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番の心がわり  作者: 酔夫人(旧:綴)


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12/12

note.10 始祖

「兄さん、話し過ぎです」

「そうか? でも、お前も止めなかったじゃないか」

「トール様のオーラで止められなかったのです!」


兄さんも見ていたでしょうとでもいうように、オーレリウスはトールのほうをチラッと見た。感覚に敏いトールはオーレリウスの視線に気づいて二カッと笑う。



「あれは気合で解くんだ、気合いで」

「……俺、久しぶりに兄さんを尊敬しました」

「そうかそうか。あれは訓練としてとてもいいぞ。ふんっと気合を入れるとヒビがどっかに入る感じがするから、それをセイヤッって気合いを入れて叩き割るんだ」


清々しいほど脳筋な感覚的説明であるが、オーレリウスとしては何か分かる。


「父上はそんなことをしていないよ。笑いながら解かれちゃう」


「それはトール様の御父上としての意地ですぞ。やっていることは私と同じ、『ふんっ』と『セイヤッ』です。しかしオーレリウスがあれを解けないとは、トール様が素晴らしいのか、オーレリウスたち文官が軟弱なのか……トール様の質を下げるのはもってのほか、文官共をもう少し鍛えるべきですな」


カイゼルがサラリアを見る。そして首を傾げる。


「サラリア様? ぼーっとなさっているが、どうなさったのです?」

「……あ、ごめんなさい。ちょっと……いろいろ考えてしまって」


オーレリウスは兄の女心の読めなさに嘆きつつも、こういう兄だから裏表なく純粋に『愛』の無償さを語れるのだろうなと思った。



「考えすぎるのは体によくありませんぞ。そういうときはパーッと何かをなさったら宜しいのです」


そんな脳筋全開な、とオーレリウスは呆れたがサラリアは意外と前向きになった。何かあったとき、それ以上は何も起きないように内にこもる性質のサラリアにとって『何かをする』という発想はなかった。



「つかぬことをお聞きしますが、サラリア様は踊りは得意ですか?」


突拍子もないカイゼルからの質問。


「踊り? ダンスではなく?」

「踊り……ですな、あれは。こう、組んで踊るのではなく、一人でくるくる踊るのです」

「一人で、くるくる……旅芸人の舞いみたいな感じかしら」

「そうではなく……えっと……」


二人揃って困ったところでオーレリウスが補足説明をした。


カイゼルが言っていたのは神殿が主催の奉納舞いのことで、その舞い手を今年はサラリアがやってみたらどうかというものだった。



「兄さん、祭りまであと3ヶ月なのにまだ舞い手が決まっていなかったの?」

「決まっていた。補欠もいた。その二人が、『主役は私よ』という争いをして相打ちになった」

「……でも竜族なんだから直ぐに治るだろう」

「直ぐに治るから直ぐに喧嘩するんだ。全治3日でも繰り返し続ければあっという間に3ヵ月だ」


そんな舞姫の座に自分がついたら問題ではないのか。人族の自分が襲われたら全治3日ではすまないのだがとサラリアは顔を青くした。


「それなら、とサラリア様にお願いしたんだ」

「まあ、サラリア様なら……」

「? なんで私ならいいんですの?」


サラリアの問いにオーレリウスは気まずげに口を噤んだが、カイゼルはその点気にしない。


「竜王様の妾の座を狙う女子おなごたちの争いなのです」

「……だから、なんでそういうことをペラペラと……」


「? 竜王様はサラリア様一筋なのだから妾の座などないものを争っても仕方があるまい。そんな無駄なことをせずに俺は美しい舞いを神に捧げるべきだと思う。五穀豊穣を願う舞いはドラコニアにとってとても大切なものだからな」


真理である。


「兄さんって本当に心がきれいだよね」

「そうか? 野菜を食べるとキレイになると言うから、心にもいい効果があるのだろうな。風邪もひかなくなったから診療所に行くことも減った」

「いや、もともと風邪で診療所に行っていないだろう」


カイゼルの通院歴の原因は全て外傷、怪我である。



「五穀豊穣……」


五穀豊穣という言葉はサラリアにとって苦い思い出の言葉。サラリアが金髪に触れる姿に、サラリアの過去を知っているオーレリウスは慌てたが、やっぱりここはカイゼルの出番。


「サラリア様ほど五穀豊穣を願う巫女に相応しい者はおらん。この3年間、このドラコニアの土を豊かにし美味しい野菜を作り続ける知恵を我々に授けてくださったのはサラリア様だからな。他国からの輸入に頼ることも減り、長く経済が低迷していたドラコニアは再び繁栄の時代になった。余剰資金で診療所を作り病気で苦しむ子どもが減った。学び舎が増えて子どもたちの学ぶ声が聞こえる。これこそ未来ある豊かな国の正しい形だ」


あまりに素直な意見にサラリアは呆気にとられ、ふっと笑う。これまで呪詛のように圧し掛かっていたものが軽くなった。


「カイゼル卿、私の国では私のような金髪の子は五穀豊穣をもたらすと言われていたのですよ」

「ほう、そうでしたか」

「ふふふ、それですませてしまうのね」

「……何か足りないところでも? あ、女子との会話の3カ条!」


容姿を称えよ、ドレスと宝飾品のセンスを褒めよ、脈なさそうでも頑張れ。これがウィンドスケイル公爵夫人が息子2人、特にこの手のことが苦手な兄カイゼルに強く言い聞かせてきた3カ条である。ちなみに最後はウィンドスケイルらしく根性論である。


