくとも、鉱石の価値は算出不能だった。
しかし、もっとその算出が無理なものとなってしまった。
それは、この果てなき大地へ散ったロイヤルなどとは比べものにならないものである。
ロイヤルなど、ただの形の変わらぬたばこでしかない。
いや、その鉱石に神の力が宿っていずとも、その価値はロイヤルなど優に上回っているものである。
幸いだったのは、+αが神の力であるという情報をもたらさなかったこと。
『大陸の格の核+α』
どんな鑑定も、+αの後にいかなる情報も付け加えられなかったのだ。
もし、神の力という一文が加わっていれば、それは、ロイヤルの誘惑以上の欲望を刺激したことだろう。
しかし、大陸の格の核であるという事実だけでも、底知れぬ欲望を刺激するのは十分だった。
しかるに、そのオークションの参加は、即座に軍事行為とみなされた。
故に入札者は心臓にロイヤルを宿す三勢力のみ。
そして、劉備は落札を逃したのだった。
その入札価格は度し難い程の価格となったが、本来の格の核の価値からすれば、それは、あまりに低すぎる価格だったといえよう。
その全ては、入札者が少なかったが為である。
全大陸の元首たちがそれを競えば、いつまでもその落札は終わらなかった。いや、そもそも大戦が勃発していたものである。
けれども、ここは、羅王の大陸。民間の運営たるオークションを破壊できるわけもなく、また、大陸の格の核に対して、その認識は、他の大陸の元首たちと比べると、いささか冷淡なものだったかもしれない。
大陸の格の核を求めるとき、そこには、己が大陸をクローズドネットワークにするという野望や大陸ネットワークのマスターキーを手に入れる夢を見るものだが、羅王の大陸にて、今、覇を争う三者は、それよりも、羅王の力を手に入れるという重大事項があるために、大陸の格の核は、エネルギーの利用用途くらいしか、価値がないものだったのだ。
当然、羅王の大陸の格のその力を跳躍させる可能性もそこにはあるのだが、羅王の力を得さえすれば、そんなものいくらでも手に入るというか、そもそも必要なのか? という話である。
それよりも、厄介な問題を運んできたものだというのが、本音だった。
なぜならば、羅王の大陸は、全大陸の格から大陸ネットワークにて、監視されているも同然の状態であったからだ。
けれども、エネルギーの利用用途一つを取っても、それは、莫大な価値を生む要素があったため、敵に渡しておくのは、いささか分が悪いという話だった。
だから、程度は下がるが、それを敵より奪い取るというのは、軍事における重要な案件であった。
しかし、羅王の力を1/3でもその身に宿す彼らにとっては、その格の核がいかなるテクノロジーをもたらそうとも、我が身の危機には及ばぬという、そんな思いもあったから、この話は、重要であるが、緊急ではないという類に分類される話だった。
そして、その依頼にうってつけの人物が劉備の前に現れたのである。
部下を失うのは、惜しいが、見ず知らずのこの男ならば、いいだろう。
包み隠さずその本音をさらせば、このようなものである。
闘神と仁宗徳が劉備の面会。それは、両者、不快を隠さぬ面会だった。
「ATMだ」
神が、劉備に求めた雇用の条件。それは最悪だった。
軍に属するその対価として、いつ何時でも、劉備の軍が彼の財布となるように求めたのだった。
「俺は財布を持ち歩きたくねえ。そして、一銭も持っちゃいねえ。だから、あんたらに期待する対価ってのは、ATMだ。しかしね、ずいぶん調子のいいことを言ってるのも重々承知だよ。だからそれくらいの仕事はこなすつもりだ。けれども、拒否権はいつもこちらにある。加えて、軍紀には従わねえ。自由にやらせてもらう」
劉備の軍。その気質を一言で述べるならば、「規律」である。
興味本位で覗いてみた事務所から、ここまで来てしまったその流れ。
闘神は、劉備と相対した時、少し後悔したものである。
「こいつとは合わねえな」
その思いが真っ先に浮かんだ闘神であった。
それは、劉備の人格を嫌い、否定するといったものではなかった。
友にはなれるが、上司としては最悪。
という具合である。
また、例え、対等な関係だったとしても、こちらがあちらを嫌うよりも先にあちらがこちらを嫌う方が早いだろうと、そんな関係となってしまうことは、目に見えたもので、そして、実際そうなったものだったから、闘神は、もはや、自ら解雇されにいく態度をとっていた。
まあ、働く気などないといえば、話は早いのだが、ただ、
この軍には、就職する気などない。と、真っ先に、そう言わなかったのは、ここまでの迎いの為に用意された人手と労力を軽視したくなかったという思いがあったからである。
訓練用のダンジョンからここに至るまで、最高位の待遇で、連れてこられたからには、気に入らないの一言で、席を立つのは彼の価値観に反するものだったのだ。
しかし、雇われる気もなかった。
であれば、という訳で、闘神は、かしこまりもせず、自らの要望を率直に伝えたのだった。
いや、そもそもだが、彼は、今後も、かしこまろうとしないだろう。
かつて地球でお世話になった人たちと再開できたならば、その最大の礼儀を尽くすだろうが、この世界での彼の立場は、地球とは、全く異なるのだ。
それは、彼が己に定めたルールの一つだった。
言葉使い一つを取っても、この力がある上で、平時、かしこまるというならば、それは、彼にとって、詐欺に値する、気持ち悪い行為であった。
その歪んだ感情を抱えたまま生きるわけにはいかないのだ。
そして、彼は、己の力を隠し立てするつもりもなかったから、もし、お前は何者だと、誰かに問われれば、それに対し、包み隠さず答えるものだった。
まあ、信じる者は、少ないが。
実際、星読みの国を訪れた時、その質問を受けた闘神は、自身が神であると答えたのだったが、その言葉は、彼らに、この男は、神を目指している者なのだ。という誤った理解を与えただけである。
小人の国の住人は素直に信じたが。
もし、これが、ただの絶対強者だったのならば、話は違うだろう。しかし、闘神は、この世界に来て、もう十分な程に神という存在の大きさを理解していた。
それは、一般的な力の上下関係とは、全く異なる話なのだ。
驕り高ぶったからそうなったのではなく、これは、彼にとって神としての姿勢であった。
良く言えば、何者にも、一線はしかない。誰であっても、常に対等な姿勢。
そして、この態度がとれる者だったから、彼は闘神となれたともいえる。
加えて、ロイヤル所持者というこの一点がもたらした過去の災害に対し、その被害を受けた地域の人々にへりくだる態度をとるというのは、彼にとって、胸糞が悪いというものだった。
罵声を浴びるのならば、それに見合った態度をとるべきで、その態度というのが、彼にとっては、許しを求めないという態度だった。
もし、許しを求める態度を取れば、それは彼にとって、嘘であり、嫌らしい演技となってしまうからである。
