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闘神ヤニカス戦記  作者: 店や喫茶
ロイヤル編 第二章  ー 序 ー
10/18

 

 方位が狂った。


 具体的には、吸い殻が指し示す、道しるべが、狂った。


 数日前から、右へ左へ、(つい)にはくるくると回り出してしまった。


 それを見つめながら、いくつかの考えを浮かべる。その中で、最も、有力でかつ、望ましい答え。


 それは、この先の大陸に、複数のロイヤルがあるというものである。




 常天連邦を離れてから、およそ、10年。その間、手に入れたロイヤルは3本であった。つまり、今、手元には永久不滅のたばこが5本ある。


 その旅は、常天のそれと比べると、変哲もなかった。


 計、三ヶ国を回り、それぞれが保有するロイヤルを頂いた。


 初めの一カ国は、至って普通の覇権国家である。周囲の大陸にその勢力を伸ばす彼らの頭上から、降り立つ。


 つまり、国家の空、ガラスの天井を破壊して、降り立ったのであった。

 それは、常天連邦の時と同じだ。


 ただ、彼らは、直ぐに下った。


 私の降下地点に待ち構えていた、国家の役人は、私がロイヤルを求めていると知るや否や、たちまち、それを私に差し出した。


 しかし、そこからが、しばし長かった。


 力で敵わないと諦めるや否や、彼らは、何かに事つけて、私をもてなした。


 面従腹背。

 私を懐柔(かいじゅう)するチャンス。いや、もっと、欲深い意図が見えた。いうなれば、私を手に入れるチャンスを伺っていた。

 そして、手に入らぬのならば、殺してしまえという気迫も感じたが、彼らもそこまで馬鹿ではなかったようだった。

 いや、度胸がなかったのだろう。


 滞在期間。それはわずか5日である。


 その間、唯一役に立ったことと言えば、この世界のたばこを知ることができたことだった。


 やはり、ロイヤルをたちまち差し出した彼らにしても、それは重要な遺物であったようで、それが惜しかったのだろう。

 これらが、ロイヤルの代わりにならないだろうか?と言わんばかりに、この世界のたばこを下から上まで、品質そろえて出してきたのだが、それで分かった。


 この世界のたばこは実にマズい。


 これは、そのたばこが悪いのではない。私と合わないのだ。


 恐ろしく口に合わない。まるで物が違う。


 (ふく)まれた成分のせいなのか、中には、体力回復用のたばこやら、ドーピングの為のたばこやら、他にも摩訶不思議な力に満ちた、たばこも多々あった。

 というか、それがこの世界の一般的な、たばこの認識であったようだった。


 まあ、純粋な嗜好品(しこうひん)としてのたばこも、葉巻もあったのだが、それらすべてが、なぜか、私には合わなかった。


 ただ、まずかった。


 その煙を()ぐ程度なら、つまり副流(ふくりゅう)(えん)として、空気に滞留(たいりゅう)したその煙ならば、まだ、いい香りだと思えるものもあったのだが、そこまでである。


 吸ってみると、たちまち、違うな。となってしまう。


 変な形のたばこ? もあったが、全てダメだ。


 恐らくその中には、麻薬、覚せい剤のそれと思わしき薬物もあったのだろうが、ただ、マズいだけであった。

 まあ、それが薬物ではなく、この世界独特の嗜好品(しこうひん)である可能性もあるが、そこまで、深くは問わなかった。


 試しに、お前も吸ってみるか? とお偉いさんに勧めてみたところ、顔が引きつっていたので、かわいそうになってしまったのだ。




 二ヶ国目、三ヶ国目に至っては、忍び込み、盗むように、ロイヤルを手に入れた。


 ただ、結局、そのどちらにしても、怪盗行為は、ばれてしまうのだが、事は大事には至らなかった。


 ちなみに、それは、タキシード君とスマホ君の提案である。


 それを思いついた彼らは、異様に興奮して、もはや、手に負えなかった。


 なさそうな知恵をこねくり回して、一連の怪盗行為を計画する彼ら。

 それがばれたのも、彼らこだわりの怪盗ルールに付き合ったせいでもある。


 予告状はもちろん必須。同時に、手に抱えられるだけの、金銀財宝をしこたま盗まなくてはいけないそうだ。

 加えて、その財宝は、最後に何らかの形で手放すのがマナーだという。


 どうやら、それが、彼らにとっての美学だそうだ。


 余計なことが多いが、怪盗行為とは、己の力量を知らしめる為の行為だそうで、成果として金品を求めるのは、彼らの芸術の心に反するらしい。


 称賛されたいのだろう。その称賛が金品に還元されちゃあ興ざめだ、という彼らの主張だ。


 厳重な警戒網をいかに破るか、そして、いかにばれずに、際どく逃げるか、それが重要で、その鮮やかさが評価基準であった。


 それでもって、最後に、その手口を明かす機会を設けるのが(きも)だそうで、それは、全てが万事完遂された後に、犯行現場に堂々と舞い戻り、その手口を相手の(かしら)に解説するのが、怪盗行為の締めだそうだ。

 ちなみに、その時に、金銀財宝をこれ見よがしに返すのが(おつ)なのだそうだ。




 なんだそれは、と思ったのだが、どうも、彼らには、自分たちが、それをやったのだということを知らしめたい、というか、自慢したいというか、認められたいといった心が、そして、相手の反応を見てみたいという欲求があるようだった。


 くだらないが、付き合ってもいいだろう。これから、長い付き合いになるのだし、仲をこじらせる訳にもいかない。彼らの要望には、なるべく応えてあげよう。


 また、ロイヤルを手に入れる為に、一々、大事(おおごと)を起すのが面倒になっていた闘神だったので、その怪盗行為も一つの手かと思ってしまっていた。


「よほど、大事な物ならば、全力で守ってみろ」


 この(あお)りを()えた予告状が彼のいわば、慈悲(じひ)だった。


 ただ、彼らの目論見というか、お遊びは、あっけなく(つい)えた。




 盗みに入った初めの国。その国家は、非常に珍しい、星読みの国であった。




 元所持品ズらが(くわだ)てた計画など、全て預言で、お見通し。


 また、そういった国というのは、賢人が多く誕生する。

 つまりは、その中に、闘神の力の巨大さを知れる者、身の丈を知る者、または、満ち足りた者が複数いるのはもっともだった。

 それでも、数は少なかったが......




