第二話『アレ、あるいはヤツ』
遅くなった…
衝突
その勢いはすさまじく、命中した側が吹き飛び地面に転がることになるほどであった。
一方の当たりに行った側、青空は頭に異様に固い板のような物が当たり、脳が揺れたかのような感覚を覚えることとなる。
「イタタ…」
「っ~~~!!!」
吹き飛ばされた子どもの方は比較的ダメージが少なかったのかすぐに立ち上がるが、もう一方はそんなことはなく、痛みに転げまわる。
二人とも倒れ込むことになったのは変わらないが、片方のダメージが明らかに大きい。
状況を最初から見ていればこの原因は明らかにオレが突っ込んでったからだけどさ、こんなことになるとは思わないじゃん…
「えっと、あの…大丈夫ですか?」
衝突から少して、先に口を開いたのは体当たりされた子どもの方だった。
いきなり体当たりをかまして来て、未だに立ち上がらず痛みに悶絶する青空を心配してか、近寄り安否を確認してくる。
しかし、その話しかけ方は良くない。そんな質問のされ方をしたらこう答えるしかないだろう。
「だ…大丈夫に見える?」
こう、ね。
「すみません、貴方、よく『面倒くさい奴』とか言われたりしません?」
少し呆れたような、信じられないと言ったような顔をしてそう言われる。
ですよね。多分オレも同じことをされたらそう返答する自信がある。
そして、オレは言い切った満足感と共に意識を手放す。
その顔はきっと満足感でいっぱいであったであろう。
暗転
『来たね、こっちに、来てくれたね』
『もうそろそろ来るから、頑張って、そろそろ来るよ』
『待ってる、ずっと、待ってるから』
誰かの声が聞こえたような気がするが、きっと気のせいなのだろう。
「…あれ?何してたんだっけ、オレ……」
なんだかこのセリフにデジャヴを感じるな…。
「いっ…お……なんだこれ」
取り合えず体を起こすと、頭が痛むのと同時に、頭から水の入ったビニールが落ちて来てそれを反射的にキャッチする。
痛む頭のことから考えるに、少なくとも平和に眠りについたという感じではないというのを理解する。
本当に何してたんだっけ?
うーん、たしか…
なぜかコンクリートの上で寝てて、
なんか記憶が殆ど無くて、
体も変わってて、
人の気配がしたから建物の中に入って…
ああ、そうだ。そこでなかなか開かない扉があって、試しに全力で体当たりしてみたら何の抵抗もなく開いて…中にいた子どもにオレが命中したんだっけ?
で、その後気絶した、と…
未だに痛む頭で何とかそこまで思い出す。
そして改めて自分の現状を見て見れば、コンクリートの上で起きた時と違い、今回は地面と頭の間に布のようなものが挟まっていて枕のようになって頭部にダメージが出ないようになっている。
ふむ、先ほどの水の入ったビニールと言い、この枕と言い、どうやら介抱されていたらしい。
そして自身の周りには箱やら物やらの山が出来上がっていて、どうやらこの場所を取り仕切る人間には物をあえて綺麗に片付けるという気が無いというのが伝わってくる。
———そういえば話は変わるけど、なんかさっき起きるとき誰かの声が聞こえたような。たしか…なんか『来る』とか言ってたような?何が来るんだ?
「あ、やっと起きたんですね」
背後から声が聞こえて来る。この声は気絶する前に聞いた気がする。
後ろを振り返ると、そこには声の主と思われる一人の子どもが立っていた。
黒髪黒目の—否、目の方は少し黄色がかった不思議な色で、歳は13か、14だろうか。顔つきや声から察するに、少年であろうか。まだまだ幼さが残る相貌である。
だが、それ以上に身に着けているものが青空の目を引く。
迷彩柄の防弾チョッキのようなもの
少年の体格と比べて異様に大きなバックパック
太ももに装備されたサバイバルナイフのようなもの
もし、これらを大人が身に着けていれば頼りがいや安心感がこの上なかっただろう。
しかしながら、それらを身に着けているのは目の前の、すぐそこにいる少年だった。
見れば見るほど、そんな不釣り合いさのみが印象に残る。
「なんですか?他人のことをそんな舐め回すように見て。気持ち悪いですよ」
「いや、何でそうなる!」
二言目に放った言葉がこれである。ちょっと毒が強すぎやしませんかね?
