崩壊へのバタフライエフェクト
シルバーナイトの行動は故意的な物ではなく新人故の緊張によるミスとして解決された。
真相はわからない。
シルバーナイトたる男がどういう人物かわからない上に、本当に初参加で緊張していたからだ。
バーストラルやミリアは怒りもっと大きな問題としてもっと取り上げようと考えたがブレン自身がそれを取り下げる。
いや、そもそもの話だが、現在ディスティアリーズはそれどころではない状況にあるからだ。
そんな小さな問題に一々対処するようなそんな余裕はどこにもなく……そして、そんな事忘れられる程の騒動が発生する――。
始まりは、些細なきっかけだった。
息子が死にかけたという事に腹を立てたバーストラルが正義の味方側にきつく直訴したとか、ミリアが正義の味方をルールの範囲内でボコボコにしたとか。
そう言う事も理由の一つだろう。
ミリアが他組織にナンパされてすげなく振ったとか、その組織が麻薬密売まで手を出す本当の意味の悪の組織だったとか、そう言う事もきっかけだろう。
それぞれ単体で発生してくれた大した事のない問題だった。
問題なのは、それらが同時に発生した事。
そして、巨悪という物はそういう弱った相手を痛めつける事が非常に得意であるという事実。
ディスティアリーズにとってマイナスとなる要素が組み合わさり続け、バタフライエフェクトレベルの減少が発生し、その騒動が始まる。
結論から言えば、悪の組織ディスティアリーズは悪の組織から逸脱した巨悪であるという汚名を着せられ、抹殺対象となる『大罪証明』が下され、複数の正義のヒーローによる殲滅作戦を展開されていた。
「逃げろ! 他に何もいらんから今すぐここから離れろ!」
サイレン鳴り響く中そんな怒声とも言える叫び声があちこちから聞こえてくる。
ディスティアリーズの構成員は二百人を超える。
だがそのうち実際に活動する戦闘要員は十数人。
裏方ですら二十人を切る。
残りは完全なる非戦闘要員であり、しかもその大半が子供達である。
正義と悪の争いに巻き込まれ、ここしか行き場のなかった、そんな不幸な子供達。
彼らを幸せな未来に送り出す事がディスティアリーズの目的の一つ。
だが、その目的が今完全に裏目に出ていた。
子供達は足を進めず、この場から離れようとせずただ泣き喚く。
我儘を言っている訳ではない。
ただ、過去失ったトラウマが子供達の心を苦しめていた。
争いで全てを失い心が壊れかけた子供。
苦しみも多少癒え、この場所で暮らすに慣れだした子供達は決して少なくない。
そんな子供達の二度目の安住の住み家が、二度目の家族が危険に苛まれたどうなるか。
そのガラスの様に繊細な心が傷付かない訳がなかった。
「ドクターも急いで! そんな大荷物捨てて……」
呼び止められ荷物を捨てる様に言われるドクター。
だが、ドクターはそれを拒絶した。
「これでも最低限よ! これがなきゃ怪人も戦闘員も修復出来ないのよ! 戦えるの総帥と私だけになるわよ!?」
「す、すいません。ですが急いで下さい。貴女に何かあったら……」
「わかってるわよ。私が爆弾になって正義と悪の全面戦争なんて私も御免だもの」
そう言ってリア邪魔にならない様隅に避けながらよろよろと足を進めた。
遠くから聞こえるブザーにも負けない破壊音。
子供達が泣き喚き救いを求める声が、皆の耳に響き続ける。
つい昨日までは平和な悪の組織だった。
だったのに……今は平和な地に絶望が襲い掛かる地獄が降臨していた。
悪の組織として優良という言い方は変だが、事実ディスティアリーズは善良なる組織として周知されていた。
いや、今もそうである。
そんな組織が何の釈明も許さず子供含めた全員一斉の処刑なんてのは通常あり得ない。
特にここは多くの孤児を引き受けていた場所である為同僚の悪の組織の反発は当然、正義の味方サイドだけでなく、多くの慈善団体も確実に発狂し激怒するだろう。