 闘神のその力と、元所持品ズが計画した怪盗手口を見破った彼ら彼女らは、闘神を待ち構え、そして......ひれ伏した。




 予告状を送り付け、忍び込み、ロイヤルと金銀財宝を盗み出した、その先の出口に彼らが、彼女らが、勢ぞろいしていたのである。




 華麗なる怪盗、誕生せず。愚かな泥棒がそこに居た。




 どうぞ、お持ち帰りください。差し上げます。


 闘神のその力に震えながら、言葉を(つむ)ぐ国家の元首にとって、その泥棒の愚かさなど、もはや、どうでもいい話であった。

 しかし、元所持品ズにとって、それは、強烈な(はじ)。深く心に刻まれた恥だった。


「金銀財宝はいらない。ロイヤルだけ頂きに来たのだ」「いえ、全て差し上げます」「いや、それは......」の押し問答がどれほど滑稽(こっけい)だったか。最後には、ロイヤル以外の財宝を捨てるかのように逃げたのだった。




 ただし、その時、星読みの国が闘神に下ったのは、その男を神だと認識したからではない。


 彼らは、闘神の力の巨大さにひれ伏したのであって、まさか、その者が神だとは誰も思っていなかった。


 他の認識。


 それがあったとすれば、それは、国家の機密を読む星読みが、かのロイヤルにあてた預言。


「それが、世界の重大事項を決定することになる」


 という、その預言が為に、この男は我が国家にやってきたのだ、という認識であった。




 ロイヤルの存在を認知する国家に、機密を読む星読みがいるならば、その者たちは大方、この預言を読む。


 ただ、これはついでなのだが、常天連邦には、国家の機密を読む星読みは存在しない。


 様々な理由があるが、周囲に明確な敵性国家がいないというのが、大きな理由の一つである。


 国家の機密を読む星読みは、周辺諸国に備える一つの手として、その星読みが無理をして、国家の格の力と混じり合い、成る格の一つ。


 当然、リスクもあれば、その預言の精度や意味もかなり落ちる。


 敵性国がいなのであれば、わざわざ星読みの力を犠牲にするのは、非常に()しい。そんな具合でもあるし、機密を読む星読みを生み出す条件が敵性国家の存在なので、常天連邦は、機密を読む星読みと、無縁であった。(彼らにとって、周辺諸国はあくまでも同盟国なのだから。いわば、これは縛りである)


 また、常天の周辺諸国が、国家の機密を読む星読みを、独自に抱えていたかどうかであるが、それは不明である。


 彼ら周辺諸国にとって、常天連邦はまさに敵性国家そのもの。密かにその用意をしていても、おかしくはない。


 ただ、常天連邦の国家の格の強力な制御下の中で、それができたかどうかは分からない。そして、常天連邦は、何も、彼らのその内部の特級情報まで、知ることはできないので、その存在の有無は彼らにしても分からなかった。




 ついでに、この世界に神が降りたったことを間接的に告げる、新たなる星読みの誕生についても述べておかねばならないだろう。


 新たな星読みの誕生は、かの星読みの事件を境にして、滅多に起こらないものとなっていた。


 あの事件以来、星読みの格の位が上がってしまったからである。


 ポイントでいうなれば、30Pから60Pまで上昇したようなものであった。


 中堅下位の格が中堅上位にまでランクアップしたのだ。




 故に、いかに星読みの国と言えども、今や、そうやすやすと新たなる星読みを産むことが出来ない。

 それに、その人口も、常天と比べると、天と地と程、少ない。


 だから、目の前の男が神だという認識は持てなかった。彼らの国家に未だ、新たなる星読みが誕生していないからだ。




 彼らが、ひれ伏したのは、ひとえに、彼らの国家の元首が、闘神のその力を真っ先に知れたからである。


 たまたま、空から、やって来たかの者の姿を目にした元首がいたから、無抵抗の道を、されど、一目会う。したたかな一手を打つことが出来たのである。




 ちなみにだが、この10年、闘神の移動というのは、ガラスの天井のその上と、地上とを交互に、行き交う移動であった。


 そして、その地上での移動速度だが、もはや、まったく抑えていなかった。


 己の力が周囲にもたらす被害。それを抑えることのできる神域解凍を常時、展開しながら、移動したからである。


 だから、気分さえよければ、大地の空を()けていた。


 その集中がめんどくさくなれば、ガラスの上で気ままな飛行である。


 なんど、世界の天井が破壊されたことか......


 ただ、その神域解凍も進化している。その神域の広さは、既に、体に張り付くほどに小さく、(たた)み込むことが出来たいた。


 それは、紅の弾丸(だんがん)


 地上からそれを観測する者は、その一瞬の残像を目撃するだけである。


 その色は、よく見ると、紅の一つ上、(むらさき)の力なのだが。つまり、それほど異常な力で、闘神は、この果てなき大地を駆け抜けていた。

 それを、目にできた者は、たまたま、空を見上げていた者くらいである。




 力を使うたびに、その力を理解する。


 神域解凍とは、まさにその成果の一つ。彼が、常天連邦にて、会得した力。


 星読みの館から、ロイヤルの御所まで、2日。その移動の最中、理解した力である。


 あの時、(りき)む体を抑えながら、音速を超えずに、時速1000キロで飛行したその時間。闘神の体から、()れていった金色(こんじき)の粒子たちがそれを教えたのである。


 それまで、なんとなく頭にあった、力の抑え方。その適切なやり方が急速に判明した。そんな2日間の思い出であった。




 星読みの国での怪盗行為が見事に失敗に終わった彼ら元所持品ズだったが、次は、絶対に成功させると息巻いていた。

 故に、三ヶ国目は、慎重に慎重を重ねて、怪盗を遂行するつもりだったのだが、無理だった。


 三ヶ国目が小人の国だったからである。


 小人からすれば、普通の男も巨人族。


 目立つ。


 ちなみに小人たちの平均身長は5センチである。そして、彼らの国は、隠れ里も隠れ里、山奥の奥の奥にある、小さな滝の裏の大洞窟。つまりは、秘境といえる場所にあった。


 しかし、それでも、諦めきれなかった、彼ら元所持品ズは、闘神に怪盗行為を強く求める。


 無理難題だったが、それこそ、試練だ! これを乗り越えて、真の怪盗になるのだ! とわめく彼らに、闘神は嫌々、付き合うしかなかった。




 これには、闘神も大いに後悔。


 過去、「ご主人。堂々とロイヤルを奪うのは、なんか飽きた。ここは、手を変えて、密かにいかない? ああ......いや、でも主人にそれは無理か。できないか......(のう)がなさそうだもんね......」という彼らの(あお)りというか、わざとらしい諦めのボヤキというか、でも主人ならきっと、やってくれるんでしょ? というに(したた)かな眼差しに、しかたなく乗った、乗ってしまった、あの時の自分を殴りたかった。




