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天才美少女は過去を思う《シャーロット視点》

お待たせしました。

 一目見て『面倒なタイプのジジイだな』って分かった。


「私はシャルロ・ベルモアと申します。レイモンド様の侍従としてこの度雇っていただきました」


 何か言われる前に目下の礼を取ったのは、礼儀正しい身分の差を弁えた平民だと思われた方が()()()()()()と思ったから。

 この手のジジイは自分のメンツを傷つけられることを何よりも嫌がる。彼らにとってメンツは命よりも重いのだから『生意気な平民だ』と思われた暁には目の敵にされてしまう。

 ジジイの繰り言なんかで消費されていいほど、あたしとシスの時間は安くないのだ。だから早く切り上げたかった。それだけ。


 あたしが『シャルロ』と男の名前を名乗ったのは、この手の貴族は『平民の非力で美しい女』を『人』だと思っていないからだ。

 あたしの豊満とは程遠い体型と男物の衣服を着込んだ旅装なら『女顔の美少年』で押し通せると思った。


 シス直属の新人侍従だと言ったのは、ただの下働きと云えばジジイどもの世話もさせられそうだったし、アレクシアの手の者と疑われるのも嫌で、シスと別行動もしたくなかったから。

 結局狙い通りに、シスの部屋の隣の小部屋を与えられた。

 それだけで『繰り言ジジイ』に投げキッスしてやってもいいような気分になった。


 ……って、あたしは、思ってたんだけど。


「ほんとにシスは甘ちゃんだよなぁ」


 あたしの手をぎゅっと掴んだまま寝落ちてしまった彼を見ると、何か間違ったのかもしれない、彼を傷つけてしまったかもしれないとモヤモヤした悩みのタネが育っていく。


「じゃあ、どうしたらよかったんだよぉ……」


 うんうん唸って反省しても『正解』がわからないのは、あたしにとっては珍しいことだった。


 ☆


 シャーロット・ベルモアは、この国のど田舎出身の一庶民だ。

 故郷は牛を追ったり畑を耕したりが主産業のよくあるど田舎。隣のど田舎と少しだけ違ったのは、何十年か前に病弱な貴族のお嬢様が療養してた館があって、そこには珍しい色挿絵付きの本や絵画、調度品が備え付けられていたこと。

 あたしは物心ついた頃からその館に忍び込んで、それらを眺めていた。本なら持ち出せたし読み方は教会で教えてもらえたから。


 どうして雨は降るの?

 天使の慈悲の涙と教わったけど、大雨で畑は流れちゃうのに。

 みんなが困ってるのに、優しい天使はなぜ泣くの?


 聖典にはカミサマが山を動かしたってあるけど、ほんとなの?

 あんなに大きいものがどうして動くの?

 どうして、どうして?


 ねえ、どうして?


 しばらくするとあたしの疑問に答えてくれる人はいなくなった。意地悪だったわけじゃない、みんな()()()()()()()()()からだ。


 行商のお兄さん相手にもしつこく尋ねたことがある。

 ヨソモノなお兄さんはあたしの『なぜなぜ攻撃』がどれだけしつこいか知らなかったから、軽率に相手をしてくれたのだ。


「遠くには『海』という名のしょっぱい湖があるってほんと?」

「ほんとだよ。でも、湖とは少し違うかな」

「お兄さんは行ったことある?」

「港までなら何度もね、外の国に行ったのは一度だけ」

「海の外にも国があるの!?」

「あるよ。海の外の国のお菓子なら今日も持ってる」


 お兄さんがくれたお菓子は日持ちするような干菓子だったけど、形が凝っていて、とても甘くて美味しかった。

 きっとこんなお菓子がある外の世界はさぞかし素敵なんだろうとあたしは思った。


「いいなぁ、あたしも行ってみたい」

「行けばいいじゃない」

「無理だよ。あたしはノウミンでリョウチから離れられないもの。おまけにジサンキンが無いからヒトリで生きていくしかないの」

「……でも、君にはここは退屈じゃないの?」

「たいくつ、ってなに?」

「『することが何もなくてつまらない』ってこと」

「そうね、ここでは昨日も今日も明日も何も変わらないもの」

「そうか」


 お兄さんはそう言って、あたしに『家はどっち?』と尋ねた。

 そして、あたしが『流行病で家族はみんな死んだ、感染る(うつる)から家ごと燃やされた』と答えると、お兄さんは教会であたしを養女にする手続きをして王都まで連れて帰った。