また、こういった神としての態度のいかんを考えた時、いつも、彼の中に浮かぶ不安があった。
それは、上位者の有無である。
ただ、この不安の解決はとてもシンプルなものだった。
この世界には、上位者たる存在はいない。ということを決め打ちしてしまうという解決方法である。
これも、彼が己に定めたルールの一つであった。
こういった存在がいた場合、彼の神としての姿勢といった話の全ては、一気に馬鹿らしいものと化してしまう。
例えば、もし、そんな存在が、彼の力を取り上げるというのならば、実に哀れなことになる。
だから、その哀れに陥らないために、その時は「それまでの事だったのだ」と、彼は諦めるつもりである。
これは、彼の尊厳を守る砦であった。
初めから、上位者なる存在が彼の目の前に現れたのならば、話はまた変わっていたことだろう。しかし、今やもう遅いのだ。
いまさら、力を奪われぬ為に、懇願し、へりくだる。そんな愚かさを見せる彼じゃない。
これまでの全てが恥となってしまわぬ為に、不条理に沈んでやるというのが彼の精神だった。
そして、この精神があった上で、上位者たる存在はいないという決め打ちを彼はするのである。
不安の根源そのものを一切消滅させてしまうのだ。
だから、ごくたまに、上位者がいるという考えが彼の頭に巡ったその時は、この一連の作業をして、不安をやり過ごす彼であった。
これは、彼が世界の中心にたどり着き、そんな存在はいない。という実感を得るまで続く話であり、また、そのような不条理は決して起こらない。
加えて、ひとつ、彼の思考の核となっているものを述べておく。
彼にとっての優先事項は現在である。
未来ではない。
これは、未来を向いて生きるのではなく、過去を向いて生きるという哲学を採用した形である。
永久に生きる身として、その哲学は必要だろうというのが、闘神の中にあった。
彼にとっての生きる糧、それは、今、そして、過去の思い出である。
未来に対しては、未知と遭遇する楽しみを想うだけに注力し、余計な事を考えない。それは、不安にしても、希望にしてもである。
ただ、希望のために前を向かざる負えない者もいる。
目の前の劉備もその一人であり、彼は、未来を向いて生きる男の一人だった。
劉備の性格を端的に述べるのならば、
「劉備が闘神と同じ立場であったならば、彼は、闘神とは相反する態度をとる」
といえる。
罪があれば、己の罪と向かい合い。その為に、真摯にへりくだり、社会をより良くする為に、己の力をいかんなく他が為に使う事だろう。
例え、罪がなくとも、己には、何らかの責務がある。その責務を未だ果たしていない我は、罪人であると、己をむち打ち、活力を得る。
逆に大罪を抱えているのならば、その罪の大きさの分だけ、尋常ならざる責務を果たさねばならぬのだと思い悩む。
そして、その精神は、常に利他の方向を向くものであったから、彼の人気は高かった。
彼は、そんな人間である。
どの生き方が正解だというものはない。が、ただ相性というものはある。
二人の相性。それは最悪だった。
それは、両者の態度や、雰囲気からでも分かるところだったが、劉備は、この事について、聞かざる負えなかった。
それをもって、目の前の男を測ろうとしたのである。
「お前は、その力を何が為に使う」
闘神の答えは、簡単だった。
「知らん」
両者の会談はここで決裂してもおかしくはなかったが、そうはならなかった。
闘神の、その答えに対し、劉備の心に、ある種、教育者に似た人格が現れたからである。
意義や使命というものが人生に芽生える美しさ。きっと彼もその美しさに共感するはずだというような思いが、劉備に生じた形で、
闘神の答えが、我欲のそれでなかったことが、劉備に喜びをもたらしていたのだった。
「そうか、知らんか。しかし、お前は、目の前でむごい目にあう者を救わない訳にはいかぬだろ?」
「もちろん」
闘神のその答えは、彼と心が通ったと、劉備にそう思わせるに十分なものだった。
弱者救済の心があるならば、彼は、私の仲間である。
今、劉備のその心は先ほどまでとは打って変わって、彼に期待を抱こうとしていた。
そして、次の劉備の言葉は、目の前の男が、自分と似た正義を抱えているという前提のもと、勝負に出た、そんな際どい賭けの言葉だった。
「その精神があるならば、話は早い。その先に描く理想というものを、お前もかつて想ったに違いない。そして、力を持つお前だ。現実にある多少の障害など簡単に片づけてしまえたことだろう。つまり、純粋な理想を抱くに足るだけの力があったんだ。しかし、いったいどこで、お前は考えるのをやめたんだ。何があった。何故、知らんと言ってしまう。どこでその理想を諦めた。願いを叶えるだけの力をその手にして、まさかこれまで理想の一つも考えなかった訳もないだろう。もし、これまでその理想の為に、苦労したのなら、その苦労を私も肩代わりしよう。そして、我らには、羅王の大陸があるのだ。羅王の大陸が復活すれば、不幸はなくなる。つまり、弱きを救うお前の心は復活するに足るのだ。大志を抱くに足るだけの運命がここにあるのだ。諦めた過去があったのかも知れぬが、もう一度、そして今度は私と共に、道を歩んではくれないだろうか」
劉備の「諦めた」という言葉に、わずかに反応した闘神の態度を見て、やはり、この男は、力ある優しき者に共通する悩みを抱えた者の一人なのだと、不幸を見過ごせぬが、不幸をよしとする世界に諦めた者なのだと、その思いを強める劉備であった。
加えて、目の前の男には、生きる活力というものが満ちている。つまり、不幸がために陥った無気力なるものの影というものがなかったから、劉備には、この男がこちら側に来る道理はあるのだという、確信めいた想いがあった。
彼に足らぬのは、後は、理想を叶えるための環境だという訳である。
そして、そういった想いは当たらずも、遠からずではあったから、ある意味で、劉備は賭けに勝っていた。
相性の合わぬ両者だったが、互いの価値観のどこが通じているのか、それを、分かり合うことはできていたのであった。
しかし、闘神は劉備の仲間とはならなかった。
「そうだな、諦めたというより、飽きたんだ」
飽きた。という言葉をよくよく考えてみれば、それは、劉備にとっては人生の意義を放棄する意味の言葉であり、つまるところ、彼の価値観では、闘神のその言葉は、人生の推進力を失うに等しい意味であったのだったが、闘神が、胸元からロイヤルを取り出したので、それに注目したために、直ぐにはその考えに至らなかった。
たばこを取り出し、闘神は、劉備のその目の前でそれをふかす。
断りの一言もなかった。
しかし、劉備はそれを許した。
そのたばこがロイヤルのそれだったがために、劉備には、もしやこの男は、ロイヤルに対し、一定のあこがれを持つ者なのではなかろうか? その態度は不良だが、改心しがいのあるものなのではないか? 飽きたという、先の言葉も、飽きぬ世界をこちらが見せることを期待した、彼の挑発の言葉なのではないだろうか?
