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番の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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6/8

note.6 幸福

家も含めた引っ越しはすぐに決まった。


家はそこが建っている地面をごっそり掘って持っていくと聞いたときは吃驚したし、引っ越し当日(つまり今日中)には住めるようになると聞いてさらに驚いた。


竜族の機動力はすごい。



「もともと長くいる子じゃないと思ったわ」


別れの挨拶のためにハンナのもとに行くと、ハンナはそう言って笑った。店を持っていってしまうことを詫びると「気にしないで」とハンナは優しくサラリアの手を叩いた。



「きっかけを作ってくれただけで十分だし、更地になるなら学校をあそこに作ってもいいわね」

「学校……ですか?」


「本を読んでいるだけじゃつまらないって読書仲間と話したの。せっかく学んだことを何かに使いたいねって。だから学校。私たちが先生になって、子どもたちに文字や簡単な計算を教えたり、お母さんたちを集めて子育ての相談にのったり、生活の知恵をあれこれとね」


「素敵ですね」

「素敵でしょう。リアちゃんに幸せにしてもらったから、今度は私たちが誰かを幸せにする番。リアちゃんも、幸せにね」



 ◇



「これが……馬車?」


オーレリウスに連れられて町の外に出ると『馬車』が止まっていた。いや、『馬車』だと言っているのはオーレリウスだけで馬も車輪もない。



(馬車というより……鳥かご)


囚われるような錯覚を与える形状にサラリアがトールの手を強く握ると、オーレリウスはその体を竜に変化させた。サラリアはラーシュで見慣れていたが、初めて変化を見たトールは歓声をあげる。


『発現後はトール様も竜に変化できるようになりますよ』

「うわあ、楽しみだなあ」

『それではお二人とも馬車の中に』


オーレリウスの言葉に従って『馬車』に乗ると、オーレリウスの足が上についた輪を掴む。きらりと光る竜の爪が間近に、大迫力である。



空の旅は意外と快適だった。


最初は大きくぐらりと揺れたものの、風魔法で空気抵抗を相殺しているのかその後は揺れずに上へと浮かびあがり、やがて水平移動に変わる。オーレリウスは旅の間に竜族についてトールとサラリアの質問に答え続けてくれた。



『発現の兆候がでたら、私がトール様を無人の浮島に連れていきます。トール様にはそこで思う存分暴れていただきます。島中を水浸しにしてもいいですし、なんなら浮島を壊しても構いません』

「こ……壊す?」


浮島を『壊す』という表現にサラリアは驚く。


『王竜であるトール様は地の魔法も使えますので、浮島を崩壊させることもできます。あくまでも可能性ですけどね。発現でやらかすことは人それぞれなので分かりません』


(やらかす……いま、やらかすと言ったわよね……そんな軽い話ではないのに……)


そんな発現があの町で、地上で起きたらと想像してサラリアはゾッとした。


(この子は、大勢を殺してしまったかもしれない……)



サラリアもトールも発現のことを知らなかった。


しかし誰かの命を奪っておいて『知らなかった』はない。『仕方がない』は加害者がいってはいけない。それはあの日ラーシュに「仕方がなかった」と言わせなかったサラリアが一番よく分かっている。


『仕方がない』と言えるのは『知らなかった』で命を奪われた人、『知らなかった』で大事な人を奪われた人だけだ。



サラリアが愛するトールが罪もない何千、何万もの人を殺す。殺されてしまった者の怨嗟の声がトールを襲う。サラリアの無知の代償は、その罪はトールが背負う。


トールの慟哭を想像すると「仕方がなかった」という言葉しか浮かばず、サラリアは「仕方がなかった」に籠る救いを求める思いに気づいた。


(私はラーシュに救いを求めることさえ許さなかったのね……)



「わああ! すごいね、母様」


雲が流れていく光景にトールは目を輝かせる。その姿にラーシュの姿が重なった。


竜になったラーシュはいつもこんな風景を見ていたのか。サラリアの頭に浮かぶのは竜に変化して飛び立つラーシュの雄大な姿。


「トールもいつかこんな風に飛ぶのね」


この景色はサラリアには教えることができない世界だった。



 ◇


「ここは?」


降りたったのは可愛らしい屋敷の庭。オーレリウスが竜から人の形に戻る。


「私の家です。サラリア様の家の準備が整うまで我が家でお過ごしください。あとこの浮島には私の家族と使用人しかいないのでご安心くださいね……ああ、妻です」


オーレリウスの視線を追ってそちらを見ると、雲のようにふわふわとしたピンク色の髪の小柄な女性が立っていた。



「ラパン・ウィンドスケイルと申します」


おっとりとした言葉を零すぽってりとした色っぽい赤い唇。小柄な体に似合わないほど胸元は豊満で、他人事だけど足元は見えるのだろうかとサラリアは不安になった。


「滞在するお部屋に案内させていただきますわ」


微笑みのカーブを描いた瞳の、とろりと潤む視線には女のサラリアもドキドキしてしまった。



「服も一応準備させて頂きましたわ。貸衣装ですのでお好みを教えてくださいませ。それをもとにいくつか注文しますので」


案内された客間はサラリアの好みで、ラパンが開いたクローゼットの中の服は八割くらいサラリアの好みだった。とりあえず喪服のように全身を隠す服は着づらいし動きづらいので返却してもらうことにした。「独占欲丸出し」というラパンの呆れた呟きはサラリアには聞こえなかった。



