第一話『交差点の真ん中にて』
気づいたらコンクリートの上で寝ていた———なんて、誰が信じてくれるだろう。
「なんだここ…何でオレこんなとこで寝てんだ……?」
目に映るは文字通りの青天井。
雲一つない快晴の空。
「よっ…と」
固い地面に倒れていたからか、背中と頭に痛みを感じ始めたため、体を半分ほど起こし、周囲を見渡す。
「交差点、か?こんなとこで寝ててよく車に轢かれなかったな、オレ」
辺りを見回したことでそこが交差点であったことが分かる。
まともな人間ならそんなところで寝るはずが無いが、それにしても、よく生きて朝を迎えられたものだと思う。
普通、こんなところで熟睡なんてしていたら轢かれて死ぬか、SNSに晒されて焼け死ぬかの二択だが、府道路を行き交う車はおろか、交差点の真ん中で熟睡する奇人変人を観察しに来る野次馬さえいない。
てかホントに何でこんなとこで寝てたんだっけ?
思い出そうと記憶の入った箱をひっくり返すがどうにも出てこない。
逆に覚えている記憶を取り出してみる。
名前は栗田青空。
2006年生まれの一般人類。
最近の趣味は家を出てから帰るまでの歩数を数えること。
好きなものは唐揚げ。当然、レモンはかけない。
嫌いなものは雨。特に家を出るときに限って降ってくる雨には容赦しない。
あとは…アレ?なんか全然思い出せないのだが?
最後何をしてて、何でここで寝てたんだっけ………
もしかしたら寝てる間に一回くらい車に跳ね飛ばされて頭を強く打ったのかもしれない。
「まあ…いつか思い出せるか。それにしても、なァんかさすがに、あまりにも人の気配が無さすぎない?」
とりあえず立ち上がる。
一旦、色んな記憶が抜け落ちていることは置いておくことにして、いい加減未だに人ひとり見かけないことに違和感を感じる。
看板やらなんやらの文字から察するにここが日本であることも分かるが、少し見ない内に現代日本の少子化がここまで深刻化したとは思えない。
一体全体ここの人たちはどこにいったのやら。
「ま、考えてても仕方ないし、とりあえず移動してみますかね」
いつまでも交差点の真ん中で立っていても仕方がない。
そうして、ここの住民を見つけるため動き始める。
ガッ!
ずてーん!!!
音はちょっと盛ったかもしれないが、それだけのインパクトはあった。
何が起こったのかを説明しよう。
転んだ。
盛大に転んだ。
道路と歩道の段差に足を引っかけて転んだ。
数百万年かけて直立二足歩行を手にした人類にあるまじきあまりにも情けない転び方だった。
幸いにしてけがは無い。
すぐに立ち上がることに成功する。
が、しかし、直後店のガラスに反射した姿に———多分、自分の姿に目を奪われる。
そこに立っていたのは少女だった。
赤と桃の中間を行く長髪。
世界を反射する高貴な黄金の瞳。
思わず、ガラスではあるのが分かっていながらも、思わず触りたくなるような素手。
そして実用性重視の衣服がそれ以外の部分を覆い隠す。
「ふぅー………」
深呼吸。こういう時は落ち着くのが大切だ。
一度こういう間を取るのが大切なんだ。
うん、よし、落ち着いた。
それじゃあ、いざ、言葉を発しよう。
「なんじゃぁこりゃぁああああアアあアあああ!!!!!」
微かな記憶にある自分の姿とのあまりの差に大声が出る。
でも分かってほしい。誰だって自分が自分の知らない体になってたらそういう反応をする。
絶対に。何かに誓ったっていい。
落ち着ける訳などない。
「何でオレこんなに可愛くなっちゃってんだ?!てかコレ誰だよ!可愛いなオイ!どうなってんだ??!」
混乱のあまり、自身の姿を映し出すガラスに張り付きその容姿を褒めたたえる。
傍から見たら完全に頭がおかしくなった人間に見えないんだろう。
そんなことをしていると、鏡替わりに使っていたガラスの奥、多分なんかの店の類だとは思うけども。
