勇気の力とただの意地
ある日、バーストラルは怪しい男がいるという通報を受け路地裏に向かった。
そこでバーストラルが見たのは無残な程ボロボロな男の姿だった。
鎧は砕け、剣は折れ、体の至る箇所に重度の傷を負い、真っ当な治療なら確実に死に至る状態。
そんな死に近づく男の瞳は、驚くほど空虚だった。
両親に虐待を受けた子供より、両親に愛されなかった子供より、全てを戦争で失った子供よりも空っぽの、何も映さない虚無の瞳。
幸せなんて物の存在を知らない男の目を見て、バーストラルは迷わず手を差し伸べた。
バーストラルは名前も名乗らない見知らぬ男を息子として迎え入れ、当たり前の様に愛した。
初めて愛された男は己の事を包み隠さず、全てをバーストラルに明かした。
己が、異世界から来た勇者であるなんて世迷い事でしかない事実を。
バーストラルはそれを疑わなかった。
彼は真剣な息子の言葉を信じない様な親ではなかった。
そして名前が名乗れない勇者という呪縛があると知り、バーストラルは彼に新しい名前を付けた。
勇者である彼に、ブレンという勇気の名前を――。
ブレンがシルバーナイトを吹き飛ばしたその瞬間、地響きと共に空から何かが飛来してくる。
それは、ブレンのおよそ十メートル程の距離に地面を砕きながら着地した。
隕石の様な落下をしてくるそれは……人間だった。
この世界において、最も強い力とは一体何か?
シルバーナイトの様な化学技術。
怪人製造の様なバイオテクノロジー。
またはテレポートさえ可能な超能力や、魔法の力か。
色々な力が存在するが……頂点はそのどの力も授かっていない。
全ての頂点と言える存在、ナンバーワンヒーロー。
それが今飛来してきた男、ヒーロー名『パーフェクト・オーキッド』。
いつも忙しなく国外を飛び回る為、その姿を見た物は少ない。
そんな彼の持つ力は、たった一つ――。
身体能力。
彼はその力だけで、ナンバーワンとなりそして十年以上その座を維持し続けていた。
彼がどういうヒーローかを他のヒーローと比べてみるとわかりやすい。
例えば、シルバーナイトのサポートして現れた超能力者。
彼は仲間を連れテレポートをする事が出来る優秀な転移能力者である。
それに超能力者でないオーキッドはどうやって対抗するか。
それは、酷く単純な解と言えるだろう。
今回、地球の裏側なんて遠くにいたオーキッドは、ここまで跳んで来た。
飛んでではなく、跳んで。
つまるところ、そう言う事。
彼は、己の肉体一つで他の能力者と同等かそれ以上の事が出来る。
単純な腕力だけで、不可能現象を可能とする。
そのシンプルな理不尽さこそが、彼が頂点である所以である。
故にパーフェクト。
故に世界一。
彼は、本来こんな場所にいる事自体がおかしな、全てのヒーロー達にとってのヒーローと感じる……本物のレジェンドだった。
「み、ミスターパーフェクト……。どうしてこんな場所に……」
テレポート使いの男がそう呟くと、オーキッドはにっこりとしたスマイルを向けた。
「ハロー、ヤングマン。どうしてかと言われても……むしろ私の方がどうしてと尋ねたい位さ。なにせ突然、何の前触れもなく地球の裏側まで感じる様なエネルギーエフェクトが起きたんだから。おかげでレストランのウェイトレスを口説き損ねてしまったよ。それで……そこのハンサムなミスターの事、紹介してもらって良いかね?」
親指でブレンを指しながら、オーキッドは尋ねた。
「い、いえ。俺達も急だったので……あれが何かは……」
「そうかね。じゃ、君達は下がっていてくれまたえ。これからはプロのお話の時間だ。というわけでミスター。相互理解を深めようじゃないか。君はヒーローかい? それともヴィランかい?」
