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悪役令息の祈り

 頭の打ちどころが悪かったのか、炎に燻された薬物を吸い込んだせいなのか。

 一向に目を覚まさないシャルと残された部屋の中で、俺は日課の『今日の報告』をする。これは、動けないシャルの代わりに俺がたくさん見聞きしておかなくてはいけないと思って始めた。俺にはきっと、それくらいしか出来ることが無いのだから。


「今日はミアさんと話したよ。『仲間がやらかしたことだ』ってたくさん謝られて、俺もたくさん怒られた。シャルのことも怒ってた。『どうしてもっと自分を大事にしないの』って」


 眠るシャルの耳には聞こえていないだろうけれど、言わずにはいられなかった。言葉を叩きつけて思い知らせてやりたかった。

 危ない橋を渡って逃げる機会を作ったのだから、シャルは自分の身の安全だけを考えればよかったのだ。逃亡する犯人のことなんて放っておけばよかったのだ。

 シャルには『領主としての職責』のような背負うものは無いのだから。彼女はただ、友人としての好意で俺と一緒に来てくれただけだ。それなのに、その彼女に俺は何も返せていない。それどころか酷く傷つけた。


「友達だってことがお前の枷にしかならないなら、解放する。俺と友達じゃなくなればシャルが幸せになれるなら、そうする。……俺は、大事な友達をこれ以上不幸にしたくない。その後押しくらいは最後にさせてくれ」


 彼女をどうやったら幸せにできるだろう。

 これでも俺は大貴族の嫡男だ。悪名高い名前の力でごり押せば、シャルの就職口はどこにだって用意してやることができる。

 それとも何か娯楽を用意すれば喜ぶだろうか。観劇には嫌なイメージがついてしまったかもしれないが、旅芸人の一座でも王都の劇場でも好きなだけ貸切にしてもいい。俺がおとなしい傀儡にんぎょうでいるならば、アレクシアだって多少の浪費に目を瞑ってくれるだろう。

 そうだ、シャルと気の合いそうな者がいないか、アレクシアが支援している学者連中を見繕ってもらってもいい。きっと、俺とくだらない話をするよりもずっと充実した議論ができるはずだ。


 考え始めると、あれもこれもと計画が思い浮かぶ。

 俺の独りよがりにはしたくない。きちんと喜んでほしいから『どれがいい?』とシャルの意見を聞きたくなった。

 でも、今の彼女はものを言わない。楽しげな計画の全てもシャルが起きないことには空想にすぎない。


「早く起きろよ。シャルが寝汚いのは知ってるけどさ、とっくに朝になったぞ。俺が苦労かけたから疲れてるんだよな。贅沢は言わないから、ゆっくりでいいから、起きて……」


 聞こえていないと知りながら言葉をかけるだけなんて虚しい。彼女と話がしたい。彼女の声が聞きたい。


「起きてくれ、お願いだ」


 情けなく掠れた声で、俺はシャルの手の甲に額づいて懇願した。

 端正な顔立ちは人形のようにつるりとして生気が無い。本当に息をしているかが不安になって顔を近づけた時、白銀の長い睫毛がふるりと揺れた気がした。


 凝視する俺の目の前で、花が開花するように瞼が上がる。その隙間から猫のような黄金の瞳が半分覗いた。

 薄ぼんやりと俺を見返した少女は、ゆるりと口角が上げて小生意気な笑みを形作った。


「……そろ、……ぉ……きて、あげよ……かな」

「シャル!?」

「シ、ス?」


 少し掠れていたけれど、聞きたくてたまらなかった彼女の声だ。

 それにしても『起きてあげる』って、なんでこいつ、こんな時まで上から目線なんだよ! いや、それはどうでもよくて!


「おまっ! バカ! ほんと、バカっ……なんであんな危ないことしたんだよ!」

「あっ、あたしのことを『ばか』って!? 二回も言った!?」

「だってほんとにバカだろ! ばか……ぐすっ、よかった……!」

「あの、シス」

「なんだよ」

「……心配かけたみたいで、ごめん」

「ほんとだよっ!」


 くそっ、涙も鼻水も止まらない。こんなの抑えようと思ってどうにかなるもんじゃない。

 流石のシャルもこんな状態の俺を見て笑うほど人の心が無いわけでもなく、あわあわと手を動かしていた。


「あの? いいかげん、なきやみなよ……?」

「誰が泣かせたと思ってんだ!」

「えと、それは、あたしです……けど。いや、そんなに心配するとは思ってなくてさ」

「やっぱりバカだバカ! 『天才』の看板下げろ!」

「ひどいっ! いまのは取り消しなよっ!」


 珍しく――初めてかもしれない――殊勝に謝ったかと思えば結局全然悪びれない。そんなシャルさえ懐かしくて涙ぐんでしまい、一生分泣き笑いした俺は翌日、目の腫れと顔の筋肉痛に苦しむことになったのだった。

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