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番の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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note.4 過去|ラーシュ

「トール様は1週間ほど発熱状態が続いております。鱗が光っていたという報告も受けております。3歳とはかなり早いですが、発現の兆候だと思われます」


ラーシュはオーレリウスの報告にため息を吐く。


「早過ぎるだろう……」

「陛下、そうなのだから仕方がありません。対策を。発現が地上で起きたら大災害です」

「……分かっている」

「サラリア様は聡明な方です。ご事情を説明すればご理解いただけると思います」


(そんなこと言われずともっ!)


苛立ちを消化できずにラーシュは拳で机を強く叩いた。分厚いマホガニー材の机にヒビが入る。


「彼女の理解すると分かっていて、こちらの考えを押しつけたくない。我々が彼女にしたことを思えば、彼女が二度とこの国に来たくないと言うのも当然だ」

「それはそうですが……ほかに方法がないのは陛下もお分かりでしょう?」


『それはそう』と、オーレリウスの肯定の言葉にラーシュは唇を噛んだ。



「陛下、サラリア様に全てをお話しになっては……」

「同情を誘って俺のあれを許してもらえと? 馬鹿な話だ。結局は『だから、なに?』さ。俺の過去に何があろうと俺が彼女にしたことは決して消えない」


 ◇


サラリアが消えてすぐ、ラーシュはシーラとサリンドラ公爵家のことを調べさせた。


サリンドラ公爵たちがいくらシーラがラーシュの番だと主張しようと、サラリア自身が否定したとしても、サラリアの腹の中の子が王竜だというのはあの場にいた全ての竜人が感じていた。


竜人の王である竜王、その上位である王竜の存在に父親のラーシュも本能的に慄いた。



王竜は竜王の番からしか生まれない。シーラはラーシュの番だと偽ったことは間違いない。偽ったことも問題だったが、なぜ偽れたかも問題だった。


シーラからラーシュの番の匂いがしたことは確かだから、ラーシュは自分の体とシーラの体を徹底的に検査させた。結果、ラーシュの体から異常は何も見つからなかったが、シーラの体からは薬物の反応がいくつも出た。合法のものもあれば違法のもの、さらに王家に記録のない薬物の反応まで。


ラーシュはサリンドラ公爵家を調査することに決めた。



竜族の国を作った三傑、ドラコニス、ウィンドスケイル、サリンドラ。その一人を開祖とし由緒あるサリンドラ公爵家の浮島は非公式に治外法権地とされており、国の調査が入ったのは建国以来初めてのこと。


調査の結果、浮島の地下に巨大な研究所を発見。押収した資料からサラリアの血液だけでなく膣内の細胞を採ったと分かるとラーシュは激しい怒りに駆られた。関与した者は全て拷問の末に処刑した。関与した者にはラーシュの宮の使用人やサラリアにつけた護衛もいた。



―― こんなことシーリア様がお許しになりませんよ。


最後までラーシュの前に立ちはだかったサリンドラ公爵の声を思い出したラーシュは苦い思いに駆られる。愛情と暴力で長く自分を支配してきたシーリアはラーシュにとって恐怖の対象でしかない。


サリンドラの研究所で見つけたのはシーラの謀りだけではない。サリンドラ公爵家の出身で王家に嫁いだ、ラーシュの祖母であるシーリアの謀りもそこにあった。


 ◇


シーリアは先々代竜王フォーデンの婚約者だったが、フォーデンが彼の番の鳥族の娘ビンガに出会ったためフォーデンとシーリアとの婚約は白紙になった。ドラコニスでは竜王の花嫁は番が最優先。なぜなら番が産む竜王の子は地魔法が使えるからだ。


ドラコニアを構成する浮島は大地から自然の力がもらえないため、地魔法でエネルギーを供給しなければならない。地の力を失った浮島では農作物が育たず、誰も住めなくなった浮島はやがて沈んでいくから。


初代竜王は地魔法を使い、その力で浮島を作ったとされる。


その地の魔法が使えるのは王竜のみ。王竜が生まれない限りドラコニアは国土を失っていくし、逆に王竜の力が強ければ浮島を増やし国土を広げることもできる。



フォーデンの時代、久し振りに王竜が誕生するとビンガは国中から歓迎された。


しかしシーリアとその父スネルク・サリンドラ公爵にはビンガが邪魔だった。竜王の義父そして祖父として権力を求めるスネルクの欲望と、フォーデンを愛しビンガには渡したくないというシーリアの欲望が一致した。


