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悪役令息の悪だくみ

 レイモンド・アレクシス・レムウッドはイケメンだ。

 自分で言うなって? 『俺』じゃなくて『レイモンド』の話だし許してくれ。

 全体的に母親似の、端正だが『正統派イケメン』とは言い難い雰囲気の顔。どちらかと言うと『悪役』とか『ダークヒーロー』とか、そういう感じだ。

 俺の今生の友人曰く、『悪だくみがすごく似合う顔で瞳にしか生命力が感じられない』らしい。いくら友人だからって歯に衣を着せないにもほどがある評だが、母親譲りの黒髪と色白のクールフェイスに、会ったことがない父親からもらった新緑の瞳という白皙の美青年なのは間違いない。


 そんなわけだから、きっとモテるだろうと思ってた。

 えっ? いや、だから、俺としては『自分の顔』より『レイモンドの顔』って認識なんだって。『イケメンだなあモテそうだなあ』は自慢じゃなくて客観的に見た意見だってば。


 ……御託はいいから本音を言え?


 嘘です! 自慢です!

 なんなら、やったー! 俺ってイッケメーン! ひゃっほー! これで俺がモテないならこの世界の美意識が間違ってる!とまで、正直思っていた。

 いや、()()()()んだよ、本当に。


 この国では、貴族の子女は基本的な礼儀作法を家庭教育で叩き込まれる。そのあと13歳になった年に王都の王立学園に集められて、寄宿舎で共同生活をするのだ。

 早いやつなら、生まれた時から許嫁がいたり、幼少期に将来の主君と顔合わせをしていたりもするらしいけど、レムウッド家(うち)の場合は他家とは没交渉だった。

 だから俺は入学まで同年代の子供と関わったことがなかった。


 ……そう、後になって思えば、『辺境伯』という高い地位に見合わず不自然なくらいに関わりがなかった。

 のんきに『辺境で立地が不便だから人が来ないのかな?』とか思ってた自分のことをぶん殴りたい。


 ともかく、当時13歳、まだ紅顔の美少年だった俺は希望に目を輝かせて、友達100人できるかな〜、かわいいガールフレンドもできたらいいな〜と思いながら、学園の門をくぐったわけだ。


「じゃあ、自己紹介でもしてもらいましょうか」


 入学式を終えて各教室に移動した後の最初のカリキュラムは『自己紹介』だった。そこは日本の学校と変わらないらしい。

 なるほど、この学園は条件付きとはいえ平民にまで門戸を広く開いているだけあって、入学時点では知り合いが全くいない生徒も多いんだろう。というか、俺自身もそうだし。

 そう考えれば、自己紹介は順当な流れだよな。


 ……そうやって他人事みたいに思っていられたのは、わずか数分後までのことだった。


「では、次のひと──」

「はいっ! レイモンド・アレクシス・レムウッドです」


 ザワッ。

 俺が家名を口にした瞬間に、ざわめく教室。

 顔をひきつらせる教師、怯えた目で俺を見る生徒たち。


 おかしいな、とは思ったさ。


「……ええと? 趣味は、乗馬、剣術、読書です」


『例の……20年前の……!』

『剣術だって!? やはり王太子を土下座させたという血が……』


 さらに小声で、何かブツブツと飛び交う教室。


「えっと、これまで家にこもりきりだったので、知り合いも少なくて……どうか、皆さん仲良くしてください!」


『仲良く……!』

『仲良く……?』

『お父さんが『あの家』とは関わっちゃダメって……』


 何度も言うけど、入学時点での俺には友達どころか同年代の知り合い自体いなかったのだ。

 それなのに、なんでいきなり遠巻きにされなきゃならない?

 俺がよほどの悪ガキで、その評判が伝わってるとかなら、まあ、まだわからなくもないけどさ。人生二周目のレイモンドは『いい子すぎるくらいの優等生いいこちゃん』だったのに。


「……え〜、あの、じゃあ、次の人」


 いや、いたいけなレイモンド少年が可哀想だろ!

 先生もフォロー入れろよ、なんだこの空気!


