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正義と悪



 この世界は、ブレンが元いた世界とまるで異なった世界線の上にある。

 違う事は多いのだが、やはり一番の違いは『正義のヒーロー』と『悪の組織』が存在している事となるだろう。


 正直ブレンには意味がわからない。

 そういう文化さえ知らずに育ったブレンにとってお約束の意味も悪がはびこる意味も、当初はまるで理解出来なかった。

 とは言え、この文化にも利点がある事はブレンも理解している。

 自分の世界と比べ、この世界の悪の組織は非常に(ぬる)いからだ。


 皆が皆そう言う訳ではない。

 悪の組織の中には一部の民族を己の主義の為に根絶させようとしたり、我欲の為人類全てを洗脳しようとする本当の意味での悪の組織も存在する。


 だが逆に、ちょっとした迷惑行為なんて軽犯罪程度しか手を出さないのに、世界征服なんて大それた事を口走る悪の組織が大勢いるのもまた事実である。

 ブレンの所属するディスティアリーズなんてほとんど悪い事をしないどころか清掃や子供達の見回りなど町内会活動を積極的にやっている地元密着型悪の組織の為、町内会人気は非常に高い。

 特に、大きなお友達と言える三十代の男性と二十代以上の主婦層。

 この二層からの評価は特に高いと言っても良いだろう。


 ちなみに主婦層の人気は町内会活動に加えバーストラルが格安で料理教室を開いている事が大きい。

 大きなお友達に関しては……まあ……うちの女性怪人三人は皆違う系列で美人揃いであるなんて外見アドと言うか豚というかドエムが多いというか……つまりはそういう感じである。