だが、そのあり得ない事態が起きていた。
何てことはない、一人の男の小さなプライドと、一つの組織の保身によって。
悪の組織『ダゴトル』。
悪の組織を隠れ蓑にした麻薬密売組織である。
ここの幹部が悪の組織交流会の時、ミリアをナンパした。
酷く上から目線の、自尊心位しか感じない様なナンパを。
当然、ミリアはそれを拒絶する。
ミリアの好みはどこか幼さが残りつつも影のある優しい青年だからだ。
普通に考えたら馬鹿な男が恰好つけて自爆しただけの話であり、そしてそれで終わりの話でもある。
だが、自意識と自尊心の膨大した男にとってそれは許されざる裏切りであり、報復に値する行動だった。
そして男は己の持つ権力を行使し、ディスティアリーズそのものを潰そうと画策する。
男は正義の味方側にも強いコネを持っていた。
悪の組織を隠れ蓑にする巨悪が存在する様に、正義の味方側にもそれを隠れ蓑にする卑怯者がいるからだ。
とは言え……これだけならそう話は大きくならなかった。
少々過激な嘘の通報程度で、無関係の子供達まで皆殺しにする様な命令を正義の味方は発令しない。
精々調査機関が動き、ダゴトルが捜査を受け麻薬密売の罪で処刑させるだけで終わる。
普通の流れながらただそれだけで終わる話なのだが……。
フロンティア―。
そう呼ばれる正義サイドのチームがあった。
シルバーナイトの母体組織である。
話がこじれたのは、彼らのやらかしが原因だった。
シルバーナイト自身に罪はない。
時間優先で教習を削られ、自分の装備の威力も詳しく教えられなかったシルバーナイトもまた犠牲者と言っても良い。
問題なのは、シルバーナイトというヒーローがやらかして悪の組織に注意を受けるという構図だった。
これは非常に不味い。
正義の味方は潔癖でなくてはならず、正義の味方が間違いを犯した時のダメージは計り知れない。
それこそ、新規ヒーローならそれだけで潰される可能性がある位。
そのタイミングで、ダゴトルの動きによりディスティアリーズが何等かの巨悪を行っているという話が正義の味方サイドに伝わった。
色々な所からくる噂の内容はそれぞれ異なっているが、どれもこれも人道的に許せない最低の行いをディスティアリーズが行ったという内容だった。
その話を聞いた時、フロンティア―の管理をしている男は、こう考えてしまった。
『ディスティアリーズが許せない悪だったら、シルバーナイトのミスはなかった事になるんじゃないか』
そう考えたフロンティアーの長官は、その真偽も調べず処刑行使の姿勢に入り、その上でもっと上の組織への偽の証拠をつきつけ動かした。
その時に作った偽装書類が周囲に出回り、そしてその偽装書類によりディスティアリーズに対しての処罰が決定する。
組織だけでなく、人、物全てを完全消去するという罪が。
そして杜撰な偽書類であった為、それには彼らが保護する無関係の子供達までもが含まれていた。
建物は破壊され、ディスティアリーズの皆は蜘蛛の巣の様に張り巡らせた隠し通路にてバラバラに逃走していた。
時間さえあれば何とかなる。
だからどんな手段を使ってでも逃げろ。
それが、バーストラルの指示だった。
実際勝算は低くない。
別にこういう事に備え善行をしていた訳では決してない。
ないが、それでもバーストラルがした善行は下手な正義の味方よりよほど多い。
多くの孤児を引き取り、教育をし一般社会に戻し……どうしようもない子供達は自分達で受け入れて……。
実際一般人に戻れない様な凄惨な事情により怪人にならざるを得なかった子供達もメンバーにはいる。
それ故に、バーストラルは児童福祉系慈善団体と直接交渉が出来る程強いパイプを持っている。
ついでに言えば多くの巨悪を潰した事により警察との軽いパイプも持っている。
なにせ正義の味方より同じ悪側である悪の組織の方が巨悪を見つけるのは容易いのだから。
