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・3

「ったく! 次に生意気なクチきいたら馬車から投げ捨てるぞ!」


 しばらく蹴られてついに口を閉ざしたあたしに満足したのか、男は脅しながら荷台から立ち去った。御者台へ戻ったようだ。


(男が荷台にいる間も馬を操る仲間がいた。このサイズの荷馬車だと人が乗れる所は他に無いから二人組だ。何台か馬車を用意して並走している可能性はあるけど『レムウッド領から国境を越える』なら州都の山城方面に向かう。それならこの先は道幅が狭くなる。そこでなら並走は不可能だ)


 馬車後部の荷の積み込み口の扉には外から留め金がかかるようになっている。扉を女の力でこじ開けるのは不可能だし、開けられたところで走行中の馬車から受け身も取れない状態で転落するなんて命知らずなことはできない。――つまり、脱出口を開きつつ馬車を停止させなければならない。


(途中の関所では止まるだろうけど、それはあの男たちも分かっているはず。関所の門番に見咎められたら人質を盾に強行突破するだろう。あたしたちに逃走の機会は無い……!)


 そうなってからでは困るのだ。今ここに使えるものはないかと、あたしは薄暗い空間に目を凝らした。

 荷台の中にはシャーロットとミア、人間が二人いる。他には男たちの荷物らしい衣類や食物の入った袋や縛るのに使った縄の残りがある。それから――。


「……あれが例のドラッグ?」


 丸々と太った布袋が数個転がって、縛り口からサラサラと何かが溢れていた。馬車の揺れの衝撃で中身が飛び出たのだろう。腹這いでにじり寄って近くで見ると、それは乾燥させた茶葉に似ていた。

 煎じて汁を飲むか火をつけて煙を吸うかは知らないが、確かにこの茶葉と判別のつかない形状では今まで関所で止められなかったはずである。


(ん? 火をつける……?)


 もしも荷台に火をかけられたら、炎で積み込み口の扉を焼き切り穴を開ければ。積荷から煙が出たことに気づけば男たちは慌てて馬車を急停止させるだろう。速度が緩やかになったところでミアを外に出して――。


(だめだっ! 煙か炎に巻かれてあたしたちが死ぬ方が早い。馬車の速度も出ているから風で後方に飛び火するかも。それに、他に並走している仲間がいたら? 馬車から降りても逃げられない!)


 窓が無いせいで外の様子が分からない。情報が無い以上何もできないのが歯痒くて、あたしは拳を握りしめた。


(どうすれば……!)


「――お嬢ちゃん」

「なんですか、ミアさん」


 思考に割って入る声に頭をもたげた。心の余裕が無いせいで苛ついたように聞こえたかもしれないと、声にしてから思った。


「あのね、私に出来ることはそう多くはないけれど……あなたは、一人でなんとかしなくちゃいけないわけじゃないのよ」

「ミアさんは巻き込まれただけですから、あたしが何とかします。もう少しで良い考えが浮かんで、」

「それ、気遣いじゃなくて侮辱よ」

「えっ」

「他人を見くびるのもいいかげんにしなさいよ。『ただの子ども』が何様のつもり?……って、私はあなたに前にも伝えたつもりだったんだけど」


 お嬢ちゃんには全然伝わってなかったのね。――冷ややかな声をぶつけられて背筋に悪寒が走った。


「そりゃあ、あなたはちょっとは人より賢いのかもしれないけど、大胆って言うより無謀で、結局詰めが甘くてドジ踏んでこんなことになる『ただの子ども』じゃない。子どもに頼りにされないどころか庇われるって、大人としてはプライドズタボロなのよね。それくらいは分かってほしいんだけど?」


『俺は何もするなって言いたいんだろ?』


 ミアさんの声に、あの時のシスの声がだぶって聞こえた。

 あたしにはバカにしたつもりなんて無かった。見くびったつもりも見下したつもりもなくて。ただ、守りたかったのだ。

 だから、あの時なんでシスが怒ったのか、あたしにはよく分からなかった。厳重に大切に守ったはずなのに、守りきったはずなのに彼が怒った――というよりは捨てられた犬のように不安そうに瞳を揺らしていた理由も、あたしには分からなかった。


「あなただって誰かに守られていればいいのよ。そうじゃなきゃ、あなたを大切に思う人が心配するでしょ?」


『焦る必要なんてないよ。長期戦になるんだからさ』


 あれは、あたしを気遣って心配してくれていたのか。

 ひとの『心配』を素直に受け取れる余裕すら無いくらいあたしは弱い人間なのに、シスのことを一丁前に守ってあげるつもりでいたのか。彼よりも自分の方が強いと思って、無意識に下に見て。


「……それに、純粋に寂しいじゃない。せっかく傍にいるのに、腹を割って話もしないなんて」


 もしかして、あの時シスも同じように思っていたのかな。だから怒ったのかな。あたしは馬鹿だ。どうしてそんなことも分からなかったんだろう。

 後悔してもしきれなくて、気づけば視界が滲んでいた。


「あー! 違う、言いすぎた、ごめんね!? そんな泣くほど追いつめるつもりは無かったの!」

「あたし、シスに悪いことしちゃった……どうしよう……」

「誰それ、彼氏? えっ、私の話で泣いたんじゃないの!? あああ、まあいいわ! ねぇ、その子に謝りたいでしょう?」

「謝りたい。許してくれないかもしれないけど」

「きっと許してくれるわよ。……というか、こんな命の危機から生還したらたいていのやらかしは帳消しになるから。一緒に頑張って帰りましょう?」


 本当だろうか。疑わしいことこの上なかったけれど、ミアさんの言葉にすがるしかなかったあたしは、こくりと頷いた。

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