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独りぼっちの救世主


 ブレンと呼ばれる様になった男は、元いた世界に対し何ら感傷を抱いていない。

 打破すべき過去であり、終わった事。

 感情さえ押し殺す程の日々を他人に強要されながら日々を凌いでいた時の事なんて、思い出したくもない位だった。


 それが本格的に始まったのは、五歳の時だった。

 国王の元に向かわされ、何の説明もなく彼は名前を奪われた。 

 それは名前を名乗れないという軽い物ではない。

 自分の名前が何なのか思い出せず、そして誰にも名前を呼ばれないという『名前消失の儀式』。


 しかも、それを行ったのは名付け親である最愛の母親である。

 自分の名前がわからなくなり泣く子供に、母は笑顔でこう告げた。

「おめでとう! これで貴方はもう立派な勇者よ」

 まるで目出度い事の様、誇らしい事の様に、母は息子にそう告げた。

 息子が人扱いされ亡くなる事がわかった上で、母はそれを素晴らしい事と認識している。

 ここは、そういう世界だった。


 それからの彼の日々は凄惨たる物だった。

 大人に混じって戦闘訓練だけをする日々。

 遊ぶ事は当然、学ぶ事も必要ない。

 勇者に必要なのは、命令を聞き戦う力のみだからだ。


 彼は、倍以上の身長を持つ成人男性から毎日地獄の様な訓練を浴びせられ続けた。


 お前は勇者なのだから。

 勇者の癖にその程度しか出来ないのか。

 お前は勇者として誰よりも強くならなければならない。

 五歳の子供に対し、彼ら大人はそんな言葉しか投げかけなかった。

 大人は彼を子供として扱わず、勇者という道具として扱っていた。


 当然の事だが、彼はまだ五歳という子供であり辛い事に耐えられる精神構造をしていない。

 まだ母親が恋しい頃である。

 故に、彼は脱走する。


 脱走して、彼は絶望を見た。

 家に帰った母親に叱責され、地獄に取れ戻させるという絶望を。

 その場所は、少し前まで自分がいたのと同じ様な、暖かい幸せな時間を過ごしていた。

 だが、その時間に彼が入る事は許されなかった。


 彼は逃げられない様呪いを受けた。

 国王の命に背けば全身に耐えきれぬ痛みが走るという呪いを。

 そしてその呪いを利用し、国王は勇者を兵士として育てた。

 自分に都合の良い、兵士として。


 地獄の鍛錬を十年。

 彼は実力的な意味で勇者へと到った。

 いや、勇者になる以外彼に道はなかった。

 そして、更なる地獄に彼は落とされた。


 名前さえ奪われた男は王国の……いや人類の便利屋として扱われた。

 魔物を殺し、盗賊を殺し、不都合な相手を殺し、殺し……。

 ただただ、命じられるまま殺すだけの日々。


 何かをすれば当たり前。

 失敗すれば勇者の癖に。

 誰にも感謝されず、ただただ道具として酷使される日々。

 文句を言う事さえ許されなかった。 

 それが勇者だからだ。


 勇者だからという理由で毎日危険な場所に送られて、勇者だからという理由で強いが呪いのかかった装備を強制的に使わされて……。

 勇者だから勇者だから勇者だから……。


 当然の事ながら、彼の心は壊れた。


 彼は勇者となった後、たった一度だけ、善意に触れた事がある。

 それは……魔物の王、魔王と相対した時。


 勇者だから魔王と対峙するのは当たり前。

 そんな理由で彼は魔王の元に何の支援もなく行くよう命じられた。

 そしてその命令に彼は従う。

 勇者だから、それに従うしかないからだ。


 そして魔王と相対したのだが……歯牙にもかからなかった。

 なにせ勇者はたった一人。

 一切の仲間を連れず、何の準備も支援もない。

 当然、城についた時には既にボロボロである。

 とは言え、もし万全の状態で辿り着いても魔王に対しての勝ち目は限りなく零である。

 なにしろ彼には感情がない。


 命じられた事を淡々とこなす機械程度に倒される程魔王は弱くない。

 戦闘中、ボロボロになりながらもただただ魔王への特攻を繰り返す彼に、魔王は憐れんだ。


 魔王の憐憫。

 それが、勇者が受けた唯一の優しさ、真っ当な感情だった。


『もしも貴様に意思と覚悟があれば我が好敵手となれたであろう。……とは言え、ここまでたどり着いた褒美だ。そなたを地獄から救いだそう。……どんな場所に辿り着くか知らぬし、場合によれば辿り着く前に死ぬであろう。だがそれでも……ここで誰にも知られず死ぬよりはよほど良かろう。さらばだ我が好敵手になり得なかった勇者よ。我はこの世界を破壊しそなたへのたむけとしようぞ』


 そして……勇者だった男は名無しの男となり、異なる理の世界に送り込まれた。

 正義の味方という集団と、悪の組織なんて団体が無数にある、不可思議な未来の世界に。




ありがとうございました。

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