山の魔女と使い魔
人が一人、ようやく通れるくらいの幅しかない山道に、モンペ姿の人影が見えます。
背負い籠の中にはその日の収穫。
といっても、中身は野菜ではなく、野草や薬草、きのこや木の実と、山の幸がいっぱいでした。
その人影の後ろから、ちょこちょこと忙しく足を動かしながら、キジ虎模様の猫がついてきています。
キジ猫の首輪には少し大きめの鈴が付いていて、コロコロと涼しげな音をさせていました。
この辺りは時折熊が出るので、鈴は熊よけもかねているようです。
ーーー「山の魔女」に積極的に喧嘩を売る熊もいないかもだけどーーー
山の魔女ー『スズナ』は、少し前のことを思い出していました。
ここに来て最初に山に入った時のことでした。
たまたま出会った熊と、半日くらいお茶を飲みながら話をしたのです。
話によれば、その熊は、この辺りの長だということです。
「『山の魔女』がこの山で野草を取ることを、みんなに知らせておくよ」そう言って、帰っていきました。
その時のことを思い返しながら、スズナは後ろを振り返り、鈴の音をさせながら歩く、「使い魔」のことを見ました。
「魔女」は使い魔として「猫」と契約しなければならない。
それは魔女たちの掟でした。
そして、その中でも、「黒猫」が最高クラスの使い魔とされているのです。
スズナもご多分に漏れず、「いつかは黒猫と契約をしたい」と思っていたのですが…。
ナズナのまんまるの目を見ていると、ナズナと出会ったあのときのことが思い出されます。
まだ、スズナが魔女学院で修行をしていたときのことでした。
スズナは道端で大怪我をしているキジ猫を見つけ、そのキジ猫を助けるため、その場で「契約の儀」を行ったのです。
使い魔の猫は生涯で一匹だけ。
まだ見習いのスズナには使い魔はいませんでしたが、ちょうど、先日の授業で、使い魔との契約について勉強したところでした。
魔女と使い魔の契約の効果はいろいろとあります。スズナはその中でも「半分こ」の式を使うことにしました。
契約の儀を行い使い魔となった猫は、主人である魔女が望めばなんでも「半分こ」できるようになります。
スズナはそのキジ猫の怪我を「半分こ」しました。
猫にとっては大怪我でも、人間にとっては命に関わるケガではありませんでした。
それでも、弱っていたので、すぐに魔女学院の寮に連れて帰り、手当をしました。
「なに?キジ猫?」
同室のルーシーがバイトから帰ってきて、スズナに声をかけました。
「そうなんです。今日からわたしの使い魔です。」
「なにかできることある?」
ルーシーは、キジ猫を心配そうに覗き込んできます。
「ううん、いま、落ちつたところだから大丈夫です。」
「そう。」
ルーシーはいつも必要なことしか言いませんが、とても優しい人だとスズナは思っていました。
スズナはルーシーが部屋に帰った音を聞いて、着替えを始めました。
お腹のところにちょっと血が滲んでいます。
汲んでおいた水で傷を拭っていると、後ろで声がしました。
「できることある?」
そこにはルーシーが立っていました。
ーーー部屋に帰ったはずなのになんで?
