クリームソーダ戦争
チリチリと肌を焼く夏の日差し。
Tシャツは汗で肌に張り付き、額からは、汗が滝のように流れてくる。
「暑い」
なんの解決にもならないのに、月並みな言葉が口から洩れる。
松林の向こうからはしっとりとした海の香りが漂ってくる。
「海の香り」というとさわやかなイメージかもしれないが、こう暑いとじっとりとした生臭さがまとわりつくようで、およそ「さわやかさ」とはほど遠い。
海沿いの焼けた車道を歩きながら、混乱する頭を整理する。
「どうして、こうなった。」
そうつぶやきつつ、つい1時間ほど前の出来事を思い返す。
冷房の効いた喫茶店。
クリームソーダを目の前にして、どこからスプーンを入れようか迷っていた。
全国チェーンの喫茶店ではあるが、ここのクリームソーダが好きだった。
時折、カウベルの音がして、客が出入りしていることがうかがえる。
今も一人、店に入ってきて、ちょうど後ろのブースに腰かけたようだ。
一人だと思っていたが、ぼそぼそと声が聞こえる。
「・・・いや、まだ。多分間違いないと思う。座標・・は・・・で・・・・か・・」
携帯か何かだろう、と思い、特に気にしないで、クリームソーダに浮かぶソフトクリームにスプーンを差し入れたその時だった。
一瞬、クリーソーダが揺れた。いや、気のせいか。
そう思って、あらてめて、スプーンを持ち、ソフトクリームを・・・アイスクリームになってる!
最初から、アイスクリームだったのだろうか。
「成功だ、これで我がアイスクリーム同盟の勝利が確定した。」
まてまて、「アイスクリーム同盟」ってなんだよ。
「まてまて、『アイスクリーム同盟』ってなんだよ!」
つい、叫んでいた。
後ろの席には黒いスーツに黒いネクタイ、サングラスに黒い帽子。いかにも怪しい人物が座っていた。
ぎょっとしてこちらを見て、逃げた。
まだ注文前だったらしく、そのまま店外へ。
クリームソーダ(?)をそのままにするわけにもいかず、ひとまず席に着いたが、周りからの視線が痛い。
まあ、アイスクリームでもいいか、と思っていたら、またカウベルが鳴って、今度は白いスーツの男たちが現れた。
「くそっ!逃がしたか!」
そんなことを言って、外に出ていった。
気を取り直して、目の前のクリームソーダに向き合うと・・・ソフトクリームだ。
少し溶けかかった、白くやわらかな光沢は、間違いなくソフトクリームだ。
間違いない。
キツネにつままれたような気になりつつ、「まあいいか」とクリームソーダを平らげて、清算を済ませ、外に出会た。
入口の脇、植え込みの中にうずくまる黒い影。
・・・気が付かなければよかった。
さっきの怪しい黒い男だ。
無視して立ち去ろうとしたら、声をかけられた。
「おい。さっき「ソフトクリーム」を食べていただろう。悪いことは言わない。すぐに吐き出すんだ。」
は?言っていることがよくわからない。
無視して歩き出したら、
「ちっ!人が親切に忠告してやっているというのに。」
そういうと、スーツの腕をまくり、腕時計、のようなものをいじり始めた。
一瞬、景色がゆれた気がした。ふと見ると、黒い男はすでにいなかった。
駐車場で車に乗り込み、走りだそうとしたところ、店の前の歩道に白い男たちが見えた。
何かを探しているようだ。
まあ関係ないか。ということで家に帰る。帰ろうとした。
エンジンがかからない。
ラジオから声が聞こえる。
「地球人類よ、いまから、ゲームを始めましょう」
なんだなんだ?
ラジオだけじゃなくて、外にも声が響いているようだ。
「争いが好きな種族と聞いているので、2つのチームに分かれて戦ってもらいます。」
とりあえず、車の外に出てみた。
白い男たちが空を見上げている。つられてみると、青空に白い顔のようなものが浮かんでいた。
これが・・・デスゲームというやつか・・・。
「これが・・・」
「始まりのとき・・・」
「くそっ!間に合わなかったか!」
白い男たちがつぶやいている。
「それでは、テーマと、チーム分けを発表します。今回のテーマは・・・(ジャジャン)あなたは、クリームソーダに・・・ソフトクリームをのせる派?それともアイスクリームをのせる派?」
声が高らかに響いあと、「どんどんどん、ぱふぱふ」と鳴り物の音がした。
「ちなみに、このゲームの敗者には、恐ろしい罰が待っています。」
やはり、命がないとか、拷問とかだろうか。
「このゲームの罰は・・・ソフトクリーム派が負けたら、ソフトクリームが・・・アイスクリーム派が負けた場合はアイスクリームが・・・1年間クリームソーダに乗せられなくなります。」
遠くから「なにー」「そんなー」という絶望に満ちた声が聞こえる。
なんなんだこの状況は。
え、何それ、恐ろしいの?
なお、その時は気づかなかったが、これが俗にいう「クリームソーダ戦争」の始まりだった。
これをきっかけとして、クリームソーダのまさしく頂点を賭けて、人類はあらゆる手段い手を染めた。世界中の知力と体力と時の運(?)を結集させ、多くの技術革新を生み出し、最終的には時空を超えた戦いとなった。
先ほどの黒い服と白い服の集団は、どうやら戦いが始まる前にケリをつけようと、この時間帯に飛んできたようだ(どうやってケリをつけるのかは定かじゃないが)。
いつの間にか、自分の服が白一色になっていることに気づいた。
さっきのクリームソーダのせいだろうか。
「Sがいたぞ!!」
黒い服を着た集団が追いかけてくる。もしかしてソフトクリーム派は少数派なのか・・・?
迫る黒服集団に気圧され、車を捨て、慌てて逃げ出す。
長い長い闘いの幕は、切って落とされたのだ。
走る走る。
国道に出て、とりあえず海に向かう。
海の家と言えばソフトクリームだ。きっと仲間がいるに違いない・・・。
いやいや、待て待て、そういう話じゃなくて、そもそもなぜこんな戦いをせねばならないのだ。
とはいえ、どこに敵が隠れているかわからない。
夏の日差しの中、運動不足の体には、この逃亡劇は堪える。
あ、あの角を曲がれば海岸に向かう道に出られる。
そう思ったところ、角にサー○ィーワンが見えた。
「いかん。敵の本拠地だ」
と、考えるくらいには思考が毒されている。
左手前の空き地に走って突っ込み、いざ海岸線を目指す・・・。
・・・なんてことがあって、今である。
ほんと、どうしてこうなった。
もう、ソフトクリームとかアイスクリームとかどうでもいいから、何か冷たいものを・・・飲みたい。
流れる汗をそのままに、道端に座り込み、空を見上げる。
その時に見えた、抜けるような青空と、白い入道雲は、まるで、ソフトクリームを乗せたクリームソーダみたいだった。