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note.1 竜王

窓の外から金属が擦れる音が聞こえたサラリサは、窓から下を見えた兵士たちに笑った。


「人間なんかに大袈裟……この部屋ともお別れね」


この部屋にはなにかあるのかサラリアの体を含めて常に清潔。この部屋に入る前に着けられた腕輪のおかげで空腹も感じられる。生きてはいられる。でも外には出られない。


サラリアにとって唯一の外は小さな窓から見える景色。今日も空にはいくつもの島が浮かび、島の間を飛ぶ竜たちが見える。



「3ヶ月……もっと早くどうにかすると思ったけれど、意外と気が長いのね」


出会ってすぐこの国に攫ってきた男だから、沙汰を出すのはもっと早いとサラリアは思っていた。



ラーシュ・ドラゴニス。

この浮島からなる竜たちの国ドラコニアの若き竜王。


彼の国の最も北にある小さな浮島に立つ塔にサラリアは幽閉されている。


 ◇


サラリアがラーシュと出会ったのは地上にある小さな国。サラリアはその国の王女。


父王には正妃、側妃9人、愛妾たくさん。子どももたくさん。王子が8人、王女が12人。サラリアは第10王女だった。


サラリアは女だけの花園である後宮で育った。


欲望渦巻く場所に棲む女たちが孕む深い闇を肌で感じ、耐えてきた。耐えられなければ闇に飲みこまれて冷たい土の下に沈むことになると分かっていたから。


閉じ込められて溜まる鬱憤は生贄で晴らす。


言葉と平手で甚振って、殺さないように気をつけて真綿で首を絞めるように弄ぶ。生き抜く女たちはその辺りの力加減が上手い。次の生贄が自分になるかもしれないから。


サラリアの母ナタリアはその生贄だった。


運が悪い女だったとサラリアは思う。なにしろ父王が気紛れに庭をふらふらしているところに偶然居合わせてしまったなど運が悪い以外の何物でもない。


城で働く下女だったナタリアは洗濯をしていただけ。


父王は欲望のままナタリアに襲いかかり、父王にとって排泄行為と何ら変わらないその出来事でナタリアはサラリアを孕んだ。


下半身のだらしない父王。王の手が付いた女は全員後宮入りが原則だが、実際は1回のお手付きは見逃される。国の予算も無限ではない。


しかし妊娠してしまえば後宮入りは免れない。ナタリアは後宮に部屋を与えられ、サラリアを産み、その後は後宮の闇に飲み込まれて毒殺された。


元下女の愛妾が毒殺されたのは、ナタリアが産んだサラリアを、父王が「私の金色姫」と呼んで溺愛したから。



サラリアの国では金色の髪は五穀豊穣をつかさどる神の化身と言われている。


金色の髪の子は滅多に生まれることなく、生まれた子は神殿で保護され大事にされた。害す者は神の罰を受けると言われていたから、国を挙げて金髪の子を大事にした。


その金髪の子が自分の血から生まれた。


だらしない下半身しか特徴がない無能な父王は喜んだ。「金色姫さえいればこの国は安泰」と父王は浮かれた。


父王はサラリアに『城にいる』以外を望まなかった。何もせずにこの国にいてくれればいいと言い続けた。


無能な父王だから何も考えずにした発言だとサラリアにも分かっている。しかし王。どんなに無能でもその言葉は絶対。サラリアには衣食住以外の何も与えられなかった。サラリアは字もろくに読めない何も知らない王女だった。


サラリアにとって幸い だったのは父王のそれは政略ではなかったこと。


わざと知識を与えず国から離れないようにしたわけではなく、ただ単に無関心だっただけ。子どもの教育は母親がすることだからと、サラリアの母親がすでに亡くなっていることも忘れていただけ。