 当然の事だが、正義の味方や悪の組織どちらにも規模という物がある。

 広い規模ならば県単位で、狭い規模なら公園単位。

 別に縄張りという訳でもないのだが、悪の組織は同じ場所に二つの組織がないようにする暗黙の了解の様な物が存在する。


 ちなみにディスティアリーズは町内会単位の悪の組織である。

 一応世界征服が目的ではあるのだが……ぶっちゃけただの建前だ。

 結成当時、総帥が若かりし頃はもう少し熱意があったのだが……社会が取りこぼす子供達を抱え続け、気づいた時には世界征服どころか悪事さえ出来なくなってしまった。

 とは言え総帥、バーストラルは別にその事に後悔をしていない。


『社会に見捨てられた子供を助けられない世界なんて征服する価値さえない』

 それが、バーストラルの言葉。

 そんなバーストラルに拾われたからこそ、戸籍さえない存在しないはずのブレンでもこうしてこの世界で生きていられている。


 ただ生きるだけではない。

 幸せを目指すという当たり前の人間として、ブレンは生きられていた。

 ブラック過ぎる職場だった前の世界ではついぞ得られなかった、平穏が、ここでは当たり前として与えられる。

 それが幸せ過ぎて、ブレンは怖かった。




 激しい爆音と共に、男は障害を乗り越え突き進む。

 男は決して負ける事はない。

 男は、ヒーローだからだ。

 そして男は、ついに巨悪の元に辿り着いた。

「追い詰めたぞ! 女帝! 諦めて子供達を放せ!」

 そう言って、幼稚園児たちを人質に取っているブロークを指差した。


 まあ、幼稚園児達は雇われの子役だが……。


「……くっ。だが相手はたった一人よ! お前達、やっておしまい!」

 ブロークは戦闘員である三人の部下にそう命令を下す。


 三人は甲高い奇声を挙げながら、わざとらしい位に跳び上がって男に襲い掛かった。

 当然の事だが……ここまでが、前振りである。


 雇われ人質の用意。

 戦場への誘導。

 そして、戦闘開始の合図代わりの戦闘員。

 お膳立てとしてみれば完璧レベルと言えるだろう。


 たった一人で戦うその孤高な男の名前は大文字勝。

 だがそれは仮の姿である。


 男の本当の名は――。


「変……身」

 言葉と共に大文字の体は輝きを放ち、そしてその姿を顕わにする。

 全身銀色の、騎士の様な姿を。


 メタル系ヒーローの流れを継いだメカニカル系デザインに中世の騎兵を彷彿とさせる意匠。

 正義のヒーローとしての系譜を引き継ぎながらも新しい風を吹かせていく……そういう意向が感じられた。


「な、何者だ貴様は!」

 ブロークは焦りながら、お約束の言葉を発する。

 それに合わせ、男は決めポーズを取った。


「銀甲機――シルバーナイト!」

 直後、ドーンと爆音が鳴り響く。

 テレビ先ではきっと今頃主題歌か専用BGMでも流れているだろう。

「その姿には驚かされたが……所詮一人! いかに性能が高かろうと数の前ではどうしようもあるまい!」

 ブロークの言葉に、シルバーナイトは笑った。

「それはどうかな?」

「何?」


「シルバー、ナックル」

 手甲を使い、戦闘員一号を吹き飛ばし。

「ナイトランス」

 背中から可変式のランスを取り出し二号殴り飛ばし。

「バッシュバニッシュ!」

 大型の金属盾に殴られ三号は星になる。


 一瞬で戦闘員が空になりつつ、槍と盾という装備をしシルバーナイトはブロークに向き合った。


「くっ。……貴様、なかなかやるではないか! だが私をあんな雑魚と一緒にするでないぞ」

「御託はいい。かかってこい女帝!」

 そうして……女帝ブロークの銀甲機シルバーナイトの戦いが幕を開ける――。


 まあ結果がどうなるかなんてのは最初からわかっている事なのだが……。




「はーい。それじゃあ新人ヒーローシルバーナイトデビュー戦での残念会を始めまーす。まず初めに皆様お疲れ様でしたー」

 残念会と書かれた大きな看板の下でミリアはそう言葉にし、グラスを上に向ける。

 それに合わせてその場に居合わせた三人がグラスを掲げ乾杯をする。


 戦闘員一号、コードネームラグア。

 外見二十代中身アラフィフという若作りの達人で五人の子持ちである。


 戦闘員二号、コードネームチェイス。

 十代後半の女性、高校に通いながらの半アルバイト状態。


 そして戦闘員三号、ブレン。

 この三人が女帝ブローク直属の部下……となっている。

 実際の関係は同僚と呼ぶ方が近いだろう。


 この組織にいる人は、誰も乾杯という言葉を口にしない。

 完敗という言葉と音の同じこの言葉は、悪の組織にとってあまりにも縁起の悪い言葉だからだ。

 負ける事が仕事とも言える悪の組織にとって完敗という本当の敗北を表す言葉は組織がなくなる事と同じで、本当に重い言葉だった。


「はいはい皆さんお疲れ様でした。とりあえずから揚げ揚がったから持ってきたよー」

 エプロン姿のくたびれた中年が奥から、大皿の上に山の様にから揚げを盛って現れる。

 この男こそがこの組織の総帥であるバーストラルである。

 外見ではとてもそうは見えない上に、何故かおさんどんをしているこの男こそが……。


「すいません総帥、わざわざそんな事をさせて……」

 ミリアは申し訳なさそうに頭を下げた。

「いやいや。僕がやりたくてやった事だから気にしないで良いよ。それより料理を楽しんでくれた方が嬉しいかな」

「いつもすいません。ありがとうございます」

「いえいえ。じゃ、僕がいると楽しく話せないだろうし奥に戻るね。まだまだ料理持って来るからどんどん食べてねー」

 そう言葉にし、バーストラルはニコニコしたまま去っていく。


 総帥でありながら下々の為に料理をするのはどうかと皆が思っている。

 だけど、料理をする時本当に楽しそうにするから誰も止める事が出来なかった。


「さて、それじゃ軽く反省してみよかった。まず、あちらのシルバーナイトに求める事は何かある?」

 ミリアの言葉にチェイスが手を挙げた。

「はいはーい。とりま、子供放置はちょっとまずいんじゃね?」

「あー……。確かにそれはありますね」

 ミリアもそれに同意する。


 子役を雇いそういうシチュエーションにすると事前連絡していたにも関わらず子供を確保する流れに持って行かなかった事。

 これはヒーローとして大きなマイナスと言っても良いだろう。


「まあ緊張してその余裕もなかったんでしょ。新人なら良くある事だって」

 ブレンはそう言葉にした。

「うける。ブレンもまだまだ新入りじゃん」

 チェイスはケラケラと笑いながらそう言葉にした。


 チェイスはこの中で一番若いが、実働経験は最も長く、十年を超える。

