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悪役令息の帰還と旅立ち

さっそくのブックマーク、評価、いいね、ありがとうございます! 励みになります!

完結済み作品なので改稿作業が進み次第コンスタントに上げていきたいと思います。

 レイモンド・アレクシス・レムウッドが故郷に帰還したのは、領地に厚く積もった雪も溶け、野に花の綻ぶ春のことだった。


「お帰りなさいませ、坊っちゃま」

「エリザ!……久しぶりだな、皆も元気にしていたか」

「大丈夫ですよぉ、うちの人がちょっと風邪を引いたくらいで、それももう治りましたし」

「そうか。それならよかった。はい、これ、王都の土産だよ」


 学園に入学してからというもの、年に数回しか帰郷しなくなった令息ぼっちゃまが今後はずっと領地にいてくださるのだ。領民たちは農作業の手を止めて、歓声をあげて彼を迎えた。

 レイモンドの方もまた領民に手を振り返し、帰りを出迎えた古参の使用人のことを気遣ってにこやかに微笑んだ。

 その笑顔はやっぱり『王子様』というよりは『物語の名悪役』らしい冷徹酷薄顔なのだけれど、レイモンドと長い付き合いのある者は今さら彼を誤解したりはしない。

 彼らにとって『レイモンド坊っちゃま』とは、物腰も柔らかで本当にいい子に育った、主家の自慢の跡取りなのだ。


「坊っちゃま、奥様が『帰ったら顔を見せるように』と仰っていました」


 レムウッド家の玄関でレイモンドを出迎えた家令は、常々『息子が一人前になったら家督を譲る』と言っていたアレクシアのことを思い浮かべた。

 これほど立派に育った坊っちゃまに任せれば、この家もきっと後顧の憂いはないだろう――。


「ああ、そのことだが、じい

「何でございましょう?」


 感慨深さにこみ上げてくるものを堪えていた家令は、レイモンドに呼びかけられて首を傾げた。

 見れば、令息は、長い付き合いの家令でも見たこともないほどの晴れやかな笑みを浮かべている。


「俺は、これから人生初めての『家出』をしてみようと思う。あの母親クソババアに伝えておいてくれ。『とりあえず二年待て。消息は俺から伝える。二年経ったらあんたに臣下の礼を取らせてやる』と」

「……えっ?」


 いい子でいるのは飽きた、ちょっとグレてみようと思う。

 それだけ笑いながら言うとレイモンドは踵を返し、玄関扉に近づいていく。


「――ああ、それと。『長生きしてくれ。あんたのことは嫌いだが死んでほしくはない。むしろ死なれると困る』とも。もちろん、爺も、エリザも、皆も、体を気遣ってくれよ」


 それきり、レイモンドは後ろを振り返らなかった。

 彼の姿が見えなくなってからやっと金縛りが解けたように、家令は狼狽して右往左往した。しばらく見ないうちにえらくパンクになった坊っちゃまが、とんでもないことを言い放っていったんだが!?


「ええ……!? どっ、どうお伝えすればいいのでしょう!?」

「そのまま伝えればいいんじゃないですかぁ? 奥方様はそういうのを気にしなさそうだし」

「……そうでしょうか?」

「レイモンド坊っちゃまがお元気そうなのを知ってむしろ安心するくらいのもんですよ、きっと」


 確かにアレクシア様はなんといってもレイモンド坊っちゃまの母親なのだから。

 息子がグレた報告を受けても『元気ならばそれでよし』で終わらせる可能性も無くはない。家令自身だって、元気そうなレイモンドの姿を見て感涙に咽んでしまったくらいなのだから。


「……確かに坊っちゃまが元気なのが一番ですね。でも、」


 あまり老齢の家令の心臓をいじめないでいただきたい。

 家令は心の中でだけ、ちょっぴりと恨みごとを言ってみた。


 ☆


 予想外にすんなりと同行の約束を取り付けられたとはいえ、レムウッド領に帰る前に『帰ったら何をするか』をシャルに伝えておかないとフェアじゃない。


「俺は正直()()()()()()()()()()()()()どころか、あのクソババアに『何もするな』と言われている。やりたきゃ優雅な引きこもり生活も可能だ。でもそれは性に合わないから()()()()()


 俺のとりあえずの行動指針を上げると、シャルは深々と頷いた。


「家でおとなしーくしてたら女帝おかあさまが生きてるうちは傀儡として飼い殺される。死んでから動こうにも数十年のブランクもあって何もできなくなるもんねぇ。今のうちに足掻くのって大事だよ。でも、じゃあ、家の外で何をするの?」


 何をするか。それが一番難しい。

 俺は別に『母親憎し』でこの国やレムウッド領を丸ごと滅ぼしたいわけじゃない。ただの親子喧嘩に関係ない人を巻き込んで不幸にするなんて、無意味なうえにカッコ悪いだろ?


