note.8 挨拶
「番の皆様、今日はお集りくださってありがとうございます」
サラリアの言葉に竜人の番である女性たちがの視線が集まった。
「お礼を言うなら私のほうです」
「私も。家から出るのは久し振りですわ」
竜人は番を自分の巣である家から出したがらない。
番が竜人ならお互い様で理解できる。姫だったサラリアは閉じ込められる感覚になれていて特殊。それ以外の種族の番たちには窮屈で息苦しい。しかし竜族の国は浮島であり、竜族と羽を持つ鳥族の番しか家から出られない。
中には「久しぶりに外の空気を吸った」と泣いて喜んでいる番もいて、サラリアは竜族の男の闇の部分を見た気がした。
ちなみに竜人の番には男もいるが、オーレリウスは彼らに声をかけていない。ラーシュが気の毒だったのもあるが、竜族の女たちの恨みを買うのが怖くて嫌だった。
「サラリア様からの誘いだと言ったら、いつもブチブチ煩い夫が二つ返事で了承しましたわ」
上下がはっきりしている竜族。基本的に下位の竜人は上位の竜人に逆らえない。サラリアは人族だが王竜トールの母親であり、サラリアが認めていないため非公式だが竜王ラーシュの番である。
「家から出ることができた上に、美味しい野菜を食べる可能性が出てきたのですもの」
「分かりますわ。夫も子どもたちも『野菜がなければ肉を食べればいい』しか言わないから。草食系獣人の気持ちなんて、あんな筋肉だるまの肉食共になど分からないのです」
嘆いているのか悪口なのか分からない。
苦笑しながらサラリアはトールに彼のお気に入りのスコップを渡す。他の子どもたちにもスコップが渡される。
今日はこれから畑の肥料を作るのだ。
◇
肥料を作るといったサラリアから『作り方』を聞いたラパンは実演を見たいと言い、それならば子どもを連れて遊びにきてほしいと言ったのがこの集まりの始まり。
「それでは後日」となったのだが、お茶会でラパンから野菜作りの話を聞いた他の番たちが自分たちも知りたいと言いはじめた。
美味しい野菜が食べたい欲と家から出たい欲が同時に晴らせるイベント。逃せないと彼女たちは必死だった。それに加えて王竜トールとお近づきになるため子どもを加えたイベントにしたところは、流石貴族のご夫人たちである。
「ここからはお子様グループとお母様グループに分かれてもらいます。お母様方はこのままここで歓談を続けながら、お子様たちがやっていることをご見学ください。お子様たちはどうぞこちらに」
サラリアはロープで四角く区切った場所に子どもたちを連れていき、好きに地面を掘るようにと言った。
しかし「好きに」と言ってもここにいるのは貴族の子ども。爵位だとか親の仕事のことを考えて一歩が踏み出せないようだったがその点トールは気にしない。大好きな土掘り。掘り放題。なぜか子どもは土遊びが大好き。
「わっ、たくさん土をのせられた」
「見て、すごく深く掘れたわ」
「土運び、誰が早いか競争しよう」
一人が始めればあっという間。
その最初の一人が王竜ならなおさらで、土と戯れ始めれば一気に子どもは夢中になる。あちこちで歓声があがるのをサラリアは楽しく眺めていたが……。
(早いわ……流石子どもでも竜族)
不思議な話だが、片方が何族でも竜族の子は全員竜人になる。
そうなると世界は竜人で溢れてしまいそうだが、そうならないように神が手を加えたのか竜族は番が相手ではないと子ができにくい。番でない竜族の夫婦は薬を使って子を産むことが多いが、この薬は一回しか使えないので子どもは一人だけ。番であっても多くて三人。ラパンは稀有な例で兎族で番だからこその奇跡だと言われている。
このまま地面を掘り続けたら浮島を貫通してしまいそうなのでサラリアは子どもたちに穴掘りをやめさせた。
「掘った穴に生ごみを入れます。食べなかったり料理をしているときに使わなかったものです。今回はお城からもらった生ごみで、量も多いのでお城の方にやってもらいますね。お願いします」
サラリアが声をかけると恐縮しながら城からきた使用人が抱えてきた木箱の中の生ごみを穴の中に放り込む。野菜の皮、魚の骨や内臓、肉の切れ端などがどんどん穴の底に溜まる。
今朝出たごみを頼んだので腐敗はしておらず臭いはしないことにサラリアはホッとする。子どもの野菜嫌いをどうにかしたいというのも今回の目的。汚い・臭いは「問題ない」と口で言っても嫌厭のもとになってしまう。
(美味しい野菜を食べてないからだと思うのよね。地上ではトールも野菜をよく食べていたし……あとは味付けかしら)