「……強いて言えばヴィランだな。皆のヒーローなんてヘドが出る」
「オーライ。わかりやすくて良い答えだ。そう言う事なら質問は後一つで良い。ミスター、君の目的は何かね?」
「ヒーロー共に不当の罪状を押し付けられた悪の組織、ディスティアリーズを護りに来た」
一瞬、オーキッドは眉をぴくりと動かした。
「ほぅ。……前言を撤回し済まないのだが、もう一つ。野蛮な話し合いの前にもう一つだけどうしても教えて貰いたい事があるんだが、良いだろうか?」
「何だ?」
「君は、どうしてディスティアリーズに味方をしてるのかい?」
「……惚れた女がいるんだよ。この馬鹿みたいに暖かい悪の組織の中にはよ!」
「なるほどなるほど。素晴らしい答えだ。男の答えだ。きっと君がヴィランでなければ、私達はベストフレンドになれただろう」
「御託は良い! かかってこい!」
ブレンはそう吠え、剣と盾を構える。
オーキッドは微笑みながら頷き――ブレンにまっすぐ拳を叩きこんだ。
そのオーキッドの表情には、どこか獣染みた笑みが浮かんでいた。
ずる……ずる……と足を引きずりながら、ブレンは一人歩く。
結論で言えば、オーキッド戦はこれでかという程ボロ負けだった。
そもそもだが、前の世界と今の世界では今の世界の方が全て上である。
知識も、技術も、道具も。
ブレンが過去の封印を解き、勇者としての全力の力を持ったところでこの世界では別に最強ではない。
最初から、勝てる訳がないのだ。
足も腕も完璧折れている。
目はつぶれていないみたいだが、眉が腫れ視界はほとんど塞がっていた。
「はは……我ながら、良く生きていた……もんだ……」
ブレンは自分を褒めたかった。
あのとんでもレジェンド相手に時間稼ぎをして、そして逃走にまで成功した。
正直偉業と言っても良い……と思う。
「体……再生しねぇ……なぁ……」
持ち前の魔力もとうにそこをついている。
その上、契約解除により肉体が勇者の時のそれに戻り、戦闘員としての能力も治癒力もなくなっている。
今誰かに襲われたら、もう出来る事は何もない。
今なら小学生に小突かれただけで死ねる自信があった。
全身から痛みを発しない部位がない。
血はだくだくと流れ、意識は薄れているが痛みにより無理やり覚醒させられている。
かつて魔王に殺されかけ、この世界に送り込まれた時の何倍もギリギリの状態である。
だけど……あの頃よりも、辛くはなかった。
誰かの為に戦う事が、こんなにも素敵な事だとブレンは知らなかった。
だから体はボロボロでも、ブレンの心は晴れ晴れとした晴天の様な気持ちだった。
「ブレン!」
どこかから、呼び声が聞こえた。
その声は、今一番この姿を見られたくない人で、そして今一番会いたい人の声。
それが幻聴なのか実際なのか、ブレンには判断がつかない。
その直後、誰かに抱きしめられた感覚をブレンは覚える。
「ごめんなさい……。貴方を護れなかった。……ごめんなさい。こんな酷い傷を……」
そう呟き、涙を流しているらしき声。
優しい声、暖かい声。
それが本物のミリアの声だと、ブレンはようやく確信出来た。
「はは……ビンタは……良いんですか?」
「こんな時にそんな冗談言わなくて良いの!」
「俺は……ミリアさんを……護れました……よ……ね?」
「うん……うん……護ってくれた。おかげで全部上手くいったよ。総帥が何とかしてくれた。組織への罪状も取り下げられ、もう私達を襲う人はいない。もう大丈夫だよ……もう……終わったよ……」
「ああ……良かった……父さんはやっぱり……凄いや……」
そこで、ブレンは意識を手放した。
泣きながら感謝をし、強く抱きしめるミリアの体の暖かさを感じながら……役得だななんて考えながら……。
ありがとうございました。