という楽観的な、つまり、この男には、可愛いらしいところがあるのではないか、とわずかに劉備は思ってしまった、
そして、そんな事を思ってしまったからこそ、闘神の次の言葉は、全く、想定外だったし、脈絡もなかった。
「これはロイヤルだがレプリカではない。本物だ。そして俺はこれを全て回収する為にここへ来たんだ。つまり、そう言うことだ」
ものの数秒。
劉備が全てを理解するのは早かった。
「あぁ、こいつは、生きる世界が異なる」
それまでわずかにでも宿った、彼への期待が全く無意味なものであったと分かってしまったものだったから、怒りが湧くのは早かった。
それは、一方的な怒りというもので、闘神は劉備を一度も裏切ってなどいなかったのだったが、劉備にとって、それは裏切りに近かった。
加えて、彼の狙いが心臓のロイヤルであることは、ある意味で、いや、それは明確な意味で、両者が敵対関係にあることを明かしてしまうものだった。
衝撃波が飛ぶ。
それは、劉備が闘神に放った攻撃だった。
脅しである。
その衝撃波は闘神の体を包み込むようなもので、圧をかけてゆくかのような攻撃であった。
しかし、一切の危害はない。
羅王のルールが働いているためである。
軍服を着ていない闘神は、民に分類されるため、攻撃が通らないのであった。
それは、この一帯の大陸にやって来た、いかなる部外者に対しても共通で適用されるルールである。
それを分かっての劉備の脅しであった。
そして、その脅しにしても、もし、その脅しが精神的なダメージをもたらすものならば、そもそも、その攻撃は見えず、察知できないものとなるのが、羅王のルールであったから、その脅しは闘神に対し、成立しない可能性もあった。
がしかし、それは成立した。
つまり、劉備は、闘神に対して、その力を見せつけることに成功したのである。
攻撃は終わらない。
衝撃波の圧が一段と強くなってゆく。
それは、闘神の体を包み込む、断続的な衝撃波で、1秒おきにやって来る波だった。
そして、その威力のギアはその度に一段、また一段と高まってゆくものだった。
ジリジリとした戦いである。
ただ、その威力は、その圧に包まれた者が、例え絶対強者の地位に君臨していようとも、即座にその身が崩壊してしまう、そんな次元を、とうに超えていた。
しかし、羅王のルールがその身を守るものだから、攻撃が効くことはないのである。
だから、今、その勝負は、どこまでこの男の精神が持つかというものに変化していた。
それは、不思議な感覚である。
攻撃を受ける者は、一切のダメージを受けない。しかし、その攻撃がいかほどのダメージを己に与えるものなのか、それが手に取るように分かる。
そんな感覚を与えるのが、羅王のルールであった。
例えば、全力で顔面を殴られた時、それは痛くないのだが、どれほどの痛みを伴うものなのか、それが分かるという具合である。
そして、その想像の痛み対して、恐怖を感じてしまうのであれば、羅王のルールが、その者の精神を守る為に、そのパンチを繰り出す者の姿と、攻撃を消してしまう。
いうなれば、年齢制限を超える描写があった時、すかさず、画面がお花畑に切り替わるようなものである。
そして、今、劉備が断続的に加え続けている攻撃は、とうに画面がお花畑の映像になっていてもおかしくはない程の恐怖をもたらす、そんな威力であったのだが、闘神は、一向に動じることなく、逆に、楽しんでいたものだった。
これには、劉備も、驚き、それまでとは異なる意味で、この男を少し、見直すのだったが、ただ、一つ。訂正するべき点がある。
それは、闘神と羅王のルールの関係についてである。
先の言葉をひっくり返してしまう形になるが、実のところ、今、闘神に対して、羅王のルールは一切、働いていない。
つまり、闘神は羅王のルールには守られていないのだった。
神は、大陸のルールに縛られないのと同時に、大陸のルールの世話にはならない。
神は、それとは独立する。
つまり、この場合だが、劉備の攻撃は、単に、闘神には響いていなかった、それだけのことである。
そして、それは、まるで闘神が羅王のルールに守られているかのように見えるものだったから、劉備が闘神のその平然とした立ち振る舞いの、その実際の意味を理解するのは、無理な話であった。
きりがない。
劉備はそう思い。攻撃をやめた。
長く断続的に続く衝撃波の攻撃は、地味なもので、そして、時間を食ったから、劉備のその頭を冷静にさせたのであった。
劉備に宿る羅王の力は1/3である。
そして、その一連の攻撃は、劉備が出した全力ではなかったが、しかし、闘神が羅王の力の異常さを理解するのには、それで十分であった。
それは異様な強さだった。
「羅王の力は大陸を超える」
これが、闘神に湧いた実感である。
恐らくだが、かつての羅王の力が復活したそのときは、その力、大陸の格を優に超越してしまうことだろう。
つまり、羅王林はそもそも大陸のルールなどに縛られぬ存在だったのだという実感である。
ただ、1/3に分かれたその力では大陸の格は超越できないということも同時に分かるものだった。
そして、それらは事実だった。
きっちり3つに分かれた羅王の力は、それぞれ単独で、凄まじい力を持つが、その力がすべてそろった時、その本来の姿はまた違うものである。
その詳細は今は述べないが、劉備に宿るその力の種類だけ、今ここで述べておこう。
劉備の力。
それは、攻守という概念でくくれば、その力、「守」の力である。
両者の会談、それはどんな瞬間であっても、危うさをはらんだものであったが、しかし、その会談は決裂することはなかった。
両者の間には、暗黙の内に交わされた合意のような、何らかの信頼に近しいものがあったといえる。そして、それは、両者に、ある種の心地よさをもたらしていて、それは、敵対的な心情を相手に抱こうとも両立するものであった。
豪快に劉備が笑う。
それは、目の前の男が、劉備の攻撃に耐えたことに対する称賛であった。