 そして、その小人たちの国であるが、当然、彼らの建物の規格はまず小さい。


 ドールハウス。それが見事に並ぶ街並み。優れたジオラマの展示。そんな具合だった。




 そして、その当時の状況だが、もはや、その存在は、その初めにばれていた。


 何も知らぬ男が一人、滝をくぐってやって来た。


 その姿は、堂々と、衆目(しゅうもく)(さら)される。気付かない、そんなわけがない。


 その男が、何をしたかというと、一通の怪盗予告の手紙を渡してきたのだ。


 無理があった。


 ただ、それでも挑むのが闘神である。


 その予告状が指し示す時間が来るまで、小人の国家のその上空に鎮座する男。


 その馬鹿を見て、開いた口がふさがらない小人たち。


 そして、時が来る。


 それは、一瞬。


 まるで、手品師かの(ごと)く、ロイヤルが収められていた、ミニチュアの城のその天井をカポリと開け、ロイヤルを奪取。


 その手わざは鮮やかというより、電光石火。


 何人(なんぴと)もその目で追えぬだろう。そんな速度。


 その速度で城からロイヤルを奪い、胸元にしまう。


 しかし、小人たちも馬鹿じゃない。


 ロイヤルが闘神の手に触れた途端。それまで国中に放たれていたその香りが消える。もちろん目の前の男が何かしたのだと、それに気付く。


「「「スラれた!! スラれたのだ!! スリなのだ!!」」」


 この言葉が、元所持品ズらの心をどんなに傷つけたことだろうか。


 彼らにとっての知恵。それを出し合い、手品師の技のように、あっと、キメる。

 そんな怪盗行為。それは、カッコイイはずだった。

 なのに、(いや)しくも、スリだとは!


 プライドをへし折られて憤る彼らだが、そう言われても当然の行いである。


 だが、


「ははは、力あるものが、全てを奪うのだぞ」


 闘神のこの溌剌(はつらつ)な一言が彼らを救う。


 元所持品ズらの傷ついたその心は、その一言により、まぎれたのだった。


 しかし、


「嘘なのだ! お前は全然強そうに見えないのだ!たぶん雑魚なのだ」


 と小人たち。


 これには、あらあらあらと、しょんぼりしていた元所持品ズたちも、一転、くるりと、元気となった。いまや、気分は親心。




 もはや可愛い、その小人たちだが、彼らをなめちゃいけない。


 その身は小さいが、力には、自信、そして誇りがあった。


 ただ、その彼らだが、彼らは力あるものに(あこが)れる(たち)。つまり、ここまで言えば、もうその結末は見てしまう。


 声を上げる彼らに対し、闘神はその力を披露(ひろう)する。


 地上から、世界の天井へ向けて、一閃。


 それで天を割ったのだ。


 これには、彼らも唖然(あぜん)呆然(ぼうぜん)、大興奮。サイン会が始まった。


 長蛇(ちょうだ)の列がどこまでも並ぶ。


 幾日(いくにち)にもわたり、全国民が、闘神のサインを入手した。


 こんな顛末(てんまつ)であった。







 そして、彼ら元所持品ズらにとって、3度目の正直。3度目の怪盗行為。


 その挑戦なのだが、彼らが狙うそのたばこ、その所在、そして、その方角は今、不明となっていた。


 くるっ、くるっ、と回るその吸い殻のせいで。




 ちなみに、なぜ、怪盗行為なるものに元所持品ズらが燃えているのかであるが、特にちゃんとした理由はない。


 ふと、次の国では、どんな服装にしようかな~と考えていたタキシード君の意識に浮かんだ怪盗コスチューム。

 それをスマホ君に伝えたところ、そのスマホ君の反応が良かったもので、タキシード君もまた嬉しくなってしまった。


 こんな具合である。


 そして、あれやこれやと話がはずみ、始末がつかなくなっていたのだ。


 しかし、今やその情熱は、見事に失敗したその(くや)しさと、(はじ)を晴らすが為の決意とで、燃え上がっていた。

 彼らにとって、それは、もはや、お遊びでない。

(一つ想像の為に、述べておくと、星読みの国でも、小人の国でも、その時、闘神がまとわされたその服装は、完璧な怪盗紳士コスチュームで、それが実に、完璧にキマりすぎていたために、それだからこそ、ばれた時の恥というのが、一層大きかった。タキシード君はその演出の為に、つけ(ひげ)さえもこさえたのだから。)




 ただ、この情熱、一つ訂正しておくが、ジッポーちゃんはまったくもって、無関心を貫いている。


 くだらな。


 そう言って、スマホ君とタキシード君を見下していた。つまり、元所持品ズらの怪盗行為には、ジッポーちゃんは一切関与していない。その事だけは、書いておかなければいけないだろう。


 ただ、そのジッポーちゃんだが、本当は、心の奥では、なんか楽しそうなんだけど......い、いいなぁ......とほんの少しだけ、ほんのちょびっとだけ、思っている。


 もし、今後、スマホ君から、何らかの作品。美女怪盗ものの作品でも見せられてしまった時には、いったいどうなるか、それは分からない。







 そこは、現代だった。


 闘神が今いる場所。


 吸い殻が、くるくると、回り出した、その場所がである。




 言葉の通り、現代である。




 21世紀初頭の街並み。当然電柱もあれば、信号もある。


 道路はアスファルト、そこかしこに、いたって普通のマンションと一軒家とが立ち並ぶ。


 コンビニや、スーパー。また、銭湯や、ショッピングモールさえもある。


 そして、道を走る車に、自転車。


 歩行者はスマホなのだろう。板をいじっている。




 現代、なかでも日本のそれと近かった。




 笑ってしまう程の現代がそのまま、この世界にあったのだった。


 街を構成するその施設の用途は、実際には違うのかもしれない。しかし、その様式は、現代のそれであった。


 ただ、その中にも、オーバーテクノロジーの影もあった。


 中でも、最も巨大で目立つ施設。闘神は今、そこに向かっている最中だった。




 それは、巨大なリング。




 縦にそびえ立つそのリングは、だいたい、700メートルくらいだろうか。O型のそれは、スカイツリーより少し高いという具合である。


 注目すべきは、そのリングの内側。青白い光が渦巻いているその中央へ向けて、線路が繋がっていた。


 その光景は何だかちぐはぐな、けれどもそれが、SFの心をうずかせる。そんな景色であった。




 そのリング、それは、巨大な駅である。闘神が今後向かうことになる、ある大陸へ通じるゲートだった。


 ただ、その乗車には、お金が必要だ。それを持たぬ闘神ではどうにもならないだろう。素直にあきらめて、そのまま、空から目的の大陸に向かえばいい。そのゲートは、ただ、長すぎるその距離を縮める(ため)の空間ワープゲートなのだから。




 しかし、その列車、乗ってみたいな。と思ってしまった闘神であった。


 旅行という気分を味わってみたかった。


 旅ではなく。旅行である。そして、観光というか、少し、ここらで腰を落ち着けたい。そんな気分であった。


 たばこは既に5本そろっているのだ。1日の本数としては、いささか不満が残るが、まあ、初めと比べれば、ケチは言えない。

 喫茶店で、3、4時間は何とか(つぶ)せる。そんな感じの本数である。




 では、金のない闘神はどうやって、列車に乗るのか。一つ言っておくが、闘神がこれから向かおうとする大陸までのその運賃は、バカ高い。

 日本からヨーロッパまで、ファーストクラスの飛行機で向かうかのような金の入用だった。


 しかし、一つだけ、彼には手立てがあった。


 それは、彼の手に握られた、一つの鉱石(こうせき)


 (あわ)く、冷ややかな光を放つ、その鉱石は、時たま、わずかに紫の光の筋が揺らめく。


 それは、小人の国にて、その記念にもらった鉱石であった。




 ぼくたちが、汗水たらして、懸命に働いて、それでやっとこさ見つけた、至極の鉱石を君にあげるよ! 信じられないだろう? これ、まだ一つしか見つかってないとても貴重な鉱石なんだ! でも、ぼくたちには使い方が、分からないし、なんだか持っていても相応(ふさわ)しくない気がするから受け取って!