だからサラリアが本を読みたいと言ったとき、 「おお、そうか」と簡単に本をくれた。


本はくれたが誰かが入れ知恵したらしく教育する者はサラリアの傍におかれなかった。変な思想を植え付けさせてはいけないということなのだろう。しかし何もしなくていい王女は時間だけはある。後宮をあちこち歩きながら文字を覚え、図書館への出入りの許可をもらってどんどん本を読んだ。


読めば読むほどサラリアは自分が『何も知らない』ほうがこの国には都合のいいことが知った。金髪姫はただいればいい。サラリアは父王が望む金髪姫を演じながら成長していった。


 ◇


サラリアが年頃になると見合い話がくるようになった。


いるだけで五穀豊穣をもたらす金髪姫をそこかしこで自慢して回れば当然なのだが、我が身可愛い父王が自分を手放すわけがないと早々にサラリアは結婚を諦めていた。


事態が急展開したのはサラリアの噂を聞きつけたラーシュの来訪。浮島では作物があまり育たなかったため、五穀豊穣をもたらす姫に興味を持ったのだった。


父王はパニックを起こしたが圧倒的な武力を持つ軍事国家ドラコニアに逆らえるわけがない。


だから父王は考えた。サラリアを死んだことにしてこの話しはなかったことにしよう。


我が父ながら凄い発想だと思いながら、サラリアはかすかに聞こえる楽団の演奏を聴きながら呆れていた。


サラリアが閉じ込められた廃墟の塔は「絶対ここまで探しにこない」という父王の妙な自信がある場所だったのだが――。



「こんばんは」


ふわりと花のような香りがしたと思った瞬間、欄干に立つラーシュをサラリアは初めは幻だと思った。満月を背に、黒髪長身の超絶美形が現れれば誰だってそう思うだろうとサラリアは今でも主張したい。


縦に細長いスリット状の瞳孔、額に浮かぶ三枚の鱗。竜族に関する本を読んでいたからサラリアには直ぐに彼が竜王だとわかった。



「番がいると感じてきたのだけど、それがまさかサラリア姫とは……死んだのでは?」


揶揄うような竜王にサラリアは思わず笑った。


「ご存知でしたのね」

「もちろん。姫の父上は嘘が下手だな」

「どうしてここだと?」


ラーシュは笑った。


「姫の匂いがしたから」

「に……おい……」


臭いと言われ、サラリアは竜族は人族の何倍も鼻が利くことを思い出した。慌てて隠れる場所を探し、唯一姿を隠せられるベッドの中に飛び込んだ。


「突然どうした?」


どうしたもこうしたもない。考えなしの父王に三日前にここに閉じ込められて以来、サラリアは風呂に入っていなかった。



「なんだ、そんなことか」


しつこいから仕方がなく事情を説明したら笑われた。そんなことではないと抗議しようとして、サラリアはラーシュの声がとても近くにあることに気づいた。


「とてもいい匂いだし……」


髪を引っ張られた。布団から出ていたようだが、それほど近くにラーシュがいることをサラリアは意識させられた。


「自らベッドに入るなんて……なんと甘美な誘いなのか」


音もなく近づいてきたラーシュが唯一立てた音がベッドの軋む音で、傾く体からサラリアはラーシュがベッドに上がってきたことを理解する。


「りゅ、竜王様……」

「ラーシュ。ラーシュと呼んでくれ。名前で呼ばれたい」


熱っぽい声だと思ったとき、布団がはがされベッドに押し倒された。瞬く間に見上げる形になったラーシュの顔が至近距離にある。藍色の瞳に灯る微かな熱に気づいた途端、痺れるような甘さがサラリアの背筋を駆け上がり、腰のあたりが重くなり、その奥がじわりと溶けるのを感じた。