もし、劉備が闘神の横にいたのなら、その肩をバシバシと、劉備の剛腕が叩いていたことであろう。
しかし、劉備と闘神のその距離は、離れていた。
そして、この距離が縮まることは、以降もない。
およそ5メートルの距離が両者の間にあり、そして、両者、椅子に座り、向かい合う形での会談。
その会談が行われた部屋の天井は高く、そして、二人だけの空間にしては、寂しさが感じられるほどには広い、その部屋だったものだから、劉備のその豪快な笑い声が豪快であるためには、この部屋を支配せんとばかりにうるさいものでなければならなかった。
「鈴に力を渡せばいい」
ふと、闘神がつぶやく。
それは、理想を描く劉備に対し、その力を元の持ち主に返せば、それと同時に劉備の理想も達成されるだろうという、闘神のいたずらな仕返しの言葉だった。
鈴と劉備は同盟のような関係であり、目指すところは、だいたい同じである。
そして、闘神は、その事について、おおむね把握していたのだった。
完全言語理解のスキルから読み取ったものである。
故に、劉備が、鈴にその力を返還すれば、つまり、劉備が己自身で吐いた理想の為に、己が犠牲となれば、理想は達成されるではないかという話である。
また、その力を返さずとも、劉備が鈴に下に下るのであれば、強者の多数決原理で、鈴が羅王の大陸の元首となる、その事もできたから、劉備が理想を声高に主張するのであれば、その実現は、今にもできてしまうものであった。
そして、かつての、失った大陸たちを理想の為に取り戻す旅に出られるのだ。
これは、劉備を幾度も悩ませた思考であった。
だから、それに対する答えは、劉備の中に既にあった。
「それはだめだ。この大陸のルールは、真の理想の実現に対し、ある欠陥を抱えている。つまり、軍人同士の殺傷を許しているところだ。私は、そこが許せない。ルールに不殺の一か条を加えるというのが私の仕事だ。例え、それで大陸の格の力が落ちたところで、羅王の力が全てを補うそのはずだ。それに例えば、さらにルールを加え、大陸の元首だけが、犠牲の可能性を抱えるというルールを追加すれば、格の力が落ちるその帳尻はとれるはずだ。私は、軍人同士の殺傷がもたらす不幸すら無くしたい。本人が、その死をよしとしても、周りがかわいそうだ。残された家族はどうなる。そして、鈴は、その一か条を加えるのをよしとしない。私は、彼女のそこが理解できない」
劉備の理想。それが実現した時、大陸の格がいかほどまで、その力を落とすかは、未知数である。
大陸のルールによる抑圧が大きければ大きい程、格の力は落ちる。
しかし、元首がまた抑圧されるルールであれば、格の力の下落は抑えることもできるのだが、だから、問題はないかというと、それは見えない話だった。
また、たとえ、大陸の勝負で負けたとしても、その後、大陸の元首勢力と、元首の座をかけて、争うことができるのだから、早い話、それをすればいいだけの話で、羅王の力をもってすれば、その勝負で負けるはずがないという確信が劉備にはあったから、問題はないという話だった。
しかし、一度負けた大陸の格は、それまで積み上げて来たものの一切を失うものである。
つまり、羅王の大陸が一度でも破れてしまえば、羅王の精神といえるその運営の能力は初期状態になってしまい、格のその力も、以前のものではなくなってしまう。
たとえば、羅王がそれを許すのならば、それは許されるといった運営や、羅王が面白いと思えば、大陸のルールは緩和されるといった、ルールには記されない不文律の運営が消滅しまうのだ。
故に、劉備の挑戦は、危険なものであるといえた。
しかし、この果てなき世界で、大陸の格と巡りあう運命の元に生まれた、つまり、ひとりの理想家にとって、その理想を叶える手立てが目の前に存在するというのに、その主役の座、それを諦めろというのは、酷な話ではなかろうか。
筋を通すのであれば、諦めろと、そう謗られてもしょうがない話ではあるが、しかし、そういった類の話の場合、諦めを得るために訪れるべき、事件なり、出来事なりといった、いうなれば、何らかの運命なるものと、直面する必要が、えてしてあるもので、しかし、この1万5000の歳月の中で、そのようなことを、もたらすきっかけ、または、蓄積されすぎた虚ろなる時間、それへの降伏。はたまた、人生の転向、といったものとは彼は巡り合えていないものだった。
ただ、劉備が闘神に語った鈴に下らぬその理由は、いささか、用意された整った言葉と言えた。
それは、彼がその人生の中で幾度も推敲したであろう言葉なのだろうと、闘神に思わせるものだった。
劉備の言葉は、素直な本音だったというよりかは、それを強く意識しなければ保たれぬ精神が劉備の中にあり、言ってしまえばそれは、劉備の心の弱さが為に生まれた内心の運動。
つまり、鈴に下らぬその理由。それを明確な論理として立ち上げて、かつ強く思わなければ、劉備は己の理想が為に己を殺されなければならないという事態に陥ってしまうそのことが彼自身、もう分かっていて、それが己の弱さだと、それを理解していることを思わせる、彼の強さがみえるような言葉だった。
要するに、その弱さを劉備が思うたびに、もう諦めてもいいのではなかろうか。と、そうふと思えるきっかけを、もたらしてくれるものと、彼は既に巡り合っているようなものだった。
だから、後、ほんのちょっとのきっかけさえあれば、諦めることもできたのかも知れない話だったのだ。
しかし、劉備は強すぎた。前を向くその才が強すぎた。そして、そうでなければ自己を保てぬ人生を生きて来た人間だった。
加えて、闘神にとって何よりも重要だったのは、鈴が羅王林の生まれ変わりであることを、劉備がしっかりと理解しているという事実であった。
なかでも、(完全言語理解よりもたらされた)生まれ変わった彼女が、羅王林であった当時の記憶を失っているという情報は、闘神にとって、とても重要だった。
恐らくそれが、劉備が鈴の下につかぬ理由の核だと感じたからである。