「服のあとは飾りと化粧品ですね。私はお洒落が好きなので知識はそれなりにありますのよ」


我がことのように楽しそうなラパンにサラリアは申し訳ない気持ちでお願いした。


「私はこういうのが不得手なので、選ぶのを助けていただけませんか?」

「もちろんですわ。私には妹が5人いまして、彼女たちのお世話で慣れっこですのよ。サラリア様のご趣味は何ですか?」


妹五人とは凄いと思いながら、サラリアは読書が好きなことを教えた。



「それならば普通の化粧品でよいかしら。家庭菜園が趣味だったり、運動が好きな方には汗をかいても落ちにくい化粧品をすすめますのよ」


サラリアの肌色を見ながら手際よくラパンは化粧品を選んでいく。


「サラリア様、爪はどうしますか?」

「荒れているので」

「手に触れられるのがお嫌でいなければ、ケアが得意な侍女がいますが?」

「いえ、家事があるので……」


トールが会話に割り込む。


「母様のご飯、おいしいよ」

「そうなのですね。私も食べてみたいですわ。そうですわ、この国でもブックカフェを続けてくださいませんか?」


ラパンの言葉にサラリアは驚いた。


「この国で需要はありますか?」

「もちろん。実はいまドラコニアではいま空前の人族料理ブームなんですの。特に煮込み料理が大人気ですわ」


ラパンの言葉に竜族の料理を思い出した。肉や魚を焼いて、味つけて食べる。これが基本。野菜が少ないからか煮込む料理はほぼない。



「それに、陛下が読書する姿に憧れて本を読む竜族が増えましたのよ」

「……彼が、本を?」


読書の何が楽しいのかと本気で不思議がっていたラーシュを思い出してサラリアは首を傾げた。


「私も聞き齧った話ですが、実は……続き、お聞きになりたいですか?」

「その言い方は、狡いのでは?」


思わせぶりな言い方に好奇心を刺激されないわけがない。


サラリアが不貞腐れたように言えば、ラパンは楽しそうに笑ったが、直ぐに表情を改めた。楽しい話ではなさそうだと気持ちを改める。



「陛下はずっと本を読むことを禁じられていましたそうです」

「え?」


「陛下は幼い頃からずっと祖母である女帝シーリア様に厳しく管理され、シーリア様の言葉以外を聞くことは許されなかったそうですわ」


サラリアの眉間に皺が寄る。


「先代竜王陛下は陛下が幼い頃に亡くなり、唯一の直系王族となった陛下は『保安上』という理由で10歳になるまで人前に出てこなかったそうです。政治は中継ぎで王となったシーリア様が陛下の代理で行い、騎士団長のお義父様ですらお目通りが叶わなかったそうです」


ラパンの言葉に、かつての自分の姿が重なる。


「10歳で王となった陛下は無表情で、喜怒哀楽のない人形のような少年だったそうです」

「そんなこと……初めて、聞きました……」


サラリアの言葉にラパンは困ったように笑った。



「弱いところを見せるのを『格好悪い』と殿方は仰いますが、私はそういうところが可愛いと思いますの。格好いいところも際立つでしょう?」


ラパンは笑顔だが、その言葉はざらりとサラリアの心を逆なでした。


「私も番なので、分かるのですよ」


ラパンが控えていた侍女に頷くと、侍女は上手にトールの気を引いて連れ出した。


「このオーレリウスの縄張りに王竜のトール様を害そうとする不届者はおりません。突然目の前でひれ伏して吃驚なさる者はいるかもしれませんが」

「……竜族をよくご存知なのですね」


「まあ、嫉妬ですか?」


サラリアが言葉に困るとラパンはくすくすと面白そうに笑う。


「サラリア様の気持ちを『分かる』なんて言いませんわ。サラリア様の気持ちはサラリア様だけのものですもの」


「……本心から言っているようには聞こえませんが」


『分かりますか?』と言いたげなラパンの表情にサラリアは眉を寄せる。やっていることと言葉選びはサラリアを怒らせようとしている感じがするが、目的が分からないし『怒らせる』という言葉の先に何かあるように感じた。


