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 馬車がレムウッド領の『小王都』――領主アレクシア・レムウッドの居城のお膝元に迫る頃、沈んだ日は再び昇り、空は淡く霞みがかった青色に染まった。


「夜のうちにできるだけ遠くまで行きたかったんだけどなあ」

「どうせ小王都に入るまでに関所があるだろ! 人質とって突っ切ればいい!」

「いやあ、できるだけ荒事は避けたいもんでしょ。……あれ? 何か叫んでる村人がいるね」


『売人』の目は街道の脇に立つ村人の姿を捉えた。下手に怪しまれるのも良くないと、愛想のいい表情を作って呼びかけた。


「どうかしましたかあ?」

「お兄さんたち、旅の人だよね? この先ね、昨日の雨でぬかるんでて道が悪いんだ」

「えー、ボクたち急ぎなんですけど」

「大丈夫、大丈夫! 向こうに領主様がついこの間整備してくださった迂回路があるんだ! たぶん、そっちを行った方が早いよ」


 村人は親切心で教えてくれたのだろうが、どうにも押しが強い。忠告を聞かずにこの道を進むと怪しまれるだろう。それに、迂回路を使って早く越境できるならこちらとしても好都合だ。

『売人』は村人に礼を言って、馬車の進路を変更した。

 馬車の速度を落として村人と応対している間に『荷物』に逃げられないかは気にかかっていたが、助けを求める声も上げずに大人しくしていたところを見ると彼女たちの逃亡の意思は既に折れているのだろう。そこだけは、短慮な粗暴者と組んだ甲斐があったかもしれない。


『売人』がそんなことを考えていた時だった。後ろの荷台から絹を裂くような悲鳴が上がった。


「……なんだ?」

「おい、どうした!」


 悲鳴の後に、どんどんと扉に叩きつけるような音と、半狂乱の女の泣き声が上がる。


『ねえ! 開けてってば! あの子、舌を噛んだみたいなの!』


 声の主は荷台に積んでからずっと怯えていた方、人質としての価値が低い方の女だ。それなら声がしない『舌を噛んだ』方は――事態の急変を知って、『売人』は鋭く男に命じた。


「おにーさん、確認してきて」

「なんで俺がっ」

「人質がいなけりゃ君は縛り首か火あぶりだ」

「わっ、分かったよっ!」


 慌てて荷台に向かう男の背中に『売人』は舌を打つ。

 愚鈍なやつめ、全ての罪を着せて身代わりに処刑させるだけでは、この苛立ちは収まるまい。


 ☆


 荷台部分に立ち入った男は、荷台の真ん中に体をくの字に曲げて横たわる少女の姿を目にした。


「おい、何があった!?」

「あの子が……急に……!」


 御者台と荷台を繋げる扉の脇で、腕を後ろ手に回したミアが震えて言う。


「マジかよ!……ったく、おい! 本当に死んでんのか!?」


 確認しようと男が足を一歩踏み出した――その時。

 壁と床に這わせてあった縄が張り、ビンと鳴る。男の体のまわりに出来た縄の輪はすぐに萎んで、きりきりと締めつけた。


「なっ!?」


 横たわっていた『死んだはずの少女』が勢いよく男に組みついて押し倒し、身動きの取れない男の口に布切れを放り込んで猿ぐつわを噛ませた。


「ふぐぅ! ううっ!」


 捕らえられた男が拘束から逃れようと身をよじると、周囲からミシミシと嫌な音が立った。

 木片は水分を含むと膨張する。壁板にいくつも仕込まれた楔は、隙間を広げて形の歪んだ板にヒビを入れていた。壁板の隙間を並縫いするように通した縄に男を繋ぎ、男が死に物狂いで暴れる力で強く引かせる。ヒビが入った壁板の歪みは増して――ついに壁板が割れる。敵の一人を無力化しつつ、壁に大穴を開けたのだ。


「いっちょあがり! 御者が来ないうちに、さあ、シャーロット、早く逃げましょう!」


 細身の女なら大穴からなんとか抜け出せる。馬を夜通し休みなく走らせて馬車の速度が限界まで落ちた今なら逃げられる!

 先に馬車から飛び降りて荷台を振り返ったミアは、目を疑った。


「シャーロット!? あんた、何してるの!?」


 協力者だったはずの少女は、縛られた男を踏んで乗り越えると、そのまま御者台へと向かっていった。

 ちらりと一瞬ミアに目配せをして、『ごめんなさい』の形に口を動かした。


「なんで……? 『ごめんなさい』なんて言われてもっ、そんなの言うくらいだったら、あんたも逃げなさいよ!」


 ミアの声など聞かずに馬車は遠ざかっていった。

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