ちなみにだが、完全言語理解がもたらす情報の読み取りは、数世代に渡って積み重ねられた、ある一定以上の範囲に共有される情報に対して効果的に発揮されるものである。
(ここでいう数世代のその範囲はだいたい500年である。加えて述べるが、浅い歴史であればあるほど、その解析の為に必要となる情報の量は増えてゆく。もし、直近の事象を解析するとなれば、それは、普通に調べものをして、情報を得る作業と何ら変わりはなくなる。また、個人の内心が、詳らかに共有されることはないが故に、闘神が劉備のその心の全てをスキルにより把握するというのは不可能であり、つまりは、劉備が鈴に下らぬその理由を想う心は、全て闘神の推測でしかない)
そして、その会談の終わり、闘神の突きつけた乱暴な要求(ATMになれといった雇用条件)に対し、劉備が突きつけ返した条件が、かの鉱石の奪取の指令であった。
その過大な要求をのんでもいいが、であれば、それなりの価値を示せという訳である。
ただ、闘神にしても、その雇用を心から望んでいるわけでもなかったから、その指令を了解する必要などはそもそもどこにもなかったのだったが、それを引き受けることにした闘神だった。
そこに明確な理由などはない。ただ、両者の間に築かれた、暗黙の了解というやつがあっただけである。
いうなれば、それは建て前というやつの仕業で、両者は常に、「求人者」たる劉備と、「求職者」たる闘神、という役割を演じあう合意が、信頼が、形成されているようなものだった。
故に、その本音が何処にあろうとも、力ある者を求める劉備と、職を求める闘神の、その関係を崩すというというのは、両者にとっては、気持ちが悪いもので、それも、互いの本音というところが目に見えて分かっていたものだから、「お前のことが気にくわない」という一言で終わるような早い話であったこの会談も、それを先に切り出してしまった方が負け、つまり、メンツを崩した方の負けであるという感覚が、両者にあったから、かの鉱石の奪取の指令も、了解されてしかるべき話であったのだった。
ただ、劉備の落ち度は、まさか、その指令が達成されると思わなかったことである。
その闘神も、数日前に手放したかの鉱石の、その意味と、価値を理解し、驚いたのだったが、あの老婆は、今やとんでもない金持ちか~。と、場にそぐわぬことを思うだけだった。
そして、議題は、指令にまつわる具体的な事項の確認へと続いていこうとしたのだったが、しかし、それは、たちまちの内に終わってしまった。
鉱石を奪取するという指令。そして、空間に投影された、かの鉱石の映像。それだけで十分だったからである。
つまり、それ以上の情報、並びに、打ち合わせといったものを闘神が必要としなかったのだった。
例えば、これは軍令であるからと、その為に必要となる軍服の用意の話も、闘神は断ったのだった。
というより、劉備がその事項について、まず話そうとしたそのときには、軍服をまとっていた闘神であった。
タキシード君の仕業である。ただ、タキシード君の仕業であるから、事は、少々こじれた。
タキシード君が変化したその軍服だったのだが、それは、目の前の劉備がまとうその軍服をお手本にしたもので、それもタキシード君の意地のような何かで、それは、劉備が来ているものよりも立派なもの。つまるところ軍のトップが着るものよりも、階級が上であることを示したかのような出来だったのである。
そして、もちろんそれは劉備の神経を刺激するものだった。
時刻は、19時。
夜だが、曇りのその空は、街の光を反射して、鈍く輝いている。
今、闘神は、高層ビルと、相対していた。
それは、とある湖に浮かぶ小島に建てられたビルで、つまり、周囲に他の建物などはなく、その高層ビルだけがでかでかと、ただ突っ立ているような形であった。
それに対し、闘神は、その小島へと続く橋のその手前にて、ビルと向かい合う、そんな具合だった。
そこに、目的の鉱石が、そして、それは厳重に守られているのである。
故に、もちろんその橋にも、目に見える形で、厳重な警戒体制なるものが敷かれているのだが、闘神を睨む者はいない。
なんだこいつは? と注目する者はいるにはいるが。
今の闘神の、その格好が、飲食店のデリバリーサービスお兄さんの格好だったからである。
「空飛ぶチキン店」
その背中のロゴは、ここらで有名なフランチャイズ店のものである。
なぜ、こんなことになったのか。それには、少々、時を遡る必要がある。
それは、劉備との会談を終えた後のことである。
とある会議が開かれていた。
☆第三回! 次こそ成功させるぞ! 怪盗行為! ☆
の会である。
星読みの国、そして、小人の国にて立て続けに失敗し、恥をかいたあの怪盗ごっこの無念を晴らす時が来たと、盛り上がっていたのである。
それは、主にタキシード君とスマホ君の盛り上りであったが、その主人もちょっとここらで挽回というか、その為のやる気というものがあったし、加えて、「くだらな」とそれを跳ねのけていたジッポーちゃんも、主人が案外楽しんでいるようであったから、彼女も彼女で、しれっと、その盛り上りに参加しているのだった。
闘神と、そして、単独で宙に浮くタキシード君の上着。並びに、スマホ君と、主人のシャツの胸ポケットから、ひょっこり顔を出すジッポーちゃんの四者にて行われたその会議。
ただ、その結論というのは、はすぐに出た。
つまり、怪盗行為のその手口をいかに鮮やかなるものにするか、という話である。
そしてその案というのは、皆の中に共通で浮かんでいたものであったから、直ぐに結論が出たのである。
それは、羅王の大陸のルールの穴をついてやろうというものである。
軍は、民に対して、攻撃しても意味がない。
そして、民は、軍事行為を行えない。行おうとすると、体が固まる。
その民と軍を明確に分けるもの。それは服装である。
つまり、民間人を装った服装で、侵入すれば、というより、もはや堂々と入っても、誰も、それを軍事行為などだとは思わないのではないか? というこの大陸の常識を逆手に取った手口という訳である。
