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番の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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5/8

note.5 相談

「……“宰相”になられたのですか?」


サラリアにジッと見られながらオーレリウスは笑顔で頷いた。


「出世しました」

「道なりが気になる出世街道ですね」

「それは、おいおい」


これからも付き合いがあることを意味する言葉にサラリアは少し怯んだ。



「お入りください。トールの発熱の原因と対策について教えていただけるのですよね?」


頷くオーレリウスをサラリアは二階に案内した。リビングで本を読んでいたトールが顔を上げると、オーレリウスはトールの前に膝をつき恭しく頭を下げた。


「……だれ?」


発熱による怠さのせいか、最近のトールは機嫌が悪い。


「オーレリウス・ウィンドスケイルと申します」

「……うん」


オーレリウスが自分だけを見ていることに気づいたトールの苛立ちが少し薄くなった。トールにとって母親のサラリアは最も大切な人で、竜人のトールにとっては守るべき宝物。感覚で男たちが母サラリアに向ける邪な思いに気づいていたから、そんな男が近づいてくるのが不快だった。この人は違う。オーレリウスのことはそう感じられた。



「トール様、私の目を見ていただけますか?」


言われた通りトールがオーレリウスの目をジッと見るとオーレリウスは体内の魔力回路を少し開いた。トールの体がぴくっと揺れたあと額の鱗が淡く光りはじめる。オーレリウスはそのままその状態を維持し、トールが呼吸を荒げはじめたところで魔力回路を閉じた。鱗の光も消え、トールはすうっと眠りについた。


「! 一体何をっ!」


脱力したトールに駆け寄り、彼を庇うように抱いて自分を睨むサラリアにオーレリウスは両手をあげてみせる。


「魔力の状態を確認しただけです。トール様にとっては荒れた川を筏で渡ったような感覚ですから、いまはお疲れになって眠りについただけです。体に溜まっていた魔力を私のほうに移したので、多少お熱は下がったかと」


オーレリウスの言葉を確認するようにトールの額に手を当てたサラリアは、下がった熱と安定した呼吸に安堵して体の力を抜いた。


「ごめんなさい」

「お気になさらず。さて、トール様の状態ですが発現が近いです。サラリア様は発現をご存知ですか?」

「体の中心にある核と呼ばれる部分から魔力が出てきて、魔法が使えるようになる現象ですよね」


人族は魔法が使えないが、地上には魔法が使える種族がいるし色々な本にも書かれている。


「発現が起きることで、どのようなことが起きるかは?」

「魔法が暴発する、くらいしか」

「端的に言えばそうですが、例えばラーシュ様は浮島を一つを丸々を燃やしました。事前に察知した父が陛下を掴んで無人の浮島に放り込んだので死者は出ませんでしたが、逃げ遅れた父は尻尾の先を焦がされたそうです」


「浮島を……丸焼き……え? この子の場合は?」


竜王のラーシュで浮島を丸焼きにしたの。それより上位の王竜なら何が起きるのか。


「人それぞれなので何がどの規模で起きるのか分かりません。ただ地上で発現が起きれば大洪水、竜巻、大火、地割れ……いずれにしてもこの町は壊滅的被害を受けるでしょう」


サラリアの顔から血の気が引いた。



「……だから宰相閣下が自らが説明に来てくださったのですね。説明と、今後の方針を決めるために……そして時間の余裕はないのですね」

「ご理解が早くて助かります」


にこにこと楽しそうに笑い続けるオーレリウスの顔を見るとなぜか一発殴りたくなったが、やめた。


「魔力を暴走させている間、トールは……」

「全く問題ありません。嵐の中心にいる感じなので何もおきません。自分のときは『いろいろなものが吹っ飛んでいくー』と楽しんでいました。満足したら終わりましたよ。ドラコニアに来てくださればラーシュ様のときのように無人の浮島で好きなだけ暴れ回ることができます。トール様はまだ幼竜、大人の竜人ならばトール様の魔力回路に干渉して発現を一時的でも抑えることができます。その間に全員総出で魔力障壁を作れば……まあ、きっと、何とか時間稼ぎぐらいは……」


無人浮島への隔離一択だとサラリアは察した。


「発現はいつ起きますか?」

「遅くても五日のうちに起きます」


(悩む時間もない)


「……分かりました。直ぐに準備します……あ……」

「どうかなさいましたか?」


空の上にある浮島への行き方などサラリアには分からなかった。


「ドラコニアに連れていっていただけますか?」

「……もちろんです」


店を休業する告知をしなければとサラリアは考えていたから、「連れていくのが当然とは思わないのだな」というオーレリウスの呟きには気づかなかった。



「……おじさん」


「トール」

「トール様」


腕の中にいたトールが目覚めたことにサラリアは安堵していたが、逆にオーレリウスは早い目覚めに思ったよりも発現が早そうだと危惧した。しかし焦らせたところで良い結果はうまない。オーレリウスは努めて笑顔を作る。