つまるところ、ディスティアリーズのバックにいるのは多くの慈善団体と町内会の奥様連中である。
そしてその信頼はこの状況であっても欠片も落ちていない。
故に、時間さえあれば巻き返せる。
大罪証明を撤回し誰も死なずに終わらせられる。
それは間違いのない事実である。
だが、その無実を訴える時間さえ、今の彼らにはなかった。
直接交渉出来るのはバーストラルのみ。
次善としてドクターこと高橋リアも悪の組織へのコネを持っている為動く事が出来る。
つまり、バーストラルかドクターが交渉出来る状況にならなければ現状の劇的改善は難しいという事である。
もしかしたらどこかの慈善団体が助けてくれるかもしれない。
もしかしたら町内会がネットに情報を広め無実を証明してくれるかもしれない。
だが、それが間に合うと思う程の余裕はどこにもない。
既に組織の秘密基地は完全に破壊された後。
中に入って来た正義のヒーローは十人以上で、しかもその半数は町内会規模の悪の組織ディスティアリーズじゃどうしようもないレベル。
ぶっちゃけた話もう諦めた方が良い状態でさえある。
時間さえあれば何とかなる。
何とかなるがその時間が、既にどこにもなかった。
「ブレン、大丈夫!?」
基地避難通路の中、ミリアは横で走るブレンに心配そうに尋ねる。
ブレンの肉体強化は才能なき故通常の戦闘員の半分程度。
一般人よりは多少マシだが怪人相当であるミリアと比べたら大人と子供より大きな格差があった。
「だ、大丈夫です。何なら置いて行っても……」
「馬鹿言わないで。貴方一人だとどのヒーローに会っても死ぬじゃない!」
「でも……」
「でもも何もない! そんな事言うなら少しでも早く走れ!」
そう、ミリアは必死な形相で叫ぶ。
ミリアはブロークでない時の普段は本当に優しい。
誰にでも博愛精神を見せ、いつもニコニコと笑みを絶やさない。
そんな彼女はただ柔らかい優しさがあるだけではなく、彼女の優しさには強い芯がある。
誰かを助ける為に怒鳴れるだけの芯が。
強さとは優しさであるのだと、ブレンはミリアを見て知った。
だから、ブレンはミリアの事が……。
そんな事を考えているその最中、ミリアは急に足を止め、しかもブレンの手を引っ張りその場に立ち止まらせた。
「ミ、ミリアさん?」
「良いから静かに……」
そのミリアの表情があまりにも切羽詰まっている事から、ブレンはその状況を理解する。
ゆっくりとした足音が、正面から近づいて来る。
その足音の主の姿が見える。
タバコを加えた酷くガラの悪い恰好。
Tシャツに髑髏がプリントされているなんてあり得ないその姿の男にはブレンも見覚えがあった。
男の名前は阿羅詞夜零士。
外見はどこにでもいるチンピラである為、街の評判もすこぶる悪い。
そんな彼こそが、この街の正義のヒーロー。
ディスティアリーズのライバルである。
「ラッシュクロー……」
ブレンは正義の味方の変身後の名前を口にした。
零士は何も言葉にしない。
何も言葉にせず、タバコに火を付けて……道を避けた。
「……早く行け」
「…………え? でも……」
ミリアは戸惑いそう呟く。
その様子を見て、零士は皺をよせ怒りを顕わにした。
「早く行けやボコすぞ!」
「でも、何でよ? 貴方も正義の味方でしょ?」
ミリアの言葉に零士は笑った。
「はっ! 何を今更言ってんだ。俺が正義の味方として出来損ないなのはてめぇら良く知ってるだろうが……良いから早く行け」
「……ブレン、行くよ!」
「良いんですか?」
「誰もいなかった。そう言う事よ!」
ミリアの言葉にブレンは頷き、二人は先に走った。
「……お前らが悪の組織としては馬鹿みたいに駄目な事位……俺だってわかってるんだよ」
苦々し気にそう呟く零士の声が、彼ら二人にははっきり聞こえた様な気がした。
ありがとうございました。