「悔しいけど、アレクシアは優秀で有能でこれまでの実績もある。現時点の俺では手も足も出ない。上から指示を出すこと(トップダウン)はあいつの方が向いてるし、それが領民のためになる」


 それを聞いたシャルは目を細めた。……こちらをバカにして挑発するときの顔だ。


「ええ? 早くも敗北宣言? 女帝が正しく民を導く施政者なら、彼女に逆らう我々の動きは反社会的活動ってことにならないかい、アレクシス君やーい」

「それが違うんですぜ、シャーロットさんよ。……ってなんだこの小芝居!」


 隙あらば茶化してくるシャルに、選択を間違ったとは言わないが早まったかもしれない、とは思う。

 俺は咳払いを一つして話題を戻した。


「話を戻すぞ。あの女は所詮『他家からの乗っ取り当主』だ。事実としてそうなんだから、アレクシアが乗っ取る前のレムウッド家、旧レムウッド辺境伯家の関係者には凄まじくウケが悪い。平穏に治めているように見えても反乱分子はゴロゴロいる」

「『アレクシアではなくレムウッド家の血を引く領主が欲しい』っていう勢力がレムウッド領内の反乱分子になっているわけだね」

「俺が家を継いだ後にそういうやつらが不満を爆発させて反乱を起こそうものなら一発で領土崩壊ゲームオーバーだ。今のうちに内情の偵察をして反乱の芽を摘む」

「ということは、つまり……?」


 察しがついたのだろう視線を送ってくるシャルに、俺は頷き返した。


「ああ。俺はまず『反乱分子の長』になる。アレクシアがレムウッド家を乗っ取ったように、今のレムウッド家に不満があるやつの集団をレムウッド家の正当な後継者が乗っ取る」


 レイモンド・アレクシス・レムウッドはそもそも『レムウッド家の血を引く正当な当主』なわけで、反乱分子のニーズにはフィットしているはずだ。

 アレクシアも領土安定を考えて俺に世襲相続(種馬になること)を望んでいたように、血の絆というものはバカにできない。アレクシアがどんなに正しくてもレムウッド家の血を引かない以上彼女にはできないこともある。

 俺の第一の武器はこの『血』だ。


「君たち親子に振り回される反乱分子の皆さんはお可哀想に」


 怖い怖い、とシャルは肩をすくめた。

 俺が『アレクシアを倒そう』と呼びかければある程度の反乱分子は集まるだろう。それらを上手く飼い慣らして俺の支持基盤にする。

 そして、俺が家督を継いだ時、『アレクシアから引き継いだ基盤』と『俺自身の基盤』のどちらもが俺のものになる。

 その時になって俺の支持者に『一緒にアレクシアを倒そうって言ったじゃないか!』と責められても知らんぷりで通す算段だ。


「『お前を利用してやる』って気持ちで近づいてくるのは向こうも同じなんだから、お互い様だろ」

「そうかもね」

「最初の行き先は『反乱分子』筆頭の前レムウッド辺境伯夫妻。俺の父方の祖父母なんだけど……考えがゴリゴリに凝り固まったやつらでさ、もしシャルに嫌な思いをさせたら――」


 せっかく付いてきてくれた友に、あまりにも申し訳ない。

 それだけが、俺の心配事だった。


「へーき、へーき。逆境の方が燃えるっていうもんね!」


 なのに、シャーロットは何でもないことのように笑っていた。


 ☆


「 『とりあえず二年待て。消息は俺から伝える。二年経ったらあんたに臣下の礼を取らせてやる』……あの子がそんなことを言ってたの?」

「はっ!


 今日も執務に勤しんでいたアレクシアは耳を疑った。

 恐縮している忠実な家令を下がらせて、今さっき聞いた言葉を反芻する。そんな生意気な文句を聞いたのは数十年ぶりだった。 

 言葉の意味を咀嚼して味わったアレクシアの顔に浮かんだのは『息子に侮辱された怒り』ではなく『笑い』だった。


「……へえ、そんなことするのね、レイモンド」


 何が息子を変えたのだろう。

 レイモンドは彼我の実力差にも気がつかないほど身の程知らずの間抜けではなかったはずだけれど?

 ならば、彼が勝機を掴むための『武器』とは何なのか。

 考えるべきことはたくさんあるが、アレクシアは久しぶりに純粋な『可笑おかしさ』を感じていた。


「流されるだけじゃない男は好きよ? わたくしのことを憎んでいる男なら、特にね。二年待てというなら、母として指折り数えて待ってあげましょう。うまくいかなかったら、わたくしの可愛い傀儡(お人形さん)にしてあげる」


 楽しみね、レイ。

 呟いた彼女は、夢見るように空に視線を彷徨わせた。

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