 ちっとも納得できないままだが、俺のターンは終わったらしい。俺は渋々、席に着いた。


『ねぇ……もしかして……』

『見た目は普通なのにね、あの子が……』

『おい、あんまり見て機嫌損ねても……』


 休み時間になると、状況はさらに酷くなった。他のクラスや学年の連中までやって来て、露骨に俺の様子を伺ってくる。

 そのくせ、みんな何かを恐れているように、俺に直接話しかけはしないのだ。

 動物園の檻の中の猛獣にでもなった気分だった。


 最初は、『今は皆が戸惑っているけど慣れたら馴染める』と思っていた。

 でも、次の日も、その次の日も、一週間、一ヶ月経ったって、ちっとも状況は変わらない。

 そのうち、俺を集団から緩やかに排除する形で――弾きだすのでも虐めるのでも無視するのでもなく、他人として事務的に接するという形で、クラス内の人間関係は構築されたようだった。


 俺は、ずっと、出来上がった人の輪を、輪の外側から眺めていた。


「…………なんだってんだよ」


 猛獣が人間様と仲良くなれるわけないってか。

 真っ当な13歳のままの精神だったら病んでるぞ、こんなの。


 それが、俺の人生最初の挫折。

 否、『挫折』とは呼べないのかもしれない。『挫折』というのは『物事が途中でダメになること』らしいから。


 ――じゃあ、『最初から前提が間違ってい(ダメだっ)たこと』は、何と呼べばいいんだろう。


 ☆


 今から二十年ほど前のことだ。

 当時の王太子にスキャンダルが持ち上がった。

 彼は、幼少からの婚約者がある身でありながら、平民同然の末端貴族の娘と王立学園で出会って、恋に落ちた。

 これは残念ながらよくある話らしい。そりゃ、婚約者持ちのご身分で浮気は良くないが、王立学園は若人の出会いの場でもあるわけで学校生活中に好きな子ができるのは自然な話だろう。


 問題は、相手の女が()()()()()()()()ことだった。


『傾国の美女』と言えばいいんだろうか、当時在学中の高位貴族や有力者の子息たちは皆その女に夢中になった。女の歓心を買うために犬のように従った。

 外界から隔離された『王立学園』という特殊な環境、大人の目の行き届かない場所で、野心を持った女は暴走する。


 ――そうだ。王太子の婚約者である公爵令嬢を殺そう、と。


 このなんとも不名誉な暴動は、学園を脱出した公爵令嬢が実家の私兵の軍勢を率いて戻り、武力で鎮圧させた。

 騒動の種になった女は人知れず『処分』された――その後、彼女の姿を見たものはなかったという。


 ここまでなら、()()()()()()はただの被害者だった。だが、彼女は『ただの被害者』で収まるような器ではなかったのだ。


 騒動の事後処理として、彼女は最初に王太子との婚約を破棄し、次に実家の公爵位を継承して『女公爵』になった。

 彼女の生家のキングズリー公爵家は当時の王弟が開いた家で、王家に劣らず濃い高貴なる青き血を持ち、()()()()()()()()()()()王位を継ぐこともできる家柄だった。


 当然、彼女の行動を見た誰しもが思う。――『醜聞を起こした王太子を廃嫡させれば国王の嫡子はいなくなる。()()()()()()()()()()()。キングズリー公爵家は彼女自身が継ぎ、元々キングズリー家を継ぐはずだったまだ幼い弟を『次期国王』に据えて傀儡にして』と。


 王位の乗っ取りは、けっして無謀ではなかった。

 騒動の被害者である彼女の口添え無しには、くだらない理由で国の混乱を招いた王太子は廃嫡を免れないし、国内唯一の『公爵』となった彼女には王太子の謝罪を突っぱねる権力もある。

 そして、彼女と同世代の貴族たちは『自分たちも暴動に参加して彼女を殺しかけた』という負い目と弱みから、彼女の決定に従わざるを得ない。


 次代の国王も、国の盛衰も、すべては彼女の一存で決まる。


 国王より上位の絶対的な独裁者――実質的な『皇帝』の誕生だった。


 彼女が理性的な支配者であるうちはいい。

 でも、()()なら『自分を殺しかけた相手』に対して圧倒的優位に立ったなら『痛めつけて当然だ』『きっと手ひどく復讐されるのだろう』と皆が思って、国には疑心暗鬼の風雲が渦巻いた。