 こんな事を言われて、受け取らないわけにもいかなかった。


 キラキラと輝くその目で、色々なことのお返しに、と差し出してくれたその鉱石を捨てるわけにもいかず。


 それは、タキシード君たちにしても同じであった。


 もはや、子分となった小人たちの思いを無碍(むげ)にできないタキシード君たちであった。


 しかたなく、その所有を受け入れた。


 ちなみにだが、彼ら元所持品ズらは、闘神のサイン会にて、小人たちと仲良くなり、打ち解けた。


 (むら)がる小人たちを、闘神からはがすのに、やっきになった元所持品ズたち。


 その頑張りの中で、彼らと交流が(つむ)がれていったのである。


 もちろんその会話はオープンな念話であった。




 おい、こら、そこ! 我にしがみつくな! とか、


 はいみんな! ちゃんと並んで~! そこ! 割り込まない! とゆうか、あんた5回も並んでるでしょ! とか、


 ほら見ろ、これが秘蔵映像だ! とか。そんな感じのサイン会であった。




 そんな彼らと過ごした日々があったから、元所持品ズたちは、鉱石の所有を受け入れたのである。

 めんどくさい彼らだ。


 だが、闘神がその鉱石を今も握っているのは、タキシード君が、そのポケットにそれをしまうのを許さなかったからである。


 もう、この時には、闘神も彼らが何を嫌がるかを、そして、その理由をなんとなく理解していたので、しょうがなく、彼らを許すのだった。


「お金に困ったら売ってね!」


 小人たちの、その一言があったから、手ぶら族の闘神も、まあ、一時的なものだ、とそう思い、結局、約2年。それを握り続けていたのだが、そんな苦労がついに報われる時が来た。




 換金(かんきん)である。


 はたして、いくらの値打ちがつくのだろうか。




 果てなき大地に共通の通貨というものはない。


 その基準は地域によってまちまちである。


 金やプラチナ、宝石に必ず価値があるという訳でもなければ、その地域で用いられる紙幣(しへい)など、当然、よそでは紙くずとなる。


 それがいかにその地域で貴重か、そして、価値があるかを判断するのは、とても難しい。


 下手を打てば、価値のバランスが一挙に崩壊し、その地域の経済が混乱することもありうる。


 故に、この世界には、国家の格がその専門職と合同で生み出す「換金所」なる施設が(ゆい)(しょ)正しく、各地にある。


 これは、この世界の常識の一つであった。




 もちろん、(だま)し、騙されがないわけじゃない。


 そういった場合は換金所のレベルが低かったり、その国家の格が落ちぶれていたり、レベルの高い詐欺師の格にやられてしまったりである。


 そして、換金所が客を騙す。そんなこともあるのだが、そんな詐欺の片棒(かたぼう)(かつ)ぐ国家の格というのは特殊である。


 まあ、換金所のいざこざは滅多にない。ということで終わらせておこう。


 ただ、強大な国家が、ひ弱な国家を経済的に蹂躙(じゅうりん)するという出来事は、ままある話だ。その場合は下るか、戦争か。そのどちらかである。




 その換金所だが、見つけるのに手間取った。結局、行き交う人々にその場所を聞き出し見つけたのだった。


 それは、闘神が目指していた巨大な駅の中にあった。


 その駅は、中央大陸行きのハブステーション。


 その(にぎ)わう駅中のショッピングモールの一画にそれはあった。


 ちなみにだが、この時闘神は、国家なるものに観測されてはいない。


 常天連邦の時のように、天を破壊して、降り立ったわけでもなく、加えて、電光石火の勢いで、市中に(まぎ)れたので、誰も、彼には気がつかなかった。


 そして、この一帯の大陸だが、他の地域とは、異なる事情を抱える、そんな大陸だった。

 その事情というのが外部からの来訪者に対する無神経さを人々にもたらしていた。


 その街並みが現代のそれであったのも、ただ、ある一定の文明が生み出す様式、アイデアが似通っているだけの話である。

 それ以上の理由はない。


 それは、闘神のように地球からやってきた誰かが、もたらした知恵という訳でもない。


 それは、大国まではいかない、普通国家。そのレベルの街並みの一つである。


 加えて、今ここで述べておくが、闘神のように、地球から来た人間というのはこの世界にいない。

 そして、これからも現れなかった。


 また、これもついでだが、今後、闘神がロイヤルの為に回る国家。それは、よくても、超大国レベルの国家しかない。


 1万5000年前に、ロイヤルの誘惑の為、それら地域は一度崩壊してしまっているからだ。







 換金所の入り口は、自動ドアだった。


 先客がそれを暴いたのだが、ずいぶんと見慣れたその光景に一瞬、地球を想ってしまう自分がいた。


 先に入った客に続くように、店に入ろうとしたその時である。横から、ニョイっと老婆(ろうば)が現れた。




 くりくりとしたその目が私の前に立ちふさがる。


 急な事態に、硬直(こうちょく)してしまった。


 その老婆が口を開く。


「あんた。不思議なお人だね。なんだい、いったい私に何かようかい。え? なるほど、そうか、あんた! すごいお方なようだね。ずいぶんと高貴なお方だね。私には分かるよ。ほら、すごいものを持ってるだろ。お見せなさい。ほら、ほら!」


