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手間もかけさせられたし、結果として『在庫』も失った。こうなっては自身が逃げ切れれば御の字だろう。
「それなら、もう人質も要らないし。殺していいよね?」
「……っ、」
「さんざんボクの邪魔してきたんだもん、キミにもそれくらいの覚悟はあるよね?」
どうせ乗り捨てる馬車だ、手綱の制御も必要無い。『売人』は少女を荷台の端に追い詰めると、今度こそ手加減せず細首を両手で絞めた。抵抗していた彼女の全身の力が抜けて、目玉が飛び出すほど見開いていた目は光を失う。そのまま少女の体は下へとずり落ちた。
その時だ。周囲に爆音が轟いて、馬車は荷台の中からでも分かるほどの強い光を浴びる。ごろごろと地鳴りのような音が響き、荷馬車全体を揺らす衝撃を受けた。
「……雷だって? まさか、だって、晴れだよ?」
尋常ならざる事態に『売人』は舌打ちをして、御者台へと引き返した。
「なっ!?」
外の天気は、思った通りの快晴だった。だが、それ以外に目にしたものは『売人』の予想と大きく食い違っていた。
道脇の切り立った崖の上にはずらりと軍勢が並んでいた。彼らが構えているのは、砲と投石機だろう。その場に漂うのは火薬の匂い。先ほどの爆音と閃光は火薬玉の投擲によるものだったらしい。
突然の光と音を浴びせられて驚いた馬はパニックを起こして制御しようもないほど暴れ――その状態で狭い道に転がり込んできた巨石を器用に避けて走行できるはずがない。
炎の燻る馬車が横倒しになって転倒する瞬間をいやにゆっくりと感じながら『売人』は悟った。
(そうか。そもそも、こんなに狭い崖沿いの道が『天候の悪い時の迂回路』なこと自体が不自然だ。これは外敵をおびきよせて始末するための罠! 『女帝』はとっくに事情を知って対策を――!)
転倒の際に体を投げ出されて地面に叩きつけられた衝撃で、体のどこかがイカれてしまったらしい。ロクに動くこともままならない『売人』に足音が近づいてきた。彼の耳はまだ十分に働いて、音を余さず拾った。
「おい、シャル! シャル!? まだ息はある! リーナ、至急アレクシアのところに運ばせて、おまえは付き添って言伝を頼む!……そうだ、この男もだ、罪人だが話を聞きたいからな! きちんと手当てさせろ!」
「はい!」
ばたばたと人の行き交う音と大量の人が立てる土煙を、土くれに這いつくばって感じた。仕立ての良い靴が『売人』の目の前で止まるのを見た。
「当領地における裁判権を有するレムウッド領領主アレクシア・レムウッドの名代として、あなたを逮捕します」
硬い声に思わず見上げると、声の主は厳しい顔をしたまだ年若い少年だった。そうか、ひとつだけ考え違いをしていたらしい。
この程度の騒動は『女帝』自らが出るまでもないと判断されたのか。ボクはこんなガキに負けたらしい。
「……へぇ、お坊ちゃんのくせにやるじゃん」
嘲笑混じりの賞賛に、少年はぐっと拳を握りしめた。