 だが、彼女は、公爵位の襲爵式の場で皆の恐れを鼻で笑った。


『わたくしの襲爵はあくまでも一時的なものよ。可愛い弟の重石にはなりたくないもの、彼が成長するまでのただの中継ぎ。……でもね』


 それを聞いて緩んだ空気を心底バカにするように、彼女は可愛らしく小首を傾げて言ったという。


『わたくしにだって、幸せになる権利はあるわ。皆さんは『早く修道院に引っ込め』と思っていらっしゃるのでしょうけれど……どうして被害者のわたくしが割を食わねばならないの? 小娘相手だと思ってナメるのもいい加減にしろ』


 低く呟いた彼女は、声高らかに宣言する。


『可愛いかぞくの重石にはなりたくなくとも、あなたたちは叩き潰してやりたいわ。わたくしは、この国全域を睥睨する厄介者になりましょう。唾棄される悪役になりましょう。そうすることにわたくしは何ら罪の意識を抱かない』


 すぐに沙汰がなければ許されたと思った?

 ざーんねん、あなたたちはあの女(ヒルダ)みたいに『あっさり消えて終わり』にはしてあげないから。

 女公爵は、皮肉っぽく、騒動の元凶の娘の名前を出した。


『あなたたちは、わたくしの影に怯えて暮らせばいいわ。わたくしの気まぐれな慈悲に生かされていると自覚なさい。わたくしが(あなたたち)を許すことは、今後も絶対にないのだから』


 いやはや、話を聞くかぎり、おっそろしい女だよな。


 ちなみに()()()()()()っていうのは、俺の母親(アレクシア)なんですけどね。


 全方面に喧嘩を売った就任演説をぶっ放して、よく無事でいられたなぁと思うんだけど、アレクシアはとんでもなく強かでやり手の女だった。


 彼女は襲爵式と同時に婚約を発表する。

 彼女が提示した『公爵位を弟に譲るまでは別居でパートナーが必要な時だけ呼ぶから来い』という条件を受け入れた相手は、()()()()()()()レムウッド辺境伯――騒動の元凶の娘ヒルダの後見人だった。

 本来なら責任を取って家が取り潰されてもおかしくないところを『言いなりな夫になるなら許してやる』と提示されたのだ。当然、結婚後も同居後も辺境伯の頭が上がるはずもない。

 アレクシアはレムウッド家から謝罪や賠償を受ける代わりに、レムウッド家そのものを支配下に置き、内部から乗っ取ったのだ。


 そして、王家に対しては、王太子の不始末を許す代わりに()()()()()()()()()()()()領地(レムウッド)への集中的な支援を要求した。

 豊かな穀倉地帯を持つキングズリー家とは違って、レムウッド領は土地ばかり広くても土地の生産力が高くなかったからだ。

 彼女は、荒地や寒さに強い品種の芋の導入や、農地も少なく日当たりも悪い山地を切り開いた階段状の畑の建設を、王家から得た金と人手とを使って進めた。

 そして、収穫された農作物の販路は『アレクシアの数少ない友人』である忠実な商人たちに独占させた。


 レムウッド領を発展させることが、アレクシア自身の安全を守ることにも繋がった。

 辺境伯領は辺境いなかだが隣国と接する国防の要の地だ。アレクシアの改革によって豊かになっていくレムウッド領の重要性は否が応にも増していった。

 仮に目障りなアレクシアを運良く害せたとしても、そのレムウッド領(アレクシア帝国)の忠実なる臣下は『レムウッド領はこの国を見限って隣国につく』という切り札を切ることができるのだ。


 こうして、『女帝』アレクシア・レムウッドは、この国を恐怖のうちに支配した。


 ……でも、この均衡状態はいびつだ。


 ()()()()()()()()()()()()()、どうなる?