サリンドラ公爵家には当主だけが知る秘密があった。


開祖サリンドラはドラコニスを愛しており、番がいたドラコニスを諦められない狂気に駆られてサリンドラは番を取り換える秘薬を作り出していた。


ドラコニスは番だけを妃とし、その間に生まれた王竜がドラコニアをさらに発展させた。サリンドラは別の男を婿に迎え、公爵家を興したのちに亡くなった。つまりサリンドラはその薬を使わなかった。


そんな薬が作れたのに使わなかったことは、独占欲が強く粘着質の強い竜人の愛し方を知るラーシュとしては驚きしかない。だからこその三傑なのだとラーシュは改めて感心させられた。


ただサリンドラはそのレシピを残した。ラーシュとしてはそんな薬の存在は消しておいてほしかったが、成果を粗末にできないのが研究者の性なのだろうとも思う。


スネルクとシーリアはその薬を使った、今回のシーラと同じように。



番の誤認。


それが起きた当時のフォーデンの心境がラーシュにはよく分かる。番から香る匂いが他の者からすることへの戸惑い、番を間違えるというあり得ないことへの焦り。


番は本能で分かる。ただこの者が欲しいという飢餓感をまとう暴力的とさえいえる欲望。しかしそれは本人の感覚のみ。証拠などは示せず、自分以外はそうだと感じない。


だからこそ戸惑う。番の香りがするのに香りだけ、その者を見ても欲望が一切湧かない。


落ち着きたい、その一心でラーシュはサラリアを北の塔に幽閉した。ラーシュの知る歴史ではフォーデンは騙されたことに怒りビンガを北の塔に幽閉したと書かれているが、そんなことはないと今のラーシュなら分かる。フォーデンもただどういうことか理解する時間が欲しかっただけ。



北の塔に収監されたあとビンガは姿を消した。記録にはビンガが逃げ出したとあったが、今回の調査でビンガはサリンドラ公爵家の者に拉致され秘密裏に殺されていたことが分かった。


今回も同じようにサラリアを殺すつもりだったのだろう。当然だ。本物の番はサラリアなのだから、悪事が露呈する可能性は潰しておきたい。


幸運なことに鳥族のビンガと違って羽を持たないサラリアは塔から逃げ出すことができない。だからシーラたちがよい方法を見つけられず手をこまねいている間にあの日を迎えた。


薬のことを知らずに亡くなったことはフォーデンにとって幸福だったのではないかとラーシュは思う。


フォーデンはシーリアたち父娘の謀りに気づかずシーリアたちの嘘を信じ、フォーデンはシーリアを妃としたのだから。



フォーデンの妃になったものの、シーリアは幸福ではなかった。フォーデンはビンガのようにシーリアを愛さなかったからだ。


ラーシュには分かる。匂いで誤魔化されても本能は納得しない。誤魔化されない。あの甘い痺れるような感覚、常に喉が渇いているような欲求不満の体。そんな激しい欲望をラーシュはシーラに一度も感じなかった。番なのだから愛さなければと理屈が訴えてもこればかりはどうしようもない。


フォーデンの愛し方を知っていたことがシーリアを狂わせた。


自分に向けられるフォーデンの目にはビンガに向けていたあの熱がない。自分にかけるフォーデンの声にはあの甘さがない。フォーデンの完全な愛を得られていないとシーリアは憤った。


サリンドラ公爵家にはシーリアが父スネルクに宛てた手紙が残っていた。「なぜフォーデンは私をきちんと愛さないのか」、「どうしてあの女と愛し方が違うのか」。大量に綴られた呪詛のような疑問にラーシュは笑いたくなった。


シーリアだって竜族。竜族の愛し方を本能で知っているはず。そして番じゃなくても、番を得たものの話を聞いていたはず。本人でも制御できない感情を、本能を、「なぜ」「どうして」と言ってもなんら意味がないと分かっていたはず。



愛されないことに狂ったシーリアは「“愛してくれるフォーデン”を作る」というとち狂った結論を出した。


シーリアはフォーデンの子を身ごもると、毎日少しずつフォーデンに薬を盛って弱らせ、病気に診たてて毒殺した。その毒はスネルクが用意したが、まだ赤子の竜王フォーラに代わって政権を担う宰相の地位を与えることで黙らせた。