「な、なに?」


感じたことのない体の異変に怖さを覚えたとき、ラーシュがサラリアの頬を撫でた。優しい手だったが、サラリアに向ける目は肉食獣のそれだった。


「俺の発情(ヒート)に反応しているだけだ。その感覚に、俺に身をゆだねろ――愛しているよ、俺の番」


それからのことをサラリアはよく覚えていない。


ただ散々ラーシュに貪られたし、サラリアも貪ったことを断片的に覚えている。冷めた目で世の中を見て、何にも期待していなかった自分にあんな熱があることをサラリアは初めて知った。



気づいたときには美しい宮殿の寝室にいた。


あれから国が、父王がどうなったのか。特に何もしていないし、父王はそのまま王の地位にあると聞いて、それ以上は聞かないことにした。


ラーシュがサラに与えた宮殿には、番を囲い込む竜人の習性からか女性しかなかった。竜王は竜人たちのなかでも特に独占欲が強く、番を他の男の目に触れさせたくないと言われた。


それから蜜月期と呼ばれる期間、サラリアはほとんどをラーシュの腕の中で過ごした。体を絡ませていることが多かったが、体力お化けの竜族と人族では持久力が異なり、休憩させてほしいと半泣き状態で願うこともあった。


空腹を訴えているのに「もう少しだけ」と誤魔化し、結果として一食抜くことになったときは流石にラーシュもまずいと思ったのだろう。「なんでも一つ言うことを聞く」と言われて、サラリアは怒っていたので暫くお預けにしようかと思ったが、項垂れたラーシュに絆されて読書で手を打った。


「そんなことでいいのか」


そう言ったくせに、ラーシュはサラリアが読書に夢中になることを嫌がった。拗ねたり、甘えたり。作り物めいた美貌が際立つラーシュだったが、一緒に過ごす中でいろいろな表情を知ったし、サラリア自身もいろいろな表情をしていたと思う。


「どうしたの?」

「ラーシュって意外とよく笑うのね」

「サラリアがよく笑っているからだよ」


「自分が笑っているなんて信じられない」

「俺もだ」


 ◇


ラーシュのあの朗らかさと優しさは、サラリアが彼の番だったからだったのだと今では分かる。『竜族』そして『誇り高き竜人の国ドラコニア』。竜族は自分たちを至高の存在と思っている。この考えは悪いことではないし人族にもある。しかし自分の種族を誇りに思うのと、他の種族を見下すのは別だとサラリアは思っている。


 ――― 人間なんかが竜王の番なんて。


使用人たちがそう話すのを聞いたのは偶然だったが、これを聞いてサラリアは竜人が自分を見るときの目の意味をストンッと理解した。『なんか』という彼女たちの目に浮かぶのは蔑み。それは「金髪でなければお前なんか無価値」という者たちと同じものだった。


こういう相手は自分が何をしようと関係ない。


蔑んでいる自分を公平に理解することはない。何かすれば「媚びている」とか「生意気」だとか言われ、何もしないと「役に立たない」と言われる。今までの教訓からサラリアは竜人と極力関わらないことにした。使用人も最低限にしてもらい、「なんでもいいから本を読みたい」とラーシュに強請った。番を独占したいラーシュは喜んで様々な本を用意してくれた。


最初はドレスや宝飾品のカタログ。気に入るものがあればデザイナーを呼ぶとラーシュは言ったが、サラリアはあまり興味はなかったし、外に着ていくことはないからと断った。


次に用意されたのは絵画の本。気に入った絵があったら飾ろうと言われ、サラリアは数点選んでそれを宮の部屋に飾った。選んだ絵からラーシュはサラリアが花が好きだと思ったようで、次からは花の図鑑や花がテーマになっている物語を用意してくれた。


そんな風に過ごして、あと少しで一年というところでサリンドラ公爵家のシーラが宮にきた。



竜族の最上位に立つのはラーシュのドラゴニス王家。ドラコニアの由来になった初代国王ドラコニスは膨大な力を持つ竜人で、大地を浮かせてこの浮島を作ったという。シーラのサリンドラ公爵家はドラコニスの盟友であった魔法師サリンドラを祖とする家で、ラーシュとシーラは幼馴染だと紹介された。