ガタンッ!と何か重い物が落ちるような音が聞こえる。
ガラスに映る自身の姿のその向こう。一瞬、人の影が見える。
照明は無く、姿や顔などは分からない。
「おっ……とぉ…マジか」
もしかして、今の聞かれたかな…
もし聞かれてたら恥ずかしいとかの次元ではないのだが。
そんな心配をよそに、人影はそのまま奥の方へ歩いて行き、見えなくなる。
「なんだったんだ…?」
思わず、気づかれたら気まずいから息を殺していたが、人影が見えなくなったため呼吸を再開する。
「取り合えず後でも追ってみようかな。一応第一住民だし…」
こっちに来なかったってことは多分さっきまでの絶叫は聞こえてなかっただろうし、何よりこの極限まで人の気配がしない中でやっと見かけた人の気配。今何が起こってるのかを聞くためにも、ここは一度話しかけに行った方が良いだろう。
「よし、行ってみるか」
入り口を難なく見つけ、扉を開け、店の中へと入る。
外から見て分かってはいたが、店の中に明かりは無く、暗い。
そして物が異様に散乱していてまるで台風の直撃にでもあったかのような様相を呈している。
「すみませーん!誰かいませんかー?」
普段は店の中で大声を発したりなんてしないが、今回ばかりは、この人のいる気配が全く無いこの場所で、とにかく人を見つけるため大声を発する。
しかしそれでも一向に人が出てくる気配は無い。
「おっかしいなぁ、さっき確実に奥の方に入ってくの見たんだけど…」
そう言いながら店の奥へと足を進め始める。
「それにしても、なんか散らかりすぎじゃね?」
奥の方も入り口付近に負けず劣らずの散らかりぶり。
先ほどの人影はこんな所に何をしに来たんだか。
そうしてしばらく歩いていると、バックヤードと書かれた扉の向こうからゴソゴソと何かを探るような音が聞こえて来る。
さっき見えた人かな?
「誰かいますかー?」
ノックと共に呼びかける。
その瞬間、中からの音が静まる。
中に入ろうとドアノブに手を掛け、押してみるが、扉は開かない。
外開きなのかと思い、試しに引いてみるがそれでもビクともしない。
…いや絶対誰かいるなこれ。確信した。
しかし、押したり引いたり当たったり、様々な方法で扉に挑戦するが、一向に開く気配すらない。多少は手ごたえくらいあってもいいと思うのだが、本当に何にもない。
だがそれが逆に栗田青空を燃えさせるのだ。
もし僅かでも手応えがあったならこうはならなかったかもしれないが、全く何もなければ話は違う。
栗田青空は思っていた。
絶対に開けてやる、と。
記憶としてはよく思い出せないが、体は自身のことを、精神性を覚えている。
何も起こらないなら、何か起こるまで何とかしてやろうという精神性を。
「せー…のっ!」
そしていざ、全身全霊の体当たりを扉に放つ。
ガキンッ!
「へ?」
「え?」
勢いよく扉をに当たるのと同時に、金属が割れるような音と共に、抵抗なくすんなりと扉が開く。
扉が思ったより簡単に開いたことと、思っても無かったものが目に入ったことで思わず言葉が出る。
扉の先には明らかに自分より幼い子どもがおり、それと目が合う。
きっと先ほどからこの扉の先で何かをしていたのはこの子どもだろう。
だがここまで言って気になるところは無いだろうか。
そう、オレ、栗田青空は勢いよく扉に体当たりをかましている。しかし、その当の扉は抵抗なくすんなりと開いた。
つまり、何が起こったのかというと、
オレはそこにしゃがみこんでいた子どもにとんでもない勢いで突っ込んだ。
本日二度目の転倒事故である。
しかも今回は他人を巻き込んでの事故。
ああ、ついてないなぁ。
(何で「手」に関することを一瞬書いただけでこんなに吉良吉影が脳裏にちらつくのだろう…)
次から割と本番始まります!
誤字脱字があれば報告等していただけるとありがたいです!