これは、劉備が闘神に対して攻撃した出来事がもたらした、ひらめきであった。
そうと決まれば、話は早かった。
早速準備に取り掛かるタキシードとスマホ君。
彼らは、協力して、予告状なるものを作成。
「本日19時に、そなたの大陸の格の核を頂戴に参る。しかと警戒されたし」
その予告状だが、それはタキシード君が生み出した素材で出来ている。
服を編み出すその延長線で、そのようなことが出来るようになっていた彼であった。
そして、その数は一通どころの騒ぎじゃあない。
同じ文面の予告状、それが何万通も、生産されている騒ぎだった。
そしてそれを関係各所に送る、スマホ君。
それは、タキシード君のその能力にて、出来上がった予告状を、そのそばから、発送してゆく形である。
簡易的な転送にて、一瞬の内に予告状の束が、次から次へとワープしてゆく。
今や、この一帯の大陸に張り巡らされたインターネットの全てに、アクセスできるスマホ君からすれば、どこにどう発送すればいいかなど、なんら難しい話ではなかった。
ハッキングや、データの改ざんなんて自由自在、おちゃのこさいさいのスマホ君である。
ちなみに、その予告状に、ジッポーちゃんが、ご主人印の焼き印をぺたん、ぺたんと、高速で入れている。
それは、ピース・ロイヤルのロゴのそれであるのだが、ただ、鳥の図柄だけ、なぜか、アホずらだった。
まあ、それは、いいだろう。
ただ、今回の怪盗行為だが、盗むものは、鉱石だけである。
それ以外の、例えば、金銀財宝などは、今回、怪盗行為の対象ではない。
それは、過去の失敗からくる謙虚な姿勢でもあるが、今回のこれが、お遊びというよりかは、仕事の依頼だったものだから、その訳で余計なことはしない、というメリハリからくる彼らの決断だった。
また、それをべつの切り口で述べれば、その盗みは彼らにとって大したものではなかったから、他のものを盗むのは、やりすぎ。つまり、他のものも同時に盗んでしまえば、目的の鉱石の相対的価値が曇ってしまうという訳だった。
もし、万が一、盗んだものの中に、鉱石より価値が高いものがあったその時には、一体どうして鉱石なんて盗んだんだ? となんだかやりきれないような感覚になってしまう。それに似た、モヤモヤがそこにはあるものだったから、他のものは盗まないという判断をした彼らであった。
逆にロイヤルを盗むというのは、彼らにとって重すぎる盗みなので、他にいろいろ盗んだ上で「これだけ頂くよ、他はやっぱり要らないから、返す」という体を取らないと、カッコよさより、遮二無二、我武者羅さが勝ってしまうというものだったから、それはそれで、怪盗の恥となるのだ! というのが彼らの主張だった。
『怪盗とは、終始、カッコイイ存在なのだ』
紳士。それは、行為に生ずるカッコよさである。
これが、タキシード君とスマホ君があこがれるところだった。
だから、怪盗行為のルールのひとつ。「目的にはない、金銀財宝の怪盗」は此度は行わないというのが、彼らの今回の約束事、取捨選択の美学だった。
ちなみにだが、彼らのこの怪盗ルールのややこしさは、(つまり、予告状を送らなければならなかったり、最後には怪盗手口の種明かしの場を設けなければならなかったりである)スマホ君がタキシード君と共に、タキシード君のポケットの内側、そのちょっとした異空間にて鑑賞した怪盗ものの作品たち。それに憧れて、それを再現したいという幼心からくるものである。
もちろんジッポーちゃんも、こっそりと、それを鑑賞しているのだが、まあ、彼らの関係というのは、豊かである。
「デリバリー空飛ぶチキンです」
橋の入り口。
その守衛センターの受付口にて、ある男が、今、訪問したところだった。
現在、その場所は、超厳重警戒態勢である。
スマホ君たちがやりすぎてしまったからである。
ありんこ一匹通れない。
警戒範囲は、陸上、空中のみならず、水中、地中のどちらにも、敷かれている、全く抜けのないものだった。
しかし、スマホ君たちのそれは、本当にやりすぎた為に、ただのいたずら、嫌がらせなんじゃないのか? とも思われ、それは、絶妙な具合の警戒態勢でもあった。
けれども、19時の現在。それは、予告の時刻。
現場はいまか、いまかと敵に備え、最大の緊張を迎えていたところだった。
そんな時に、誰がチキンのデリバリーを頼んだんだ!
と、その男に対応した、守衛の心は、もう張り裂けんばかりであった。
しかし、守衛のパソコンで調べると、本当に、そのデリバリーの依頼は頼まれていたものだったから、困り果ててしまう守衛であった。
それも、その届け先というのが、軍の特級情報に指定されていて、守衛のアクセス権限では、知ることのできないものだったから、また、どうしていいか分からぬものだった。
「何階までお届けですか?」
「49階です」
いや、最上階じゃないか!!
というツッコミを抑えた守衛は、仕事のプロだった。
その階に、鉱石があるからだ。
故に怪しすぎ点が満載だったのだったが、いや、もはや、その目の前でお前が犯人だと指差してもいいものだったのであるが、しかし、守衛がどうこうできる話ではなかった。
本当に、チキンのデリバリーの依頼が頼まれているからである。しかも、特級情報を操れる立場にいる誰かの依頼なのだ。
もちろんその全ては、スマホ君がハッキングし、データを改ざんした故の成果。
スマホ君の右に出るハッカーなどはいやしない。
だから、もちろん、デリバリーなど誰も頼んでいないのだった。
しかし、守衛も守衛でプライドがある。
彼は徹頭徹尾、頭のてっぺんから足のつま先まで、その道のプロである。
だからこんな怪しい人物を、やすやす通す訳にはいかないのである。
しかし、今、守衛のその脳内は、猛烈に狂っていた。
軍服を着ていない。
だとしたら、民間人だ。
つまり、お偉方が、本当に頼んだチキンなものかもしれない。
いや、チキンに見せかけ、その実、その箱の中身は、チキンじゃないのでは?