「ふふふ……人族の恋愛小説を読んで、一度言ってみたいと思った台詞でしたの。でもただ言うだけでは駄目ですわね。私にはその気持ちが分かりません」


何が分からないのかという気持ちを込めてサラリアはラパンを見る。


「どうして好きな男を『嫌い』もしくは『好きじゃない』と思わなければいけませんの? それがほんとーーに分からなくて。理屈で恋するなんて、人族の恋は難解ですわ」


「理屈で、恋する……」


「好きに理由が必要なのでしょう? 相手の何かが心の琴線に触れたから好き、では駄目なのですもの。どこが好き、どうして好き、そんな理屈が必要なのですわ」


ふうっとラパンは困ったように溜め息を吐く。


「だから一般的に許せないことがあると『もう好きじゃない』と仰る。許せない理由があるから、嫌いにならないといけないから」


『嫌わなければいけない』。サラリアは自分がラーシュに感じているものに名前をつけられた気がした。



「番だからという感覚は種族ごとに違います。竜族のラーシュ様にとって番は絶対、対して人族のサラリア様にとって番は無意味。これが一般的な見解ですが……女としては思うのですよ。本当にサラリア様に『番』という感覚はございませんの?」

「……え?」


「サラリア様は陛下と初めてお会いしたときに『この人だ』と感じませんでした? 兎族にも番という認識はありませんが、オーレリウスに初めて会ったとき『この人だ』と私は感じましたの」


当時のことを思い出したのか、ラパンがほうっと艶めいた溜め息を吐く。


「私、オーレリウスに出会うまでは惚れっぽい恋多き女だったのです。兎族は男も女もみんなそうですけれどね。性的欲求が強いのです。男性と関係をもつことに一切抵抗なく、『今日はこの人、明日はあの人』という感覚さえありましたわ。オーレリウスだけですの。絶対にこの人、この人でなければ嫌だと感じて欲情したのは。オーレリウスも同じだったのか、出会ってすぐに関係を持ちましたわ。サラリア様、身に覚えはございませんか?」


サラリアの体が強張る。


「あの感覚。子宮がオーレリウスを求めて疼きましたの。この男の子どもが欲しい、と。そんなこと誰にも感じたことがなかったのに……サラリア様、身に覚えはございませんか?」

「……聞かないでくださいませ///」


ラーシュと初めてあったときのことを忘れたことはなかったが、思い出すと受けた教えに背いたという罪悪感が半端ない。『結婚まで純潔を守るべき』という教えは古いとしても、サラリアの知る恋愛観では出会って十分にも満たない男と関係を持つなど珍しいを通り越してぶっ飛んでいた。



「本能の違いとはいえ、あの感覚の一欠けらでも味わったら出会って十分後に抱かれていても仕方がありませんわ」

「どうして知って///!?」


「私も番だからです。でも、サラリア様、頑張りましたわね。十分で……では痛かったでございましょう? 陛下も初めてだから『大丈夫』が分からなかったでしょうし」

「やめてえ///」


「分かります、分かりますとも」


(……本当に?)


「目にすれば心が震え、その声を聞けば心が悦び、その身を受け入れるたびに心が満たされる。私もその感覚を知っています」

「分かっておりませんわ///」


「分かっておりますとも。その感覚全てがオーレリウスが私の番だからという理由ならば、サラリア様が番である陛下を理屈で嫌うのは難しいと私は思いますし、空しいと思いますわ」


ラパンの言葉にサラリアはぴたりと動きを止める。


「……“空しい”?」

「ええ、空しいですわ。サラリア様、陛下以外に心惹かれる雄なんています? もちろん心惹かれなくても関係をもつことはできますが、あの痺れるような甘い感覚を知っていて妥協するような真似をできます?」


(…………できない、というか、したくない)



「あくまで『私は』ですが、オーレリウスの想いや欲望の理由が『番だから』でも私は構わないのです。不自由のない生活ですし、優しく笑って、甘く恋心を語って、熱く抱いてくれるのですもの。安心できる理屈がなくとも、仮にオーレリウスの心が得られていないとしても、ただ彼の腕の中にいられれば私は幸せなのです」


(……安心できる理屈)


ラパンの言葉が、すとんとサラリアの腑に落ちた。番だから以外の理由を欲したのは、自分の分かる感覚でラーシュの心を得たという安心がサラリアは欲しかったのだ。



「ラパン様、ありがとうございます」

「どういたしまして」


「……何に対する礼か、これからどうするのか聞かないのですか?」

「私はただサラリア様の張っている肩肘をリラックスしてさしあげたかっただけなのでお礼は結構ですわ。でもこれからは聞きたいですわ。これからどうしますの?」


「私は―――」

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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