 彼が一介の行商人ではなく大店の主人だったことを知ったのは、王都に着いてからだった。


 お兄さんはあたしに何でも与えてくれた。

 分厚い本も、綺麗な装飾品も、甘いお菓子も、好きなだけ。

 あたしはそれらも好きだったけれど、お兄さんが教えてくれる商売の話を聞く方がもっと好きだった。

 そうとわかってからはお兄さんは『じゃあ君は僕の跡取りになるのかな』と笑って、より熱心に教えてくれた。


 本当は、わかっていた。


 お兄さんは貴族でこそないけど、それに並ぶくらいの豪商で。

 そんな身分なら本当は所帯を持った方がいいのに女嫌いでどうしてもできなくて、でも家の人の期待には応えたくて、あたしを『隠し子』ということにしてその場を濁そうとしていたことは。


 女嫌いがあえて『娘』を持ったのは、自分が見込んだ有望な部下がいれば『娘婿』にするためだ。

 あたしが本当に彼の後継者に足る有能な商人になるとは限らないから保険をかけたいという商人らしい冷徹な判断だった。


 あたしとお兄さんは仲が良かったけど一線を引いていた。

 あたしは一回もお兄さんのことを『お父さん』とは呼ばなかった。あたしの『家族』とはいつまでも『ど田舎で死んだ彼ら』のことだった。お兄さんと一緒にいたのは孤児が生きていくのに()()()()()()()――お互いに利用し合っていたのだ。

 あたしたちはそういう計算高いところがよく似ていて、確かに親子らしかったのかもしれないけれど。


「もう無理だよ」と言ったのは、あたしだった。11歳の時の話だ。


 お兄さんはまだ若くて、お金を持っていて、綺麗な顔をしていた。

 お兄さん以外の全員が『妻を迎えるのを拒むほど溺愛する一粒種のシャーロット』なんていなくなればいいと思っていた。

 彼には、自分の家族を作るか、近しい親族を養子にして迎えるべき時が来ていたのだ。


「……そうかな。まだ、もう少し、なんとかならないかな」


 諦めたみたいに、お兄さんは笑った。


「ならないわ。周りが認めないもの。……たぶんね、もしもあたしが本当の子どもでも、あたしのことは邪魔なんだと思う」

「君は立派な僕の娘だよ。くだらない陰口からは僕が守るって言ってもダメかい?」

「自分が生殺与奪を握ってる年下の女の子に甘えないでよ」

「それを言われると何も言えないな」

「……それに、あなたは本当は女嫌いじゃないでしょう?」


 あたしがそう言うと、彼はしぃ、と一本指を立てた。

 そして、泣きそうな顔で『自分で言うよ』と呟いた。


「好きなひとがいるんだ。元々女の人が苦手なのは嘘じゃないよ、だけど、その人と出会ってから違うところばかりを数えちゃうんだ」

「あなたが本気になれば、たいていの女の人は靡くと思うけど」


 あたしは本気でそう思っていたし、みんなもそう思ってるらしいのに。


「僕には手に入らないし……手に入らないから、好きなんだ」


 夜空の星みたいなものだと彼は笑った。白く輝く星のような苛烈な女性にずっと片想いをしているのだと。


「導きの星と恋はできないだろう?」

「だから地上(手近)で手を打ったの? あたしって、あなたの好きなひとに似てた?」

「全然。白銀の髪も、黄金の瞳も、あのひととは正反対の色彩だ」

「そう」


 当て推量だけど結構自信あったのに、とあたしが笑うと、きっと少しでも似ていたら君のことを愛せなかったよ、と彼も笑った。


 ――そうして、あたしは『ただのシャーロット』に戻った。


 あたしには『どうしてもやりたいこと』など無かったのだ。

 何かを切望したことなど一度たりともなかった。その折々に『叶ったらいいな』と思うくらいの小さな願い事がたくさんあっただけ。

 あたしは、どうやら容姿にも才能にも恵まれているらしく、いつだって縋る前に救いの手が差し伸べられた。

 自由気ままに生きているようで、その実、人に流されてきただけなのかもしれない。


 彼の『娘』ではなくなっても野に放り出しはしないとテキトーな親戚筋の養女にされて、王立学園に放り込まれた時も、『ここを卒業すれば食うには困らないだろう、助かったな』というくらいにしか感想はなかった。