 レムウッド辺境伯領には、栄えた広大な土地と人民が残る。

 生前のアレクシアに怯え続けた鬱憤からそれらをすかさず食い物にしようとする者も出るだろう。アレクシアに巻き上げられるばかりで痛い目を見た王家だって、やり返そうとするかもしれない。

 次代のレムウッド辺境伯である俺は、外からの介入に唯々諾々と従うつもりは無いけれど、元々アレクシアが強引に生産力を上げて維持してきた土地は少しでも失策をすれば自壊してしまうかもしれない。


 アレクシア個人の過去じじょうとカリスマ性に依存しすぎたこの土地は、彼女以外には扱えないものになっている。


 そんな事情を何も知らなかった頃の俺は、事あるごとに母に『何か母上のためにできることは無いですか』と尋ねていた。少しでも忙しそうな彼女の役に立ちたかったのだ。

 大好きだった優しいアレクシアは、俺の言葉を聞くたびに『ありがとう』と笑った。俺は、その笑顔のことを母の愛情から出たものだと思っていたのに。

 数年前、長期休暇でレムウッド領に帰省した俺が聞いたのは、全てをひっくり返す言葉だった。


「そうねえ、あなたにやってほしいのは、聖職者みたいに一生誰とも関係を持たないか、逆にたくさんの子を儲けることかしら」

「……は?」


 何を言っているのか、分からなかった。

 だって『母さん、何か手伝うことある?』ってノリで聞いたら、母親から『お前は一生セックス禁止か逆にヤりまくれ』って返事が返ってきたんだぞ!?


「この家をあなたのお父様(あのひと)からぶんどった時は、変な争いが起きるくらいならわたくしの代で滅ぼそうかと思ったの。でも領地にこれだけ手を加えれば、愛着も湧いてくる。わたくしは死後もこの土地を守りたい」


 恐怖の女帝アレクシアは、人に知恵を授けたという蛇のように、俺を唆すように言った。


「ねえ、レイモンド。あなたもわたくしと同じよね? あなたもレムウッドの地を守りたいんでしょう? それに『わたくしのために役に立ちたい』って言ったわよね?」

「え……っ、言ったけどさ。さっきのはどういう意味だよ」

「よかった! じゃあ分かってくれるわね? あなたには、()()()()()()()()()()


 役に立ちたいなら何もするな、とか。

 俺が欲しかったのは、そんな言葉じゃなかったのに。


「どうせこの広い土地をわたくしみたいな超法規的な事情も無しに治めるなんて無理なのよ。どうしてもいずれ争いは起きるわ」


 アレクシアは『この土地を自分以外の者が平穏に治めることは不可能だ』と決まりきった事柄を語るみたいに言い切った。

 その言葉は、これまでに俺が『立派な領主になりたいから』と学んできた努力を全部否定するみたいに聞こえた。


「せいぜいあなたに出来るのは、この土地を出来るかぎり穏やかに()()()()()()()()()()()()くらいの狭さに細分することと、信頼できる者に任せて治めさせることくらいよ。禅譲の方が発展はするけど、世襲の方が安定はするでしょうから、子どもをたくさん儲けて分家を作るのもいいわね。あとは外部が付け入る隙を作らないように何もしないこととか?」


