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炎像の命 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よーし、みんな資料集のページはちゃんと目を通してくれたかな? 今度のテストで大事なところになるから、気をつけてくれよ。

 美術品、特に彫刻なんかはモチーフとしたものを大胆にあらわすことが多い。

 動物かもしれないし、自然現象かもしれない。ともすれば作者の夢やトラウマ、かつて居たあらゆる場所のことかもしれない。動機がなくてはゼロをイチにすることはできないと、先生は考えているんだ。

 そうして作る人が命を帯びているんだ。作られたものもまた命を吹き込まれると、古来より語られるのも、おかしくはないことだろう。

 ひとつ、脱線ついでに先生の聞いた、命ある像の話を聞いてみないかい?



 みんなは命あるかどうかを、どのように判断するだろうか。

 専門的なことを抜きにしてざっくばらんにいうと、先生は何かしらの反応や行動を示すことだと思っている。絶えず変化し続けているものも同じだ。

 昔に、とある友人の彫刻家から像を買った青年も、この像は生きていると感じたことがあったらしい。


 青年が像を手にしてより、半年が経ってからのことだ。

 暮らしにあえぐ友人に、安値でいいから買ってくれとせがまれて、購入したのは手のひらに乗るほどの大きさの、不動明王に似た像。

 筋骨隆々としてふくよかな体つきは黄不動のそれを思わせるが、像の背負う炎こそが問題だ。

 木造のそれは当初、像と同じで元の白木が全面に押し出された色合いだった。それが半年を過ぎたあたりから、にわかに赤みがかった銅色を帯びるようになったんだ。


 像は家の神棚。採光口からは離れた場所に置いている。陽の光で変色したとは考えづらかった。友人いわく、木材から直接伐り出したもので、塗装がはげたという線でもないらしい。

 寝ている間に虫でも這ったかな、と彼が丹念に布切れで拭っても、その色は一向に落ちる気配がなかったという。

 ちょうど、その時期は都への雑徭が課される時期でもあった。

 およそ二月の間、土木工事などの力仕事に従事させられる税のひとつ。移動や食事に自腹を切らされることもあって、一年を通じて憂鬱さが増す時期だったとか。

 しかし、その年から中央で政権に変化があったらしく、期間が半分に短縮される通知が青年のいる村へ届いたんだ。

 辛い仕事が減って喜ばない奴がいようか。青年も友人より像を買ったばかりということもあって、さっそくご利益があるじゃないかと見直したらしい。

 報せが来たのも、像の背負う炎に変化があってほどなくのことだ。青年はいっそうその炎へ気を配るようにしたらしい。

 

 

 炎は普段、赤銅色を保つようになっていたが、ご利益がある前にはひとりでにきらめきを見せるようになっていた。

 これは青年個人のことから、村一帯に及ぶ好事の場合があり、青年と交流のある者から少しずつ噂が広がり、村の中心に据えることも提案されるようほどになったのだという。

 青年自身もちやほやされる身分にまんざらでもなかったが、あるとき、像の製作者である友達がふらりとやってきて忠告した。

 あの像を速やかに処分した方がいいかもしれない、と。

 


 彼は青年に像を売るほんの少し前にも、数人の知人に泣きつくようにして、自作の像を売っていたこと。そうして入手から数年間、多々のご利益があったという連絡を受けたことを告げる。

 しかし、ここ最近になって所持者の運が、手のひらを返したように下り坂になってしまったこと。所持者からの評判もまた完全にひっくり返ってしまい、次々と彼へ苦情が寄せられて、彼は近く仕事を辞めて郷里へ戻るつもりなのだと告げてきたんだ。


 彼の制作した像は、格好こそ不動明王に似ているが、実際のところは「福」を制する意味合いを込め、作成したものだという。

 手にする剣であらゆる厄を断ち、背にする火でそれらをことごとく灰にしていく、という意図を含ませながら。


「だが、どうやら俺の念は強すぎたらしい。

 これまで辛い思いを重ねたから、疫病をもたらす神すら断たんとしたんだが……どうやら福をもたらす神すら、手にかけるようになってしまったかもしれん。

 できれば不幸をもたらすより前に、俺の手でじかに回収したいのだが」


 そう申し出る彼だったが、いまやかの像は村の中心に据えられることを提案されるほど。もはや青年の一存でどうにかできるものではなくなっていた。

 これまで都合の悪いことが起きていなかったこともあり、みな像を無くすことに気が乗らない様子。彼自身もここに長く滞在するすべを持たず、不承不承といった様子で、青年の家を後にしたそうだ。



 像が廃されるには、彼が去ってより10年以上の間を置かねばならなかった。

 最近は珍しくなっていた、冷害による凶作に始まり、短縮されていた雑徭期間がもとに戻される。そのうえ都を中心に何かしらの変があったらしく、緊急の兵役が課されたことで、多くの男が出立を余儀なくされた。

 この間、件の像はなおきらめきを見せていたらしい。これまでと同じ赤銅色なのは変わらないが、暗闇の中にあって、これまで以上に煌々と光を放つ姿は村人や青年自身もいぶかしがらせるには十分だった。


 ――もしやあのとき、彼が告げたように、この像は福の神さえ燃やし始めたのかもしれない。


 そう考えた彼は、兵役に従って出発する直前、皆の前で像に向かい、こう告げた。


「もしお前が作りし者の念を解するなら、俺を無事に帰らせてみせよ。それができなくば、お前は神を燃やすことのみに堕した、卑しきものだ。とくこの村から失せるべし」と。



 青年の言葉は数カ月後に結果をもたらした。青年の横死という結果を。


 遺言に従い、かの像は処分されることに相成った。

 辛い時代しか知らない子供たちは、像を跡形もないほど叩き壊すべきと主張したが、長く生きる者は像より賜っただろう功に、助けられたこともよく覚えていた。

 話し合いの結果、小箱に丁寧におさめられた像は、村はずれの川へ流される運びとなる。


 村はそれより100年は存続するも、その後は他村に併合されてそれっきりだとか。


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