七夕の日
七夕にはいつも、家の庭の笹の葉に、短冊に書いた願い事をつるすことが我が家の決めごとだった。
その「願い事」は毎年同じ、「世界平和」。
その習慣がはじまってから15年目のある日、ふと見ると、笹の葉のそばに、黄色いクラゲのようなものが漂っているのが見えた。
風船でも引っかかっているのかと近寄ってみると、そのクラゲ(?)には赤い目のようなものがついていて、じっと短冊を見ているようだった。
不気味に思って、逃げようとすると、不意に声が聞こえてきた。
「世界を平和にしたいのかい?」
いよいよ不気味に思ったが、考えてしまった。願ってしまった「平和な世界を」と。
「そうかい。じゃあ。」と声がした、次の瞬間。
世界から「兵器」が消えた。
後でニュースで知ったのだが、世界各地で大変な暴動が起きた。
兵器が消えれば戦いはなくなるかといえば、結論としてなくならなかった。
世界経済は傾き、貧困が生まれ、「兵器」はなくとも「争い」が増えた。
そんな世界でも、毎年、七夕には願った「世界平和」を。
3年ほどが経ち、そんな世の中がだんだんと落ち着いて、兵器の代わりになるものを人類が見つけようとしていたある日、笹の葉の上に透明なクラゲのような物体が下りてきて言った。
「アイツは失敗したみたいだね。僕は、違うよ。」といって、その体をブルっと震わせた。
その瞬間・・・人類から感情が消えた。らしい。
感情がある、ということすらも、感じているのかわからない。
世界は平和になった、のだろうか。
おそらく、争いは起きていないのかもしれない。
何かしようとする気力も、考えすらも湧いてこない状態、なのだろう。
その後の記憶は曖昧だが、こんな声が聞こえたような気がする
「あほか。感情がなくなれば緩やかな滅びが待っているだけじゃ。そもそも「平和」とは、主体となる物体が感じるものであって、小手先の技で作りだせるものではないんじゃ。」
ふと気が付くと、庭の傍らで、風にそよぐ短冊を眺めていた。
「今日は平和な日だなぁ」
つぶやいた言葉は、初夏の空に吸い込まれていった。