 それが『わたくしの望むこと』よ、とアレクシアは笑って言った。

 我が子に向かって『お前には種馬の役目以外に何の期待もしていない』と言うなんて、さすがに親としてどうかしてるよ。……そうやって言い返したかった。

 でも、下手に勉強してレムウッド領を支える事情を知ってしまった俺には、()()()()()()()()()ことがわかってしまう。

 アレクシアは()()()()()()()()()()()常に正しい。これまでもこれからもずっと正しいのだろう。

 間違いがあるというなら、愚かな俺が冷徹な女帝に『母親としての情』を求めたことこそが、間違いだったのだ。


 ……でもさぁ? それって、どうなんだよ。


 なるほど、事情はわかった。俺が純粋に『レイモンド・アレクシス・レムウッド』なだけなら、アレクシアの言うことに従おうと思えたかもしれない。


 でも――俺には『前世の記憶』がある。


『こらっ、あんた宿題やったの!? 昨日も電気つけっぱなしで寝落ちしてたよ! 毎日遊んでばっかりで!』

『遊びじゃねえって、部活! 部活を頑張ってるんですぅっ!』

『部活部活って! それを言い訳にしてばっかり!』

『ははっ、将来スポーツ選手になるかもしれないし、一生懸命なのはいいことだよ』

『いやまあプロを目指すほどじゃないけどさ。親父、そろそろ出るんじゃないの?』

『おっ、そんな時間か』

『あなた! もっときつく言ってやらないと、私の言うことじゃ聞かないのよ!』

『ママ、おはよー』

『あら、起きたの。ちょっと待っててね、お兄ちゃんとお父さんに雷を落とさなきゃ』

『やばっ! ほら、早く行こう、親父!』


 少し口うるさい母親と、少し抜けておっとりした父親と、ちゃっかりと要領のいい妹と、俺の四人家族。

 特別裕福なわけでも貧乏なわけでもない、ごく普通の平凡な家庭が『俺の家』で『俺の家族』だった。


『母さんをあまり心配させないようにな。勉強もやってみたら楽しいかもしれないぞ』

『将来何があるかわからないんだから、今できることを精いっぱいやってよ。そうしたら選択肢だって広がるんだから』

『……うるさいなぁ、わかってるよ……』


 そう、本当にわかっていたのだ。

 前世の『母』がガミガミと耳に痛いことばかりを言っていたのは、たぶん『俺』のためで。将来『俺』が()()()()()()ように案じる言葉だって、分かってた。


『あんたが真剣に考えて出した結論なら何だって止めないわ』

『大丈夫だろう、もう十分大人だよ。――は、いい男に育ったんだから』

『しみじみ言うなよ、なんか調子狂うじゃんか……あのさあ! 俺、考えたんだけど、やっぱり――になりたいんだ!』


 その時の『両親』の驚いた顔、嬉しそうな顔を、今の俺は17年経ってもまだ覚えてるんだ。

 そんな俺には、無理だよ。

 前世で『温かな家庭』も『自分で選んだ夢』も知ってしまった俺は、母親の手駒として何もせずに生きて死ねと言われた『レイモンド』の人生を幸せだなんて思えないんだよ。


「くだらない悩みなのは分かってる。家のためには粛々と受け入れるべきかもしれない。貴族なんてどこも皆こんなもんで、特別不幸な人生ではないのかもしれない。俺が超絶ワガママなだけなのかも。……だけど、そうだとしても俺は、この世に生まれた以上何かを成したい。このままで終わりたくない!」


 異世界を『俺』の価値観で測ることがおかしいのかもしれない。

 でも、俺は前世の『俺』の記憶と人格を残したままで、この世界に生まれたんだ。それに意味があると思っていたい。


 俺は、前世の価値観で、今のレイモンドのことを可哀想だと思う。

 もっとレイモンドは幸せになるために、何か行動するべきだと思う。

 ――俺にそう思わせるために、カミサマとやらは前世の価値観をあえて残したんだと思いたい。


 俺は、『何かを成して生きる理由』が欲しいのだ。


「『生きがいが欲しい』ね。なるほどね、それでいたいけなレイモンド・アレクシス少年は『親愛なる母上へのクーデター』を企んだワケだ」


 長々とした事情説明を聞き終えて、『俺の唯一の友人』はざっくりと話をまとめて言った。


「……うっ、そう言われると『いかにも恵まれたお坊ちゃんの反抗期って感じだなあ』とは、俺も思ってるんだけどさ」

「んん? あたし、そんなこと言ってないよ?」


 目の前で、猫のような大きな金色の瞳がぱちくりと瞬いた。

 どうやら()()は純粋に『これまでの話を総括しただけ』で俺の動機を揶揄するつもりは無かったらしい。


「シスは時々すごく卑屈になるけど、それ、やめた方がいいと思うよ。何か裏があるんじゃないかって勘繰って、ひとの話を素直に聞けなくなるだけだよ」

「お前は小気味いいくらいバッサリ言うもんなあ、シャル」

()()()()()のシャーロット・ベルモアが変な気を回すと、かえって周りのみんなに気を遣わせちゃうからねぇ」

「すぐそういうこと言うしさあ……事実だからタチわりぃ」


 ニヤニヤと猫のように笑う彼女を見て、俺はため息をついた。

 シャルことシャーロット・ベルモアは王立学園での俺の同期生で、学園でできた俺の唯一の友人でもある。

 彼女自身にも自覚があって何よりだが、銀髪金眼という派手派手しい色合いの美少女は、とにかく目立った。特に難関試験をパスして限られた『平民枠』で入学した彼女は、入学当初から『すごい才媛がいるらしい』と話題の中心にいて人を引き寄せる輩だったのだ。