 なんだ、この老婆は......と思ってしまったのだが、身構える理由もないので、素直に、手の内の鉱石を見せる。


 しかし、


「それじゃないよ。そんな石ころじゃなくて、もっと他のもの! 価値あるものだよ! あんたはそれを持ってるはずだね!」


 そう言われて、思い浮かぶのは、当然、我がたばこ、ロイヤルであった。


 手元の鉱石が石ころと言われたのは、少しショックだったが、この老婆は、なんだか、物を見る目がありそうで、興味が湧いた。

 だからこそ、より、石ころと言われたのが、悲しいのだが。




 胸元から、たばこを取り出す。


「ほう!? どれどれ......! それだ! それだ!」


 そう言いながら、老婆がたばこに触れようとする。しかし、たばこは、その身を老婆にゆだねなかった。


 老婆のその手が、するりと空を切る。


「不思議だね、こりゃ、触れないよ。ん? ん? ああ、なるほど! やっぱり、そう言うことか、あんた、これを全部、集めるんだね! あんた、これが全部そろったら、とんでもないことになるよ! いや、だから言ったろ! そうに違いないってね! あんたが、思っているよりとんでもないことが起きるんだよ! ああ! わたしゃついに確信したよ! すべてが、そうだったんだ! やっぱり、陰と陽だ! わたしゃ合ってたんだ! なんて素敵な世界なんだ! ほら、今日の日付は何日だい? たぶん3と7の日だね! やっぱり素数だ、5が隠れてるよ! ああ、美しい物語だよ、みんな始原の約束を果たしているんだ......なんて、素晴らしい世界なんだね! 素数というのは、やっぱりロマンスの物語さ、引っ張り、引っ張られ、5の倍数で二人は一つになるんだ、でも、ゴムの法則で、運動は終わらないから、また離れちまう。だけども、その運動をしかと見つめれば、その恋物語に、この世の全ての物語がしまい込まれているのが分かるのさ、結局すべては、最愛の人に出会うための物語なのさ! だから、素数は物語なんだよ! でもあたしゃ素数の孤独に涙がでるよ......みんなの為に孤独を約束したんだから......みんな分かってるんだよ? そう言ってあげたいよ。あたしゃね! あたしゃね!! それが・・・」


 老婆の口は止まらなかった。そして、その声は大きい。


 周囲の視線が、こちらに集まり出したのが分かる。


 その時、目の前の換金所、その店舗から、従業員が2人、現れたのだった。


「すみません。お客様。こちらへどうぞ」


 一人の従業員が、私を店舗の内へ、もう一人の従業員が今や、興奮のさなかにある老婆を私からはがす。


「あの人は、どういう人なんだ」


「ああ......何と言いますかね、この駅に住んでるといいますか、まあ、ここらの名物ばあさんというやつですね」


 従業員ははっきりとは言わなかったが、つまり、そういうことなのだろう。一般的なそれとはずいぶんかけ離れた世界を見ながら生きている人というやつだ。


 その従業員から少し聞けば、あの老婆は、日々、同じ行為を道行く人に繰り返し行っているようである。


「あの方は、それはもう、若いころから、ああしているんですよ。大したもんです。ただ、一向に目が出ないというか、しかしね、もしかしたら、格持ちになる可能性もあるでしょ? だから、私たちは彼女を見守っているんですよ」


 説明はそれで十分だった。


 この世界。いかなる人物も、それは、気が狂ってしまった者でさえ、なにに化けるか分からない。気が狂うことが、何かに化ける条件でさえあることもある。


 しかし、老婆の件は片付いた。


 今は、手元の鉱石の価値がどれ程かについてであった。


 その従業員に(うなが)され、一つの個室に通される。


 今の私の格好が、整ったものだったものだからか、それで優良な客と思われたのか、そこは、立派な部屋だった。


 けれども、嫌な下心というのは見て取れない。


 さて、換金の時間である。


「それで、お客様。当店へお越しになったということは、何か、査定のご予定でしょうか? それとも、ご購入のご予定で?」


「査定だ。これを」


 鉱石(こうせき)を差し出す。


「鉱石ですか、見たことがありませんな......少々、お調べしますが、お預かりしてもよろしいでしょうか?」


「ああ、ところでここは、禁煙か?」


 目の前の低いテーブルにはガラスの灰皿があったのだが、それが本当に灰皿かどうか分からなかったので、確認を取る。


「あ、大丈夫ですよ。灰皿はこれです。ちょうどこの部屋は、喫煙可能なんですよ、私も、喫煙者でしてね。お? お客様、それは、またずいぶんといいものをお吸いですね。ロイヤルのレプリカですか? いいですね。ほら、私も、同じ銘柄ですよ」


 その言葉は、当然聞き流せないものだった。


「ロイヤル?」


「ええ、ロイヤル」


 少し、とぼけた従業員の顔がそこにあった。


「この地域のことは知らないのだが、つまり、私はよそ者という奴なのだが、ロイヤルというのはなんだ? このたばこをロイヤルと呼ぶのはどういう意味があるんだい?」


「なるほど、知らずに、そのたばこを買ったのですね。それじゃあ、あっ、ちょっとお待ちください」


 従業員が手元のブザーを鳴らす。


 すると、奥の扉から、一人、別の従業員が現れた。


 一瞬身構えてしまったのだが、それは、査定の為に鉱石を受け取りに来た従業員だった。


 (ひょう)()抜けだが、そのぬけ具合が何だかこの地域とロイヤルの関係を表しているような気がしてならなかった。

 とりあえず、そう易々(やすやす)と戦闘事態に突入するという訳ではないようだ。


 まだ、私は、この地域の爆弾だとは思われていない。


 今は、とりあえずその認識でいこう。


 確証を持てない闘神ではあったが、先にも述べたように実際、彼を異常な存在と認識している者は、誰もいなかった。




 未だ闘神は、この地域の詳細を把握できていない。完全言語理解のその働きも、まだまだである。

 常天連邦の時は、膨大な、星読みの言葉を読んだからこそ、その全容が手に取るように分かったのだが、今は、まだ、そうもいかなかった。


 あとで、本屋に立ち寄ってみよう。と思う闘神であった。




「それで、ロイヤルですが・・・」


 従業員が続きを話し出す。


「ああ、どうせなら、同じたばこ吸いでしょう?」


 目の前の従業員。彼もたばこを吸うのだ。つまり仲間である。


 その手で、軽く、一服を(うなが)す。


 タバコミュニケーションである。


 これほど豊かな時間はない。そう易々(やすやす)と思ってしまうのが、ヤニカスであった。


「ははは、お言葉に甘えさせて頂きます。最近、たばこ吸いは肩身が狭いものでね。この部屋も、わざわざ私の希望で、無理を通して、作ってもらったんです。ははははは、いやいや、まいった。この部屋にお通しした理由が透けてしまいましたな。お客様がどうも、たばこ吸いかなと思ったもので・・・ふー・・・いやはや、いやはや、やはり、仕事中の一服が一番ですな」


 そう言いながら、私たちは、たばこに火をつけた。ジッポーちゃんが、ふわりと、私のたばこに火をつける。遊び心満載の擬人化モードである。


「なんと......これまた、ずいぶん凄いライターですね。いや、とても素晴らしい」


 驚く従業員に、笑みを返す。


「でもそうか、お客さん。あのおばあちゃんにロイヤル見せちゃったのか......だから、あんなに興奮してたんですね。彼女はですね、ロイヤルに熱を上げちゃうんですよ。ほら、こんなこと言われませんでしたか? あんた、すごいもの持ってるでしょ? って。それが、そのロイヤルですよ。まさかとは、思いましたが、ま、いわばここらの共通認識でして、あのおばあちゃんには、ロイヤルの話はしちゃいけないって。それに触れちゃうと、疲れるまで、一人で(しゃべ)り続けちゃうもんだから」