「まったく、いきなり頭から突っ込まれて貴重なプレート割られたこっちの身にもなってください。しかも気絶してくれたおかげで余計な手当までしなくちゃいけなくなったんですから」
「あー…それは本当にゴメンだった」
「しかも心配して声をかけてみたら、たわけたことを抜かしますし…正直、介抱するかも悩みましたよ」
「心よりお詫び申し上げます。ありがとうございます」
うん、もうこれに関しては何も言えないね。
自身の性に従ったからとはいえ、明らかに自分のほうがやらかしている。
「ま、謝ってくれればそれでいいですけどね」
少し声色が軽くなるのを感じる。どうやらこれ以上咎める気は無いらしい。
少年はそれで、と続ける。
「お姉さん、こんな時にこんなところで何してたんですか?」
少年がオレに質問してくる。
さて、どう答えたものか。ちらりと少年の目を見てみれば、警戒が宿っているのが分かる。
気づいたら道の真ん中で寝てました———なんて言っても信じてもらえるかどうか…
▶話をそらす
事実をありのままに言う
一回話を逸らしてみよう。
「その質問をする前に、まずはお互いに名乗るべきじゃないかなと、オレは思うけどね…?」
…ダメそうな感じしかしない。
うわ、やっぱり嫌な顔してる。
「はぁ…まあ確かにそうかもしれませんね。一旦自己紹介させてもらいます」
「うんうん、ぜひ教えてくれ」
よし、何とか気を逸らすことには成功した。この少年が自己紹介をしてくれている間に適当な設定を考えてしまおう。
「僕はトウキ、金屋トウキです。今まで住んでた『コタケ臨時シェルター』が使えなくなったので、『トシマ地下シェルターIB枝部郡』に移住するための道中です。あなたは?」
「ちょっっと待って」
「?」
「少しだけ考える時間をくれないか?」
「え?あ、はい。いいですけど…」
「ありがとな」
一言断ってからオレは思考をフル回転させる。
コタケ?トシマ?なんか絶対聞いたことあるんだが、もっと人がいた…よな?
てか、それよりもなんだシェルターって、何でこの少年……改め、金屋トウキはそんな場所に住んでるんだ?核戦争でも起こったのか?
混乱が青空の脳を支配する。
しかし、どこかで聞いたことがあるような地名も、そこにいるであろう人が殆どいない都市も、
自身がぼんやりと覚えている日本に関しての記憶には、それらを説明するようなものは出てこない。
そしてそれが青空の混乱を加速させる。
しかしながらその混乱の加速も長くは続かなかった。
だって、
「あっ———」
目の前の少年を越え、暗闇の中、視界に入るは、全身を花に包まれ———否、全身に美しく花を咲かせた直立二足歩行のヒトガタ
———迫る
明滅する切れかけの電灯の下にさらされた姿は、赤
——迫る
鼻の奥に突き刺さるような高貴な甘い香り、それと鉄の香り
—迫る
花々の間から人の面影が顔をのぞかせ、したたり落ちる赤
迫る
おおよそ人ではないナニカ、それが数歩の間まで寄ってくる
互いの目を見合わせての睨みあい、目なんてあるのか分からないが
時が止まってしまったような感覚を覚える
人の根本に存在する恐怖が体を縛る
理解できない恐怖に足が竦む
どうなって、どうなって、どうなって—————
「———ッ!何してるんですか!逃げますよ!!」
トウキがそう言いながら座ったままの青空の腕掴み、起こす。そして、それを合図に互いの時間が動き始める。
立ち上がり、腕を引かれるまま走り始めると、先ほどの花のヒトガタもこちらにすさまじい勢いで走り始め、
バンッ!!!
と、ヒトガタの体当たりをすんでのところで回避し、それはその勢いを保ったまま、すさまじい音と共に積みあがった山の一角をはじき飛ばす。
先ほどまでのゆっくりとした動きとは大違いである。
「何でヤツがこんな所にいるんですかね…ホントに、ウザったいったらないですよ!」
トウキが走りながらそんな悪態をつく。
どうやらアレが何かを知っているらしい。
「アレ…何だよアレ!」
未だに状況も呑み込めないまま、半ば八つ当たり気味に言葉を発する。
「は?今はそんな冗談を言ってる場合じゃないでしょう!」
「冗談じゃないのはこっちだよ!」
どちらも訳が分からないというように言葉を交わす。
しかし、それでも、その鬼気迫る勢いと、先ほどのアレの行動から少なくとも走る足を止めたらまずいということだけは本能を通して伝わってくる。
走る、走る
背後に圧を背負ったまま、
次々に響く音に押されるまま、
本能に導かれるまま、
右へ、左へ、走る、走る
先ほどのとはどれほど差が開いただろうか、
耐えがたい恐怖にそそのかされ、
ちらりと、それを見てしまった。
追ってきているものは先ほどのヒトガタで間違いないだろう。距離も右や左に曲がって移動していたためそれなりに開きがある。
しかし外見的には、かろうじて頭部と確認できた場所が四つに割れ、花のように開いていて、何度もぶつかった結果か、腕はひしゃげ、片方はちぎれかかり、そのちぎれかかった隙間からは植物のようなものがあふれ出ているなど、より酷く、凶悪なものになっていた。
「ひっ…」
「後ろは振り返らないで、前向いて走ってください!」
おぞましい物を見て息をのむ青空に、トウキがそう叫ぶ。
言うのが少し遅い。
ますます走る足を速める。決して追いつかれないように。
そうしている内に、細い道に入り、その先の扉の前にたどり着く。
ありがたいことに鍵はかかっていないようで、扉は何の抵抗も無く開き、その中に滑り込み、素早く鍵をかける。
「なにか重そうな物持って来て扉の前に置いてください!」
「分かった!」
トウキの指示に従い、周りの物を扉の前に積み上げる。
一通り目につく物を積み上げた所で、逃げ切ったという安心感が緊張しきった全身に巡り、その場にへたり込む。
「取り合えずとにかく静かにしててください。あの種類なら多分、聴覚以外使い物になってないので音さえ立てなければ来ませんので」
「いやだから…」
「シー!!」
せめてアレが何なのかだけは教えろ。という言葉は次の瞬間、喉の奥に押し込まれる。
最初に見た時より数倍は強化された突進で積み上げた物ごと、扉が破壊される。
入ってきたものは、先ほどに増してヒトガタを失った異形。
息が止まる。息を殺す。心臓の音も、同様に。
———静寂
『ォ…ハ……ヤ………ぁ』
うめき声
何かを伝える意思があるとは思えないような、意味の無いうめき声。
「」
『ぉ…ヒ……ぁゔ』
異形がこちらを向く。
息遣いが聞こえる。
思いたくは無いが、気づかれたのだろうか?