 悪い意味で話題にされて遠巻きにされて即ぼっちになった俺とは、住む世界が違う存在だった。


 まあ、シャルがあまりにも変わり者すぎて、すぐに彼女のまわりの人だかりは霧散したんだけど。


 初日に『平民出身だから勝手が分からないと思って』と学園案内を申し出た先輩に向かって、シャルは『ありがとうございます。やはりあなたは女性に親切な方なのですね。金のサンザシ亭に1週間連続で七人の女性を伴われたのを見た時から太っ腹な方だと思っていました』と丁寧な口調で言葉の爆弾を放り投げた。

 ちなみに金のサンザシ亭というのは王都の高級レストランで、『本命』とのデートにしか使わないような店なのだそうだ。

 そこに『七人の違う女性を連れてきた』ということは、よほど短いスパンで出会いと別れを繰り返しているか、複数股かけてるかのどちらかだということ。どっちにしてもシャルの言葉は『お前の女癖の悪さは知ってるぞ』という牽制だったわけだ。


 ところが先輩はその程度では諦めなかった。

 むしろ『平民の分際でボクに対してなんたる侮辱だっ!』と後に引けなくなったらしい。


「言いがかりはやめろよ。平民の懐具合では金のサンザシ亭に通えないだろう」

「もう引き払いましたが、店の斜向かいの家に下宿していたので、あなたが入るのを見かけました」

「見かけただけ? はっ、それはただの見間違いだろう!」

「ありえませんが」

「なら、ボクがいつ誰と行ったって言うんだ!? 言えるわけないんだから今のうちに泣いて土下座して謝った方が――」

「……言ってよろしいのですか?」

「えっ」


 脅されても全く怯えないシャルを見て戸惑った顔をしていた先輩は、ほんの数秒後に泣いて許しを乞うことになった。


「三ヶ月前の第二週、一日目、夜六つの鐘が鳴った直後。連れの女性はピンクのドレス、白のショール、茶革鞄を持っていた。髪の色は栗色、瞳は緑、痩せ型、この場にはいない。二日目、七つの鐘が鳴る直前、連れの女性は深緑のワンピース、髪の色は黒、瞳は青、痩せ型、あなたの四人隣にいる女生徒」

「ちょっ……待てよ!」

「三日目、六つの鐘が鳴って十五分後、連れの女性は青のドレス、男物のコートを羽織っていた。髪は鳶色だったけど、あれは染めた色だから本当の色はもっと薄いと思う。瞳は紫、小柄、今この教室に入ってきた女生徒」

「待てって! 頼むから!」

「はあ? なにそれ、マー君、学園内で二股かけてたってことなの!?」

「ちがっ、あのっ!」

「今入ってきた彼女だけ、あなたと会うのに髪を染めて変装までするなんて変なのって思ってたら、あらためて近くで見て気づきました。なるほど最近婚約が決まった某伯爵家の――」

「黙ってくれシャーロット・ベルモア! 頼むから!」

「四日目以降は……もうよろしいですか」


 では、今後はあたしにはお構いなく。

 そう呟くとシャルは自分の席へと戻って、鞄から取り出した本を読み出した。

 この事件で何組かの恋人たちの間に亀裂が走ったこともあり、『すごい才媛の新入生』は一転して『触れると危険なやばい変人』へと評価を変えたのだ。


 確かにやばい変人だが、シャルの話や言動は面白い。

 お互いにぼっちで、他の人が人付き合いに割いているぶんの時間が空いて暇だっただろうか、なんとなくシャルに声をかけられてからなんとなくつるむようになって、俺たちは仲良くなった。