「なるほどな......そうか......」


 一服。


「それでだが、ロイヤルとはなんだい」


 話が戻る。


「・・・これは、どうも、話によると、世界には、何本か別のロイヤルがあるそうなのですが、ここではそれは、3本のロイヤルって言われているんです」


「三本?」


「ええ、はるか遠方には、また別のロイヤルがあるというのが知られているんですが、ここでのロイヤルは、他とは意味が違うんです。ま、ちょっと何を言っているか分からないでしょうがね。()(おう)(りん)てご存知ですか?」


 羅王林。


 突如、出て来たその名前。


 当然、闘神はその名を知っていた。初めに出会った星読みの、超常の力で知った歴史にいた彼女のその名だった。


 1万5000年前、ロイヤルの誘惑を抑え込んだ、彼女の名を彼が忘れるはずがない。


「......もしや、この地に居たのか」


「ええ。やはり、羅王のその名は有名でしょう。この大陸をかつて治めていたのが、その羅王です。羅王いうのは、いわば我々が彼女を呼ぶときの2つ名で、本名は、林。それはあまり知られていないんじゃないでしょうかね。その羅王とまで言われる伝説を作った彼女の最後の逸話(いつわ)がロイヤルだったんです。ロイヤルの誘惑というのがありまして、」


 闘神がその名を知っていたことが嬉しかったのだろうか、従業員は言葉をまくしたてた。


 それを(さえぎ)る。


「それは知っている」


 しかし、私は何を知っているのだ。


 そう思い直し、態度を改める。


「いや、すまない。正確には知らない。彼女は、ロイヤルの誘惑にどう立ち向かったんだ」


 一瞬、硬直したその従業員はすぐさま和らいだ。


「彼女はですね。自信の力の全てを()して、ロイヤルを封印したんです。それはですね、あの時、彼女だけが、唯一、その誘惑に狂わなかったからできたんです。そして、(まど)わされなかったということは、それだけ強大な力を有していたという訳で、ですから、そんな彼女だから、ロイヤルの誘惑を抑え込めたんです。この大陸に突如、現れた3本のロイヤル。それに対して、その力をちょうど3等分。()り分け、ロイヤルを封印。ってな具合で、つまり、つまりですね、話は飛んでしまいますが、この大陸にある3本のロイヤルは、他の地域のロイヤルとはまた違うんですよ! 羅王の力がそのまま宿った3本のロイヤルがこの大陸に存在するんです。そしてですね、今、この大陸では、3人の覇者がそのロイヤルを奪い合う熾烈(しれつ)な争いが巻き起こっているんです」


 従業員のその言葉はとっ散らかっていたが、話は単純だった。


 彼女は、己の全能力を駆使(くし)して、3本のロイヤルを封じたのだ。


 そして、その際に3等分された彼女のその力が、それぞれに、そのまま宿ったわけだった。


 その3本のロイヤルを集めることが出来れば、羅王林のその力を全てものにできるというのだろう。


 彼の言葉を解釈するとそうなる。


 しかし、話を聞く限り、いまこの大陸は戦争状態なのだそうだが、それにしてはいささか不可解な点がある。


 従業員のその口ぶりは、いかにも他人事というか、平和ボケの口調だったのだ。


 まあ、恐らくはその戦争。1万5000年も前から続くものなのだろうから、であれば、他人ごととなってしまうのは、しょうがないことなのかも知れない。がしかし、何かそうではない。そんな感覚があった。


 その違和感の一つは、完全言語理解のスキルの働きから来ていた。


 決定的な情報が欠けている。そんな感覚がスキルとしても直観としても確かにあった。




 もたらされた情報に、思考が巡る。しかし、次に(つむ)がれた従業員の言葉がその全てを吹き飛ばしてしまった。


「心臓のロイヤルってやつですね。()(おう)の力が宿ったロイヤルが、覇者の心臓に根付いているんです。彼らは、それと一体化することで、その身に羅王の力を宿せる訳です。つまり、3本のロイヤル、そこに羅王の力が3等分。そして、その力を宿したロイヤルをその身に取り込みし覇者が3人。その、()(どもえ)の戦いがずっと繰り広げられている訳なんですよ」


 ああ、マズい。


 そこに事態の深刻さがあった。


 動悸(どうき)が止まらない。


 そして、これを聞くしかなかった。


「その心臓のロイヤルは......心臓と切り離したら、どうなるんだ。生きたまま、それを切り離すことはできるのか」


「変なこと聞きますね。私にはわかりませんけど、死ぬのが道理じゃないですかね、だって、いろいろと一体化しているんですよ? 異物を切除するとかどうだとか、そんな医療でどうにかなる話じゃないんじゃないですかね?」




 従業員のその言葉の後半は既に彼に届いていなかった。




 闘神がロイヤルを得るためにしなければならないこと。それは、つまり人殺しである。


 間接的な行為だとしても、目的を持って関われば、彼にとっては人殺しである。


 まだ、彼は、人を殺したことがない。




 殺す?


 論外


 話にならん。


 その戦いがしばらく長引くというならば、別のところへ行くか。後回しでいい。最悪、諦めたっていい。所詮(しょせん)3本だ。


 それに、私には寿命がないのだから、いずれその3本を回収する時が訪れるはずだ。どんな形かは知れぬが、それは違いない。




 殺しについて考えていたそんな時、ふと、魔物は普通に殺したな。とそう思った。


 いや、肉も食うな。肉は好きだからな。


 それは、考えてはいけない話だったのだが、しかし、今一度それを考えてみなければならなかった。


 倫理と生命。両者のしがらみは、矛盾に満ちている。




 まず、考えたのは、食肉についてである。


 今や、彼は動物たちの言葉を理解することが出来る。


 ちょっとこれはヤバい。


 あいつら食えねえ......仕方ねえか。


 と思うのが精一杯だった。


 思うことで精一杯というのは、彼が「しかし、あるものは食うしかないな」と相反(あいはん)する思いを抱いているからである。


 豚骨ラーメンの店があったらば、彼は躊躇(ちゅうちょ)なく入店するだろう。それは、屠殺(とさつ)された命に対して、ある種、礼儀という概念を持つからではない。おいしそうだから食うのである。