だとしたら、おしまいだ。頼むからどっか行ってくれ。
そんな願いも虚しく、一歩一歩、距離が縮まり、
「…あんまり使いたくはなかったですけど、仕方ないですね」
トウキがあまりにも落ち着き払った声色で、何かを取り出す。
彼の行動に驚き、めをやるが、その目線はすぐに彼の手の中の物にゆく。
手の中に握られていた物は、レバーの着いている穴の開いた短い棒状の物…いわゆるスタングレネードと言われるような物であった。
「目と耳、自分で守ってくださいよ!」
トウキはそう言い、その手に持った物を部屋の奥に投げる。
もちろん、その投げられたものが何であるかを知っていたため、目を閉じ、耳を塞ぐ。
次の瞬間、目を焼くような明るさと、耳に突き刺さるような音が部屋の中に響く。
『があアあああぁぁぁぁァァァぁアアあ!!!』
そしてそれらをまともに食らった異形が叫ぶ。
「外に出て!」
青空自身もまだ聴覚が完全に回復していなかったが、何とかそれだけ聞き取り、転がるように外に出る。
「急いで!そこに封鎖用の扉があるからそれを使ってアレを閉じ込めるので手伝ってください!」
「わ、分かった!」
言われるまま、その封鎖用の扉とやらをで先ほどの部屋を閉じるのを手伝う。
扉には溝が彫られていて、重く、いかにも頑丈そうな印象を受ける。
なるほど、道が細かったのはこれを使うためだったのかもしれない。
そんなことを考えている内に扉は閉まる。
扉が完全に閉まりきる直前、目が合ったような気がするのは気のせいだろう。
もはやあの異形には目すらないだろうから。
扉が閉まりきると、溝に青い何かが流れる。何だこれ?
その直後に扉の向こうですさまじい音がするが、扉はビクともしない。
しかし先ほどのように突破してこないと確信できず、緊張感がまだ残る。
「あの、大丈夫でした?大丈夫だったら名前を教えて欲しいんですけど」
トウキが口を開く。
なんだコイツ、さっきのといい、肝が据わりすぎている。
「名前?」
「はい、名前です。さっきのに驚きすぎて忘れましたか?」
「あ…はは!あはははは!何で今の流れで聞くの?唐突すぎでしょ!あはははははははは!!!」
「どうしたんですか…今のでおかしくなりしたか?」
思わぬことを言われ、キョトンとする青空にトウキはそう返す。
その返答に驚きを通り越して笑い、オレは不安を一周周って安心感を取り戻し始める。
「はぁ…いいや、まさか……オレの名前だったよな」
「はい、そうです」
「オレの名前は栗田ソラ。なんか気づいたらこの辺にいたって感じだな」
「そうですか、変な人な割に名前は割と普通なんですね」
「変な人じゃない」
そうして自己紹介を終え、間を一瞬置き、もう一度口を開く。
「さっきはありがとな。助けてくれて」
「別に…名前くらいは知らないと死に際に呼んであげられないじゃないですか」
「何でそういう言い方になるかね…」
そして互いに目を合わせ、今度は一緒に笑う。
これが金屋トウキとの出会い。
ここからどうなるのかなんて、誰も知らない。多分。
「それにしても、お姉さん変な一人称してますね。女の人なのに『オレ』なんて」
「いや別にいいだろ。ってか『お姉さん』って呼ぶな。さっき名前教えただろ」
「はいはい、なんて呼べばいいですかね?」
「好きに呼んでくれていいぞ」
「じゃあ『ソラさん』で」
「ご自由に」
青空→ソラ
なんか書いてて紛らわしかったので、名前を教える場面以降、名前部分はこれで行きます。