しかし、それが、軍事行為に当たるのであれば、軍服の着用は必須だろう。
だから、箱の中身は、チキンだ!
いや、もしくは、それに類する、軍事に関係のない何か......例えば、誰かのプライベートに関するものか?
であれば、納得できるかもしれない。プライベートの緊急要件。されど、プライバシーの為に、チキンに偽装......いや、考えすぎか?
他に、あるとすれば、この怪盗予告が、敵の心理的な攻撃作戦で、上はもうそれを見抜いている。
故に、我々の緊張をほぐす意図が上にある......
いや、そんな仕事を増やされてたまるか!
否!!!
これは、もしや! 壮大な軍事訓練の可能性がある!
であれば、もしや、今私は守衛のその仕事を軍に試されているのではないか!?
「早くしてくれませんか?」
「はい、しかし、上に確認させてください」
すっと、冷静になった守衛が発した、その言葉はまずかった。
49階に直接確認されたら、終わりだからである。
しかし! ここでばれそうになったその時に、スマホ君の、一撃必殺ハッキング。
守衛が、上司の上司のそのまた上司に意地で取り次ぐ、そんなプロの電話に対し、その電話回線を全て乗っ取り、
(つまりは、守衛が電話で話したその全ての相手というのは、全部、スマホ君の声である。そして、このスマホ君の意地たる成果で、あれ? 俺、もしかしないでも、声でしゃべれるようになった?・・・・・・!!!!! と気付くスマホ君であった)
そして、終に、49階にいる、上司のひとりの声を真似て、スマホ君が、
「私が頼んだ」
それで、難を逃れた闘神たちだった。
もうここまで来たら、通すしかない。
守衛は、全責任をその上司に押し付け、闘神を通してしまうのであった。
ちなみにだが、この電話、録音されていて、スマホ君のハッキングもばれるのであるが、スマホ君が真似した声の主である、49階の上司は、堅物だったため、以後、この件で、部下にいじられる運命である。
あだ名は、チキン野郎である。
また、加えてだが、闘神が、守衛に対して、用いた言語は、この一帯の大陸にて、よく使われる公用語であり、スマホ君たちに、それを数時間練習させられたものだったから、まるでネイティブスピーカーと闘神は化している。
もし、ここで、闘神が、日本語を用いていた場合、それは、この一帯では見られない異端の言語であったから、異邦人だとたちまちの内にばれ、守衛の懐疑心は、強まったことだろう。
そして、この守衛と闘神のやり取りだが、一度ならず、何度も、同じようなことが起こった。
つまり、49階にたどり着くまでに、関所という関所が多く設けられており、その度に、以上のような同じやり取りが行われたのである。
そして、その度に49階の上司は、チキンの被害者になるのだった。
つまり、その後、スマホ君のハッキングがばれたから、49階の上司はチキン野郎となったのではなく、闘神が49階に向かうその道中で、彼は、既にチキン野郎となっていたのである。
まあ、この一連の怪盗行為の流れ、つまり、チキン屋に成りすますその手口がカッコイイかと問われれば、カッコよくはない。
けれどもこの場合、スマホ君たちにとって、面白さというものもまた重要で、その面白さというのは、彼らにとってカッコよさと並ぶ大事なものであったから、これはこれで、彼らは良し良しと、楽しんでいたのだった。
だからもちろん、チキン野郎というあだ名が、部下の間で広まりつつあるこの状況。それは、闘神たちも把握するところであった。
スマホ君より知らされたそのニュースにこらえながら、進む49階への道のりは、とても楽しいものだった。
もし部下たちが、己が任されたその現場の範囲から離れて、直接、チキン野郎に確認できるものだったのならば、チキン野郎は、チキン野郎にならない未来もあったかも知れないが、いや、それでももう手遅れではあった。
そのチキン野郎と相対してしまった時、もう、それは、闘神たちの我慢の限界というもので、
チキンをお届けに参りました。
と言いたかったのだが、最後までその言葉を言い切るのは、無理だった。
チキン野郎のその顔が、あまりにチキンの顔じゃなかったからである。
しかし、なんのことだ? と、いぶかしむチキン野郎に、チキンも、なんにも入っていない、チキンの空箱を渡した、闘神は、すたすたと、49階の開けた空間の、その真ん中に鎮座する、鉱石へと向かっていった。
空気が、一瞬で変わったが、しかし、遅かった。
49階。
その階層を10人の、軍の主要戦力、その一部が守っていたのだったが、彼らがおかしいと思ったその時には、いつの間にか、その男は、鉱石の、その目の前に、立っていた。
その衣服も、デリバリーのものから、怪盗の姿へと、変化している。
そして、
「あばよ」
その言葉を最後に、窓の超強度ガラスがガシャンと割れた。
もう、49階のフロアには男の姿も、鉱石もなかった。
割れた窓ガラスのその先に、グライダーにて優雅に去ってく、ひとりの男の姿があるだけだった。
同時刻。
劉備の軍も、その異常を察知した。
しかし、指令を出した、劉備本人は、まさか、当日の内に、あの男が、それを成し遂げるとは、つゆも思っていなかったものだったから、当惑するのも当然で、信じることが出来ていなかった。
正直、ただ、その指令を聞いただけで、何の作戦も立案せず、単独で、それを行うと言い切った、あの男を心底、見下してしまった。
人として、基本的な何かが、欠けていると思ってしまった、劉備だったから、その衝撃は大きかった。
しかし、どうやら、やってくれたようなのだ。
興奮というものが、劉備に満ちた。
だがしかし、
いったい、どうやったのだ??? となるのは当然で、
あの男が、あの時まとった軍服は、正式なものではなく、いわば、コスプレでしかないものであったから、このような軍事行為など、できるはずもなく、
それに、この一帯の大陸で、認められている軍服は、いま3つしかないが故に、私が関知しない軍服がある訳でもなければ、
例えば、あの男が、そもそも他の軍に所属していたのではないかという仮説を立ててみても、それならば、我が軍にやって来たという行為は、まさしくスパイといった形の軍事行為であるから、あの時、常に軍服をあの男はまとっていなければならない話となる訳で、
また一方で、あの男が、軍服を盗んだという仮説を立ててみたところでも、いや、そんな行為が出来るはずもないと、頭を振り、