シーリアにとってフォーラは『息子』ではなく、シーリアの「愛している」に「私も愛している」と答えてくれる待望の『愛してくれるフォーデン』だった。


それなのにシーリアはフォーラで満足できなかった。


1つは瞳の色がフォーデンの藍色ではなく自分の紫色を継いだこと。もう1つはフォーラが屈強な竜騎士だったフォーデンとは似ても似つかない虚弱体質だったこと。だからシーリアは『フォーデン』を作り直すことにした。


理想通りの『フォーデン』になるよう、シーリアは母体となる令嬢を慎重に選んだ。フォーラは彼女と結婚し、15歳のときにラーシュが生まれて父親になると間もなく亡くなった。ラーシュを産んだ女も暗殺された。フォーラの死も、ラーシュの母親である妃の死も、時間がたってしまい証拠は何一つないがシーリアとサリンドラの仕業だとラーシュは思っている。


ラーシュは健康であり、フォーデンと同じ黒髪に藍色の瞳を持っていた。ラーシュはシーリアが望んだフォーデンの器だった。


――― 愛している?


物心ついたときからシーリアに言われ続けてきたあの言葉が、祖母が孫にかけるものではなく女が男に尋ねるものだったと今回の調査で知ったとき、あまりの悍ましさにラーシュは吐いた。




シーリアの『違う』の意味も分かった。


ラーシュの何が誰と違うのか当時は分からなかったが、物心ついたときから『違う』と言われ続けた。この『違う』はラーシュにとって呪い。『違う』と言われることが怖かった。『違う』と言われれば頬を張られ、違わなくなるまで鞭で背を叩かれた。


さらにシーリアはラーシュ(フォーデン)に『知らないこと』があることを許さなかった。ラーシュが目に入るもの、耳にするもの全てを管理しようとした。読書は禁じられ、シーリアの話すことだけを覚えさせられた。


―― 今日はどうだった?


その問いにラーシュがシーリアの知らないことを言ってしまえば、ラーシュの傍にいた使用人が全てが折檻されたのちに解雇された。沈黙は許されない問い。ラーシュにとって毎日が綱渡りのような緊迫感の中にあった。



友人を作ることは許されず、ラーシュが情を抱かないように使用人は短期間で替わる。ラーシュの傍に人を置かせないシーリアがシーラを紹介したとき、名前だけでなく容姿もシーリアに似ていると思ったのをラーシュは覚えている。


シーラはシーリアの双子の妹の孫娘。似ているからシーリアはシーラを選んだ。ラーシュにフォーデンになることを求めたように、シーリアはシーラに自分になることを求めたのだ。


模擬恋愛と言っていいのだろうか。フォーデンに見立てたラーシュが自分に見立てたシーラを愛するのを見てシーリアは満足したかったのだ。


シーリアはシーラをラーシュの婚約者にしようとした。


しかし、それは議会で反対された。サリンドラ公爵家に権力が集まり過ぎたからだ。議会はハトコという血の近さを理由に婚約を反対した。それを覆すことができぬまま、その後すぐにシーリアは事故死した。


冬の日の朝、彼女の部屋のベランダの下で冷たくなっているシーリアを庭師が発見した。


ラーシュは普通に事故死だと思っていたが、シーリアはシーラに殺されていた。原因は自分をラーシュの婚約者にできない役立たずだったから。


自分の願いが叶うはずという傲慢なところ。叶えるためなら手段を選ばないところ。確かにシーラはシーリアだった。その結果として殺されたという皮肉には笑えるだけで、殺されたと知って当時感じた解放された喜びが悲しみに変わることはなかったのでシーリア殺しはシーラの罪には加えなかった。



サリンドラ公爵家の謀りは誰もが知ることなので、サリンドラ家から爵位を剥奪した。サリンドラ家に肩入れしていた貴族は罰した。


サリンドラ公爵とシーラの処罰については、現在無期懲役の状態で貴賓牢ではなく城の地下にある重罪人用の独房に入っている。彼らの罪名を決めてどうにかしないといけないと分かっているが、ラーシュとしては今回のことにただ虚しさだけを感じ、憎しみが湧いてこない。


―― ちょっと自由にさせてあげたと思ったら、まさか番を見つけてくるとはね。でも、私としては幸運だったわ。


シーリアもフォーラの妄執に巻き込まれた被害者なら処罰に躊躇したかもしれないが、これを聞いたときシーラはシーリアとは違うのだと分かった。シーリアと違ってシーラは番のサラリアに嫉妬などしない、むしろ歓迎していた。シーラにとってサラリアは重要な材料だったから。