 貴族社会の縮図に放り込まれた平民出身の子どもとして、肩身の狭い思いの一つもすれば可愛げがあったのかもしれない。

 生憎と、あたしに『肩身の狭い思い』をさせられるほど骨のある人間を見つける前に、周りの人だかりは霧消してしまったのだけれど。人との衝突が無いのは快適だけれど、変化が無いのは退屈だ。


 だからきっと、その出会いは退屈ゆえの気の迷いだったのだ。


 皆から遠巻きにされて肩をすぼめて座る少年を見たとき、『体格が良いのにもったいないな』と思った。つまらない噂の的として変な注目を浴びるよりも正しい目利きを受けるべきなのに、と。


「レイモンド・アレクシス、か。みんなは『レイ』とか『アレク』とか呼ぶの? あたしは『シス』って呼んでもいい?」


 本も、菓子も、知識も。家族も、身分も。

 どれももちろん好きだけれど、あたしの周りにあったのは、自分で手を伸ばさなくても与えられたものばかりだったから。

 与えられる中から選ぶのではなく、あたしがゼロから選んだものが一つくらい欲しかったのだ。

 あたしは()()()()()()()()()()()()()()のだと、一度くらい言ってみたかったのだ。


「……誰も何も呼ばねぇよ。ぼっちだから」


 彼の声が思ったよりもやさぐれて低かったことに、驚いた。

 それから、彼を初めて『発見』したのが自分であることに、思った以上に自尊心を満たされた。

 人に与えられた宝石よりも、海辺で自分で拾った貝殻の方が大切に思える時もあるでしょう?

 出会いはただの偶然だった。その彼は今や、あたしの心の棚の中で、宝石どころか故郷の館の挿絵本や養父がくれた砂糖菓子よりも高い棚に置かれている。


「なのになぁ、シスは全然わかってない!」


 確かにあたしは『理由のない古いしきたり』が嫌いだけれど、一度軽蔑すれば済むと思っている。心を揺るがす価値もない、それ以降は意識の外に置いて綺麗さっぱり忘れてしまえる。

 そんなつまらないものに場所を取らせるほど、あたしの心の棚にはゆとりがないのだから。気にするだけ無駄、社交辞令、面従腹背、心中で舌を出していろ、というやつだ。


 あたしだけの話なら気にも留めない。

 ただ――心の棚の一番上を『彼』が占領しているばかりに、あたしは『今の衝撃で疵がついていないか』『磨き忘れて曇っていないか』『ぐらついて落としやしないか』と気にしてしまうのだ。

 無垢で傷つきやすい宝物からはいっときも目を離せない。


 彼は珍しいくらいに真っ直ぐで、曲がることを知らないのだ。

 使用人も家族同然だという生まれ育った家庭と『平民にも広く門戸を開く』学園と――彼が置かれてきた環境の方が、世間からいえば『異質』なのだと分かっていないのだろうか。

 これは、他の者と関わる機会を徹底的に排除した『女帝』の教育が過保護だったせいかもしれない。


「あたしが傷ついたかどうかなんて、自分の方が傷ついた顔で聞かれてもねぇ。ほんっと罪作りなやつ……あたしが()()()()()()()()()()()()()()()、早く気づけよ、ばーか」


 棚に載せるに値しない雑音を何度浴びたところで心には響かないけれど、宝物の僅かなくすみには一喜一憂してしまう……なんて、あたしはいつからこんなロマンティストになったんだろう。


「趣味って養親子(おやこ)でも似るのかなあ。いや、シスは全ッ然、女帝に似てないだろうし? そりゃ顔は似てるかもしれないけど、あたしの方が趣味はいいに決まってるんだけどね?」


 でも、想い人を『星』だの『宝物』だのに例えるあたしたちの趣味はやっぱり似ているのかもしれない、と。仮初めの『父』を久しぶりに思い出した。

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