と思いましたが、ルーシーは夢見の魔女なので、こういったことも得意だったことを思い出しました。
ルーシーは返事を待たずにスズナから手拭いを奪い取り、スズナの体を優しく丁寧に拭き始めました。
拭き終わると、用意してあったガーゼにスズナ特製の軟膏を塗って、傷口に貼り、包帯でぐるぐると巻いていきました。
「はい。明日の朝、もう一度ガーゼを替えるから。」
そういって、今度こそ、ルーシーは部屋に帰って行きました。
次の朝、言っていた通り、ルーシーがやってきてガーゼと包帯を変えてくれました。
「はい、これでいいよ。この分なら、夜にもう一回交換すればよさそうかな。」
「あ…ありがとう、ございます。」
ルーシーは黙って頷くと、部屋を出ていった、と思ったら、もどってきて、
「今日は授業は休み。先生にも言っておく。」
と言って、扉を閉めて今度こそ部屋を出て行きました。
こういうときのルーシーに逆らうと後が怖いので、スズナは素直に休むことにしました。
とはいえ、お腹の傷が痛いだけで、結構元気はあるので困ってしまいます。
手持ち無沙汰にキジトラ猫の寝顔を見ていると、耳をぴくぴくさせて、それから布団の上で横たわったまま大きく伸びをしました。
それから、両方の手で顔をギュッと抱えたと思ったら、そのまままた眠ってしまったようです。
スズナも傷を早く治すよう、ベッドで少し寝ることにしました。
昼になって、お腹が空いたので、共同の台所に向かいました。
朝食と夕食は寮の管理人さんが用意してくれるのですが、昼食はありません。
普段は学院に食堂があるので、そこで済ませるのですが、今日はお休みなので、台所と食材を少し借りて、スープを作ることにしました。
自分の分と、キジ猫の分。
キジ猫には、鳥の胸肉を茹でて、鳥の骨から取った出汁でほぐしたものを、用意しました。
部屋に戻り、自室の扉を開けると、キジ猫が背筋をピンと伸ばして、こちらをまっすぐに見ていました。
「このたびは、助けていただた…いただいて、ありがとう、ございました。」
キジ猫はそう言うと、頭をちょこんと下げました。
使い魔となった猫は、人の言葉がわかるようになります。
スズナはそれを知ってはいましたが、自分の使い魔と話ができるようになったので、少し嬉しい気持ちになりました。
でも、すぐにケガのことを思い出して、持っていたトレイを机に置くと、キジ猫に駆け寄りました。
「痛くない?」
そう言ってスズナはキジ猫の傷のあたりを覗き込みます。
「痛…いですが、大丈夫です。魔女さまの薬のおかげです。」
使い魔の感じている感情や感覚は、ある程度魔女にも伝わるので、キジ猫が強がりで言っているわけではないことはわかりました。
「そう。」
スズナは少しほっとして、昼食の用意を始めようとしました。
「魔女さま。」
キジ猫は、真剣な顔(毛むくじゃらでわかりにくいですが)で、スズナを呼び止めました。
「あたちの名前は『ナズナ』です。今日から魔女さまとずっと一緒にいます。よろしくです。」
使い魔になった猫は、主人である魔女に最初に名前を捧げ、正式に契約が完了となります。
「『ナズナ』…なんか、似てるね。わたしは『スズナ』。よろしく。」
ーーー黒猫、じゃないけど、この子がわたしの使い魔ーーー
こうして、キジ猫「ナズナ」は、見習い魔女スズナの使い魔となったのでした。
魔女は魔女学院を卒業すると独り立ちします。
スズナは、薬草に詳しくて、お山を歩きながら、いろんな野草やキノコや、木の実を集めるのが好きでした。
なので、ずっと「山の魔女」になろうと決めていました。
魔女にはさまざまな「性質」があり、その「性質」によって、住む場所もある程度決まっています。
占いが好きな魔女は街へ、空を飛ぶのが好きな魔女は谷へ、道具を作るのが好きな魔女は交易の盛んな港町に旅立って行きました。
卒業試験でスズナは見事に山の魔女として認められました。
ルーシーと離れるのは寂しかったですが、また会う約束をして、それぞれの仕事場所に旅立って行きました。
スズナは、今の仕事場所がとても気に入っています。
山に行けば、大抵の欲しいものは見つけられます。
いつも一緒の使い魔もいます。
たまに、薬を売りに街に出ますが、街の人もみんな優しくしてくれます。
ルーシーに会いに行く計画を立てるのも楽しみでした。
この日も、スズナは、今日歩いた道や、休んだ沢の流れや、ナズナがお気に入りのハンモックで寝ているところを思い返しながら、眠りにつくのでした。
8/14一部訂正




