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悪役令息と芝居の悪役(序)

 どんなに悩んで落ち込んだって、次の日は当たり前にやって来る。


「おっはよー!……よく眠れた?」

「ああ」


 劣等感や焦燥感は簡単に消せるものじゃないけど、考えたからってどうにかなるものでもないしな。現状の自分を受け入れつつ頑張るしかないのだと、俺は重い瞼を擦った。

 窓からはとっくに朝日が差し込んでいる。いくら寝不足だろうと寝床でこれ以上ぐずぐずしているわけにはいかない。


「シャル、今日はどんな予定だったっけ」


 今の自分にできることを、一つ一つやっていくだけだ。

 半人前未満の俺には、一丁前に悩んで腐っているよゆうすら無いのだから。


「……とは、言ったけども!」


 そうはいっても、暇だ。やる気はあるのにできることがない。

 考えてみれば、実権を奪われた元領主の元に重要な仕事が回ってくるはずもない。この城は、現領主アレクシアから税を集めることしか期待されていない出先機関になり下がっている。

 ならば城内でやることはないかと家令に声をかけても、恐縮して断られてしまった。いま無理に押しかけても彼らの仕事を増やすだけだろう。


「鳥や花を愛でておとなしく楽隠居とかつくづく俺には向いてないんだろうな。傀儡とか絶対やだわ……」


 働かなくても生きていける贅沢な身の上だとは思うんだけど、やることがないのもそれはそれで辛い生き方だと思う。

 やっぱり傀儡当主になるのは最後の選択肢にしておきたいと決意を固め直したところで、俺は気づいた。


「さっきから何を読んでるんだ? シャル」


 今日のシャルは俺の部屋のソファに寝転がって、何かの薄い冊子のページを繰っている。『お前は休日のおっさんか!』と言いたくなるようなポーズだ。

 ページをめくる速さは一定だが、普段のシャルと比べるとかなりゆっくりだ。冊子の内容に夢中になって、じっくり読み込んでいるらしい。


「芝居の脚本みたいなやつだよ」

「脚本? そんなもの、どこで売ってるんだ?」


 見覚えがない脚本の冊子は最近買ったものだろうか。でも、最近のシャルはたいてい俺と一緒にいたはずなのに、俺にはその冊子を買う場面の心当たりはない。


「売り場? さあ?」

「『さあ』って」

「あたしは借りてるだけだもん。女中さんから借りた冊子を暇つぶしがてら読んでみたけど面白いね」

「その女中さんが芝居好きなのか?」

「というかこの一座が好きなんだって。『シャルロくん』も今度一緒に見に行きませんかって誘われたから、過去作の履修をね」

「……そうか」


 さらっと言われたけど、シャルが今度その女中さんと観劇デートするってことだよな?

 姿を偽らせるようで心苦しかった変装生活も、彼女はそれなりに謳歌していたらしい。なんとなく微妙な気持ちになった。


「脚本みたいなやつを売るっていう発想は無かったなあ」

「さっきから『脚本みたいなやつ』って何だ? ただの脚本じゃないのか?」

「見る?」

「ああ」


 シャルが『脚本』と言い切ることをためらった理由は、実物を一目見てわかった。

 ト書きや場面の転換が書かれた冊子は、確かに小説よりも脚本の形式に近い。だが、それだけではなく所々に『本作なキャラクター紹介』だの『演者からの一言』だの『座長の表現の意図』だのまで載っているそれは――映画や舞台のパンフレットだ。


「エルダーリヴラっていう旅の演劇一座で、年に一度この街に来て公会堂で上演するんだって」

「エルダーリヴラ……あっ、本当だ。ここにも書いてある」


 パンフレットをぱらぱらとめくると、最終ページに座長らしき人物のコメントがあった。


『来年度の巡業公演は今年とは作風をがらりと変え、切なくほろ苦い悲恋モノをお送りすることになりそうです。といっても、まだ現時点ではなーんにも決まってないんですけど! すべては当一座の誇る天才脚本家の筆の進み具合次第ですので、ウィローちゃん、がんばってね! 座長は全力で応援しときまーす! 主演俳優はまだヒ・ミ・ツ。それでは皆さま、今後ともエルダーリヴラをよろしくお願いします!』


 いや、文面のテンション高っ! そして若干うざっ!

 もしも現代日本にいたら失言や情報漏洩でSNSアカウントが炎上するタイプの座長なんじゃないかと勘繰ってしまった。


「毎年割と評判が良いから、今年の作品も楽しみにしてるって彼女は言ってた」

「カノジョって、ああ、その女中さんのことか。……行くのか?」

「そりゃ約束したんだから行くよ? 去年のやつの脚本は結構面白かったし、今年のも楽しみ。シスも気になる?」

「……ああ、まあな。俺も時間ならあるし」


 何なんだろう、このモヤモヤは。

 俺自身にも分からない微妙な気持ちがシャルに伝わるはずもなく、彼女は『確かに現状のシスはほぼ無職だもんね』と心をえぐる一言を放った。オーバーキルにも程があるだろ!

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