 それ以上は考えない。そして、深く思ってもいけないというのが彼の中にあった。




 そこに一般的な賢さはないのかも知れないが、しかしながら、彼にとっての賢さとは、どこまで馬鹿になれるか、どこで馬鹿にならなきゃいけないか、その判断だった。


 矛盾を抱えたならば、馬鹿になることがその解決。


 だからもし、彼が賢くあれという理想を抱くのならば、その賢さを、論理の整合性や、精神の一貫性といった所に見ないだろう。


 つじつまの中に生きようとすると、窮屈(きゅうくつ)さを感じてしまう。彼は、それが嫌な、そんな人間だからだ。


 馬鹿馬鹿しいバカ。


 彼にとってちょうどいい言葉である。


 これは、彼が闘神へ至った理由の一つでもあった。




 思考は(めぐ)る。


 しかし、魔物は別だな。あいつらは敵だと分かる。これは、生理的な感覚だ。これがあるおかげで、深く考えずに済む。

 ただ、明らかに、魔物なのだが、敵とは思えぬ奴もいた。




 それは、ある、なだらかな丘をゆっくりと歩いていた、巨大な蜘蛛(くも)の魔物であった。


 不思議と敵意を感じさせないその魔物。気になり、そいつに話しかけてみた闘神だったが、蜘蛛は何を言っているか、分からなかった。


 要領を得ない会話。分かることと言えば、その魔物がこちらに敵意も(おび)えも持っていないということだけだった。




 魔物のことは、とりあえずいい。あれは、何か、生命の(ことわり)が人とは異なる。




 とにかく、今は、命についてのルールだった。


 いかに思考を巡らせようとそこにたどり着くのだから、向き合うしかない。しかし、その答えは、この世界に来た時に定まっていた。


「ルールは定めない」


 それが、彼のルールであった。


「殺す殺さぬなど、そもそも定めるものじゃない」


 それが彼の思うところであった。


 もちろん、そこには強い価値観がある。殺人などまず論外だ。それは彼の個性であり、人格である。

 ルールではなく、感情の話である。


 しかし、やりたくないと思っていたことを、やらねばならない時というのは、いずれ来る。穏やかな平和に守られていた以前の環境と、今は、違うのだから。


 この世界で、もし彼が、痛ましすぎる行為を目にしたならば、その時は、怒りの為にその者を殺してしまう、そんな事もあるだろう。


 けれども、彼は、いずれ訪れるかも知れない、その時を考えない(たち)だった。


 考えれば、様々な論理、哲学が浮かぶ。しかし、センシティブな問題であればあるほど、現場なき机上(きじょう)の空論、そこから生まれる思想が貧弱(ひんじゃく)に思えてしまう彼だった。


 もっと言えば、考えてしまう程に生きづらくなる。


 それは好むところではなかった。


 故に、彼にとっての当たり前の常識。それ以上のことは、とりあえず考えないというのが、彼の生きる(すべ)だった。




 しかし、なぜ、それができるのかも、同時に彼は分かっていた。それは、彼が絶対強者だからだ。


 不幸などに直面しない。


 自己の優位性に甘えることができ、何も決めなくとも余裕で生きることのできる強者だからこそ、特に考えず、胡坐(あぐら)をかけるのである。


 彼はそこまで、思考を巡らせて、考えるのをやめた。







 巨大な駅。


 それは、はるか先にある、中央大陸へと繋がる空間ワープゲートである。




 ここは、かつて()(おう)が治めた大地の一つ。


 今のその大地を地図に起こすと、その模様は、いくつもの大陸が海に浮かぶ。


 そんな色合い。


 しかし、かつて、そこに海はなかった。


 それは、一つの巨大な大陸だった。


 1万5000年前に起こったロイヤルの事変により、大地が各地、陥没(かんぼつ)


 そこへ、海がながれ、今、その姿は、その中央にあった大陸と、それを(いびつ)に取り囲む大陸たちが残るだけであった。


 ただ、その大きさは異常である。


 周囲の大陸と比べると、(いく)(ぶん)小さく見えるその中央大陸。


 だが、その一つをとってもコンロン大陸より、はるかに大きい。


 故に、かつてあった、一つの大陸がどれ程巨大であったかは、言うまでもない。


 その範囲の全てを治めていたのが羅王である。




 しかし、羅王が治めた大陸はここだけではない。数えるのも嫌になる程の大陸を、距離の制限を超えて、彼女は支配していたのだった。


 ただし、それらすべての大陸を一つの国家が治めたわけではない。


 彼女は、彼女で国家を持っていたが、それら大陸には、彼女のものではない国家というのが、数多(あまた)あった。

 それは当然、闘神が今いるこの大陸にしても同じことであった。


 大陸の各地に存在する自治を持った国家の群。それを一まとめに治めていたのが彼女である。


 しかし、その統治の形は、特殊だ。




「大陸の格」


 それは、国家の格を上回る存在である。




 そして、この格があったからこそ、彼女は各、大陸を統べることが出来た。




 その大陸の格であるが、その最大の特徴は、その大陸に成り立つ国家、そして個人に対して、(または、その大陸に干渉する国家、そして個人に対して)独自のルールを強制するというものであった。