「しかしサラリア様の容姿を称えるのは陛下の役割であるし……正直、サラリア様がどんな容姿していてもいいし。王竜のトール様の容姿は素晴らしいのだからな」


(笑ってしまうくらい清々しい……ふふふ、容姿に拘っていたのは私だけみたい。それなら――)


五穀豊穣をもたらす金髪姫ではなく、五穀豊穣をもたらしたサラリアとして。



「奉納舞いって、どこで習えばいいのかしら?」

「おお、それでは神殿にお連れし……「ちょっと待って、兄さん」……オーレリウス?」


オーレリウスはサラリアの過去を知っている。だから――。



「サラリア様、踊りの経験は?」

「ないわ」


それで国事の奉納舞いはちょっと荷が重いんじゃないかなとオーレリウスは思った。



 ◇



 シャンッ


静謐な空間に鈴の音が鳴る。


白い衣装を着た老巫女が一歩、舞台の中心へと進む。足音はない。けれど、空気がわずかに震えた。


白銀の髪が揺れる。その動きは風ではなく、巫女自身の気配が生んだもののように見えて、束ねた髪の先端まで生を見る者に意識させる。


老巫女はゆっくりと腕を上げ、細くなった指が天を指す。その所作はまるで、空に宿る神々へ道を開くようだった。


一拍の間。


そして、舞が始まる。


巫女の足は地を擦らず、滑るように動く。衣の裾が床を撫で、鈴の音だけが舞の節目を告げる。静かな動きの中には確かな力があり、腕を振るたび、足を一歩踏み込むたび、空気が切り裂かれて場の気は整っていく。


くるり。


一度だけ、巫女が回る。その回転は速くもなく遅くもないが、ただ時がその一瞬だけ止まったような感覚になる。


舞は、祈りであり会話である。

舞は、神と人との間にあるものを、そっと繋ぐものである。


最後の一歩。


巫女が静かに膝を折り、鈴を掲げる。

その姿は、まるで神の前に捧げられた命のようだった。


シャンッ


鈴の音が、終わりを告げた。



場の空気に圧倒されたサラリアはほうっと息を吐くだけだったが、カイゼルは手を叩いて老巫女の舞いを褒めた。サラリアはカイゼルの器の広さを見た気がした。



「見事ですね……こんな奉納舞いを見たのは初めてです」


オーレリウスの感想にカイゼルは大きく頷く。


「陛下がこの奉納の祭りを復活させたのは最近のことだし、その頃の陛下はすでにいい御年だったから奉納舞いも求愛のダンスだったからな……全く、歴史も知らぬ女子たちが下品な踊りを踊りおって」


さすが竜族マニア、歴史もバッチリ。


「透けた布地に足を露わにした品性の欠片もない衣装などトール様のお目汚しだ」


さすがトール絶対主義、トールが全ての判断基準。



「すごいね、母様があれを踊るの?」

「……踊れる気が全くしないのだけれど……カイゼル卿、本番もあの方に踊っていただいたほうが……」


うーんとカイゼルは困った顔をする。カイゼルがこんな顔をするのは珍しい。



「カイゼル坊やに代わって私がお話ししましょうかね」


言葉に困るカイゼルに変わるように老巫女が現れた。にこやかに微笑むその姿にサラリアは違和感を感じる。


(この人、もしかして……)



「サラリア様にはお分かりのようですね。その通りです、私は番を亡くしてからずっと死ぬのを待っているのです。奉納舞いはドラコニアの未来のために神に捧げるもの。生きることを考えていない私には相応しくありません」


老巫女の番は戦で亡くなった。最強の竜族だと言っても争いで戦死者がゼロではない。戦にいくと聞いて覚悟が足りなかった自分を責めたが、責めたところで番が戻ってくるわけではない。


老巫女は番との間に生まれた息子だけを生き甲斐にして生きてきた。


息子は番によく似ていて、息子の中に番の面影を見られていたことが彼女の救いだった。その息子は猫族の番を見つけた。息子の幸せそうな姿は母としてよかったと思うが、自分より先に子どもが死ぬという恐怖に老巫女は耐えられず神殿に逃げ、神殿の奥で息子の訃報を聞いた。


「ずっとずっと死にたいと思ったのに、浅ましいもので死期が近づいてきたら私自身が生きてきた証みたいなものを遺したくなりました。しかし神殿の奥でずっと古文書を読むくらいしかしてこなかった私に何が遺せるのかと諦めていました。そんな私に希望をくださったのはサラリア様です」


老巫女が頷くと、後ろに控えていた巫女が数冊の本を抱えてきた。


「本は先人の知恵の塊。歴史を知れば防げることもある……病や災害の防ぎ方、聖騎士隊の軍略もあります。私の読み解いた先人の知恵が、数百年後の竜族の役に立つこと願って。私の悪筆で申しわけありませんが、サラリア様のお店に置いていただけませんか?」


「……もちろんです。大切にいたします」

「青い表紙の本はこのドラコニアの開国の歴史、三英傑のこともあります。カイゼルの好きな英雄譚もありますが、彼らの真の姿を見ることもできるでしょう。そして故意に消された記録も……例えば、最初の竜王ドラコニスの母親が人族であったことなど」


驚くサラリアたちに老巫女はにっこりと笑った。



「ですから、あの舞いはぜひサラリア様に踊っていただきたいのです。すべての始まりである人族のサラリア様に」

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