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・6

「おやおや、単純バカくんはやっぱり使えなかったか」

「早く馬車を止めなさい」


 御者台の『売人』は自身の首に当てられた金属の冷たさに、片眉を上げて応えた。


「この金具、あんまり切れ味よくないから、あなたの顔をえぐっちゃうかも」


 なるほど『人質の少女』は予想以上のじゃじゃ馬だったらしい。見た目が綺麗なだけのお人形かと思っていたが、あの男の手には負えないわけだ。役者が違う。

 きっと彼女の発言にも、そこに含まれる殺意にも、嘘はない。それを悟った『売人』は微笑んだ。


「うーん、どうしようかなあ」

「……どうもこうも。あなたに選択の余地なんて無い!」

「あはは、純粋な若い子は好きだよ」


 手綱を引いた『売人』は馬車を揺らして、態勢を崩した少女の首を肘で締め上げた。


「うぐっ!」

「正攻法しか選ばない、そういうバカなところが可愛いよね。あの男も甘いよねぇ、逃げられないように足の一本くらい折ってしまえばよかったのに」


 動かなくなった彼女のだらんと力が抜けた体を、『売人』は雑に荷台に投げ入れた。殺すのは後でもできるし、ガキのおイタの仕置きはこれくらいで足りるだろう。


「『止めろ』って言って止まるわけないのに。説得でもしようとしたのかな。バカな子だなぁ」


 鼻歌混じりに馬に鞭を入れた『売人』が異変に気付いたのは、その直後だ。


「……煙?」


 焦げ臭い匂いと熱がチリチリと『売人』の背中を焼く。御者台から振り返ると、荷台から伸びた炎の舌が座席のすぐ後ろまでを舐めていた。


「何をした、クソガキ」


 開け放された扉の向こう、荷台では少女が片脚を庇うようによろけながら立ち上がっていた。なぜ彼女は立っている? 締め上げて意識は完全に落としたはずなのに。

 少女は、顔に似つかわしくない悪辣な表情で『売人』を嘲笑った。


「ご丁寧に種明かしなんてすると思う?」


 咳き込んでいるところを見るに締めつけが足りなかったということはない。まじまじと見て、先ほどと比べてひとまわり細くなった少女の姿に『売人』は真相を悟る。


「とっさに首とボクの手の間に何か硬いもの、たぶん防具を挟み込んだのか。おまけに、荷台に火まで点けて自爆する気?」

「悪党を逃がすくらいならその方がいいでしょう? あの男じゃなくてあなたが主犯ね? 絶対に逃がさない!」


 あの男が御者台で一服する時に使っていた火種を先ほど揉み合った際に奪って、火をつけたのだろう。

 せめて薬物の『在庫』だけは必ず焼く、可能ならばボクを道連れに馬車ごと焼死する、ということか。

 圧倒的な不利から力技で無理やり『引き分け』に持ち込むつもりだなんて、その執念だけは褒めてやってもいいけれど。


「捨て身の作戦だなぁ、でも、残念。もうすぐ関所だ」

「捨て身? あたしは死なずに済みそうでホッとしたところなんだけど? こんな状態で関所を抜けられるわけがない!」

「わあ、ギリギリまで諦めないって姿勢は素敵だね。でもさぁ」


 ――守るのと壊すのって、どっちが簡単だと思う?

『売人』の言葉に少女は顔をこわばらせた。その予感は正しいよ、と笑顔で褒め称えてやろう。


「そう、たとえば。たとえばだけど――キミがわざわざご丁寧に火までつけてくれたこの馬車で、素直に関所なんか越えずに、このまま小王都を取り囲む城壁に勢いよく突っ込んだら、どうなると思う?」


 切り立った崖の間の狭い道を抜けたら、拓けたところにすぐ現れるのは、なぁんだ?

 簡単すぎる問いだったかもしれない。小王都はもう目の前だ。

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