(たとえば、それが拾った軍服であっても、その袖を通すことなど、民間人には不可能であり、そして、なんらかの軍に属しているのならば、他軍のそれを着るなど、できない)
唯一、ましに思える話、それは、あの時、あの男は軍服を受け取らなかったが、実は、後に、軍服を受け取りに来た。
という説であったが、しかし、それを確認したところ、そんな出来事は一切なく、また、(それは不可能だが)、我が軍の軍服が盗まれたその形跡もなかったから、厄介なパズルにハマってしまったと思う劉備だった。
また、先の会談を行ったその足で、鈴の軍に所属し、事件を起こしたのだという考えを浮かべもしたのだったが、そんな行為を羅王の運営が許すはずもなく。
つまり、我が軍に対して、正式な離脱の宣言をしなければ、それは今や不可能であるから、その可能性もないのだと、潰し・・・
以下、堂々巡りが続いていった。
つまり、あの男に出した指令は、軍事行為そのものであるから、その理由が為に、全ての仮説が、成り立たない。
そして、例えそれが民間人の行為であったとしても、禁止される軍事行為をいかにして行えようか、という話だった。
羅王ルールの常識のなかでしか、考えられない劉備の思考のそれは、その敵が陥ったドツボと同じものであった。
ただし、その中に、致命的な誤りというものがある。
それは、
「大陸の格の力は、人が超越できるものじゃない」
という思い込みである。
羅王の力が完全復活したその時、その力が、大陸の格のその力を超越するという事実。
それを、劉備は知らなかった。そして、知れなかった。
例えその身に羅王の力を宿していようともだ。
そしてこれは、何人も知らぬ事実であった。
なぜならば、羅王はその事実を誰にも言わなかったし、見せなかったからである。
また、そういった人物が存在するという別の事例も、なかった。
つまり、劉備は、大陸の格の力というものを人が超越できるとは、一切考えてもいなければ、まさか、あの男が、その力を超えるに値する人物であることも、想うことができなかったのである。
ただ、その答え合わせの機会に劉備は、すぐ恵まれた。
その悶々(もんもん)と巡回する終わりなき思考が、来訪者により、打ち切られた。
事件の元凶たる、あの男が、劉備の元にやって来たからである。
その時になって、自身のその悩みの半分が、鉱石をかの者に奪われたまま、逃げられるのではないかという不安だったことに気が付く劉備。
だから、一定のうれしさというのが、劉備の中に今、生まれていたものだった。
それがもたらす、限りないエネルギーの利用用途なるものに想いをはせたからでもあり、そして、大陸の格のその力を、強大なものにする算段がついに立つという知らせでもあったから、己の理想の実現に、一歩、確実に近づいたと、劉備がそう思うのは、早く、そして、歓喜が湧いた。
しかし、残りの半分が、解消されていない。
だから、当然、劉備は、闘神に問いただすのだった。
そして、その答えに満足することはなかった。
「神だから」
どうして、格の核を奪取できたのか、という劉備の問いに、目の前の男が述べた理由はそれだけである。
ちなみにだが、この一帯の大陸にもいまだ、新たなる星読みの誕生は、訪れていない。
その現象は、近年の不可解な出来事の一つとして、皆に認識されるものであったが、まあ、例え、新たな星読みが誕生していたとしても、闘神が述べたその理由を真剣に受け取る劉備ではなかったのは確かなことである。
それは、闘神のその答えに対し、劉備が真っ先に出した仮説。
「羅王のルールには、とんでもない欠陥があるのではないか」
という仮説がためである。
羅王が、
「それは、面白い」
そう思った出来事に対しては、羅王のルールが緩和される。
この不文律の運営がために、目の前のこの男の一連の行為は全て許されたのではないか、という考えである。
そして、それは、劉備にとって、許せぬ考えだった。
その為に起こった、憤り。
それは、何からくる憤りなのか、たちまちの内には分からぬもので、言ってしまえば、統一のない、さまざまな要素が生み出す怒りであったが、その内の一つ。
この目の前の男が、羅王のルールを完璧に使いこなした。
つまり、羅王林のその心を読み切った。いや、その理解者となった。そして、この男に、その心は、もて遊ばれた。
という考えに劉備が至ってしまった時、それは劉備の体を貫き、意味も分からず、なぶるように彼を破壊した。
それはかつて、劉備が、林を慕っていたからであった。
そして、記憶を失ってしまった、今の彼女に対する想いも、また、同じものだった。
だから、もて遊ばれたというその一言は劉備には猛毒だった。
それは妄想も甚だしいところだが、しかし、それが分かっていてもなお、「もて遊ばれた」という言葉は独立して、一人で歩き出してしまうもので、そしてその先を一度でも考えてしまった時、起こる怒りというものは、今の劉備には、度し難かった。
ただ、劉備の想いは、過去も、今も、一方通行なものである。
故に、彼の憤りというのは、正当性すらない。
そして、その本人にしても、それは全て分かっているところだったから、理性を持って対処しなければならないと、いま、劉備は、その一念を、徹底的に潰し、殺し回っている最中だった。
そんな劉備の心を知ってか、知らずか、闘神は、鉱石を投げて渡すのであった。
「これで袂を分かとう。お前のことは好きだが、しかし、共には歩めぬことだろう。お前と笑う、そんな未来も、あるのかも知れないが、しかし、それは、きついだけだ。だから、ここで互いに引くが、互いの為だと、そう信じて、今、別れよう。それじゃあな、仁」
と言い。その手で、スッと、別れの合図。
仁宗徳が劉備を一人残して、去ってゆく闘神であった。
夜の街。
風が強く吹く。
曇天のその空は、今にも落ちてきそうだったから、今日は、雲の上にて一眠りしようかと思う闘神のその顔に、べたりと、一枚のチラシが風に吹かれて、張り付いた。
なんだお前はと、そのチラシを手に取り、眺めてみると、そこには、
☆初心者ダンジョン! よいこのみんな! ダンジョンに挑・・・ ☆
それは、身分証の携帯がなくとも入れる、お子様向けの訓練ダンジョン。その案内だった。
一日に稼げる上限は1000円だという。