 例えば、紙幣、法律その類を統一する。または、全ての国家の、財政は国際連合にて管理する。

 他にも、普通事態時、民のその力は封じられる。といったルールである。


 酷いもので言えば、全ての国家の税収の3割を徴収する。大陸からの離脱を一切禁ずる。といったルールまで課すことができる。




 そして、そのルールを定めるのが、大陸の元首なのだが、つまり、これが、大陸の格が国家を上回る所以(ゆえん)であった。


 ただ、何でもかんでも元首にとって都合の良いルールを定めて言い訳ではない。


 大陸の格のその力は、元首の勢力によって強まるが、一方で、そのルールが公平ではないと、それに比して、その力は弱まる。


 極端なルールを貸すためには、大陸の格の力が強くなければならないが、極端なルールをかせば、大陸の格の力は弱まる。


 こんな具合だ。


 つまり、他を一方的に抑圧することで、元首の勢力が利益を得るのならば、大陸の格のその力は、その不公平さの分だけ落ちるのだ。


 格の力が落ちると、ルールの強制力や、またその範囲、内容も弱まる。


 加えて、ルールの悪用、もしくは、善用次第でまた格の力は上下する。


 しかし、例えその力が落ちたとしても、元首の勢力がそれ以上に発展すれば、落ちた分を取り戻せるので、問題ない。


 ただ、それは、その大陸の中でだけの話である。







 大陸の格には敵がいる。それは、他の大陸の格である。


 実際には、その敵は他にもいるのだが、今は、大陸の格同士の戦いを述べておこう。


 その勝負だが、それは一瞬で決まる。


 大陸の格の元首が相手の大陸を()んだ時、どちらの格が強いかで、その勝敗が即座に決定する。


 いかに均衡(きんこう)した勝負であろうとも、ほんの(わず)か、相手を上回れば勝負がつくのだ。


 そして、負けた大陸の格は勝者の大陸の格に()(かわ)わる。


 これがあるから、大陸の格を有する勢力は、気が抜けなかった。


 まあ、その後、負けた側の勢力が相手の元首に挑むのは、当然なのだが、その戦争は、勝者側のルールで戦わねばならないので、いくらでも不利になりうる。


 大陸の格の勝負が決まったとたん、勝者が敗者に対して、一方的に不利なルールを課すこともできるからだ。


 これは極端だが、たとえば、新興勢力は、10日間、武装を解除せねばならない。というルールを定めてしまえば、いくら強大な勢力と言えども、なすすべがない。


 ただ、そういったルールの変更は極度に大陸の格の力を傷つける可能性があるので、勝者もまた、慎重(しんちょう)にならざる負えないものであった。


 加えて、大陸の格のぶつかり合いは、距離の制限を超えて、彼方からも、もたらされる。

 ただ、その詳細は今は、述べないでおこう。


 述べるべきは、羅王林が元首であった大陸の格についてだ。







 羅王が治めた大陸。その格のルール。


 それは恐ろしかった。


 1.軍は、国家に干渉できない。

 2.軍は、民に危害を加えることができない。

 3.軍は、民間のその財産に被害を加えることができない。

 4.軍は、大地を破壊できない。

 5.大陸の元首は常に軍人である。

 6.その上で、軍は自由である。


 以上である。


 そして、羅王林の国家であるが、その国家、構成員はたった一人。


 つまり、羅王林。彼女だけしかいない国家だった。




 これらが、もたらしたもの。それは、大陸の格の比類なき強さである。


 羅王の大陸。


 その大陸で起こる戦争は、ほぼ市街戦である。ただし、民やその街、そして、財産と国家。加えてその大地が傷つくことはない。


 軍事行為による被害の全てを、大陸の格が阻止(そし)し、加えて、それが軍事行為か否かも大陸の格が判定する。


 日常戦争。


 民は被害の一切を受けない。それは、精神的な被害も含めてである。


 だから、大抵の軍事行為は、民に目撃されることがない。大陸の格が、その軍事行為を隠蔽(いんぺい)するからだ。


 ただ、軍人もまた民である。故に、軍事行為の最中でなければ、また、軍人も民として、一切の被害を受けない。


 その境目は、少々複雑だが、その全ては、大陸の格が判断するところである。




 少し補足するが、運営の全てを大陸の格が(にな)える訳は、ひとえに羅王の大陸が強大であるが(ため)である。


 そして、その運営は公平だった。







 他の大陸の格からすれば、その大陸はあってはならない存在だった。


 他を一切、抑圧しないルール。そして、ある種、極めて公平。


 しかも、その元首の勢力は、たった一人なのだ。


 抑圧しないどころか、元首側が抑圧される有様。


 もちろんだが、これも大陸の格の力をより強めるものであった。




 勝てるわけがなかった。


 真似もできない。なぜならば、真似する意味が無いからだ。


 大陸の格は一つの勢力のその力を底上げするものではない。


 どんなに格の力が強大になろうと、それが勢力の力を増すことはない。


 ルールの力が増すだけである。


 そのルールを持ってしても、力の為に、そのルールを制定することはできない。


 例えば、元首勢力は、己の3倍の力を発揮する。


 といった、ルールを作れない。それは、ルールではなく、ある種、理の操作である。


 押さえつけることはできるが、分け与えることはできない。というのが、大陸の格の本質である。




 だから、大陸の格の用い方は、いかに自己にとって都合の良いルールを立てるか、そして、そこからいかに利益を得るかの話なのだ。


 あえて、利を捨てる。羅王のその真似をしては、元首の勢力が不安定になるだけで、なんの価値も生まれない。


 例えば、「他国の戦争行為を禁ずる。その開戦の決定は、元首勢力だけが、保持する権利である」


 そんなルールを定め、他国に対して、有利に立つ。このような形で、利を得ていくのだ。


 これが、大陸の格に対する一般的な認識であった。




 では、なぜ、彼女はそれが出来たのか?


 強かったからだ。


 ただ、それだけである。


 大陸の格のその力は、元首勢力の力の具合が加算される。


 その加算の具合が、彼女一人で事足りたのである。いや、事足りすぎた。


 そして、それだけで、全てを成り立たせたのだ。




 ただ、もう彼女はいない。


 ロイヤルの誘惑を抑える為に、全ての大陸の元首の座を放棄。


 羅王の大陸、そしてルールは消えた。


 ここではない、各地の大陸の覇者たちが、放棄された元首のその座を、大陸ごとに奪い合い、そのルールを()り替えていった。


 一つの格の元に、統治されていた大陸群に突如生まれた、空席の玉座。


 その数は、かつてそこに存在した大陸の格の数だけ(よみがえ)った。


 繋がりのあったそれらは、全て、バラバラに散っていった。




 しかし、未だ羅王のルールが残る場所がここにある。


 闘神が今いる、この大陸である。


 その格の範囲は、中央大陸と、その周囲を取り囲む大陸たちである。


 そのルールの力、未だ顕在(けんざい)。全盛期のその姿である。


 それは、もはや、この地域にしか、そのルールが適応されていないからである。かつてのそれと比べると、実に狭い範囲だから、顕在なのだ。

 そして、羅王の力もまた、全盛期のまま、ロイヤルに宿り格の力を支えてる。


 そこにないのは、元首だけ。それでも大陸の格は残り続ける。


 羅王のルールと共に。




 誰かが、この大陸の元首となるまでは、羅王のルールが続くのだ。


 そのルールを守るため、また、ルールを己が物とするために、今この大陸を3人の覇者が争っている。


 その戦いは1万5000年も、続いている。




 その内の、ひとり。


 その者に、かつての記憶などはない。


 いうなれば、それは別人か。


 彼女。


 その者は、前世、羅王であった。




 そして、この長き、長き、争いは、これから、たった5年で終わる。







 鉱石の査定が終わった。




 とたんに黙り込んでしまった、闘神。


 それに対し、どうしていいか分からぬ換金所の従業員は、たばこを吸い続けるしかなかった。


 しかし、その手持ちぶたさも終わりである。


 査定が終わった、その知らせを聞いた従業員は、結果の次第を聞くために、そそくさと、奥の扉へ入って行った。


 そして、青い顔で、再び登場するのだった。


「申し訳ございません。鑑定不能です」


「いくらなら出せる」


 闘神のその声に表情はなかった。


 従業員には何の落ち度もないのだが、彼はこわばってしまうのだった。


「わかりかねます。恐らく、莫大な価値がつくか、それとも、誰も分からないままか......オークションに出す手もありますが」


「勝手にしてくれ、列車に乗れるだけは、今、出せるか」


「え、ええ。どんなに低く見積もっても、それ以上の価値がありますよ。中央大陸行きの列車ですね?いい席をご用意します」


「ありがとう」


「では、オークションにいったん出しまして、その結果を待って、残りのお金を、」


「いらん、あまりは、老婆にくれてやれ。手間賃(てまちん)は好きにしろ」




 このあと、数度、押し問答があったのだが、結論は変わらなかった。


 そして、鉱石のその売買が終わった。




 この判断、誤りか否か。


 ただ、これだけは言える。


 その鉱石、大陸を(ほろ)ぼすこととなる。




 闘神ヤニカス戦記 ―ロイヤル編―


 第二章 開幕


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