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悪役令息と訣別

 最初の騒ぎが起こってから半月が過ぎた。


「まるで、街の灯が消えたみたい」


 城下の表通りは閑散として、飲食店ではどこもかしこも閑古鳥が鳴いている。都市の民は食糧の自給自足をしていないから、外からの金が入らなければ冬が越せない。このままではこの街自体が死にかねない。


「……早く、元通りにしなくちゃな」


 きっと、まだできることがあるはずだ! 

 俺は拳を握りしめた。


 アレクシアに送った書簡の返事が届くより先に、医師たち有識者の一団が送られてきた。

 彼らに聞いて分かったのは『騒ぎを起こしている犯人たちの症状は医師も見たことがないものだ』ということだけ。話は振り出しに戻ったわけだ。


 薬物だと仮定しても証拠が出ない。摂取方法も不明のままだが、薬物なら体外に排出するまで収まらないというアドバイスを受けて領民には水分補給を呼びかけた。


「……ねえ、シス」

「なんだ」


 シャルは言いづらそうに切り出した。珍しく、こちらを気遣うような顔をしていた。普段は傍若無人な天才のくせに。


「シスの言うとおり、ヒトの凶暴性を増すようなモノがあるとして、そんな特殊なモノを扱う商人がホイホイいるわけがない」

「ああ、売人みたいなのがいるはずだな?」

「つまり捕まった彼らが共通して接触した相手が『売人』ってことでしょ? でも過去数日内にみんな揃って新しい人物と関わりを持ったなら、誰かしら言うはず。なのに話が出ないってことは――」


『そんなドラッグが存在するなんて妄想じゃないか』とシャルが言いたいことは分かっていた。

 俺も、自分でも、そうかもしれないと思うけど。

 だけど、まだ。まだ、俺にも何かできると信じたくて――!


「……そういえば」


 そう、だ。はたと気づいた。


「シャル」

「なに?」

「なんで、『過去数日内』だと思った?」

「えっ? なんでだろう。……あぁ、そうだ。『犯人たちには過去の問題行動はなかった』なら、徐々に悪化したわけじゃない。騒ぎの直前にドラッグを摂取して即、急激に効果が出たんだと思う。欲しくて買ったドラッグを寝かせておく理由はないから、たぶん売人から買ったのも直前だと」

「そうだ、俺もそう思った。けど、なんか引っかかって……」


 全員が直前に売人に会っているはずなのに、不自然なほど目撃証言が出ない。

 そう考えて――線がようやく繋がった気がした。


「……逆、だ」

「逆?」

「探すのは『使わず残されたドラッグ』とか『売人』じゃない。『使って無くなったもの』や『会わなかった人物』の方だ!」


 禁断症状――依存状態になってからドラッグを絶つと抑えが利かなくなる状態。

 あの騒ぎは『ドラッグを摂取して』起こったのではなく、『ドラッグの摂取しなくなって』起こったのではないか。

 焦るあまりに回らなくなった舌で説明すると、シャルは腕を組んだまま厳しい表情を崩さない。


「酒乱が酒が切れても暴れるのと同じ? 納得はしたけど……それなら、証拠なんて()()()()()()()。『無い』ことを証明することはできない」

「ああ! だから『まだドラッグが手元にあるやつ』……『まだ騒ぎを起こしていないやつ』のところこそ探すべきだったんだ!」


 城下の家々に一軒一軒立ち入り検査をすればいい。時間はかかるだろうが人海戦術によれば不可能ではない。

 しかも今の俺には、その手段がある。


「俺の身分証明書さえあれば、アレクシアの正当な代理人として命令を発することも――!」

「……シス、君、自分が何を言っているかわかってる?」


 正式な領主の命を受けた領主代理であることを示せば、強制家宅捜索も可能だ。他が手詰まりの今できることはそれしかない!

 言い募る俺に浴びせられたのは氷水のように冷たい言葉だった。


「君は、この土地の次の領主でしょう? その名前を使って証拠もないのに家に押し入って探すっていうの? 仮にそれで証拠が見つかったとしても拭いきれないほど、レイモンド・アレクシス・レムウッドに対する不信感が増すだけじゃない?」

「それは」

「確かに試す価値は十分ある。このままじゃジリ貧だし。だけど、それはシス自らがやらなくても――」

「『おまえは何もするな』」

「……」

「シャルもそう言いたいんだろ? 平穏に済ませたいなら俺は何もするな、余計なことをせずにじっとしていろって」


 浴びせられたのが『シスの考えは間違っている』だったなら、きっと俺だって素直に受け入れられたんだ。

 なのに、彼女は『俺の推測は正しいから』何もするなという。俺は蚊帳の外で、汚いところは全部他人任せにしろと言う。

 彼女の言うことだって『臣下として正しい』のは分かっているのに。分かっているのに、俺は何かに憑かれたみたいにシャルを詰ることを止められなかった。


「俺には、時々おまえがアレクシアと被って見えるよ」


 シャーロット・ベルモアは、孤高でいつも正しい。そんな彼女が気まぐれに手に取った玩具が俺だ。彼女のことを友として愛しているのに、愛しているから、憧れて、手を伸ばして、手を伸ばしても届かない自分が悔しくて、劣等感で側にいるのが息苦しくなる。


「おまえらは、凡人おれなんて操り人形だと思ってるんだろうけど――何様だ。俺にだってプライドはある」


 酷い言葉だとは思ったけれど『ごめん』とは言えなかった。

 勢いで言ったことではあるが、嘘ではない。そこには本音しかなかったし、そのことをお互いに分かっていたから。

 負け犬の身勝手で幼稚な感情論とでも言えばいい。呆れて笑ってほしい。笑い飛ばしてほしいのに。


「……なんと言われようと、()は意見を変えるつもりはありませんよ、()()()()()()()()()()()()()()あなたを止める」


 シャルは笑いも怒りもしなかった。

 まるで俺に殴られでもしたかのように痛そうな顔を一瞬だけして、それきり何も言わなくなった。

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