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悪役令息の謎解き

「そういえばさ」

「ん?」


 ヘッドボードにもたれたシャルに果物の甘煮を掬ったスプーンを突き出すと、ツバメの雛みたいにパクつかれる。咀嚼して口の中のものが無くなってから、シャルはまた口を開いた。


「なんで追いかけてきたの? 置き手紙してたでしょ?」

「……ああ、そのことか」


 何の話かと思えば、例の一方的に置き逃げした辞表もどきのことらしい。それにしても、シャルはあれを見た俺が納得すると本気で思っていたんだろうか。そこらへんの感覚がシャルはどうも分からないようだ。


「えっ、だって。『飽きたからバイバイ』って、すごくあたしらしいでしょ?」

「まあ、確かに」


 こっちの気も知らずに勝手に言って消えそうなやつなのは否定できないけども。……というか、自覚あったのかよ。


「俺も正直そう思ってる。俺の知らないうちに出かけて満身創痍になってたのは本当だし」

「それはもう謝ったでしょ。……うん? じゃあ、どうして文字通り『これは辞表だ』って思わなかったの? いかにもあたしがしそうなことなのに」

「一瞬マジで焦ったけど――」


 それを俺に言わせるのかぁ、そうかぁ。

 俺は持っていた甘煮の深皿をサイドテーブルに下げると、シャルに向き直った。


「置いてあったリストと手紙を見比べるといくつか違いがあった」

「ほう?」

「一つは筆跡。リストの筆跡は走り書きで斜線で消したり書き加えたりしてるのに、手紙の方は誤字も汚れもない。手紙だけ『清書』されている」

「……」

「他には紙自体の違いだ。リストは手帳から破りとったような薄い紙だし、書く時にペン先に引っ張られたのかよれてた。手紙は混ぜ物の少ない白い綺麗な紙だった」

「上質な紙だったね」

「紙も、書かれた状況も違う。問題になるのは、どうして違うのかってことだけど――」

「あたしだって辞表を出すときは気持ちをあらためるかもよ?」


 なんだこいつ、自分で出題した推理ゲームに嬉々として参加してきやがった。詰められる犯人役なのか、へっぽこ助手役なのか、立ち位置をはっきりさせてほしいもんだ。自分の意図を正直に言えばいいだけなのに。まあ、いいか。話を戻そう。


「ひとに推理させてるのにミスリードするなっつの。手紙はその場の勢いでいいかげんに書いたものじゃないってことは認めるわけだな」

「そうかもね?」

「さっきは言わなかったが、違いは紙質だけじゃない。紙の日焼けの具合も違った」

「なるほど。日焼けは気にしてなかったな」

「『書かれた状況が別』だとして『手紙がリストの後に書かれた』なら『飽きた』の言い訳も成り立つ。ドラッグの調査に飽きたってことだからな。ところが――」


 名探偵並みの名推理とは言えないが、なかなかいい線いってるんじゃないだろうか。気分は、崖で犯人を説得する刑事だ。


「ところが、明らかに『手紙の方が先に書かれている』……それが分かるくらい日焼けした紙に書かれていたからな。俺たちがここに来てすぐに日当たりがいい机の上に出した紙とかじゃないと、ああはならない」

「……」

「そうだとしたら、なんでそんな古い紙が残されていたのか。机上の紙なら上から順に仕事に使われて無くなるはずだろう。それならあれはずっと前に書かれて、あえてお前が残しておいた紙だ」

「何のためにそんなことを?」

「いざという時に『人に見せるため』……『何かやらかしたとき』のことを考えて『他人に見せるためにあらかじめ書いておいた辞表』だってこと。当たったか?」


 社運をかけたプロジェクトを提案して『全責任は私がとります!』と言った社員があらかじめ辞表を書いてすぐ出せるように持っておくようなイメージだ。


「……参りました」


 どうだ、と鼻で笑ってやると、シャルは悔しそうな顔をした。ぎゃふんと言わせられたようで気分がいい。


「手紙一つでそこまで言われるなんてなあ。いやぁ、お見それしましたとも」

「チクチク言葉で刺すのはやめろ。そりゃ、どうも。それにしても、シャルは俺のことを好きすぎるだろ」

「はあっ!? 何いってんの!?」


 だってさぁ。どうしてわざわざ、当初から自分に何かあったときのことを考えて俺に心配させないようにと気を回すんだよ。

 そんな気遣いされたら普通は余計に心配するだろうが……まあ、シャルだからなぁ。分からないんだろうなぁ。

 つらつらと言えば、シャルは真っ赤になってしまった。俺に言わせずに自分から言えばよかったのに、自業自得だ。


「うぬぼれんなっ! 手紙一つにネチネチネチネチと、そこまでこだわるようなやつだと思ってなかった!」

「そうかそうか。友達の新しい一面が知れてよかったな」

「普通にドン引いてるんだよ!? もう、うかつに手紙残すのやめるっ! 急に帰ってこなくなって心配かけてやる!」

「……あのなぁ」


 どうしてこんなことを言う羽目になっているのかは知らないが――。


「さっきも言っただろ、『一瞬信じかけて焦った』って。焦ったから必死に『愛想つかされたわけじゃない』証拠を探しただけだろ。どうもドジ踏んだっぽいって分かったから追いかけて、追いついた時にはギリギリアウトだったけど。手がかりなんてなくても、無事が確認できるまでしつこく追いかけ回すのは変わらないし、騒ぎがひどくなるだけだぞ」

「なにそれ怖い!」

「おまえが急にひとりで抱え込んで消えなきゃいいだけだろ。心配かけたくないなら、そんな斜め上にズレた方法じゃなくて、そっちにしろ」

「……シスのくせに生意気……」

「分かったら、そこの残りも食って早く寝ろ」


 ぐずぐずと不満を垂れるシャルを見張って完食させると、口をゆすがせて目を閉じるところまで見届けた。

 今は休養して一刻も早く体を治した方がいい。もう春も近いのだから、あんまり長く絶対安静を指示されてると閉じこもるのに飽きて暴れだすだろうし。


「おやすみ」

「……ねえ、シス」

「なんだ?」


 ベッドから離れると、布団にくるまったシャルは俺の背中に声をかけてきた。


「さっきのって『どうやってあたしの真意を知って追いかけたか』の答えではあるけど、『自分から出て行くって言ってるやつを何故追いかけたか』には答えてないよね。……もしも、あたしが本気で出て行くって言ったらシスはどうする?」


 もしも本気でシャルが俺の側から離れたいと望んだ時は――?

 俺は思考を巡らせる。もしも、本当にそんなことになったら。


「さあな。いざその時になってみないと分からないけど、たぶん、学園で誘った時ほどは物分かり良く受け入れられないと思う」


 うん、それが今のところの嘘のない実感だ。

 シャルが望むのなら友人として応えたいと思うが、往生際悪く『それは本気で望んでいることなのか』を確かめてしまうのは止められそうにない。


「……そっか。じゃーね、あたし、寝るから!」

「ん? ああ、おやすみ」


 布団を頭からかぶってしまったシャルを訝しみつつも、おとなしく部屋を出た俺は知らない。


「はあっ、もうっ、朴念仁のくせにっ! シスのバカバカ、そこが好き!」


 俺の『唯一の友人』が身悶えしていたことなんて。

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