「ある程度入ったら上に土をかけます。しっかり土を被せれば臭いも漏れないので安心してください」
掘ったときにできた土の山に子どもたちは駆けていき、シャベルで土を入れ始める。バッサバッサと豪快だが、被さっているので良しとした。その後も生ごみ、土、生ごみ、土と重ねていく。
「サラリア様、あれでどうして肥料になりますの?」
「土の中にいる微生物が先ほど入れたゴミを分解して土の栄養分にしてくれますの。食材の無駄はなくなりますし、生ごみの臭い対策にもなりますわ」
「コスト削減に臭い対策……人族はいろいろなことを考え……「ちょっと」……あ、申しわけございません!」
最弱の人族を嗤うものではなく単なる感想。その違いが分からないような者にはなりたくないと思いながらサラリアが「気にしないでください」と笑うと彼女たちは安堵の表情を浮かべた。
(人間はいろいろなことを考えるか)
身体能力も低く、魔法も使えないから人族は最弱。
でも力が弱かろうが、魔法が使えないかろうが生きている。不便はいっぱいあるから知識と技術で少しでも便利にする。やりたいことはたくさん、不便はどんどん湧いてくる。時間が足りない、やりたいことはたくさんある。
『また最初から』なんて時間がもったいないから、次の世代が自分の先から学び、実践できるように『本』という足跡を残す。
「あの、サラリア様。この生ごみに埋める方法を主人に教えてもよろしいでしょうか。我が家の領地は昔から野菜の生産を任せられているのですが、あまりうまくいっていなくて……肥料も高いので全ての畑にまくことはできませんし……」
「もちろん、構いませんわ。人族ではよく知られた方法ですもの。いろいろな家が工夫しているから何を埋めるか、何が育つかとかの情報も沢山ありますのよ。ちょっと待っていてくださる? 持ってきた本にたしかそんな情報が……もっと工夫すれば領地に適した肥料が作れるかもしれませんわ」
まあ、と喜ぶ夫人にサラリアは微笑みかけると家のほうに向かう。子どもたちのほうは楽しそう、「ミミズが!」と悲鳴が聞こえたりと賑やかだった。トールの楽し気な声も聞こえる。
(ドラコニスに来てよかった……あら?)
サラリアは店の扉が開いていることに気づいた。
(……オーレリウス様かしら?)
この浮島は城の一部として扱われており、勝手に上陸する者はいないが周りは厳重に警備されている。
城の警備の防具をつけた竜だけでなく、ときおり神殿の聖騎士隊の防具をつけた竜も飛んでボランティアで警備している。オーレリウスのあの兄だ。彼は自分なりにこっそり、サラリアにはバレバレで王竜トールの警護をしてた。
本当に王竜を切望していたのだな、健気だな、と思わないでもなかったがサラリアはまだ腹に抱えている感情が整理できていないので上陸を許可できていない。
(というか、トール自身が嫌がっているのよね)
竜人は縄張り意識が強く、この浮島はトールの縄張り。トールが嫌だと感じる者が近づくとトールが気づき、時には竜になって追い払おうとする。
そしてトールはオーレリウスの兄にも『なんか嫌い』と呟いていた。これだけ健気だと事前にオーレリウスにこのことを言っておいたほうがいいのかもしれない。そんなことを思いながらサラリアが開いていた店の扉を潜ったとき――。
「あ……」
聞こえてきたのは、驚きと……怯えを含んだラーシュの声。
どうしてここにラーシュがいるのかと思ったサラリアの目に入ったのはトールのお気に入りのリュックサックと眠るときいつも一緒のぬいぐるみ。今日の午前中、みんなが来るまでお兄ちゃんたちと遊んでくるといって飛んでいったトールの姿を思い出した。
(忘れ物に気づいて持ってきてくれたのね……)
「あ……の……その……」
(……まるで悪戯がみつかったときのトールみたい……ラーシュなのに……)
サラリアが店の中に入ると、見て分かるくらいラーシュの体がビクッと震えた。
(あんな大きな竜になる人が人族なんかに怯え…………違う。人族じゃない……『私』だ)
怯えているラーシュの目に映っているのはサラリアだ。
(私、なんかに……)
サラリアはいつの間にか緩んでいた口元をきゅっと引き締めると、スカートの端を指でつまんで礼をする。
「いらっしゃいませ。今日はどんな本をお探しですか?」
ここで第1章が終了になり、一旦休止します(再開12月2日予定)。
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