 それは決して幸せな事ではない。

 幼い時から悪の組織に入らなくてはならない不幸を背負ったという事なのだから。


「まあ馴れてきたって事で」

「だね。流石は総帥の息子!」

 チェイスは楽しそうに笑いながらブレンの背をばしばし叩いた。

「えーこほん! それで、他にシルバーナイトについて何か意見はありませんか?」

 ミリアは大きめの声でそう周囲に尋ね、少しの時間を待った。


「……特に何もないようですので、次は自分達の反省点を――」

「すいません。一つ良いでしょうか?」

 戦闘員一号、ラグアは静かな声と共に手を挙げた。

「はい。何でしょうか?」

「その……当人が黙っている事を言うのは気が引けるのですが……」

 そう言葉にし、ラグアはブレンの方をちらっと見た。

「……え? 俺?」

「はい。今回、修復液から出て来たのはブレンが一番最後でした。私達の半分の時間で修復出来るにもかかわらず、それで少しドクターの方に尋ねた所……」

 ラグアはミリアにドクターから渡された治療報告書を見せる。


 そこには、戦闘員の耐久能力の限界を遥かに超えたダメージが記述されていた。

「音響振動による高周波により鼓膜の粉砕と脳の……うっ」

 口に出すだけで気持ち悪くない様にミリアは口を抑える。

 その後、ミリアはブレンの傍に移動し険しい表情を向けた。


「大丈夫? 私が誰かわかる? 指は何本?」

 心配したり不安になったり怒ったりとコロコロと表情をかけながらミリアはブレンにせわしく質問攻めにする。

 ブレンは目を反らし、頬を染めながら首を横に振った。

「だ、大丈夫です。何の問題もありません」

「本当に!? 今も私の方見てないじゃない! 嘘ついてないでしょうね?」

「いや。その……近いというか……」

 異性として気になっている人がほぼゼロ距離まで近づいて、意識しない訳がない。

 だがそんなブレンの心境ミリアにとっちゃ知った事じゃあない。


 その位、ブレンの受けたダメージは大きかった。

 ブレン以外の戦闘員が受けた場合、日常生活不可能なレベルの後遺症と成る可能性さえある位に。




 こう言ってしまえば身も蓋もない話だが、正義と悪との戦いは九割方出来レースである。

 経済的な理由や法的な理由、色々あるが一番の理由は悪には悪のルールがあるからだ。

 それは法律よりも遥かに重く、法律を破る様な悪の組織でさえそのルールは遵守する。


 それは悪の美学と言っても良い。

 

『正義は勝つ』

 それがルールの中にある為、悪の組織は基本的に負けを強いられる。

 理由がなければ悪は勝ってはいけないのだ。


 だからこそ、悪は負ける事が仕事となる。

 いかに上手に負けるか、いかに利益を出し得を取れるか。

 試合に負けて勝負に勝つ。

 そうやって悪の組織は運営されている。


 と言っても必ず負けなければいけない訳ではない。

 運よくかつ事もあるし、本気を出したい時は事前に手続きをすれば良い。

 ただし、その場合は正義も本気を出して来るが。


 悪の組織が地方密着型なら正義の味方も同程度。

 悪の組織が悪さをしないなら正義の味方も悪の組織を潰すまで追い込まない。

 悪に暗黙の了解がある様に、正義にもそういった暗黙の了解があり、一進一退を繰り返す様になっている。

 つまり、正義側も手加減をしているという事である。


 悪が本気を出すのなら、正義もそれを撤廃する。

 その果てに出てくるのが、十メートル級の巨人や一瞬で地球の裏側まで移動する奴、サーベル一つで天地を切り裂く奴。

 なんなら天地を創造する力なんて奴さえいる。

 そんな、正義の味方という名前の化物達を相手にしなければならなくなる。


 だからこそ、正義も悪も本気を出す時は決して多くない。

 お互いなあなあで済ませ、まるてテレビの中の様にコメディに悪役は倒されこうして残念会なんてのを開く。

 これが、この世界の常識である。


 何故そうまでして、正義と悪の組織とその戦いなんて物がこの世界に残っているのか。

 理由は二つ。


 正義の味方なんて言っているが、それは悪が存在するからである。

 もしも悪がいなければ、彼らは一般人から見れば恐ろしい力を持った怪物となる。


 そんな彼らがどうして一般人達から愛されているか。

 それはこの世界に悪が存在するからだ。

 つまり、まあそう言う事である。


 もう一つは、同時に悪の組織が存在する理由でもある。

 悪の組織は確かに社会の歯車から抜けた悪である。

 だが、悪には悪の美学があり、悪の組織と呼ばれる彼らはそれを明確に護っている。

 秩序ある悪こそが彼ら悪の組織である。


 そんな彼らは秩序なき悪を見たらどうするか?

 悪の美学を汚す隣人の存在を許して置けるだろうか?


 正義の味方や警察は犠牲が生まれなければ動けない。

 だが彼らは違う。

 悪の組織と呼ばれる彼らは、無秩序な悪に対し誰よりも嫌悪し、憎悪し、敵対している。


 悪を潰す悪。

 それこそが、法的に許されざる悪の組織が必要悪とされ残されているもう一つの理由だった。


 つまり何が言いたいのかと言えば……正義と悪にはルールがあるという事であり、そして今回シルバーナイトの取った行動、戦闘員に対し殺傷能力の高い攻撃を何の説明なくいきなり放つというのは明確な協定違反だった。


「というかこれ、私達が当たったら死んでいた可能性もありますね」

 ラグアの呟きにチェイスは驚いた。

「え? それま?」

「ま、です」

「まじやば! あっちだって教習位うけてっしょ?」

「受けてるでしょうね」

「えぇ……。どうすんの?」

 チェイスの質問に解を持たないラグアは困った顔をして、そしてミリアとブレンの方に目を向ける。

 どうするのかと、問いかける様に。


「……ブレン。本当に大丈夫? 私嫌だよ? せっかくの仲間が急にいなくなるなんて……」

 泣きそうな顔で、ミリアはそう尋ねる。

 正義と悪とか、相手の危険行為とか、そんな事まで頭が回らない。 

 死ぬかもという恐怖によりミリアは他に何も考える事が出来なかった。

「本当に大丈夫です。ドクターも保証してくれています。俺は戦闘力に関しては廃棄欠陥品レベルですが再生力だけなら折り紙つきですから」

「でも……」

「いえ、大丈夫です。ほら、せっかくの残念会なんだすから、楽しまないと。ね?」

 そうやってブレンが宥め、何とかミリアは落ち着きを取り戻す。


 その様子を横から見ていたラグアとチェイスの感想はただ一つ。

『お前ら早く付き合ってしまえ』であった。


ありがとうございました。

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