感想中毒リローデッド
俺の名前は新。工場勤務のしょぼくれた27歳の男だ。ちなみに勤めている工場が何を作っているのかは知らない。俺が知らされているのは何かの電子部品に使う何かを作っているらしいということだけだ。
工場の仕事は単調だ。毎日毎日同じ作業を繰り返すだけ。
彼女もなく、趣味といえるほどのものもなく、俺の日々には潤いというものがなかった。
そんなある日、インターネットで楽しい場所を見つけた。
『小説家になりお』というサイトだ。このサイト名が『小説家におなり』を並べ替えたものなのか、それとも『なろう』の音をいじったものなのかは知らない。
俺は自分の妄想には自信がある。
毎晩、寝る前に、妄想の中に理想の恋人を創り出し、理想の自分をでっち上げて、二人のラブラブなストーリーを思い描くのを日課としていたからだ。
この逞しき妄想を小説にし、広く世間にも知らしめたいと考えた俺は、『小説家になりお』に毎日投稿をしていた。
無名の工場勤務27歳のショボい男の小説など──しかし……読んでくれる他人などいるものだろうか?
そう思っていたが、意外に興味をもってくれるらしい人はいるものだ。投稿するたびに、20前後ものアクセスがあった。
ある日、初めて見る赤い文字がトップページに表示されていた。
【感想が書かれました!】
俺は嬉しさに飛び上がりそうになった。
もう8作品ほど短編小説を投稿していたが、感想がついたのは初めてのことだったのだ。
内容は『面白かったです』程度の短いものではあったが、今まで数字でしか見えていなかった読者というものを生々しく感じることが出来た。
俺の書いたものを、読んでくれてる人がいるんだ……
そんな想いが力となり、取り憑かれたように俺は次々と新しい小説を書き、投稿した。
最初の感想が書かれると、毎日ひとつは感想がつくようになった。
仕事中も気になって仕方がない。今朝投稿した小説に感想がついてないだろうか? 昼休みを待てず、トイレに行くふりをして俺はスマホでチェックするようになった。
【感想が書かれました!】
あった!
その赤い文字を発見することが俺の人生最大の幸せになった。
一日に何度も『小説家になりお』のトップページをリロードした。
感想がつかないと絶望にも似た気持ちになった。
赤い文字があったからといってすぐに喜んではいけない。誤字報告も同じ赤い文字で届くからだ。俺はよく誤字脱字をやらかすので、親切な読者さんが気づいたら報告してくれる。それは有り難いが、感想のように嬉しいものではなかった。
そのうち俺は短編小説だけでなく、連載ももつようになった。もちろん人気が出たから始めたわけではない。『なりお』では、何をするのも自分の意思次第で出来るというだけだ。
連載が進み、構想していた山場がやって来た。俺は力を込めて、一番書きたかった場面を書ききり、投稿した。
これは絶対みんなの話題になるはずだ。
感想10個ぐらい来ちゃうんじゃないか?
朝の8時に投稿し、仕事中に何度もリロードして確認した。
仕事が終わってバスに揺られながらも何度もリロードした。
アパートの部屋に帰ってからも、コンビニ弁当を食べながら数十秒ごとに確認した。
感想がつかない。
なぜだ! 主人公とヒロインが結ばれる場面だぞ!? みんながこの時を待ち侘びていたはずだ!
なぜ感想がつかない!? 弁当を食べ終わり、風呂に湯を入れながら、風呂に入るまでに10回確認した。風呂に入りながらも何度もリロードした。しかし……感想がつかないのだ!
「う……っ、うわああああ?!」
泣きながら俺はスマホ画面をリロードしまくった。
人差し指が痛くなるほどに。
しかし、感想がつかない。
「ぎ……ぎえへへへへ! ひゃっ、ひゃうああああ!」
もはや泣いているのか笑っているのか、自分でもわからなかった。
布団に入り、枕を涙とよだれで濡らしながら身をよじっていると、突然枕元のほうから女の声がした。
「あなた! 危険よ! やめなさい!」
俺は独り暮らしだ。もちろん彼女はおろか嫁もいない。
どう考えても不法侵入者か幽霊でしかありえないその女の声に、驚いて布団から飛び起きた。
キッチンと居間とを仕切る引き戸の陰から、背の高い女がこちらを覗いていた。
ひっつめ髪でちょっと老け顔のお姉さんだった。真っ黒なツナギに身を固め、サングラスをかけている。
「だ……、誰ですか?」
俺はそう聞くしか出来なかった。
お姉さんは部屋に入って来ながら、名乗った。
「私は『ミスミ』。レジスタンスのメンバーよ」
「レ……タス?」
「そんな健康的なものじゃないわ。『小説家になりお』に感想中毒にされてしまった人たちを救助して回っているの」
「か……、感想中毒?」
お姉さんはテーブルに向かって座ると、冷蔵庫から出したらしい俺のレッドブルをごくごくと一息に飲み、語り出した。
「私たちレジスタンスはやつらと戦っているの。小説投稿サイト『小説家になりお』は大衆を感想中毒にして、社会的廃人を大量に作り出そうとしているのよ」
「は……、廃人?」
「あなたのことは調べたわ。ミスター・アラタ。辛い日常を送っているようね。楽しかった過去もなく、未来への希望もなく、彼女いない歴が27年……」
「や、やめてくれ!」
「何も楽しいことがリアルにないから創作の中に逃避しているのよね? でもあなた、このままでは『小説家になりお』に依存心をいいように支配されて、妄想の中で生きることになるわ。現実でのあなたは廃人になってしまうのよ」
「言うなあああ!」
「ねえ、アラタ。私たちの仲間になって?」
「な……、仲間?」
「一緒に『小説家になりお』運営を倒しましょう。あなたのように感想中毒にされてしまっている人が日本はおろか、世界中に爆発的に増えている。彼らの目を覚まさせるの。まずはあなた自身が目を覚まして……」
「い……っ、いやだ!」
「え……?」
「俺は妄想の中で生きるんだ! リアルなんてどうでもいい! あの、感想を貰う喜びを知ってしまったからには、もはやリアルでなんて生きて行けないんだ! 感想……。感想……! 俺は感想が欲しいんだ! もっともっと欲しいんだーっ!」
「アラタ! 目を覚まして!」
「書くぞ! よーし書くぞ! きっとまだまだ妄想力が足りなかったんだ。感想がつかなかったのは、俺の書き方がいけなかったんだ!
ヒロインのJKをもっと魅力的に描かねば! そして寂しい男たちの欲求を存分に満たす書き方をせねば……! ヒヒ……ヒヒッ! か、書くぞ……! 俺は書くぞーーーッ!!」
「ダメだわ……。もう手遅れだった」
ミスミの嘆く声は聞こえていたが、俺にはどうでもよかった。
「……私、あなたの子供を産みたかったのに」