――― ラーシュ兄様、私にも構ってくださらないと。


シーラはラーシュを「兄様」と呼び、サラリアの前でも構わずラーシュに甘えてみせた。不快な気持ちが表情に出ていたのか、ラーシュはサラリアに何度も「シーラは妹のようなものだから」と言った。



シーラはラーシュの前では可愛らしい無邪気なお姫様。ラーシュが不在の日、突然宮に来たシーラは本性を見せた。


シーラはサラリアにプレゼントがあると言って、箱や袋を抱えた者たちを連れて宮にきた。彼らは侍従や侍女ではなく、サリンドラ公爵家の魔法薬師だった。


彼女たちは抵抗するサラリアを押さえつけ、サラリアの血液と膣内の細胞を採取した。痛みと屈辱にサラリアは叫び続けたが、宮の者たちも、護衛のはずの女性騎士も、誰一人としてサラリアを助けにくることはなかった。



目を覚ましたサラリアの全身は血で濡れていた。


驚いたの手から重みが消えたのは同時で、戸惑う視界に短剣が見えた。そろそろと視線を動かすと血まみれになったシーラがいた。


「予定通りね」


シーラの呟きのあとバタバタと足音が聞こえ、シーラは突然大きな悲鳴を上げた。足音が大きくなり、扉が開く大きな音と同時にラーシュが部屋に飛び込んできた。


サラリアが縋る気持ちで手を伸ばしたが、ラーシュは顔全体を驚愕に染めてサラリアを見ていた。


「サラ、シーラに何をしている?」


サラリアがシーラを害したとラーシュが誤解している。予想しなかった誤解。人族が竜族になにかなどできるわけがない。


シーラに駆け寄ったラーシュがその体を抱きかかえたとき、ラーシュの顔が不思議そうになり、やがて驚愕に代わってシーラとサラリアを何度も交互に見た。


「どうしてシーラから番の匂いがするんだ?」


ラーシュの呟きにシーラが顔を明るくする。


「やっぱり。ラーシュ兄様から最近ずっと番の匂いがしていたのよ。それなのに兄様ったら全然気づいてくれないのですもの。きっと彼女が何かしたのよ。言ったでしょう? 竜王の番が人族なんかであるわけがないって。


シーラの言葉を聞き終えたラーシュは、ぎこちない動きでサラリアを見た。そのラーシュの手を慰めるようにシーラが叩く。


「人族や鳥族みたいに弱い種族はニオイが薄いから間違えるのは仕方がないわ」

「それは……」

「ラーシュ兄様だけが間違えたのではないのですから」


シーラの声にラーシュはサラリアを見た。


「人族なんかに、俺が……」


人族なんか。それはラーシュの口から初めて聞いた言葉だったけれどとても滑らかに響き、この人も他の竜人と同じなのだと気づいた。「番でなければお前なんか無価値」と言われた気がした。


「サラ、何をした?」


ラーシュの熱のない、初めて見る目に一瞬気圧されたが、負けるものかとサラリアは踏ん張った。


「何もしていません」


サラリアは何もしていない。何かしたのはシーラのほう。サラリアは自分がシーラたちに何か薬を打たれたことを覚えていたし、気を失う前にシーラが「これで私が番になれる」と言うのを聞いた。



サラリアはシーラにたちにやられたことを覚えている限り話した。話はしたが、信じようと信じまいとどちらでも良かった。「知らない」はフェアではないから話して、信じなければラーシュの問題だからだ。


「嘘だ……」


ラーシュはサラリアの言葉を信じず、さらに使用人たちもサラリアの言ったことは嘘だと言った。


ラーシュは貴賓牢がある北の塔への幽閉を命じた。


「そこで大人しくしていろ」


ここは竜族の国。問題無用で罰を言い渡されると思ったが、調査と聞いてサラリアは正直驚いたのだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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