ラーシュの妃になるにはハトコのシーラにはラーシュの番になるしか道はなく、そのためにはラーシュの番であるサラリアの血や細胞が必要だった。


シーラをシーリアと混同していたラーシュは、シーラがサラリアに嫉妬や憎悪を向けるのではないかとその動向に注意していた。それにシーラも気づいていてラーシュの前ではサラリアに対して友好的に振舞っていた。杞憂だったかと思った。その一瞬の油断を狙ってシーラはサラリアを襲い、その血液や細胞からシーラは薬を作ってラーシュの番だと偽った。


でもそれは全てサラリアがいなくなってから分かったこと。


(だからなに、だ)



「陛下の後悔はさておき、いまはトール様の発現のほうが問題です」


オーレリウスの率直な言葉をラーシュはときおりありがたく思う。


サリンドラ公爵家の家宅捜索の結果、城の人事は大きく変わり城内はどこもかしこも人材不足で四年近くたったいまもごたついている。


ラーシュとしては臨時かつお飾りでもいいからと人望あるウィンドスケイル公爵に宰相に就いてもらおうと願ったが、彼は辞退し次男で次期侯爵のオーレリウスを宰相に推した。推薦理由は自分より若いので体力はあるだった。


オーレリウスは若さと体力だけでなく気がきくし有能だった。それに、ラーシュはオーレリウスの気さくな性格に大分救われていた。



「トール様が発現なさったとき、一番危険なのはトール様のお傍にいらっしゃるサラリア様です。頑丈な竜族ならまだしもあの方は人族です」


いまドラコニアは王竜であるトールのことに夢中だが、オーレリウスはトールのことだけでなくサラリアにも気を配っている。彼が宰相でよかったとラーシュは思う。



――― ざまあみろ。



そう言って消えたサラリアをラーシュは人に命じて探させた。会って話をして、謝って許してもらいたい。その行動は自分本位の勝手なものだったと今では反省している。


子どもが産まれて一年になる頃、サラリアから届いた手紙がラーシュに彼の自分勝手を教えてくれた。謝って許す・許されるの段階はとうに過ぎていたのだとラーシュは理解せざるをえなかった。ラーシュの後悔も、謝罪の言葉も、サラリアにとっては全て「だから、なに?」なのだ。


 

「オーレリウス、愛とはなんだ?」

「哲学的な回答をお求めですか? それとも酒場トークでよろしいですか?」


『どちらでも』という意味で肩を竦めてみれば、オーレリウスは少し悩んだあとに口を開く。


「彼女の全てを自分のものにしたいという気持ち。彼女の目に映る者も、彼女の声を耳にする者も、彼女に触れる者も、自分以外は許せない。屋敷の奥の奥の、誰の目にも触れない場所に隠しておきたい宝物。いっそのことパクリと一飲みにして自分の体の一部にしてしまいたい」

「……番に対する正常な感覚だな」


そうですね、とオーレリウスは同意する。


「だからこそ自分以外の男が彼女の目に映ること、彼女の声を耳にすること、彼女に触れることを我慢している陛下は本当にサラリア様を愛しているのだと分かります。荒れ狂う独占欲を、耐え難い苦痛を、サラリア様をこれ以上傷つけたくないという一心で陛下は耐えていらっしゃるのですから」


「でもそれは彼女には通じない」

「そうですね。残念ながら、人族どうこうの前にそれは番がいる竜人にしか理解できません。種族が違えば愛し方は違います。私にとって妻は番で唯一の愛ですが、兎族の妻にとって私は子を沢山産ませてくれる雄なだけかもしれません」


ラーシュから見たオーレリウスたち夫婦は仲睦まじいので、オーレリウスの言葉がラーシュには意外だった。


「もう子どもは十分と妻が満足する前に私の精力が衰えたら『他の雄のところにいくわあ』と言われるかもしれませんね」

「笑いごとじゃないだろう、子どもたちもいるのだぞ……で、そうなったらどうするんだ?」

「どうしましょう」


表情は柔らかい微笑みだが目は笑っていない。番の心変わりに苦しんだ竜人の末路といえる監禁コースにならないように、オーレリウスには適度に休暇を与えようとラーシュは誓った。 



「オーレリウス。明日、彼女のもとに行って発現について説明してくれ。その後のことは彼女の希望を聞きながら、最善を探っていくことにしよう」


とりあえずは発現のことをどうにかしてから。オーレリウスの休日はまだまだ遠い。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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