 そういう意味では俺も彼女も腫れ物扱いされていなければ、出会うこともなかった奇妙な縁かもしれない。


 さて、そんな大切な友人のことを、俺は()()()()()思っている。


「……それで、どうするんだ。俺と一緒に来てくれるか? 俺の生きたい人生には、お前の力が必要なんだ」


 そうだねぇ、と呟いたシャルは目を瞑った。

 もしや寝てしまったのじゃないかと、うっすら不安になった頃。


「――うん。いいよ、一緒に行く。あたし、シスの時々ワガママなところは割と好きだし、それに友達だしね」


 おもむろに見開いて、こちらをまっすぐと捉えた目には、珍しく俺のことを茶化すような色はなかった。

 なんだかじわりと恥ずかしくなって、俺は咳払いでごまかした。


「というか、『あたしが必要』なのはそりゃそうだっていうか、あたしが断ったらシスには他に頼める相手なんていないじゃん。そんなの可哀想でほっとけないよ。ぼっちなんだから」

「……そうなんだけど」


 やっぱりシャルは友情というか同情から『いいよ』と言ってくれただけなのかもしれない。

 いきなり『確かに君は可哀想だ』と言葉の豪速直球を投げられると『可哀想だと思うならぼっちの傷口をこれ以上抉らないでくれ』とボヤきたくもなる。


「それはそれとして。『女帝』へのクーデター計画には、あたしもぜひ一枚噛ませてよ。高慢ちきな貴婦人に、他人が自分の駒みたいに動くと思ったら大間違いだって刻みつけて、目ん玉ひん剥かせてやりたいじゃん?」


 シャルはいつもよりも低い声で唸るようにそんなことを言った。俺の話を聞いている間も浮かべたままの飄々とした笑みのせいで、今まで気づかずにいたけれど。


 ああ、もしかして、シャルも結構怒っていたのか。


 彼女が平民の生まれだからか?

 貴族だの伝統だの、ただ『今までそうだったからそうあるべき』というだけの『古臭い決まり』を嫌っているからか?

 それとも――。


「いざやってみたって上手くいくかわからないし、やって失敗だったと評価されたら仕方ない。それはシスとあたしの責任。だけど、やる前から()()()()()()()だけで、挑戦権すら与えられないなんて、おかしい。あたしの友だちの人生はそこまで安くない。だって、」


 シスは、天才児シャーロット(あたし)の友達なんだよ?

 中身も見ずに安く買い叩かれていいわけない。あたしの見る目が保証するんだから。

 絶対にあたしたちの力で『女帝』に『シスには価値がある』って認めさせてやる。

 ――そう言ったシャーロットの端正な顔が浮かべるおふざけ抜きの表情を、初めて綺麗だなと思った。


「……ほんとに? 本当にそう思うか?」


 シャーロット・ベルモア、平民生まれの天才児で我が校始まって以来の才媛で同期生の首席どのは、輝かしい将来を置いてまで、友情のために殉じてくださるらしい。

 まあ、こいつなら『将来を捨てる』ではなく『いったん置いた』だけ。引く手数多なのだから、後々でも居場所はどこにでも作れるという思惑もあるだろうけど。

 でも、久しぶりに、純粋に嬉しかった。


「あ、念のためね。『友情のために』とかクサいことは無〜し」

「……え?」


 こぼれかけた俺の涙は引っ込んだ。

 何でだよ、台無しなことを言うなよな。おまけにチッチッチッ、と指を振るイラッとくる動作までつけなくてもいいじゃんか。


「言ってることが違うだろ!」

「えっ、言ってないよ? もう、よく聞かないからぁ」

「でも、さっき……」

「『唯一の友達だからほっとけない』とは言ったけど『友達のシスの仇を取ってやる』とは言ってない。あたしの見る目がバカにされたみたいで腹が立っただけ。あたしが気に食わなかっただけ」

「……」

「んん? それで十分でしょ、何か問題ある?」

「……はいはい、りょーかい」


 そうだった、こいつが友情なにかに縛られるはずがない。

 シャルはどこにでも行けるし何にでもなれる、でも気が向かなければ何もしない。根っから自由なやつなのだ。

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