「竜の国にいったら父様に会える?」

「……お会いに、なりたいのですか?」


意外な言葉にオーレリウスが言葉を詰まらせた。


「うん。この本をくれたお礼を言いたい」


トールはオーレリウスによく見えるように本を突き出す。目の前に突き出された本の表紙にオーレリウスは目をパチパチと瞬かせ、そのまま目線だけサラリアに向けた。


「広義では、間違っていないと思うので」

「……そうですね」


その本はラーシュが送った金で買った。だからラーシュが『くれた』と言っても間違ってはいないのだが、オーレリウスにはそれがサラリアのラーシュへの気遣いにも感じた。これは意外と復縁の可能性が高いかもと思ったが―――。


「母様は会いたくないって言っていたから僕だけでいいよ」

「……畏まりました」


そうは問屋が卸さないかとオーレリウスは肩を落とした。



「……さて、こちらの建物は持っていきますか?」

「……は?」

「もちろん売却なさるなら任せていただきますが、この家にはトール様との思い出もございましょう?」

「え? 持っていくとか、売却とか、どうして?」

「?人の住まない家は荒れてしまいますので」

「一カ月やそこらでは、せいぜい埃が積もるくらい……」


サラリアに言葉にオーレリウスは首を傾げたものの、すぐに何かに気づいて『すみません』と謝った。


「発現について説明不足でした。発現は一回では終わりません」

「え?」

「発現の始まりや現象には個人差がありますが、終わるのはどの竜人も大体十四歳です。心身ともに成長する時期ですね。その間、トール様の御年ですと約十年間は不定期かつ結構頻繁に発現が起こりますので、その間はドラコニアにいていただくのが現実的です」


もちろんサラリアが希望すればいつでもドラコニアとここを行き来もするが、気圧の調整期間などを考えると頻繁に行き来するのは現実的ではないとオーレリウスは説明した。


「気圧の調整? そんなこと前回は……」

「なさったと思いますよ。空気の密度を調整する半透明のドームに三日程いるか、ちょっと高くつきますが魔導具をつけるか……あ、そうでしたね。ああ、なるほど前回は……ああ、そうですよね」


「……一人で納得しないでくださいますか?」

「竜王に抱き潰されれば三日くらい余裕で……「ウィンドスケイル宰相閣下!」……『オーレリウス』でお願いします」


「オーレリウス様。お言葉に甘えて、この店を運んでいただけますか?」


出会いのことはさておき、ドラコニアに行くことは悩むことではない。地上では発現を起こせば大災害。災害は一回限りではなく不定期しかも頻繁。発現がおさまる十四歳くらいまでトールは竜族の国にいるべきで、サラリアにトールと離れて暮らすという選択肢はない。



「城の浮島の少し下にある小さな浮島に運ぶ、でいいですか? 王竜の浮島にちょっかい出す輩がいるとは思いませんが、城の警備兵たちに警備させます。食料や日用品は一日に一回配達しますね。必要なものがあったら届けた者に口頭か手紙、好きな手段でお伝えください」


手間ではないかとサラリアは言い掛けたが、浮島で構成されたドラコニアには他の種族のためにそういう商売があるのだという。


「私の妻もよく利用していますよ」

「オーレリウス様の奥様? あ、兎族の番の方?」


何で知っているのかという顔をしたオーレリウスにサラリアは笑う。そして北の塔から連行されるとき、彼と彼の兄の会話を覚えていたと言った。


「あの……お兄様は、あのあと?」


「元気にしていますよ。あのあと目を覚まして真相を知り、自分が王竜に危害を与えかけたことに恐れ戦いて出家し、いまは神殿所属の聖騎士です。それで家督が私のところに」

「それは、また……」


「サラリア様への態度を思えば言い訳に聞こえるでしょうが悪い人じゃないんですよ。ウィンドスケイルの血が濃いというか、英雄願望がちょっと強くて……守ってあげなきゃいけないと正義感を燃やしてしまったようで」

「彼女のか弱い見た目に騙されてコロッといったと……出家の理由は、彼女の本性を知ったショックもあるのでは?」

「まあ……悪い人ではないので」


悪い人ではない。誰かを擁護するときに使う、使い古された台詞だとサラリアは思った。



(悪いことだと自覚して悪いことをする人って一体どのくらいいるのかしら)


そんなつもりはなかったと言われても、被害がなくなるわけではない。無自覚でも、その悪行に痛めつけられた者はいる。


「仕方なかった、それで全てがなくなるわけではありませんわ」

「サラリア様の仰っていることは正しいと思いますよ」


オーレリウスの表情にサラリアは苦笑する。


「でも、納得はしていらっしゃらない?」

「……私は『仕方がなかった』もあってほしいと思います」

「あって……ほしい……」


「誰も万能ではありません。仕方なかったというのも許されないのは、とても重い期待をかけられていることだと私は思います」

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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